【一ノ瀬梓視点】フリーランスが辛いのは人間の世界でも魔族の世界でも変わらないようだ。

 ミンティス歴2030年 5月10日 場所ミンティス教国神殿宮


【三人称視点】


 贅を尽くした宮廷の雰囲気を感じさせる豪奢な部屋がいくつも存在する神殿宮の中でも格別豪奢な部屋の一つに、四人の男女が集まっていた。


 聖法騎士修道会騎士団長。ローブをまとった初老の優男――ハインリヒ=インスティトーリス。

 

 神聖騎士修道会騎士団長。絶世の美女にしてミント正教会最強の戦乙女――ネメシス=ダルク。


 獣法騎士修道会騎士団長。髭面の野性味溢れる男――ピエール=ドランクル。


 そして、護法騎士修道会騎士団長。十字架があしらわれた鎧を纏った銀髪碧眼のナイスミドル――ダニッシュ=ギャンビット。


 隠法騎士修道会騎士団長――ジューリア=コルゥシカを除くミンティス教国の最高戦力がこの場所に集結していた。


「それで、オログ=ハイが出たってのは本当の話なのか?」


 開口一番、水晶玉を持つハインリヒに質問をぶつけたのはピエールだった。

 口に出しこそしていないが、ネメシスとダニッシュも驚愕の表情を浮かべている。


 オログ=ハイとは数百年に一度発生する特別なトロルを指す。

 圧倒的な戦闘力を誇り、更にトロルを統率して巨大な軍隊を作るため、危険視されているのである。


 ダニッシュの実力から見れば踏み潰す蟻程度の強さではあるものの、ミンティス教国にとってはかなりの危機である。


「異世界から勇者を召喚する儀式は整っておりません。それに、呼び出したばかりの勇者ではオログ=ハイはおろか、トロルですら倒せないでしょう。勇者アズール一行はまだ国内にいるとは思われますが、彼らにオログ=ハイの討伐を依頼しましょうか?」


 ハインリヒの言葉に異論は出なかった。ハインリヒは配下の法術師を呼び寄せると、勇者アズールにオログ=ハイのことを伝えるように命令した。


「私も出よう」


「左様でございますか!」


 ここで、ネメシスが名乗りを上げた。


「ここのところ強敵と戦っていないから、腕が鈍りそうなんだ。この機会に部下どもを鍛え直したいと思う。それに、血湧き肉躍る戦い――我らが神、ミント様もさぞやお喜びになるだろう」


「それなら、俺も行くぜ。忌まわしい化け物どもを我らが神の聖域には入れさせねえ」


 ネメシスに続いてピエールが名乗りを上げた。


「俺は用事があるんで、お二方にお任せします。神の加護を受けた貴方方であれば、必ずやオログ=ハイの軍勢を打ち果たせるでしょう」


 ダニッシュにはミント正教会の動向を監視する役目がある。

 ネメシスとピエールだけで充分だとアピールすることで、二人にオログ=ハイの件を任せようと目論んでいた。


「お二方だけで充分でしょう。儂も今回は遠慮致します」


 ハインリヒも残ることを宣言し、今回の件はネメシスとピエールが率いるそれぞれの騎士修道会が担当することになった。


 それから数時間後、ネメシスとピエールの率いる騎士修道会がシャドウレイの森への侵攻を開始する。

 そこは、ウィランテ大山脈を越えた先にあるジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国の最南端に位置する場所だった。



 ミンティス歴2030年 5月10日 場所シャドウレイの森


素晴らしいmarvelous! 自然発生したオログ=ハイを完全に掌握するとは!!」


「この程度のこと、【猛獣使い】の力を持つ俺からすれば造作もないことだ」


 歓喜の声を上げる仮面の悪魔・・・・・に、サウロンは表情一つ変えずにそう返した。


 サウロン=ゴルサウアは流浪の魔族だ。魔王軍に所属せず、フリーランスで働いている。

 その理由は、魔王軍という組織の駒になりたくないからだ。誰よりも自分の力を優れたものだと考えていたサウロンは、雑兵として使われることを何よりも嫌っていたのである。


 そんなサウロンに対し、アノニマスと名乗った仮面の悪魔は、とある交渉を持ちかけた。

 アノニマスの雇い主は、魔王軍でもかなりの権力者らしい。少なくとも幹部以上であることは間違いないだろう。

 その存在が、サウロンを魔王軍の幹部に取り立てることを条件に、自然発生したオログ=ハイを使役し人間に打撃を与えることを求めたのだ。


 サウロンはこの時を待っていたとばかりにこの交渉に乗ったのである。フリーランスは例え実力が高かったとしても仕事を受けられるか受けられないかで収入が変わってきて安定しない。自分で選びながら、この生活の苦しさを実感していたのである。


「それより、本当に俺を魔王軍の幹部に取り立ててくれるんだろうな?」


「ええ、勿論でございます♪ 悪魔は決して約束を破らないものでございますので、安心してください。……ここからが本番でございますね。我が主人からあるものを預かっております。今回の襲撃にこちらの品々でアクセントを加えて頂くことを我が主人は望んでおります」


 アノニマスはポケットから十枚のカードを取り出した。

 そのカードには、表面に魔獣のイラストが描かれ、左下には全てのカードにSSRと書かれている。裏面にはカードに関する説明文が書かれているようだ。


「……TCG風ソーシャルゲーム『FANTASY CARDs』?」


「それについてはお気になさらず。重要なのはそれがどのようにして生まれたかではなく、有用なものであるかではないでしょうか? そこには『氷狼ヴァナルガンド』と呼ばれる強力無比な魔獣が封印されております」


「なるほど……この力を使い人間に更なる恐怖を与えよ、ということか」


「ええ、その通りでございます」


 アノニマスの表情は仮面の下に隠れていて、窺えない。

 だが、サウロンにとってはどうでも良かった。サウロンにとって重要なのは、魔王軍の幹部になることである。


「それでは、不佞はこれで失礼致します」


 アノニマスが闇の中に消えた後、サウロンはオログ=ハイの軍勢にミンティス教国への侵攻を命じた。


【三人称視点】


 異世界生活六日目 場所ウィランテ=ミルの街、冒険者ギルド


「――仲間などという信用に値しない者と共に戦うくらいなら、私は性悪女という評価も甘んじて受けよう」


 ボク達の関係を真っ向から否定したコンスタンスさんはカウンターの方に向かった。


 その時のコンスタンスさんの表情はどこか寂しそうだった。何があったのか分からないけど、コンスタンスさんは仲間を信じられなくなったんだと思う。

 だから一人で強くなろうとした。


 ……ボクにできることはない。結局はコンスタンスさんの問題であって、彼女が何を選ぶかは彼女の自由だ。

 分かっているんだけど……やっぱり放っておけないって思う。


「梓さんらしいわね。私はいいと思うわよ」


 ゼラさんはボクの思いを察していたみたいだ。

 こういう時に何も聞かずに肯定の意を示してくれるのは嬉しい。


「今後どうするかは別にしてまずは一緒に依頼を受けよう!」


 ボク達は掲示板に移動し、一枚の依頼書を選び取ると依頼を受ける時専用のカウンターに並んだ。


「ウィランテ大山脈のイェスハウンドの討伐依頼ですね。畏まりました」


 選んだのは最初ということでボク達にも馴染みのあるウィランテ大山脈の依頼にした。

 ギルドの印鑑が押された依頼書を受け取ったボク達はウィランテ=ミルの街の冒険者ギルドを出発し、来た道を戻る。


 依頼者はフィジリィルの村よりも上にあるゼスティージェの村の村長のようだ。

 ゼラさんも二度ほど足を運んだことしかないらしく、ボクらにとってはほとんど未知の場所ということになる。


 リュフォラの町と懐かしのフィジリィルの村でそれぞれ一泊ずつして、万全の態勢でゼスティージェの村に向かう。

 村長に挨拶をした後、改めて依頼の内容を書くにし、そのままイェスハウンドの討伐に向かった。


「これで全部かな?」


 イェスハウンドから討伐証明部位の尻尾を切り取ったボクは、周りを見渡してもう魔獣の姿がないことを確認した。


イェスハウンドは・・・・・・・・これで全てですわ」


 最初に異変に気づいたのは、汐見君だった。

 その曖昧な表現は、これから起こる一大事件を暗示していた。


「……大量の魔獣らしき反応が山の裏側からこちらに向かってきていますわ」


「向こうって……魔王領!? まさか、魔王軍が攻めてきたの?」


「分かりませんわ……ですが、反応は大きいです。……これは、三体ほど先行しているようですわ! っ、来ます!!」


 突如、山の山頂に三体の巨大な人型の魔獣と、それらに追われる満身創痍のコンスタンスさんが現れた。


【コンスタンス視点】


 私自身、まさかこのようなことになるとは思わなかった。

 いつも通り依頼を受け、ウィランテ大山脈の反対側――魔王領の調査に向かった。


 依頼の内容は魔族の動向を調べることだ。ウィランテ大山脈を越え、魔王軍が侵攻しようとしている兆候があるかを確認し、それを冒険者ギルドに伝えるという、一方間違えば危機に瀕する依頼だった。


 だが、私はこの依頼を幾度となく成功させてきた。だから、今回も無事に終わるだろうと思っていた。


 私の心にはどこかに慢心があったのだろう。

 勿論、今後があるとすれば誰かを頼らずに自分一人で戦うつもりだ。それが変わるはない。

 だが私はこの時、誰かを頼らなければならない――私という人間一人の限界を思い知らされたのだ。


 迫り来る三匹のトロルを目にした時、私は生理的嫌悪感と圧倒的絶望感を抱かざるを得なくなった。

 私は彼らに蹂躙され、弄ばれ、死を迎えるのだと本能が私に訴えたのだ。


 それでも私は抗うように戦った。その結果がこれだ。

 あのまま逃げに転じていなければ、今頃私な奴らに凌辱され、尊厳を踏み躙られながら死んでいただろう。


 満身創痍になりながらも私はなんとか逃げている。だが、逃げたところで私はあの性欲の魔獣達から本当に逃げ切れるのか?

 逃げた先で誰かが助けてくれるとは思えない。この先の村々が既に蹂躙される運命にあるように、私も蹂躙される運命にあるのではないだろうか? 私の中の私が「早く楽になれよ」と誘惑の声を囁き、訴えてくる。


 だが、それでも私は抗った。逃げる先がないことが分かっていても、私はあの恐ろしい存在から逃げる以外の選択肢を選べなかったのである。


「――シュー、シュー、シューフー」


 トロルが下卑た笑みを浮かべ、棍棒を振りかざした。

 間一髪のところで躱し、そのまま斜面を走る。



 汐見君が敵を感知したのと同時に、三体の巨躯を持つ魔獣が現れた。


「トロルですわ! レベルは……130!!」


 今まで戦ってきた魔獣がどれくらいのレベルだったかは分からないけど、そいつらよりも遥かに強そうだ。


 【死纏】の効果である黒い靄を身体全体に纏わせ、【縮地】を使って肉薄し、【無拍子】と【薙ぎ払い】を併用して薙ぎ払う。

 一体はそれで倒すことができた。けど、まだ二体のトロルがいる。


 その中の一体が猛烈な速度で棍棒を振りかざした。

 なんとか避けられたけど、あのまま喰らっていたら確実にペシャンコにされていたと思う。


「ライトニング・ダブルですわ!!」


 汐見君の持つ両手の剣が雷を纏った。

 汐見君が地を蹴って加速し、そのままクロスした剣から十字斬りクロススラッシュを放ち、トロル一体を焦がしながら斬り倒す。


「〝凍てつく氷よ。槍の形持つ無数の氷塊へと姿を変え、汝の敵の身体を貫け〟――〝無数氷塊大槍アイシクルフルランス〟」


「〝真紅の炎よ。無数の槍となりて、我が敵を貫き焼き尽くせ〟――〝無数灼熱炎槍ファイアジャベリン〟」


 ゼラさんの中級魔法が相次いで命中し、最後のトロルも倒すことができた。


「……お前達は確か。……助けてくれたことには感謝する」


 苦虫を噛み潰したような表情……仲間の力で助けられたことに納得できなかったんだろうね。


「一ノ瀬梓です……何があったのですか?」


「……分からない。魔王領の調査をしていたら突如三体のトロルが現れたんだ」


 この魔獣達は魔王領から進軍してきているってことで間違いなさそうだね。


「〝癒しを〟――〝治癒ヒール〟」


 ジュリアナさんの【回復魔法】の光がコンスタンスさんを包み込み、癒していく。

 傷はこれで癒せたけど、全て元通りという訳にはいかない……心についた傷を癒すことは魔法ではできないからね。


「……メーアさん、敵の位置はどんな感じ?」


「まだこちら側まで進軍するには時間が掛かりそうですわ。……随分、ゆっくりと侵攻していますわね。数は……五万というところでしょうか?」


「五万……随分と多いわね」


 ゼラさんもここまでの魔獣の侵攻を経験したことはないらしい……何者かが一枚噛んでいそうな気がする。


「コンスタンスさん、冒険者ギルドにこのことを報告してきてくれませんか?」


「それは勿論だが……お前らはどうするんだ?」


「ボクはこのままここに残ってトロルを迎え撃ちたいと思います。フィジリィルの村の方には助けていただいた恩がありますから」


「私も残るわ! フィジリィルの村の大切な人には指一本触れさせない!!」


「勿論、私も残りますわよ!」


「わ、私だって!!」


 驚いた。ゼラさんは兎も角、他のメンバーは逃げても仕方ないと思っていた。

 やっぱりみんな強いな。こんな絶望的な状況を前にしても恐怖を抑え込み、戦う決意をしている。


「分かった。……必ず冒険者ギルドにこのことを伝える」


 コンスタンスさんは一言言い残すと、そのまま下山を開始した。


「それじゃあ、ボク達も行こう。まずはこのことを各村々に伝えないと」

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