玉手箱によって大人になるとオトちゃんとアクアちゃんの性格は一変してしまうようだ。

 異世界生活六十三日目 場所バラシャクシュ遺跡


 AR――人が知覚する現実環境をコンピュータにより拡張する技術、およびコンピュータにより拡張された現実環境そのものを指す言葉。

 拡張現実、拡張現実感、強化現実、増強現実など、様々な呼び方をされる。


 そして、俺は今人生初のARを体感している……異世界の迷宮の中で? うん、俺もクエスチョンだったよ!


 全面真っ白な部屋に入ると、目の前にポリゴンが現れ、瞬く間に機動要塞エレシュキガル(のミニチュア)を形作った。


-----------------------------------------------

機動要塞エレシュキガル・データ

HP:9999999/9999999

-----------------------------------------------


 ……ご丁寧にHPが空中に表示されている。

 前に戦えなかった建造物がミニチュアになってボスとして登場するのはプロ●バブイルっぽいな。まあ、プロ●バブイルのHPは400000だけど。どっちが難易度高いかは分からん。ステータスって作品ごとでまちまちだからね。


 とりあえず、まずは装備に向かって【智慧ヲ窮メシ者】を使ってみる。


-----------------------------------------------

天壌割り焼く主砲シャマシュ

→メイン主砲だよ! 質量をエネルギーへと変換して超圧縮して解き放つよ!

超重力を生み出す歪曲イシュタル

→砲台の一つだよ! 広範囲に超重力の断層を作り出し、射線上にあるあらゆるものを押し潰すよ!

存在を滅却する蒼煌ニンフルサグ

→砲台の一つだよ! 砲撃した対象を原子レベルに分解するよ!

霊界を穿ちし兵装ダムガルヌンナ

→砲台の一つだよ! 高密度に圧縮した精神波を打ち出すことで霊的存在にもダメージを与えるよ!

亜空を捻じ曲げる常闇アンシャル

→砲台の一つだよ! 本来存在しえない同座標の亜空間を無理やり生成し、そこにあったものや周囲のものを亜空間ごと世界の修正力によって消し去るよ!

-----------------------------------------------


 ……諸、“機竜デウス・ド●ゴン”マ●ドゥークじゃねえか!!

 これを機動要塞エレシュキガルにも積んでたの!! 一体お前ら、何と戦ってたんだよ!!


 幸いARだから対消滅でどうかとかは無いけど……というか、遺跡が吹っ飛ばないようにARにしたのか?


 うん。主砲にエネルギーが溜まってきている……こりゃ初っ端からセルフマテバ来るな。……なんで敵そのものを対消滅の対象にしないんだろう?


 とりあえず、【瞬間移動】を発動して主砲の射程から離れる。


「〝DIES IRÆ〟」


 呪文を呟くのと同時に機動要塞エレシュキガル・データを包むように光の柱が出現。

 存在が消滅したので機動要塞エレシュキガル・データのHPが0になった扱いになったようだ。


 閉まっていた後方の扉と、新たに前方の扉が開いた。……この先が目的地かな?

 さて、合流地点で白崎さん達を待ちますか。


【高野聖視点】


 荘厳な彫刻に彩られた巨大な扉。朝倉さんによれば、この次の部屋が大部屋になっていて、その次の部屋に草子君がいるらしい。

 ……もう迷宮をクリアしちゃったんだ。


「開けるよ?」


 全員の首肯を確認して扉を開ける。


「……何もない部屋?」


 朝倉さんが疑問の声を上げる。

 そう、部屋には何も無かった。……あからさまにそれっぽいのがいれば、それが敵だって分かるんだけど。


「扉が閉まるリプ!」


 ズズズ、と音を立てて扉が閉じた……逃げられなくなったってことだよね?


 目の前にポリゴンが現れ、瞬く間に八本足の機動要塞を作り上げた。


「機動要塞エレシュキガル……よね? でも、エレシュキガルは確か完全に動きを止めた筈……」


 北岡さんが驚愕の表情を浮かべている……これが、機動要塞エレシュキガル。


 機動要塞エレシュキガルの頭上にステータスが表示される。


-----------------------------------------------

機動要塞エレシュキガル・データ

HP:9999999/9999999

-----------------------------------------------


 それと同時に、あたし達の頭上にもHPバーが表示された。


-----------------------------------------------

ATTENTION

 このAR空間でHPが0になった場合、部屋の外に転送されます。一度敗北後、一時間は再挑戦できません。

-----------------------------------------------


 警告表示があたし達一人ずつの前に現れる。

 なるほど、戦闘で負けても死なないけど、一時間再挑戦できなくなるのか。

 死なないってのは確かに大きいけど、一時間も天使やゴーレムと戦うのは辛い。


 できれば一回でクリアしたいな。


 機動要塞エレシュキガル・データの主砲があたし達の方に向けられる。

 あたし達は散開して砲撃を回避、あたしは【翼理】と【飛行】を発動して機動要塞エレシュキガル・データに迫り、【神聖剣 極】を発動して金色の輝きを宿した右の剣で【逆袈裟斬り】、左の剣で【薙ぎ払い】、そのまま回転して【唐竹】、【袈裟斬り】と繋げていく。


-----------------------------------------------

機動要塞エレシュキガル・データ

HP:9988888/9999999

-----------------------------------------------


 あんまり効いていないみたい。流石に一撃では倒せないよね。


獅子宮の光拳レグルス・インパクト!!』


『白羅一刀流居合・瞬燦』


 勝光さんと勾陳さんの攻撃もあまり効いていないみたい……これは結構長期戦になりそうだな。

 草子君はどうやって突破したんだろう……あんまり参考にならないと思うけど。


 砲台の一つに黒い輝きが宿り、二つの巨大な球が放たれる。

 放たれた二つの球は勝光さんと勾陳さんに命中し……どういうこと? 勝光さんと勾陳さんがそのまま消し去られちゃった。

 まるで、周囲の空間ごと無かったことにされたみたい。


-----------------------------------------------

INFORMATION

 勝光並びに勾陳は一時間が経過するまで再召喚できません。


戦闘不能理由: 亜空を捻じ曲げる常闇アンシャルによる亜空間作成を世界の修正力で修正する際に巻き込まれて消滅。

-----------------------------------------------


『世界の修正力を利用した消滅か……とんでもない兵器だね』


「クリプはどんな理屈か分かったんだね。……とりあえず、あの攻撃に当たると一発で退場になるってことは分かった」


「……勝光さんと勾陳さんには後でどうなったか説明しないとね。……今の攻撃、【結界魔法】で対処できないかな?」


『着弾と同時に発動しているから、多分できると思うリプ……確証はないけどね』


 今の攻撃の効果と対処方法が分かったのは大きいけど、勝光さんと勾陳さんを失ったのは大きい。

 それに、機動要塞エレシュキガル・データはまだ多くの手札を持っている。……誰かがやられたら敵の手札が開示されるってルールだと、敵の手札が分かるのもあんまり嬉しいことじゃない。できれば、あたし達の手で敵の手札の正体を掴みたいな。


「クリプさん。敵の攻撃の分析をお願いできないかしら?」


『僕にはそれくらいしかできないからね。勿論、やらせてもらうよ』


 草子君なら一発なんだけどって思っちゃうのは、あたしが草子君に依存しているからなのよね。

 草子君の役に立てるようになるためには、まずは草子君に頼り過ぎている今のあたし自身を見直さないといけない。


「〝後一天后水神家在亥主後宮婦女吉将〟――急急如律令」


「〝開門せよ、宝瓶宮アクエリアス〟」


 常盤さんが新たに呼び出したのは天后と神后――オトちゃんとアクアちゃんの仲良しペアだ。


「オトちゃん、アクアちゃん。力を貸して欲しいの」


『勿論だよ♪ ……でも、かなり強そうな敵だなぁ。……常盤ちゃん、玉手箱、使っていい?』


「玉手箱……確か『浦島太郎』に出てくる物だよね。禁を破って箱を開けると煙が出てきて年をとっちゃうっていう」


『オトちゃんの玉手箱はそんな危険なものじゃないよ。使うと一時的に大人体になるんだ♪ 大人体になれば、今までよりも強くなるよ』


 ただでさえ強いオトちゃんが更にパワーアップするってことか。これで多少、希望が見えそうだね。


『アイリス、君の固有魔法【水晶聖女】の巻き戻しならあの砲撃をどうにかできるかもしれない』


「クリプ、ありがとう。そうだね、試してみるよ」


 アイリスさんも戦法を思いついたみたいだし、あたしも頑張らないと。

 ……そういえば、進藤君の姿がさっきから見えないけど。……あれ? 機動要塞エレシュキガル・データの上に登って五叉槍ブリューナクを振り下ろし続けているの……もしかしなくても進藤君よね?

 あはは……やっぱり進藤君達は規格外だ。草子君とは別の意味で。


 さっきの砲台とは別の砲台に赤い光が収束した。

 それが、機動要塞エレシュキガル・データの頭上に飛んでいく。


「進藤君!!」


「おう、分かってる!!」


 進藤君が機動要塞エレシュキガル・データから飛び降りた瞬間、猛烈な重量が機動要塞エレシュキガル・データに襲い掛かった。


『……今の兵器は、差し詰め広範囲に超重力の断層を作り出し、射線上にあるあらゆるものを押し潰すものというところかな?』


 つまり、今の攻撃を受けていたらみんなペチャンコでGAME OVERだったってことか。

 もし、あの攻撃があたし達に向けられていたら、かなり危険だったね。


 機動要塞エレシュキガル・データは自分の攻撃のせいで身動きを取れなくなっている。

 集中攻撃を仕掛けるなら今ね!


『玉手箱開けるよ!』


 玉手箱を開けると、中から白い煙が立ち昇って、オトちゃんとアクアちゃんを包み込んだ。


『……久しぶりの感覚だな。この身体になると、どうにも嗜虐心を掻き立てられる』


『ほどほどにしてください、オトヒメ。……アクアの計算は完璧です。マスターのお望み通り必ず敵を殲滅します』


 キャラ変わりすぎだよ! 可愛いオトちゃんとアクアちゃんはどこに行ったの!!


『んじゃ、始めっか? 随分と解体バラし甲斐がありそうだ』


『敵の砲撃はどれも厄介です、気をつけてください、オトヒメ』


『アクア、アタシを舐めてもらっちゃ困る。さあ、とっととやろうぜ!』


 アクアちゃん……ううん。もうアクアさんかな? の手に水瓶が現れ、そこから激流が飛び出した。


『竜宮の守護者よ! 海流の王オセアン・ドラゴン!!』


 オトヒメさんの手に大量の水が宿り、それが巨大な水の龍の姿となって襲い掛かる。

 ……って見ている場合じゃない、あたしも戦わなきゃ!


 【翼理】と【飛行】を発動して機動要塞エレシュキガル・データに迫り、【神聖剣 極】を発動して金色の輝きを宿した右の剣で【唐竹】、【袈裟斬り】、左の剣で【逆袈裟斬り】、【薙ぎ払い】。


「〝万象を滅却する波動よ! 相反する相剋の力によりて顕現し、その力を思う存分揮い給え! 灰は灰に塵は塵に戻りて万物須らく円環の輪へと還る。今こそその輪を外れ、滅びの道を進み給え〟――〝破滅の波動フィーニス・ウンダ〟」


 あたしが離れた直後にアクアさんとオトヒメさんの攻撃が相次いで命中する。

 それを確認してから、あたしは今撃てる最強の魔法を放つ。


 あたしだけセリスティア学園長から魔法を教えてもらえなかった。

 まあ、あたしが草子君に頼まれて潜入捜査をしていたからなんだけど。

 実は、最近部屋から抜け出してセリスティア学園長のところで個人レッスンを受けていたんだ。……使徒エレレートの身体は残しておいたからみんな気づかなかったみたいだね。


 あたしの撃った分解魔法は機動要塞エレシュキガル・データのHPをかなり削った。


-----------------------------------------------

機動要塞エレシュキガル・データ

HP:4528891/9999999

-----------------------------------------------


 でも、まだ半分近く残っている。


 機動要塞エレシュキガル・データの主砲にエネルギーが溜まっていく。

 そして、十秒もしないうちに猛烈な速度で解き放たれた。


『今だ、アイリス!!』


「〝時間巻き戻し魔法〟――〝水晶のRewind遡行time〟」


 アイリスさんが魔法を唱えた瞬間、水晶玉に映ったエネルギー砲が巻き戻った。

 そのまま主砲の中に逆戻りして、大爆発を引き起こす。


-----------------------------------------------

機動要塞エレシュキガル・データ

HP:0/9999999

-----------------------------------------------


 機動要塞エレシュキガル・データがポリゴンになって崩れていく……勝てたんだよね?

 閉まっていた後方の扉と、新たに前方の扉が開いた。……この先に草子君が――。


 あたし達は一目散に草子君の居るゴールに向かって駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る