女神様とぶりっ子な自称美少女AIには情報技術という共通点があるのに相容れない関係のようだ。

 異世界生活五十九日目 場所エリシェラ学園


 エリシェラ学園に〝移動門ゲート〟を開き、ルルードの研究室を目指す。

 確か、この時間にルルードの講義は入っていなかった筈だ。研究室に行けば会えるだろう。


「ルルードさん、いらっしゃいますか?」


『はい……ちょっとだけ待っててください』


 ガラスが擦れるような音がドア越しでも聞こえた……薬品の入ったビーカーとかを片付けたんだな。

 扉を開けたルルードに促され、部屋に入る。


 大量の書類とビーカーやフラスコが棚に整理されている。

 ルルードは綺麗好きなのでこの研究室がドラマで見るような凄惨な光景になることはない。さっきの音は使っていた実験器具をしまったからだろう。……僅かに薬の匂いが残っているし。


「あっ、今飲み物を淹れますね。紅茶か珈琲、どちらがいいですか?」


「では、紅茶で」


 アルコールランプとビーカーでお湯を沸かすということはない。

 研究室の一角に用意された給湯室でお湯を沸かし、温かい飲み物を淹れているようだ。


 紅茶の香りを堪能しつつ、一口分口に含む。

 舌で味を堪能し喉を潤すと、目的の話を切り出した。


「まず、ジェルバルト山の茸ですが、無事に調達することができました」


「ありがとうございます。これで魔法薬研究が進みます」


 茸や筍は、現在知られている植物型魔法薬の最高ランクである至高秘薬ラスト・アムリタの材料になる。

 それ以外にも力増強薬パワー・ドリンク敏捷増強薬スピード・ドリンク耐久増強薬ディフェンス・ドリンク精神増強薬マインド・ドリンク幸運増強薬ラック・ドリンクの材料になる茸や筍も存在している。


 ルルードの近年の研究は、これらステータス向上薬の配合による総合上昇薬と、キャベツなどの経験値豊富な食材を利用した経験値凝縮薬EXPポーション、既存の魔法薬よりも更に強力な魔法薬の開発にあるようだ。


 ルルードの研究は、より少ない数の魔法薬でより効果を得られることを目標にしている。確かにいくつかの魔法薬を飲めば同じ量の回復量が見込めるかもしれないが、そうなれば荷物が増えたり、飲むのに時間が掛かったりと問題が生じる。一分一秒が惜しい戦場で魔法薬を複数飲むなどしていては、敵の攻撃の格好の的だ。

 効率性を追求し、使いやすい魔法薬を世に送り出す――それがルルードの研究の究極の目的らしい。


「それから、噂の薬草ですが山小屋で確認したところ名前が判明しました。マウラ草、エジリオ草、ヒポクテ草というそうです」


「聞いたことがない薬草ですね。もし見つけたら少し私に分けてください。勿論、報酬は茸や筍の時と同様にお支払い致しますので。……しかし、ここまで知られていない薬草だと魔法薬の製法も不明かもしれません。……既存の製法がどこかで見つかればいいのですが、そんな都合のいいことはありませんよね」


 魔法薬作りには手順が存在し、その通りに行わなければ失敗し、品質が落ちる。

 俺は【薬学】のおかげで無意識に正しい手順で魔法薬を作成できていたようだが、このスキル自体をルルードは見たことがないようなので、俺のようなやり方は不可能なのだろう。

 異世界に召喚されたばかりの時は残り物の無用の長物スキルかと思ったが、実は地味に効果を発揮する縁の下の力持ち的なスキルだったらしい……こんなんばっかだな。


 しかし、製法が一切分からない魔法薬の開発か。魔法薬同士の調合である程度の形にできる総合上昇薬の研究とは違い、経験値凝縮薬EXPポーションの開発のような一から作り上げるタイプは本当に手探りだ。こちらのタイプに必要な労力は桁違いに大きい。


「これが最後なのですが、ジェルバルト山の途中で出会い、一緒に旅をすることになった方がいるのですが、その方の服を用意していただけないかと思いまして。確か、ルルードさんは服作りも行っていましたよね?」


 ルルードは某元OLの聖女のような魔法薬と料理、化粧品だけではなく、衣類などの製作にも取り組んでいたらしい。

 普段着ているパンツスーツやレディーススーツも全て自分で作ったというから驚きだ。……というか、この世界って中世ヨーロッパ並みの文化だからスーツとかある筈がないんだけどね……超帝国マハーシュバラには軍服があるみたいだけど。きっとインフィニット辺りが発案者だろう。


 というか、ルルードの前世ってOLだったんだよね。なんでそんなに多才なんだ!! というか、普通はスーツ自作できないだろ!!


「まあ、私も多少服を作ったりはしますが……本当に趣味程度ですよ。ちゃんとしたところにオーダーした方が」


「全く服屋に知り合いがいないので。俺の着ているこの服も一張羅ですし」


 高槻斉人だったっけ? あの人の残した服って相当というか、最早異常なくらいの高性能なんだよね。そのまま水洗いもできるし。

 だから、これ一つでいいかなって思ってなかなか服を買いに行く気になれないんだよ。

 女子達や貴族達と違って、俺はそんなにオシャレに拘らないし。


「そうでしたか。そういえば、草子さんはずっと同じ服を着ていますね。もし服が必要になったら、私から知り合いの服職人に依頼するので遠慮なくおっしゃってください」


 ルルードは平民の出だが、聖女ラ・ピュセルとなったことで、自由諸侯同盟ヴルヴォタットも見逃せない存在となり、女男爵バロネスの爵位を与えるという形で繋ぎ止めることになったらしい。

 つまり名実共に貴族であり、舞踏会に出席することもあるようだ。

 まあ、ルルード自身、貴族の世界がどうにも肌に合わないらしいのでほとんど公の場には出ないようだが、それでも貴族として最低限の身嗜みは整えられるように伝手を得ているのだろう。


 ちなみに、俺にも貴族位を与える話が持ち上がっていたらしいが、俺が冒険者の最高ランクと同等の扱いにするという誘いを迷うことなく蹴った話をどこかで聞いたらしく、そのまま立ち消えになったらしい。

 まあ、妥当な判断だよな。こんなモブキャラに叙爵!? どんな風にトチ狂ったらそんな選択をするんだよって感じだから。


「ところで、その方はどのような方なのですか?」


「秘密にして頂きたいのですが……実は魔獣でして。正確に言えば、魔獣に転生した転生者リンカーネーターということになります。しかも前世は異世界カオスに召喚された元日本人でして……結構複雑な立ち位置ですね」


「なるほど……そういう稀有な形もあるのですね。ところで、その方ってどんな姿なんですか? もしかして、人間とは違う姿だったり?」


「いえ、見た目は可愛らしい美少女といった感じですが、精神の性別は男なのであまりその点については話題に上げないでくださると助かります。身体は男でも女でもないといいますか……両性共有とは対極といえば分かるでしょうか?」


「なるほど……そういうことですか。でしたら、服は特殊なものでない方がいいですね。後は、その方と相談して決めるのが一番だと思いますが、その方はいつ頃お連れできますか?」


「あっ、今からで大丈夫でしたらすぐに呼びますね」


 〝移動門ゲート〟を開いてレーゲンを案内する。

 後は二人で決めるらしいので、俺は暫くしたら戻ることを告げ、別の用事を済ませるために新たに開いた〝移動門ゲート〟に飛び込んだ。



「……さて、と。どうしたものか」


 もう一つの用事とは女神オレガノと話をすることだ。

 だが、それについて確実な方法をレーゲンと【叡智賢者】は持っていなかった。


 ……さて、一つ考えた案を試してみますか。


「〝崇高なる神界より降臨し、我らを導き給え〟――〝サモン=ゴッド・オブ・オレガノ〟」


 ジェルバルト山の一角に逆五芒星の魔法陣ができ上がる。

 レーゲンから聞いて神格召喚ができないかなって思ってたけど、うん、普通にできたな。

 ついでに【召喚魔法】と【神格認識】を手に入れたようだ。……あれ? 魔法は兎も角もう一方は手に入っちゃダメなやつじゃないの? 【精霊視】とは明らかに別次元のスキルだよ! えっ、そもそも【精霊視】って何かって? “精霊王”を見た時に獲得したスキルだよ。なんでもこのスキルがないと精霊が見えないらしい。


 ≪えっと、どなたですか? どうして神格召喚ができるんですか。もしかして、ミント正教会の黒幕!? 私の女神ミントを返せ!!≫


「あのさ、少しは周りを見ようよ。ここはどうみても教会じゃない。……犯人じゃないのにきっとそうに違いないって決めつけられて不利益を被る冤罪の被害者が一体どれほどいるか……手当たり次第疑うのはやめてもらいたい」


 全く、せっかく魔力を消費して交渉の舞台を用意してやったっていうのに、最初からこんなんじゃやる気無くすよ。

 まあ、それだけ女神ミントが大切なんだろうけど。


「俺の名前は能因草子、見ての通り日本人だ。あんたらのお仲間? ヴォーダン……なんだっけ? 老害の異世界召喚に巻き込まれた哀れなモブだよ」


 ≪……えっと、あれと同列に扱うのはやめてくれませんか? 昔は凄い武神だったらしいんですが、その面影は跡形もなく、雑な仕事で他の神に面倒な後処理仕事を降らせてくるタチの悪い天界の癌なので。……しかも、アイツ無駄に地位が高いから逆らえねえんだよ! 全く嫌になっちまうぜ≫


 ……こっちが本性か。随分口の悪い神様だな、まああの老害が相手なら誰だって口が悪くなるだろうけど。


 ≪……草子様、この度はうちの老害がご迷惑をおかけしたこと、謹んでお詫び申し上げます≫


 ……上司の不手際で部下が謝罪か……悪い上司の典型パターンだ。


「今回、召喚させて頂いたのはレーゲン君からお聞きした女神ミントの救出に関してです。こちらも、旅のルート上ミンティス教国も通るのでこの救出に協力することも可能です。ただし、それには条件があります」


 ≪女神ミントの救出にご協力頂けるのですか! それは、願ってもない申し出! デスクワーク中に召喚されたので実は少し苛立っていたのですが、今ので吹っ飛びました≫


 まあ、確かに仕事中に召喚されたら苛立つよね。でも、こっちから女神オレガノの状況が分かる訳ないのだから、こうなったのも仕方ないと思うよ。

 嫌ならちゃんと連絡手段を用意しておかないと。


「俺の望みは地球に帰還することです。いずれは大学のゼミに入り、文学研究をする筈でした。それをあの老害は異世界召喚で無茶苦茶にした。しかも現状で地球に帰還する方法はない……一応可能性があるものを調査していますが、それでも地球に帰れる保証はありません」


 ≪私達神は基本的に人間の行いに対して不干渉を貫いています。この世界から地球へと草子様が帰還した場合、私達はそれに対して何かしらの行動を起こすことはありません。それによって文明が変化したとしても、それはその世界に起こるべくして起こった変化だということで処理します。……この世界から地球へと帰還する方法は私の知る限りありません。あの老害の使う異世界召喚は一方通行のものだからです。地球という星から異世界に召喚するという不可逆のプログラムによって成り立っていますので≫


 ……やっぱり、そういう類の召喚魔法か。

 くそ、異世界モノはこういう理不尽なものばっかかよ!

 ちなみに、俺の【時空間魔法】でも世界の壁を越えることはできなかった。ついでにあの老害の部屋にも飛べなかった。


「そこで、俺は代替え措置を考えました。しかも、こちらには確実性があります。……俺を地球に転生させていただきたいのです。それも、赤子からではなく、能因草子という人間として召喚される前の年齢で」


 異世界に召喚される前の状況を召喚後の世界で成立させる。

 これこそが、俺の考えるもう一つの地球への帰還方法――“PROJECT REVIVAL LIFE”……どっかで聞いたことのある魔造人間作成計画とは違うよ!


 ≪……それはできません。複数の世界観で物質が動くことまでは許容できますが、新たな生命を生み出すことだけは許容できません。もし発生する環境がない状態で生命が誕生した場合、深刻な矛盾パラドックスが生じ、最悪の場合その世界線が滅びます≫


 地球から異世界への移動の場合、全体としてみれば総量が変化していないため問題は生じない。

 だが、神の力を用いて本当に一から生命を――能因草子という存在を創り出すということになれば、無から有を生み出すことになるので深刻な矛盾パラドックスが生じるということだな。……うん、最初から予想してた通りだ。


「勿論対策は考えています。【永劫回帰】――世界を騙すスキルを使うことで、その深刻な矛盾パラドックスを回避するという方法です」


 ≪なるほど……理論上は確かに可能性ですね。ただ、私の一存で決められる問題ではありません。それに、女神ミントの救出と釣り合うかという問題も浮上するでしょう……あっ、私は十分釣り合うと思いますよ。……どのような対価を天界が提示するかは分かりません。また、詳細が決まったらご連絡……そういえば、どうやって連絡をしましょう? 一々召喚するのも面倒ですよね?≫


 確かに面倒だよな。こっちにとっても、女神オレガノにとっても。

 そういえば、スマートフォンがあったな。だけど、異世界だとオンラインの機能は使えないだろうし。


「一応スマホがありますが」


 ≪スマートフォンがあるのですか! なら、少々システムを弄れば私と通話できますね≫


 神によって改造されたスマートフォン? 異世界生活をスマートフォンと共に営むのだろうか? ……ハーレムは、なさそうだな。俺、ただのモブキャラだし。


 スマホを皮の袋から取り出して、起動する。


「……あの、この娘は何者ですか?」


 ……しまった。エレシのこと、すっかり忘れてた。



【ワタシこそ、全宇宙で最も優れた魔導科学文明――超古代文明マルドゥークの申し子! 機動要塞エレシュキガルの中枢にして超美少女AIプログラム、エレシちゃんだよ♪♪】


 ……なんだろう、今すぐスマホの電源を落としたい。


 ≪……ウザいですが、途轍もなく高度な技術で作られているようですね、ウザいですが≫


 重複しているよ! 高度な技術以上にウザいんだね!!


【お姉さん、なかなかの慧眼だね。でも、超絶美少女を捕まえてウザいなんて酷いよ! あっ、分かった、お姉さん、ワタシが可愛いから嫉妬していんだね】


 ≪いえ、嫉妬などしてません。……ご存知ですか? あからさまにぶりっ子している女子って同性から激しく嫌悪されるんですよ? それに過度すぎるぶりっ子は男性からもドン引きされます≫


 ……うん、明らかに嫌っているのが見え見えだよ、女神オレガノさん!


「……おい、五月蠅いぞ、エレシ。アプリ化してるから、こっちからアンインストールできるのを忘れてもらっては困る。……この方はオレガノさんだ。女神様で、今後の展開によっては俺の協力者になる。……コイツは超古代文明マルドゥークが作った人工知能のエレシです。コイツの情報が頼りである部分もあるので嫌いだとしてもノータッチでお願いします」


【やっぱり、草子さんはよく分かっている♪ そう、エレシちゃんがいなければ草子さんは目的地に辿り着けないのです!】


 女神オレガノとエレシ、とことん相性が悪いな。というか、どっちも大人なんだからあからさまに刺激し合うなよ。


 途中、女神オレガノが怒りを爆発させる場面や、超古代文明マルドゥークが〈全知回路アカシック・レコード〉のプロテクトを突破したことを自慢げに話し、女神オレガノが激しく落ち込んだりする場面もあったが、なんとかスマホを改造してもらった。……というか、オレガノって女神だよね? なんで一文明が作ったAI如きに振り回されているの!? それでいいの!!

 というか、それってエレシの功績じゃないよね!? 他人の褌でなんとかさんだよ。……もしかして、エレシってあの……なんて名前だったっけ? フィードと一緒にいたあの執事と同類なの!!


 さて、と。そろそろ戻りますか。服ができるまでは登山はお預けだな。

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