「ボク、わるいスライムじゃないよ」って台詞は一発で出身がどこか分かってしまう魔法の言葉のようだ。

 異世界生活五十九日目 場所ジェルバルト山、六合目


 魔獣の反応もほとんど無くなった。残っている魔獣反応は例の強烈な魔獣反応の他、ゴルィニシチェが三体。


 やはり、おかしい。出現する魔獣の数が明らかに減っている。

 魔獣同士潰し合いでもしているのだろうか? という仮説を立てたくなるレベルだ。


 通常、魔獣は魔獣を殺さない。魔獣の肉に含まれる毒は魔獣にとっても有効だからだ。

 唯一の例外は動物の食物連鎖においては微生物などが担う、所謂分解者の役割を果たすスライム……が、スライムは自我を持つことなく、他の魔獣に比べて遥かに弱い。

 スライムは死体やごくごく稀に人間の衣類などを分解することが専らで生きた魔獣を襲うことはない。


 ……いや、創作の世界いるんだけど。自我を持ち、暴風竜から名をもらったスライムが……まあ、あれは転生者だし、例外だけど……まさかね?


 ……ん? あの妙な魔獣、囲まれている?

 いや、どういうこと? なんで魔獣同士戦っているの!? というか、どっちに参戦すればいいの?


「前方六百メートル先? 例の魔獣反応がある。ちょっと飛ばすからゆっくりついてくるなり、そのまま放置していくなり好きにしてくれ、それじゃあ!」


「えっ、ちょっと待って、草子君!!」


(〝距離に隔てられし世界を繋ぎたまえ〟――〝移動門ゲート〟)


 〝移動門ゲート〟を円形状に十枚ほど開き、【閃駆】、【豪脚】、【立体移動】、【縫走】、【突進】、【神足通】、【駿身】、【迅雷縮地】、【重縮地】を【虚々実々】で無理矢理組み合わせ、ダメ押しとばかりに【木偶の坊】と【捨て身】で身体のリミッターを外して更に速度を上げてその中の一つに突っ込む。

 前回の実証で光速を超えた。さて、今回はどうなるか? と思ったら動きが瞬間移動みたいになった。

 ……【空間魔法】を使わなくても、空間って飛べるんだね……体感的には。


 そのまま魔獣の群れに突っ込んだら跡形もなく消し飛んだ。消し飛ばなかったものは飛んでいって別の魔獣にぶち当たり、死亡……うん、今回は速度の割に倒した数が少ないよ。わざとあの妙な魔獣を避けるように突撃したし。


 ……なんだろう? 見たことがない魔獣だ?

 一見すると可愛い女の子だが、白い髪と赤い目を持つ人間なんて聞いたことがないし、そもそも身体の構造が人間じゃない。


 ――ぷるん。……あれ? さっきの白髪の魔獣がスライムになった……えっ、どゆこと? まさかのアレなの! 白髪の子に擬態していただけで正体はスライムなの?


「ボク、わるいスライムじゃないよ」


 ……間違いない。コイツ、元地球出身者だ。見た目からすると転生者リンカーネーターだが、【勇者召喚で呼ばれし者】ってあるし……転移者トラベラー

 つまり、一度転移した後転生したタイプか。


「レーゲン=イーザー君、さん? 初めまして、能因草子と申します。危害を加えるつもりはありませんので、警戒なさらなくても大丈夫です」


「あっ、もしかして君も地球出身者!? なんだ、ステータスが解析できなかったから敵対したらヤバイなって思ったけど、それなら安心だな。そっちからはステータスが見えているだろうからいらないかもしれないけど、僕はレーゲン=イーザー。今は見ての通り魔獣の姿だが、元々はミンティス教国に召喚された、元地球人だ」


 レーゲンは一度跳ね、白髪の魔獣に戻る。……そっちが本当の姿か。


「しかし、転生者リンカーネーターであると同時に転移者トラベラーでもあるとは珍しいですね。あんまりそういう設定の異世界モノはありませんから。俺もいくつか心当たりがありますが、その一つに召喚勇者が一度死んで、魔獣に転生するものがありますね」


「もしかして、草子さんもあの話、知っているんですか! 結構マイナーな話ですが、面白いですよね」


 うん、前世は文学少年かな? 結構話が合いそうだ。というか、趣味の一致度はロゼッタ以上? 名前からして文学好きだし。


「あの、イーザーって……もしかして、ヴォルフガング・イーザーから取りました?」


「まさか、イーザーをご存知なのですか? 僕の周りにもイーザーを知っている人が居なかったのですが、まさか異世界に来て初めて知っている方に出会えるとは。草子さんも文学好きなのですか?」


「ええ、どちらかといえば研究する側で書く方はやってませんが……」


「もしかして、文学研究者なのですか! あっ、僕は地球にいた頃に文芸同好会の方で部長をしていました」


 つまり、書く側か。そういえば、カオスに漫画家の知り合いはいるけど、小説家の知り合いはいなかったな。


「まあ、研究者と言えるほどではありませんよ。まだ高校生一年生ですし」


「そうなんですか! てっきり大学生なのかと思いましたよ。そっかー、同い年タメか……って転生したから年齢は実質ゼロ歳ですけどね」


 俺のクラスに文学について語り合える同級生は居なかった。もし、レーゲンが俺のクラスに居たら……ってifを考えても仕方ないな。


「とりあえず、まずはこの場を移動しましょうか? 事情もお聞きしたいですし。俺にできることがあったらお手伝いしますよ。どうせ各地を巡らないといけないので」


 ……さて、どうしたものか。山小屋のある五合目と七合目までは少し遠いし……あれだな。

 【続きから冒険を始める】を使えばいいか。


「草子君、妙な魔獣さんはどうなった?」


 ナイスタイミング、白崎達も追いついたようだ。


「今から事情を聞くところ。とりあえず、全員で俺の屋敷に行くって方向でオネシャス」



 比較的綺麗になっている部屋に机と椅子を用意する。

 流石にこの人数なので飲み物を用意するのは大変だ……と思ったら白崎達が先に準備をしていた。

 そういえば、白崎達ってメイド経験があったっけ? えっ、イセルガさん? レーゲンを襲おうと手を伸ばそうとして、呪いのことを思い出して手を引っ込めるを繰り返しています……コイツ、本当に執事なの?


 全員に飲み物と軽食が行き渡ったところで話の開始だ。


「えっと……飲み物にクッキーは分かるんだけど、なんでヨーグルトが置いてあるの?」


 と思ったら、白崎がそんな質問を挟んできた。


「遂に完成したんだ、ヨーグルト」


「おめでとうございます、草子さん」


 疑問符を浮かべているその他大勢とは違い、少し前にこの屋敷を訪れていた聖とロゼッタは、その理由が分かったようだ。


「えっと、かなり前からヨーグルトを作れないかと試行錯誤していて、ようやく食べられる程度になりました。今度エリシェラ学園の食堂に持ち込んでみようと思っているところですが、その前にみんなに実食してもらおうと思って。ほら、俺って【異食】あるから腐っていても食べられるし」


「……要するに毒味役ってことね」


「いや、ちゃんと安全確認はしてあるよ。【醸サセル者】で危険な菌が入っていないのは確認済みだし、味も問題無かったから」


 “天使様”達に毒味をさせるなど、そんな畏れ多いことを小心者の俺にできる訳ないだろう……ナ、何ヲ言ッテイルンダ? 聖。


 気を取り直して、レーゲンから話を聞く。


「草子さんには既にお話しましたが、僕は元地球出身者です。この世界に召喚され、その後に転生したので転生者リンカーネーターであると同時に転移者トラベラーでもあるということになります。転生する前は榊翠雨という名前で、地球では文芸同好会で部長をしていました。その文芸同好会に所属していた二人の友人と一緒にミンティス教国に召喚され……その後にミント正教会に暗殺されたのです」


 レーゲンによると、ミント正教会は実質枢機卿カーディナルのマジェルダに支配されているらしく、その目的は不明だが女神ミントを召喚し、何かを行おうとしているらしい。

 神を見ることができるという信じがたい能力を持っていたレーゲンは、マジェルダに危険な存在だと判断され、秘密裏に暗殺されたらしい。


 ミンティス教国には、まだ友人の狩野照次郎と藍川孝徳が残っている。

 ミント正教会が召喚した勇者ブレイヴをそのまま放置しておく筈がない。手駒にするなり、対魔王軍の主戦力として投入する筈だ。

 レーゲンは友人として、その二人を見捨てることができない……と、まあこんな感じか。


「なるほど……多分、その推理は当たっているよ。ROUGAI's NOTEに『ミンティス教国の筆頭枢機卿マジェルダ=ホーリー。邪神ミントの名を借りて自分の思い通りに権力を振るっている悪っるい奴。魔族排斥も奴隷制度もみんなこの人が元凶だったりするよ』って記述があったし……だけど、話を聞く限り、後者の方はマジェルダじゃない可能性が高いな。たく、あの老害はよく確認を取らずに書く……結社に至っては最初と全然印象が違うぞ」


「草子君……その老害って、あの神様だよね。召喚に関わったお爺さん。そういえば、草子君なあのお爺さんから話を聞いていたんだっけ?」


「あの老害、ボケが酷いし纏めるの苦手だし文章にするとキャピキャピした女子になるし、とにかく最悪な奴だけど……うん、最後まで最悪な奴だな。弁護の言葉が見つからない」


 あれは、弁護をするだけ無駄な奴だ。きっと敏腕弁護士でも○ほどうでもあの老害を弁護するのは無理だろう。


「……あの、『老害ってヴォーダン=ヴァルファズル=ハーヴィですか?』って、僕のユニークエクストラスキル? が言っているんですが」


 何? ユニークエクストラスキル? 最早重ね過ぎで意味が分からなくなってるよ!!


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【叡智賢者】LEVEL:1

→叡智賢者が使えるようになるよ! ユニークエクストラスキルだよ!

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「もしかして、【叡智賢者】って奴のこと? 一瞬ユニークスキル大賢●かと思ったよ」


「あっ、それ僕も思いました。しかも僕の身体の元になったのってスライムらしいので、ある意味転生したらスライムだった?」


 後で効果の詳細は調べてみるか……しっかし似てるよな、俺の【智慧ヲ窮メシ者】に。


「……もしかして、そのスキルって自我を持っていたりするの?」


「はい……というか、とある女神のある地点までの記憶をコピーして、スキルに変化させたものらしいので」


 うん、ユニークスキル大賢●、超えてたよ。

 なんだよ、神を元にしたスキルって……ああ、だからユニークエクストラスキルか。二重尊敬並みに奉っているんだな。


 しかし、そうなると俺の【智慧ヲ窮メシ者】とは根本的に違うものだな。

 あちらは、自我を持つスキルだからユニークスキル大賢●に近いが、俺の方には自我がない。アドバイスを受けられないだけこっちの方が劣っているのか? まあ、俺は別にサポート要らないけど。


「ヴォーダン=ヴァルファズル=ハーヴィってのは知らないな。そもそも俺、どうでもいいこと覚えるの苦手だし」


「草子君はクラスメイトの名前をほとんど……というか、全員分忘れていたからね。でも、今回は草子君が忘れている訳じゃないと思うよ。私も初耳だし」


 まあ、白崎が言うならそうなのだろう。なんだ、初めから知らない話かよ。


「しかし、ヴォーダン=ヴァルファズル=ハーヴィ? あの痴呆老人には勿体ない名前だな。あれって、全部オーディンの異名だろ? というか、Wodanヴォーダンはオーディンのドイツ語読みだし……確かリヒャルト・ワーグナーの書いた楽劇、『ニーベルングの指環』ではこの呼び方が採用されていたっけ?」


「確かに、全てヴォーダンの異名ですね」


 ……やっぱり、オーディンのドイツ語読みのことも知っていたか。

 『ニーベルングの指環』、読んだのかな? それとも観た?


「ところで、その女神様とは連絡取れる? その女神様とも情報を擦り合わせたいからね。照次郎さんと孝徳さんだっけ? 二人を助けたいのは君の意思だろうけど、女神ミントの救出に関しては君だけの意思じゃないんだろう?」


「……よく、僕が女神ミントを救出するつもりだと分かりましたね」


「神の言葉が聞けるなら、その苦しんでいる声も聞こえる。そんな声を聞かされ続けたなら、その人を助けたいと思うようになるのは当然のことだろう? まあ、俺は自分の目的最優先の超利己主義な男だから、要らないことは後回しにするけどね」


「と言いながら、結構寄り道もしてくれるんだよね。素直じゃないな、このこの」


「聖さん、俺は美少女でも容赦なく殴るよ?」


 全く、聖はすぐに調子に乗る。……まあ、こいつとこういう掛け合いをしている時間は嫌いじゃないけど。


「えっと、こちらから女神――オレガノに伝えるのは無理ですね。ただ、ある程度僕の動きを見ているということなので、上手くやればジェルバルト山に降臨させることができるだろうと【叡智賢者】が言っています」


「そうですか。では、お願いします。その代わりという訳ではありませんが、照次郎さんと孝徳さんの救出とマジェルダの討伐には全力でお手伝いさせていただきます」


「ありがとうございます」


 これで決まりだな。

 ここからは賭けだ。俺の手札は女神ミントの救出への協力……このチップがどこまで効果を持ってくれるか。

 俺は地球に帰還するために、超古代文明マルドゥークの技術を頼ることを選んだ。

 だが、実際に〈全知回路アカシック・レコード〉に帰還の方法が無かったとしたら……それは、帰還が果たされないことを意味する。


 だから、もしものために別の方法が必要だ。もし、その保険を女神オレガノから引き出せるなら、これ以上のことはない。


「ところで、草子さんってどれくらい強いんですか? 僕の【叡智賢者】がステータスを見抜けなかったのはこれが初めてなので。……差支えがなければお教えください」


「俺のステータス? ただのバグったモブだからそんなに凄くないけど。レベルは∞、ステータスはUnmeasurableって感じかな?」


「……えっと、それってステータスなんですか? どんなライトノベルでも聞いたことがないのですが……」


「まあ、バグだし? 【異食】ってスキルで地下迷宮の魔獣を喰ってたら気づいたらこうなっていた?」


 レベル∞、ステータスUnmeasurableって言ってもあんまりその恩恵に預かっている気がしないんだよね。

 多分、無意識に人並みの運動能力に留めようという意思が働いているからなんじゃないかな? ってそのリミッターの外し方を俺は知らないんだけど。というか、よくよく考えたら【木偶の坊】と【捨て身】で身体のリミッターを外しているつもりだけど、外れてなかったりする!? ……いや、そんな訳ないか。外れてないなら光速を超えた速度に耐えられないだろうし。


「まあとりあえず、これからよろしくな。レーゲン君。それとも、翠雨君って呼んだ方がいいか?」


「レーゲンで構いません。翠雨は一度死にましたから」


 榊翠雨という人間は死んだ。翠雨の意識としては多分レーゲンまで連続しているのだろうが、彼の中でその間には一区切りあるのだろう。

 しかし、スライムをお供にするんじゃなくて自分がスライムになっちゃったか。……もしかして、仲間にアラクネが加わったりする?


「……とりあえず、まずは服を買いに行きましょう」


 うん、まずはそのプ●ン将軍みたいな際どい服をどうにかしないとね。イセルガがガン見してるし……というか、お前ってロリコンじゃなかったの! レーゲン君の性別ってどっちでもないよ!!

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