一度フォローすらと決めたなら「多分」とか暈す言葉は使わないべきだと思う。

 異世界生活五十七日目 場所ジェルバルト山、一合目付近、レーィエル草原


「……草子君。それは流石に無茶振りだよ」


「いや、理論上は可能だよ。【完全掌握 極】があるからね。俺の【智慧ヲ窮メシ者】がそう言っている」


 「おれのサイ●エフェクトがそう言っている」 的な感じのセリフだな。まあ、【智慧ヲ窮メシ者】は特殊能力じゃなくて、ただのエクストラスキルなんだけど。


「草子君、【智慧ヲ窮メシ者】って何? あたし、初耳だよ」


 聖が質問してきた。そういえば話してなかったな。

 というか、そもそも一々ステータスが変化したら申告しろって言われてないし。というか、ステータスって個人情報だから親しい人にも秘匿するのが正しいよね?

 えっ、俺は散々パーティメンバーのステータスを見ているのにいいのかって? いや、【智慧ヲ窮メシ者】を持っている人の特権と言いますか。別にダメって言われてないし。


「【智慧ヲ窮メシ者】は、白崎さん勇者ブレイヴ化計画を実行していた時に偶然上位互換化して獲得したスキルだよ。思考に関して最高の領域に達する。また、その思考を用いて演算、推理、比較検証、無詠唱魔法、演算型未来視を行うことが可能となる至高なる思考演算パーフェクト・シンキング。新たな学術関連スキルや知識スキルを会得すると統合、強化される叡智の宝庫ウィズドム・ストーハウス。戦略を構築する。また、任意の人物、生物、物品にマーカーをつけることで、その位置を探査したマップ内にいる時のみリアルタイムに知ることもできる。【全マップ探査】と同じく周囲を探索し、特定の地点にピンを指すことも可能。探索した場所を自軍領とし、その地点に魔法を発動することも可能となる盤上的戦略ストラテジー・オブ・ボード。対象を看破し、より詳細な情報を獲得することができる。詳細さは任意で選ぶことが可能。また、その魔法やスキルの本質を見抜くことができる解析看破ファゾム・アナライズ。敵を捕食せずに敵のスキルを技術的であるものに限り会得することができる技能掌握パーフェクト・スティール。所得しているスキルに関連しており、かつ同等か下位である新たなスキルを作成する技能作成スキル・メーカー。敵のデータを集積し、そのデータを元に仮想敵を創造し、実際に戦わせることで敵の取り得る攻撃パターンを予測する盤上仮想戦闘ヴァーチャル・シミュレーションの七つの効果がある」


 とまあ、こんな感じで説明したんだけど、みんな唖然とした表情で固まっていた。白崎はこの世の終わりみたいな表情をしていたし、クリプは石像みたいに固まっていたけど……みんな大丈夫? そんなに驚くことでもないと思うけどな。ほとんどユニークスキル●賢者と同じだし。


『……草子。君は本当に人間なのかい?』


「心外だな、クリプ。俺は歴としたバグっただけのモブキャラだよ」


「【完全掌握】ノ効果、被ッテイルヨ。……私、イラナイ子ニナッチャッタ。……草子君ノ役ニ立チタイノニ」


「大丈夫よ、白崎さん。まだチャンスはあるわよ。……多分」


 まあ、白崎が落ち込むのも無理ないよな。なんたって主人公の特権をただのモブに奪われてしまったのだから。

 そして、ロゼッタ。フォローするならしっかり最後までしよう。なんで多分って暈すんだ?


「……私、やってみるよ。レベルアップはできる時にしておかないと、大切な人に愛想尽かされて置いてかれちゃいそうだからね」


 ん? よく分からないけど、とりあえずやる気になってはくれたようだ。

 白崎がブラックサンダー・マンティスの一挙手一投足に注目する中、ブラックサンダー・マンティスは黒雷を放った。


「〝時間巻き戻し魔法〟――〝水晶のRewind遡行time〟」


 アイリスが魔法を唱えた瞬間、水晶玉に映った・・・・・・・黒雷が巻き戻った。

 これがアイリスの固有スキル【水晶聖女】の効果か。


 白崎の手に黒雷が発生し、収束して、ブラックサンダー・マンティスに向かって放たれる。

 黒雷はブラックサンダー・マンティスを黒焦げに……あれ? 俺の時と違ってね??


「なんで威力違うんだろう?」


「草子君のレベルが高過ぎるからだと思うよ。……やっぱり草子君は凄いな」


「よく分からないけど多分かなり近いうちに死ぬモブに尊敬の念なんて抱かない方がいいよ」


『君が死ぬってどんな展開だい? 世界の破滅が破滅しても君は生き残ると思うリプ』


 たく、敏腕? 営業職マスコットすら実力を見誤るとか。

 世界が破滅しても生き残るモブって、最早モブじゃねえだろ! なら、モブじゃないキャラはどんだけ強いってことになるんだ! インフレが甚だしいなァ!!


「そういや今の興味深い技だったな。そのおかげか少し【時間魔法】のバリエーションを増やしてみたくなった。……よし、やってみるか」


「草子さん、私の魔法を見て何かを思いついたのかな?」


『文脈的に考えてそれしかないリプ。……さて、どんな魔法が飛び出すのか』


 俺のようなモブキャラに過度な期待は無用なのだよ。

 何個か構想だけしていた魔法と今回インスピレーションを受けて新しく考えた魔法を試してみる。


「〝汝の寿命を奪え〟――〝ラピッドタイム・セルフデストラクション〟」


 エルダーワンドを構え、適当な呪文を唱える。

 魔法の対象となったウォーキング・マッシュルームはみるみる内に皺だらけになり、最終的に塵の寄せ集まりのようになって、崩れ落ちて風に飛ばされて消えていった。

 まさしく、「風の前の塵」だな。……ウォーキング・マッシュルームは別に驕って無かったけど。


 よし、こっちは文句なしの成功だな。じゃあ、もう一つの方の方もやってみるか。


「〝万象を原始に戻せ〟――〝リターンタイム・トゥ・マテリアルズ〟」


 今度の魔法はさっきのと逆だ。対象の時間を巻き戻し、生まれる前に戻す。

 つまり、間接的に存在そのものを消滅させる魔法だ……まあ、戻す範囲を弄れば受精卵に戻すとかもできるけど、環境的に生きられないから結局死んで終わりだな……自分でやったけどとんでもない魔法だ。


「……えっと、草子さん。どの辺りを参考にしたんですか?」


「えっ、分かんない? 〝水晶のRewind遡行time〟だっけ? あれで攻撃を巻き戻していたのを参考に〝リターンタイム・トゥ・マテリアルズ〟を考えてから、それを反対にして〝ラピッドタイム・セルフデストラクション〟にしたって感じだよ」


「アレ? オカシイヨ。私ノ魔法ヨリ遥カニ強力ニナッテイル気ガスルヨ」


 失敬な。スキル扱いの【水晶聖女】と違って俺の魔法はMPを消費するんだよ……少しくらい?


 とりあえず、やりたいことはやったので、後は白崎達に任せた。

 ほら、モブばっか目立っていると主人公が目立て無くなるだろう? モブってのは皿に添えられた“あしらい”であるべきなんだよ。


 たまに白崎達に〝時空加速クロックアップ・ヘイスト〟を掛けたり、魔獣に〝時空遅速クロックダウン・スロウ〟や〝時空停止クロックロック〟を掛けたら一方的な蹂躙になってしまった。流石は勇者様一行だ。


 えっ、敵をしたり止めたりお膳立てした人がいたから蹂躙になったんじゃないかって? ははは、そんな訳ないだろう? 白崎達の実力のなせる技だよ。



 出現する魔獣は二合目も大差なかった。特に苦労もなく二合目を突破し、三合目にある三合目村(もう突っ込まないよ)に到着。

 山男風のおじさんと恰幅のいいおばさんが経営する山の宿 三合目でいつも通り宿泊の手続きを済ませた。


 まだ時間はあるが、今日は三合目までと事前に決めておいたのでこれ以上は進まない。

 ロゼッタとイセルガはここでレベル上げをする予定らしく、朝倉達もそれに付き合うつもりのようだ。


 えっ、白崎はって? よく分からないけど、現在呼び出されて二人きりになってます……なんなの? 何がどうしてこうなった? いや、モブキャラの俺が“天使様”と二人きりとか、後で絶対にバチが当たるよ!!


「草子君、呼び出してごめんなさい。草子君にもやることがあったよね?」


 そして何故か下手に出られている……いや、別に俺のやることって乳酸発酵食品を生産するような些細なことだから、“天使様”のお願いの方が最優先事項になりますよ。


「いや、別に急ぎの用なんてないから問題ないよ。ヨーグルト作るだけだし」


「聖さんとロゼッタさんから聞いたけど発酵食品とか紙とか野菜とか、色々なものを作っているんだっけ? 今度お邪魔してもいいかな?」


 もう情報が行き渡っているのか。恐るべし、ガールズネットワーク。

 なんと! 我が荒屋に高貴なる“天使様”がお越しになりたいらしい。……しっかり掃除して、ご気分を害されないようにしないといけないな。嫌われたら即追放だろうし。……だって居ても居なくてもそんなに本編? には関係ないモブキャラだから。


「勿論……ただ、少々汚いから掃除して万全の状態にしてから案内するよ。白崎さんに荒屋は見せられないから」


「草子君、別に私なんかに気を使わなくてもいいんだよ。無理に押しかけようとしているのは私なんだし……もし、掃除が必要なら私も手伝うよ。いえ、手伝わせてください」


 て、“天使様”の慈悲だ。こんな冴えないモブキャラにも慈悲をくださるなんて、このクラスの高嶺の花様はどれだけ優しいんだ。


「……あれ? なんの話だったっけ? ……そうだ。草子君にお願いしないといけないことがあったんだ。……実は、気づいたのは昨日なんだけど、ふと目を覚ましたらリーファさんの姿がなくて……でも、朝にはちゃんと居たんだよ。……余計なお世話かもしれないけど、リーファさんに何かあったらって心配で。草子君ならリーファさんの動向を調べられるんじゃないかって」


「まあ、できますけど……それって本当にリーファさんが望んでいることなのか? まあ、大凡の理由は察せますけど、こういう話ってデリケートだからな」


 聖と白崎が強くなり、新しい仲間も増えた。そんな中でリーファは自らの立ち位置に悩んでいるのだろう。

 もしかしたら、白崎パーティから追放されるかもしれないし……って女子の結束は固いからそんなことにはならないと思うけど、自分だけが弱いというのはそれだけで罪悪感になりうる。


 そして、リーファは人知れず強くなるために行動しているんだろう。そこに、第三者の俺がズカズカと入っていくのは、少々違う気がする。当事者である白崎が介入するのも話が拗れるだけだ……だけど、このまま放置してもしものことがあったらリーファのご両親に顔向けができないし、な。


 しゃあない。極秘で調査するとするか。


「まあ、一応調査の方はしてみるよ。リーファさんが何をやっているかを調べて、危なくなるようであればフォローすればいいか」


「ごめんなさい……草子君ばかり貧乏くじで」


「いや、別にいいよ。本当ならいつ追放されてもおかしくないのに、追放せずにパーティに置いてくれているんだから」


「草子君。このパーティは私のじゃなくて草子君のパーティだよ。……追放される側なのは私達の方なんだけど」


 なんですと! どこの世界に白崎達を追放する奴がいるんだよ。例え最初に居たのが誰であろうとも主人公白崎が入った瞬間にそれは白崎パーティだ。


 ……いずれ来るであろう追放の時も白崎達が追放されるんじゃない。俺がパーティを離脱するだけだ。それは、主人公表側である白崎達と裏側に至ってしまったモブキャラという立場の違いによって生まれた宿命であり、選ばれし者である白崎達は、語られぬ者達の世界に足を踏み入れることなく、語られる英雄の世界で生き続けなくてはならない。


 苦しむのは俺だけでいいんだよ。だって俺はこの世界で数多ある選択肢の中から自らの意思で地球に還ることを選んだ、たった一人・・・・・なんだから。

 その選択肢を選ばなかった白崎達をこの旅の最後まで付き合わせる訳にはいかない。……本当は、終わらせないといけないんだけど、なかなか白崎が俺を追放してくれないんだよね。全く、なんで文学しか取り柄のないモブキャラをいつまでもパーティに残しておくんだか? いくら慈悲深くても限界はあるでしょう? やはり、“天使様”の慈悲は人の考えが及ばないほど深いものなのかも知れない。


 白崎と別れ、〝移動門ゲート〟を開く。さて、ヨーグルト作りを始めますか。



【リーファ視点】


 いつも通り女子会が終わった後、みんなが寝たのを確認して忍び足で部屋の外に出る。

 ゲートミラーのダイヤルを調整して、エルフの里入り口近くに繋げ、飛び込む。


 そこまで誰にも会わなかったことを確認して、私はゆっくり深呼吸して、早まった心拍を整えた。


 エルフの里を出て、フィージャ草原を歩くこと数分……私は目的の場所に辿り着いた。

 八芒星の魔法陣の描かれた祭壇に乗り、呪文を唱える。眩い輝きが私を包み込み――。


「……ついた」


 風景が草原から赤や青、黄など色鮮やかな光が飛び交う森に切り替わる。

 最初に来た時は、その光景に目を奪われたけど、何度も訪れるうちに感動も無くなってしまった。


 この場所――精霊の森クウァエダム・ネムスはエルフと深く関わりのある精霊と呼ばれる上位存在の住処。

 自然と共に生きてきたエルフにいつしか姿を見せるようになった精霊は、友好の印に精霊の棲む世界への扉をプレゼントした。それがあの祭壇であり、私達の世界からこちら側に来るための唯一の手段になっている。……精霊はこちらとあちらを自由に行き来できるんだけど、私達は祭壇の魔法陣を通じてしか行き来できないんだよね……まあ、不可能を可能にしてしまう草子さんなら、祭壇を使用しなくてもこちら側に来ちゃいそうだけど。

 ……まあ、来るわけないけどね。精霊の存在はエルフだけの秘密……他の者達には教えないという契約だったから、草子さんには教えていないし、精霊の存在を知ることができる書物は一冊も書かれていない筈だし。


 私は強くなりたい。草子さんの力になりたい。

 そのためには、精霊王と呼ばれる精霊の頂点に立つ者達と契約しなければならないと思う。ただの精霊なら焼け石に水にしかならないだろうし。


 未だかつて、こんな不純な動機で精霊王との契約を求めた者はいなかったと思う。

 ……まあ、精霊王との契約に挑んだエルフは一人として戻って来られなかったのだから、どんな動機で挑んだのかは分からずじまいだけど。


 正直、死ぬのは怖い。精霊王の試練に挑むのがそのまま死を意味することも理解している。

 でも、そもそも私の命を賭けることくらいしなければ釣り合わない。ただ、隣にいる権利すら得られない。

 だって私が隣に居たいと願った人は、お伽話で語られるような戦場に常にその身を晒しているような――そんな、どんな世界の言葉でも形容できない存在なのだから。


 精霊王は五体存在する。“火の精霊王”アオスブルフ=フィアンマ、“水の精霊王”ファンテーヌ=シュトレームング、“風の精霊王”シュタイフェ=ブリーゼ、“土の精霊王”エールデ=スオーロ、そして“光の精霊王”リヒト=ルーチェ。

 今回挑戦するのは、この中の“水の精霊王”ファンテーヌ=シュトレームング――絶世の美貌を持つ泉に棲まう女王と言われる存在。


 精霊の森クウァエダム・ネムスを進む。しばらく歩くと霧が濃くなり、色鮮やかな光がいつの間にか見えなくなっていた。

 ……プレッシャーを感じる。皮膚が泡立つような感覚に襲われる……ここが、“水の精霊王”が棲まう泉。


『我らが友、エルフの者よ。汝には“水の精霊王”の試練に挑む覚悟はあるか?』


 玲瓏な声が私に覚悟を問う。


「愚問だわ。私は必ず貴女達“精霊王”と契約を交わす。それくらいできなかったら、あの人の隣にいられないから」


『ふむ……数多のエルフが命を落とし、未だ達成者ゼロの“精霊王”の試練を、その程度というか』


「いえ……勿論恐ろしい試練なのは承知の上ですが、比較の対象が悪いといいますか。精霊が人知を超えた存在なら、その方は人知を超えて世界の理すら超越した存在としか言い表せないような存在なのです」


『ふむ……お主、その者に惚れているようだな。そして、少しでもその者に近づくために“精霊王”の力が必要だと。面白い! 未だかつて、そのような動機でこの試練に挑んだ者は居なかった』


「……不順な動機でごめんなさい」


『謝る必要はない。……過去には精霊の力を得て、強大な力を振るおうという野心家もいたし、他にも様々な理由を持つ者がいた。ただ、汝のような動機で挑みにきた者が居なかったというだけだ。……だが、それでも手心は加えぬ』


 霧が晴れ、泉の全貌と声の主の姿が明らかになる。

 青薔薇を彷彿とさせるミニドレスに鎧を合わせたような凛々しい騎士風の少女が鞘から剣を抜き払い、私に向けた。


『“精霊王”の試練に挑む者よ! 私と契約を交わしたければ、私との戦いに勝利し、武勇を立てよ!!』


 ファンテーヌの剣に青白い輝きが宿り、激流の如き斬撃が私へと放たれた。

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