霊薬(エリクシル)は万能回復薬ではなく消費期限が存在しないHPとMPを全回復させる魔法薬だと発覚したのでHPとMPを回復させつつ状態異常も回復させる魔法薬を作ったら高く売れるのだろうか?

 異世界生活十八日目 場所エリシェラ学園


 教室には既にほとんどの人がいなくなっていた。次の授業は移動教室らしい。


「草子殿、ところで伯爵家三男ディスクルトゥをどうするつもりなんだ?」


 何故か業後そのまま付いてきたセリスティア学園長が疑問の表情を浮かべている。……まあ、具体的にどうするか話していなかったからね。

 ちなみに、ディスクルトゥには教室を出る時にオリジナルの精神魔法――〝ディーペスト・ヒュプノ〟を掛けて眠らせている。恐らくもうすぐ起きる筈だ。


「この豚貴族は、俺の仲間? 同行者に絡んだんですよ。そして、挙げ句の果てには『女共を犯してやる』と言った」


「……それは、また。最低な奴だな」


 同情する余地はないよな。うん、最低の男だ。


「男尊女卑だか、単に自分が偉いと思っているのかは分からないですが、とりあえずこういう奴は同じ立場を味わわないと理解できないものですよ。まあ、味わっても分からない可能性もありますけどね」


「……まさか、女にでも変えるというのか? 性別を変えることなど、どんな魔法を使ってもできる訳がない」


「あれ? これだけで分かっちゃいましたか? 流石に魔法じゃ無理ですから、スキルですけどね。丁度昨日手に入れたばかりの」


「こっ、ここは! おい、どういうことだ!!」


 ん? 目を覚ましたようだ……えっと、豚貴族? 名前なんだっけ?


「まあ、いいや。シュヴァイン君。おはよう」


「……あの、草子殿。なんだかカッコよくなっているんだが」


「シュヴァインというのは豚って意味の言葉ですよ。確かドイツ語だっけ? よくカッコいい言葉だと勘違いしてシュヴァインって名乗っている人もいますけどね。自分は豚だって公言している? まあ、いいや。シュヴァイン君、君は乙女心を理解していないようだね。まあ、俺もロクに理解できてないからあんまり人のことをとやかく言えないけど。ということで、理解して頂こうと思います」


 【性転換】スキルを発動する。性別は変わったが、豚なのは変わらなかったみたいだ。豚貴族から豚草姫に転職? ……性転換すると美少女になるお約束は異世界カオスにはないらしい。まあ、どうでもいいんだけど。


「ふざけるな! 戻せ、とっとと元に戻せ!!」


「とりあえず乙女心を理解して、白崎さん達に謝ったら戻すよ。うん、それだけは確約だ」


「ふざけるな、誰が下賤な奴に頭など下げるか」


「だ、そうです。ということで……ん? そういえば、いつ頃【無詠唱魔法】と霊薬エリクシルについて教えてもらえますか?」


「そうだったな。丁度いい、白崎さん達も呼んでみんなでやろう。そういう話だったからな」


 ようやく全貌が見えてきたぞ! 白崎達はセリスティア学園長から戦い方を教えてもらうのと引き換えにメイドとして働く契約を交わしたんだな。

 ふむ、なるほどなるほど。


「それじゃあ、楽しみにしてるから。ばいばいー」


「待て、とっとと戻せ!!」


 女体化したシュヴァイン君――いや、女体化したからシュヴァインさんか――を置いて、俺とセリスティア学園長は、学園長室に向かった。



 セリスティア学園長は、お抱えのメイドに命じて白崎達を迎えに行かせた。

 まあ、着替えも含めて時間が掛かるだろう。その間に俺は霊薬エリクシルの作り方を教えてもらうことになった。


「用意するのは純度の高いミスリルの欠片と辰砂だ」


 辰砂……確か赤色硫化水銀だったっけ? 化学式はHgSだったような。赤色の辰砂と黒色の黒辰砂が天然に存在するんだよね、確か。

 そのものの毒性は低いんだけど、加熱すると水銀蒸気になるから有毒なんだよな。……賢者の石とも呼ばれてたんだっけ? まんまだ。


「この二つを溶かして混ぜたものが賢者の石とご大層に呼ばれているものだ。これ自体は特に何かに役立つという訳ではないが、魔力を注ぐと――」


 おっ、緑色の液体が湧いてきた? これが、霊薬エリクシルか?

 そして、瓶一本分くらい抽出されたところで、触媒の賢者の石が砕け散った。

 とりあえず、【看破】してみるか。


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霊薬エリクシル

→最高級回復薬だよ! HPとMPを完全回復するよ! 使用期限は存在しないよ!

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 なるほど、そういうことか。

 回復薬を極めたといっても時間が伸びるだけで消費期限は存在する。

 だが、霊薬エリクシルにはそれが存在しない。最大の特徴はそこだな。


「ところで、状態異常回復の効果は付与されていないのですか?」


「そこまで多くを求めるものでもないだろう? 霊薬エリクシルにはHPとMPを完全回復し、なおかつ消費期限が存在しない……それだけで十分だと思うが」


 だ、そうだ。……まあ、満足ならそれでいいんだけど。

 さて、どうしたものか? 霊薬エリクシルは万能回復薬という訳ではなかったからな。……確か、HPとMPを回復させつつ状態異常も回復させるっていうのは無いみたいだし、もしかして作ったら高く売れる?


 えっ? 売ることしか考えてないのかって? いや、俺回復薬とか必要ないし、白崎達が使う分なら簡単に作れるから。


「ありがとうございます。おかげで新しい道を見つけることができました」


「……まあ、よく分からないが、それならそれで良かった。さて、と。後は【無詠唱魔法】だったな。丁度白崎さん達も来たようだし、やり方を教えるとしようか」



 白崎達と合流し、学園の中庭へ。

 白崎達の装備もいつも通りだ……まあ、メイド服は戦闘には不向きだしね。……プ●アデスとかジェダ●トは……まあ、例外ということで。


「草子殿は【無詠唱魔法】について教えて欲しいんだったな? 残念だが、【無詠唱魔法】はスキルの一種だから、教えるといってもイメージを伝えることしかできない」


 まあ、明らかにスキルだしね。

 【魔術文化学概論】があれば一通り魔法関係は覚えられるとは思うんだけど……その辺りはどうなんだろう? 結局は解釈の問題だからな。スキルって。


「イメージは心の中で魔法の呪文を諳んじるという感じだ。声帯を震わせることなく、呪文を強く意識する……まあ、そんな感じだ。このイメージが実は難しい。魔法を発動する場合は、諳んじる前に頭の中で呪文を思い浮かべるが、それでは発動しないからな。……【無詠唱魔法】であることを強く意識して魔法をイメージするという感じだ」


 なるほど……そういうことね。それじゃあ折角だし、さっき習得した魔法を試してみよう!


(〝凍てつく女王よ! 戯れに吹くその息吹であらゆるものを凍らせておくれ! この世界を凍てつかせておくれ〟――〝凍てつく女王の吐息ウェントゥス・ニワーリス〟)


 おっ、できたみたいだ。吹雪を伴ったダウンバーストが出現する。


「まさか、私の固有魔法オリジンを盗んでいたのか! ……しかし、どうやって?」


「えっと、【看破】しました。魔法に対して【鑑定】や【看破】を使うとその呪文の効力と詠唱が分かります」


「……まさか、そんな手が。今まで私はステータスを視るものだと思っていたが、なるほど、ステータス以外にも使えるのか!」


 まあ、こんな離れ業はすぐには思いつかないだろうけどね。俺ももしかしたらで試したらたまたまできただけだったから。寧ろ、駄目元だったから。


「……もしや、草子殿は全ての固有魔法オリジンを」


「あっ、はい。三つ全て。正直、〝破滅の波動フィーニス・ウンダ〟は詠唱が長いですし、あんまり使い勝手は良さそうじゃありませんね。ただ、【破壊魔法】が使えない人にとっては有益な武器になるとは思いますが……」


「草子さんには、物質を青白い輝きにまで分解する究極の【破壊魔法】――〝エレメント・スキャター〟がありますからね」


 そうそう。俺個人としては〝エレメント・スキャター〟だけで十分なんだよね。

 だけど、白崎達に〝エレメント・スキャター〟は使えないし、こういうところで使える手札を増やしておかないと魔王と戦う勇者にはなれないからな。……さて、もっと魔法のレパートリーを増やしておかないと。いつか、魔法のデパートとか呼ばれるようになるのかな? 技のデパートみたいな? どこの力士なの!?



 霊薬エリクシルの作り方と【無詠唱魔法】を教えてもらった俺は、とりあえず学内をふらつくことにした。

 目的地は図書館……あれ? 目的地あるならふらついていることにならない!?


 その途中、守衛所で揉め事が起こっているのを発見した。……ああ、あれだ。関わると面倒そうな奴だ。放っとこう。


『――この学園は関係者以外立ち入り禁止です』


『私は歴とした関係者ですよ。フューリタン公爵家執事です。この学園には、私がお仕えするロゼッタお嬢様がご入学されている筈ですが』


 あれ? 変な人じゃないのかな? ロゼッタの関係者じゃん。……まだ、自称だけど。


『ロゼッタ様のことはよく知っている。メイド長のラナ様からはフューリタン公爵家に仕えると語る怪しげな執事が来たら入れるなと言われている。ちなみに、学園を訪れた目的は?』


 あれ? なんだかおかしな方向に話が進んでいるな。俺の嫌な予感はかなりの的中率なんだけど、まさか……ね。だって、ロゼッタだよ。ロゼッタに限って……。


『私の目的ですか? 勿論、可愛らしさご令嬢を愛でるためですよ。ああ、今すぐ側に行って愛でたい。その可愛らしい顔をこの目に焼き付けたい。柔らかい髪を撫でてみたい。――そして、そんな女の子を食べてみたい』


 あっ、これ、ダメな奴だ。今まで聖とかリーファとかを変態呼ばわりして来たけど、コイツは次元が違う……ホンマもんの変態だ。


『――絶対に入れてはならん! なんとしてもこの執事を捕らえよ!!』


 あっ、守衛達が陣形を組んで捕らえようとしてる。……うん、無理っぽそうだね。【物質透過】のスキルがあるみたいだし。

 ほら、すり抜けた。しかも、【透明化】まで使ってる……これ、守衛達だけじゃ手に負えないな。


 全感知スキルをフルスロットルにして、執事をなんとか補足。


(〝痛みを理解したまえ〟――〝ダイレクト・ペイン〟)


 ふう、なんとか執事を撃破。気絶したことで【透明化】も解除されたみたいだ。


「草子先生、ご協力ありがとうございます」


「あっ、別に先生とかじゃないですよ。いつクビを切られるか分からない非常勤講師なんで。……確か、この執事ってフューリタン公爵家の関係者なんですよね? ロゼッタ様とシャートは授業中の筈ですし、とりあえず、ラナさんに連絡を入れてくださいませんか? 俺はコイツを見張っておきますので」


「畏まりました!」


 うん、なんでこんなニートなモブの言うことを学園の守衛が素直に聞いているのか甚だ疑問なんだけど……本当にそれでいいのか!



「草子様、お手間を取らせてしまい、申し訳ございませんでした」


 なんだろう、この状況。美人メイドのラナさんにモブ如きが謝らせている。

 本当によく分からない状況だ。身分制度カーストで下克上が起きているのだろうか? あの、目立ちたくないのでそっとしておいてください!


 というか、今更ながら俺の立ち位置がよく分からない。

 公爵家付きのメイド長や、魔法学園の守衛に頭を下げられ、冒険者ギルドからは怯えられ、魔法学園の学園長から固有魔法オリジンを盗み、一体このモブはどこに向かっているのだろう? まさか、最終的にあらゆるモブを集めた世界モブ王選手権に出ることになるのだろうか? 勝っても負けても不名誉だから、是非辞退させてください!!


「ところで、あの執事は」


「イセルガ=ヴィルフィンドというフューリタン公爵家付きの執事です。……もう七年も前のことになりますが、まだ記憶が戻る前のロゼッタ様が仕事が無く当てもなく彷徨っていたところを見つけ、屋敷に連れ込むという形でやってきました。当初は、傲慢なお嬢様からは想像もつかない素晴らしい善行だと思っておりましたが……その正体は、可愛い女の子を食べたいほど愛しているという極めて危険な性癖を持ち合わせた変態で、一度屋敷に入れてしまった手前、追い出したら追い出したでフューリタン公爵家の名声が地に堕ちるということもあり、ロゼッタ様を含めフューリタン公爵家一同の頭痛のタネになっております」


 ああ、なるほど。要するに重度のロリコン野郎ということね。しかも見たところフェニミストでもない……うん、完全無欠最強無敵の犯罪者だ。

 というか、このロリコンって全世界の幼女主義者ロリコンを敵に回すタイプじゃない? そのままロリコンvs 幼女主義者ロリコンの第一次ロリコン対戦が勃発するのだろうか? あの、関係ないので逃走してもいいですか!? そのよく分からない戦争から!!


「……どうしようもないという奴ですね。いっそ殺すのが賢明か? まあ、なんだかんだでロゼッタ様も殺すという選択肢を選ばれていないということを考えれば、部外者の俺が何かを言うべきでもないのでしょうが。……ロゼッタ様は慈悲深いですからね。こんなどうしようもないモブにも優しいお言葉をかけてくださりますし」


「……草子様、失礼を承知で申し上げさせていただきます。過剰過ぎる卑下は時に嫌味になるものですよ」


 ……まあ、そういうものだけどね。だけど、俺はありのままを話しているだけだから。虚偽も誇張も何一つない申告しかしていないつもりだよ! ……ホントダヨ。


「この執事には物理攻撃は通用しないみたいですし、ロゼッタ様が戻られるまではとりあえず俺が見ておきますよ。幸いにして俺にも多少なり【精神魔法】の心得がありますので」


「ありがとうございます。大魔導師の草子様にお任せすれば、もう心配はございません。よろしくお願い致します」


 ……何故だろう? 全幅の信頼を寄せられて任されちゃったんだが……自分で言っといてなんだけど、こんなモブに任せて本当にいいの? 信用しちゃって大丈夫?



「……草子君、ご迷惑をお掛けしました」


 業後、ラナさんから話を聞いて飛んできたロゼッタとシャートに謝られてしまった。

 ……うん、よく分からない状態だ。メイド服姿の白崎達にジト目を向けられている。俺、何も悪いことしてないよ!! 犯罪者予備軍を止めただけだよ!! 何を罷り間違ったらそんな解釈になるの!? 確かに一流貴族に頭を下げさせているのがモブだっていう倒錯した関係になっているけど……別に新しいナニカに目覚めたりはしていないよ! ……ホントダヨ。


「ラナさん、シャート様。今後のことについてロゼッタ様と相談したいので退出いただいてもよろしいでしょうか?」


 とりあえず、二人には退出してもらい、部屋には気絶したイセルガとかいう執事と俺と、白崎達とロゼッタが残された。


「ロゼッタ様……いえ、美華さん。あのイセルガという執事は乙女ゲーム『The LOVE STORY of Primula』に登場していましたか?」


「……イセルガは未登場だった筈です。背景だった可能性もありますが……」


「まあ、あんなのが登場したら全年齢対象になりませんし、攻略対象よりもモブキャラの執事が目立つことになりかねませんからね。とりあえず、疑問に思ったので質問させて頂きました。ほら、乙女ゲーム関連のことだと話せない相手もいらっしゃいますし……」


「シャートのことですね。お気遣いありがとうございます。……ところで、お礼のことですが」


「お気遣いには及びません。一応同じ地球出身という縁もありますし、ロゼッタ様に最大限ご協力させていただきたいと思っております。ロゼッタ様は学園生活に専念してください。あの執事は俺がなんとかします」


「草子君。もしかして、ロゼッタさんのことが……」


「白崎さん、何を勘違いしているのですか? 俺がロゼッタ様に力を貸したいと思うのは、ジャンルは違えど同じ研究の道を進んでいた同士だからであり、それ以上の理由はありませんよ」


 同じパーティにいたとしても、俺と白崎達の住む世界が違うように、俺とロゼッタの住む世界は違う。

 ぼっちな俺は文学と向き合っていられたら、浅野教授やゼミ生達とひと時を共有できたら……それだけで幸せなんだ。幸せだったんだ。


 だから、俺は異世界という非日常で罷り間違って生まれた関係などには期待しないし、期待するだけ無駄だ。

 いつどこで終わるか分からない関係などに期待するなど莫迦共以上に莫迦だ。吊り橋効果だかナイチンゲール症候群だか、そんなお情けみたいなことで仮に好意を持たれたとしてもそんな関係がいつまでも続くとは思わないし、そもそも好意を持たれているだなんて自意識過剰でしかないことは分かっている。

 期待しないから、最低限の感情しか向けないし、一応パーティメンバーとして不自由がない程度の行動しかしていない。要するにお客様待遇? ……本当にそうなんだけど、なんだか色々と勘違いされているっぽいんだよね。……最近話題の勘違い系なのだろうか? まあ、心底どうでもいいんだけど。

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