【織田一樹視点】聖剣を持っていても勇者じゃないとその力を十全に発揮できないそうなので、自力で勇者になってみた。

 異世界生活五日目 場所ピルフィリド草原


 俺達を助けてくれたのはこの一帯を拠点に活動している三人の冒険者だった。


 黒髪短髪、片目に傷を負って隻眼になったワイルド系剣士ソードマンはラサラス=アルテルフ。ボディービルダーも斯くやあらんという筋肉の上から鎧を着込んだ重戦士というところか。だが、その装備に対してかなり俊敏な動きができるようで、エクスワームというらしいワームとの戦いでは圧倒的な速度を見せて、手持ちの長剣ロングソードで切り裂いていた。

 〈獅子宮の剣士レオ〉の異名で知られているらしい。


 ローブを纏ったちみっ子魔法師マジシャンはザヴィヤヴァ=ヴィンデミアトリックス。その見た目に反して年齢はラサラスと同じ二十一歳……合法ロリだ。

 高い魔法適正を有するらしくこの一帯ではかなりの実力者として知られているらしい。その童顔も相まって少女のようにしか見えないが、そのことを指摘されると膝蹴りを入れてくるらしい。……えっ、魔法師じゃないの? もしかして、実は自称忍者シノビの黒髪美少女暗殺者アサシンとかなの!?

 〈処女宮の魔法師ヴァルゴ〉の異名で知られているらしい。


 残った弓使いアーチャーの優男はアルナスル=ルクバト。楽天的な性格らしく、その良くも悪くもポジティブシンキングなところが絶えることのない笑みにも現れている。他の二人に比べると頼りなく見えてしまうが、弓の腕は一流で狙ったところに当てられなかったことはこれまで一度たりとも無かったらしい。

 〈人馬宮の射手サジタリウス〉の異名で知られているらしい。


 ……なんか、大丈夫なのかな? この組み合わせ。物凄い見たことがあるんだけど。チートな召喚術師が主人公の異世界もの作品で。


 三人合わせてチーム〈黄道三星座クオーター・ゾディアック〉。黄道十二星座の中の獅子座、乙女座、射手座をイメージに合致した三人が揃ったチームだからという命名なのだそうだ。……まあ、名前からしてそうなんだけど。星座を形作っている星を二つ組み合わせた名前だし。

 というか、異世界でも同じ星座なの? 普通星の配置が違ったり、太陽が二つあったりするんじゃないの? まあ、別にこっちの世界の知識が通用するなら通用するのに越したことはないんだけど、なんかね。雰囲気というか、世界観的に。


 チーム〈黄道三星座クオーター・ゾディアック〉は、拠点にしている超帝国マハーシュバラ領内にあるヴェルデの街の冒険者ギルドでは三本の指に入るチームらしい。ランクは藍、青、紫、緑、黄、橙、赤、銀、金、白金、黒、虹の順に上がっていくランクの中で金ランクに位置する。

 ……随分凄腕に助けられたんだな。


「……しかし、感心しないな。俺達が通り掛からなかったら、少なくとも一人は死んでいたと思うぞ。この世界に来たばかりなら自分の実力も相手の実力も分からないだろうけど。彼を知り己を知れば百戦殆からずだけど、彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し、だからな!」


 そして、現在俺達は現在進行系で説教を受けている。

 まあ、それだけの危険を冒した訳だからね。怒られるのは至極当然なんだけど。


 もし、あの洞窟で木村君が隙を作ってくれていなかったら、俺達を見捨てて逃げていたら俺達は今頃エクスワームの腹の中だった。

 もし、エクスワームに追いつかれた時にラサラス達が加勢してくれなかったら、多分木村君は殺され、その次は俺達が殺されていた。


 自分のHPを1になるまで削った木村君の頑張りがなければ、ラサラス達が加勢してくれるという奇跡がなければ俺達は死んでいた。


 俺達は異世界を舐めていたのかもしれない。クラスで誰よりも異世界について理解しているのは俺達だから、誰よりも戦えると思い込んでいたのかもしれない。

 異世界ライトノベルの主人公達のように超人的な力を発揮して英雄の道を進むという願望を現実と混同していたのかもしれない。


 異世界は地球とは違う。命の軽さがあの世界よりも遥かに軽いんだ。いつ何時魔獣に殺されるか分からない。いつ何時戦争に巻き込まれるか分からない。そんな世界に召喚され、最初は弱くても努力して強くなって順応していく――だからこそ、異世界でチートと呼ばれる人達は、主人公は強くなっていくことを完全に失念していた。


「まあ、助かったんでいいんじゃないですか? 反省しているようですし、そろそろ解放してあげましょうよ」


「アルナスルはいつも楽天的だな。こういうことをしっかり言っておかないと、またこういう奴らは無茶をする。……現に俺らは結構無茶をやって何度も危険な場面に遭遇してきただろッ! 主にお前のせいでッ!!」


「……ラサラスの言う通り。アルナスルのせいで何度危険なことに巻き込まれたことか。……後始末をするこっちの身にもなって」


 どうやらラサラスの説教が長いのは経験者だったかららしい。

 ザヴィヤヴァのジト目を柳のように躱し、どこ吹く風。……流石は楽天家。


「んで、お前達はこれからどうするんだ?」


「冒険者になりたいと考えていたのですが……これでは無理そうですね」


 すると、ラサラスが心底驚いた表情を見せた。……えっ、そう言うことじゃないの?


「異世界から来てすぐにここまでの戦いができたんだ。お前ら四人の素質は相当だ。お前らには足りなかったのは、自分の実力と敵の実力の理解だ。それさえできるようになればお前らは強くなれる……少なくとも俺達よりは」


「……悔しいですけど、織田さん達は冒険者になりたての頃のラサラスとザヴィより強いですからね。まあ、僕は昔からずっと強いですが」


「ぁんッ! なんだと!! 俺達がお前より弱かったってッ!!」


「………………消す」


 戦闘勃発。……いや、確かに喧嘩するほど仲がいいとは言うけど、あんたら金ランクでしょ! じゃれ合うだけでも周囲に物凄い被害を与えるから! 特に側にいる俺達が危ないッ!!


 仲良く? じゃれ合う大人気ない大人の戦いに巻き込まれないように俺達は少し遠くに避難した。


「……木村君、その、さっきは助けてくれてありがとう。君が居なかったら、俺達は助からなかった。……でも、なんで助けてくれたんだ? 俺達は木村君に八つ当たりしていたのに」


「……分からないよ。なんで、織田達を助けようとしたのか。…………俺は分からないんだ。俺はお前達を苛めるのに恰好の相手だとしか思っていなかった。こっちの世界に来て立場が反転しても、いつかお前達を扱き使う立場に戻ることを諦めていなかった。……あの洞窟でエクスワームに襲われた時も三人を残して逃げればいいと思った。なのに、なのに逃げられなかった。何故だか勝手に身体が動いて気づいたらお前達を助けていた。…………もう、自分で自分のことが分からないッ! あの時、織田達の顔がチラついた。助けないと、きっと後悔すると思った。なんで、そんな心変わりをしたのか、分からない。変わってしまうのが、木村猛という人間が世界から消えてしまうのが恐ろしい」


 こんなに震えている木村君を俺達は初めて見た。

 俺は木村君を、木村猛という人間をこれまで佐伯の取り巻きで俺達オタクを馬鹿にして苛める最低のクズだと思っていた。


 木村君は本当は臆病なんだ。だから、佐伯の取り巻きという安心安全な場所を手に入れ、弱い自分を隠そうとした。

 だけど、木村君は異世界に来てその支えを失った。そして、俺達と生活を共にする中でどこにその要素があったのか皆目見当がつかないけど、絆されてしまった。


 俺達に木村君を助けることはできない。結局は木村君がどうするかを決めないといけない。

 その先で例え俺達が敵対することになったら、その時はその時。


「……織田、後田、楠木。多分俺は佐伯様と再会したら、彼に従うことになると思う。俺はそれだけ弱い人間だと改めて自覚した。――だけど、それまでは俺を仲間として認めてくれないか? こんなことを言う権利が俺にないことは承知しているけど」


 ただ、今だけは、木村君は俺達を救ってくれた命の恩人で、仲間。――それでいいじゃないか?



 異世界生活六日目 場所:エディスルスの森


「〝真紅の炎よ、弾丸となって貫け〟――〝火弾ファイアショット〟」


 呪文を紡ぎ終えるのと同時に小さい炎が出現し、弾丸の形を成して解き放たれる。

 炎の弾丸は、灰色の肌で濁った黄色か赤茶色の毛皮に覆われている直立したハイエナのような外見の魔獣――ノールの身体に五、六発命中し、ノールの身体の自由とその命を奪った。


「……織田、なかなかの腕」


「ありがとうございます、ザヴィさん」


 ザヴィヤヴァはお世辞を言うような類いの人ではない。ザヴィヤヴァほどの魔法師マジシャンに褒められたのは素直に嬉しいが、しかしここで満足する訳にはいかない。


 俺達はピルフィリド草原から少し移動したエディスルスの森に来ていた。

 昨日は近くの町で武器を揃えたり、俺以外は弟子入りアプレンティシップをした。


 特にLEVEL:3、スキルは【暗黒】のみで、得物である鉄の剣を失った木村君は俺達以上に戦える状況じゃなかった。

 まずは装備を整え、ラサラスに剣を教わってから、ザヴィヤヴァに弟子入りアプレンティシップをして魔法師マジシャンのJOBを得た。

 ちなみに必要な資金はラサラス達が出してくれた。彼ら曰く「強くなって返してくれればいい」ということらしい。……早く強くならないとな。


 後田君は弓の扱いが我流だったので、アルナスルにプロの技を教えてもらい、その後ラサラスとザヴィヤヴァに弟子入りアプレンティシップをして剣士ソードマン魔法師マジシャンのJOBを得た。


 楠木君はザヴィヤヴァに弟子入りアプレンティシップをして魔法師マジシャンのJOBを得た。

 武闘家モンクの技を教えられる人は誰もいないのでしばらくは我流でいくつもりらしい。


 敵は察知スキルを使って確認できた範囲では、俺が倒したノールを含めて九体。ノール五体と豊かな髪の毛とぼうぼうの顎髭を生やした大きな頭と膨らんだ腹と強靭な肉体をもつ鬼のような魔獣――オーガ四体の構成だ。


「《北斗七星術グランシャリオ貪狼拳ドゥーベ・ジャブ》!!」


 厨二臭いネーミングの技名を叫びながら楠木君が放つのはただのジャブ。

 しかし【怪力】と【身体強化】、魔法師マジシャン武闘家モンクが融合して殴り魔法師メイガス・モンクになったことで会得した【魔法拳】によって、その拳は素人が放ったとはとても思えないほどの異様な威力を発揮している。

 威力の低い筈のジャブでオークを瞬殺するのだから、左フックや右ストレートを使ったらどれほどの威力を出せるのか、想像するだけで恐ろしい。


 矢を番えて淡々と敵に向けて放つのは後田君。だけど、その番える矢が今までとは違う。

 氷の矢を生み出す【氷魔法】――〝氷矢フリージングアロー〟。通常は生み出してそのまま放つ魔法だが、射出の行程をキャンセルし、普通の矢として扱う。

 【照準】と【狙撃】を使えば魔法として放つよりも精度が上がることに加え、【乱射撃】と【射程上昇】により攻撃手数と攻撃距離を大幅に伸ばすことができる。

 【乱射撃】を使った場合、一本しかない筈の矢が増殖するという物理法則を逸脱した現象が起こるが、魔法まである異世界なので気にしたら負けだろう。

 いずれにしても通常よりMPを削減できるのは揺るがない事実だ。


 そして、木村君――彼はエクスワーム戦の前より遥かに強くなった。

 【暗黒】を使ってHPを消費する必要すらない。己が剣技で敵を圧倒し、魔法を織り交ぜながら確実に追い込んでいく。

 意外と素質があったみたいだ……もう、エセ不良とか呼べないな。正直頼もしいと思えるくらい強い。


 さてと……そろそろ試してみますか。

 俺の持つ聖剣フルンティング。この剣は最高ランクの武器であることには違いないみたいだが、現状ではその力を十全に扱えないらしい。

 扱うために求められるのは【勇者】の称号か、勇者ブレイヴの職業――しかし、あの場で選ばなかった俺にはこの二つを手に入れることはできない。……本当にそうだろうか?


 ミンティス教国で行われる〝勇者ノ儀〟――勇者ブレイヴの力を与えるその儀式の全容は残念ながら国家機密だ。

 だが、この世界では勇者伝説の物語が語り継がれている。魔族の王と死闘を繰り広げた始まりの勇者ラインハルト。彼が聖剣の力を解放した呪文をラサラスから聞いた俺は試してみることにした。


「我が手にありし剣よ。魔を滅する聖剣よ。我は魔を祓うことを今ここに誓う。その誓いを聞き届けたのならば、我にその聖なる力を貸し与え給え!」


 聖剣フルンティングが青の光に包まれる。光は脈動するように激しさを増していき、やがて聖剣フルンティングの内部に収束した。


 ステータスを確認するまでもない、俺は、聖剣に認められた!!


「収束して迸れ、魔を滅する聖剣技――《夜明けを切り開く明星ルシフェル》」


 聖剣を一振りして放たれた青の光の奔流は森の木々や大地諸共オーガとノールを吹き飛ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る