【一ノ瀬梓視点】農家のおじ様と羊飼いのおじ様が火花を散らしはじめちゃったけど、どうしよう。……ボクの目的は百合ハーレムを作ることであっておじ様と仲良くすることじゃないんだよね。

 異世界生活一日目 場所???大山脈


 よくハイヒールを履いて走ったりできるよね。足が痛くて大変だよ。

 さて、そろそろ歩くのにも慣れてきたし、洞穴を出てみようかな。


 洞穴の外はどこまでも山が連なる山脈になっていた。洞穴があるのはまだ緩やかなところだけど、少し登れば険しくなっていく。

 少し下には草原が広がっているみたいだ。スイスの作家ヨハンナ・シュピリの『アルプスの少女ハイジ』みたいにヤギを育てるのにはもってこいな場所だね。……異世界にヤギがいるかは分からないけど。


 代わりにやせ衰えた毛のない犬みたいな生物がいた。……多分だけど、アレだよね。『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に出てくるイェス・ハウンド。

 確か知性ある獲物を狩ることに喜びをおぼえる悪の来訪者で、夜空を駆け抜け狙い定めた標的を執拗に何マイルでも追いかけてその恐ろしき唸りで標的を悩ませるって魔獣だったと思うんだけど……太陽を恐れていて、例え自分の命がかかっていようとも思い切って日光にその身をさらそうとすることは決してない筈なのに普通に太陽の下に出てきているし、完全にボクの知っているイェス・ハウンドと同じという訳でも無さそうだ。……まあ、異世界だからね。ボクの世界の常識がどこまで通用するかは未知数だ。


 ……さて、ボクはこの山を下山したいんだけど、このまま進むとあのイェス・ハウンドみたいな魔獣との戦闘は避けられないな。

 【光魔法】は呪文が分からないと使えないみたいだし……物理攻撃で攻めるしかないか。


 聖槍ロンゴミアントを握る。槍なんて使ったことが無いからライトノベルの見様見真似だ。……重い。もしかして、職業選び失敗したかな?

 先手必勝、【縮地】を使ってイェス・ハウンドに迫る。鞭のようにしなやかな動きをイメージして予備動作無しに槍を突いたら【無拍子】になった。

 【螺旋槍撃】と【閃光槍撃】が働いたのか閃光が迸るような早業で突き、螺旋のような痕を残すことができた。


 ……うん、流石にこれを食べるのは無理そうだな。やっぱり一刻も早く山を下山して村を探すべきだね。

 ……というか、こういう場所を選んで畜産とかで生計を立てている村って異世界にも無いのかな?


 草原を歩きながら下山すること十五分。小さな村を見つけた。

 見つけたんだけど……どうすればいいんだろう。異世界の言葉が分からないから村人と意思疎通が取れない。


「キイ、ヨシソホコシサダヒ」


「ワナルカシ? ツシツ、ベッピカチカダヒ。サワリフルヲクノコルカダ」


「ヒフクッノカダ。ユカホカワリヒツマサユコガコヲナケフ。ドケト、ユニメヲイアマガサヌチホ」


 ……うん、何言っているか分からない。羊飼いなのか何匹かの羊を連れているおじ様と鍬を肩に乗せたおじ様がこっちを見ながら何かを話している。


 言葉が通じないから情報を得ることもできないしな。……言語はなんとかなるかなって言語スキルを選ばなかったのが間違いだったみたいだ。趣味に突っ走るんじゃなくて、もう少し考えて選べば良かったよ……って今更後悔しても仕方ないけどね。


「ラテリチカ、フィジリィルマラヲフワケタナ。ヒフシサタユンシヒ?」


 羊飼いのおじ様が親切に声を掛けてくれたんだけど……言葉通じないしね。どうしよう?


「すみません、お教え頂きたいことがあるのですが?」


「キイ、ヒフクッノアシエシカホ」


「カ? ルツシツノユワクビハッノレネジャホコマシ? ゼラチカオワカデセア。シマジョヒヲヒカハシデスアミズダ!」


 そう言うや否や農家っぽいおじ様が村の奥に走っていき、数分後一人の女の子を連れてきた。


 魔女っぽいとんがり帽子を被り、黒いマントを着たいかにも魔法使いっぽい服装。……眼帯はつけていないし、紅魔●随一の天才とかではなさそうだね。

 髪は軽くウェイブがかかった肩まで届く長さの豪奢なアッシュブロンド、白磁を思わせる滑らかな白い肌、精緻に整った容姿は妖精のそれを思わせるほど美しく、思わず目が離せなくなる。中でも印象的なのは青の洞窟の水を連想させる群青の瞳、アッシュブロンドとの対比が彼女の美しさをより際立たせる。

 ……めちゃくちゃ可愛い。どストライクだよ。こんな女の子とお友達になれたらいいなって思っていたら、その子が突然ボクに向かって杖を構えた。


「〝タハマミシゴオキニコワ〟――〝翻訳ハヲカテイーツョカ〟」


 ボクの身体を淡い光が包み込む。ダメージは、特にない。


「もしも〜し、私の言葉分かる?」


 女の子の言葉が分かるようになった。もしかして、翻訳の魔法を掛けてくれたのかな?


「はい、分かるようになりました。ありがとうございます……えっと」


「私はゼラニウム=レーラよ。村のみんなからはゼラって呼ばれているわ」


「はじめまして、ゼラさん。ボクは一ノ瀬梓……一ノ瀬が家名で梓が名前です」


「貴女、もしかしなくても迷い人よね?」


 迷い人ってなんだろう? 確かどこかのライトノベルに転移者を指す言葉として使われていたっけ? 異世界に迷い込んだ人だから迷い人。


「はい、ボク達は創作の世界で転移者と呼んでいますが、多分同義ですね」


「そうさくのせかい? っては分からないけど、迷い人の正式名称が転移者トラベラーだわ。それ以外に転生者リンカーネーターっていう人達もいて、二つを合わせて来訪者って呼んでいる人達もいるけどあんまり定着していないみたい」


 なるほど、転移者トラベラーの他に転生者リンカーネーターも居るのか。

 どっちも異世界ものでは定番中の定番だけど、普通は転移か転生のどちらかに絞るよね。


「この世界の言語を知らないってことは、この世界に来てからまだ誰にも会ったことがないってことよね? お金も持っていないだろうし……これからどうするか決めているの?」


「そうですね。冒険者ギルドに入って、そこで生活費を稼ごうと思います」


「他の世界から来たばっかりなのに戦うのが怖くないのね。……もしかして、前の世界でも戦っていたの? 戦乙女ヴァルキューレの格好しているし……」


「いえ、この装備はこの世界に来る際に特典としてもらったものです。元々は目に見える・・・・・争いがない国で暮らしていました。戦いとは無縁な世界で生きてきましたが、魔獣との戦いが当然の世界で『怖くて戦えない』などと言っていたら殺されてしまいます」


「貴女、肝が座っているのね」


 ボクがゼラニウムと話していると、二人のおじ様達が話しかけてきた。……そういえば、ずっと放置していたな。忘れてた、てへぺろ☆


「お嬢さん、うちに来ないか?」


「……お前はそうやって家に誘ってあわよくばお嫁さんにしようと目論んでいるんだろう? ――お嬢さん、お金がないのならうちに来るといいよ。羊飼いだから贅沢なものは出せないけど、それでも良ければ」


 農家のおじ様と羊飼いのおじ様が火花を散らしはじめちゃった。

 ボクのために争ってくれるなんて……全くモテる女は辛いよ。(まあ、元男なんだけど)


 まあ、【性転換】のスキルを使う時にボクの思う最高クラスの美女をイメージしたからね。ロリ美少女とナイスバディなお姉様の二択で悩んだんだけど、ロリ美少女だと戦乙女ヴァルキューレ装備が装備できないから結局ナイスバディなお姉様にしたけど効果抜群だったみたいだ。

 ……だけど、どうしよう。ボクの目的は百合ハーレムを作ることであって、おじ様と仲良くすることじゃないんだよ。


「……全く、これだから。梓さんのことは私が引き受けるわ。行きましょう、梓さん……と、その前に」


「「「ようこそ、フィジリィルの村へ!!!」」」


 ……あっ、そこは三人で合わせるんだ。



 異世界生活一日目 場所ウィランテ大山脈、フィジリィルの村


 フィジリィルの村はミンティス教国の外れに広がるウィランテ大山脈にある村らしい。

 主な産業は高地を生かした畜産。ここで作られる乳製品は世界有数らしい。


 ウィランテ大山脈を越えると、ジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国。魔王ノーヴェ家を頂点とする魔族の統治国家で、特にミンティス教国を目の敵にしているらしい。

 ミンティス教国は、聖剣に選ばれた才覚ある者を勇者としてジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国に送り込んでいるみたいだけど、戦況は芳しくない。魔王軍の上層部は幹部も含めて誰も倒されたという情報が入っていないみたいだ。

 ミンティス教国とジュドヴァ=ノーヴェ魔族王国は対立していて、このウィランテ大山脈はその狭間にある訳だけど、高地なせいかわざわざここを抜けてミンティス教国へと侵攻する魔族はいないみたいだから現時点では戦禍に巻き込まれたことがないらしい。……だからこんなに長閑なんだね。


 ミンティス教国といえば、唯一亜人種を迫害の対象としている国家でもある。

 ミンティス教国の国教であるミント正教会は亜人種を魔族の血を引く存在だとして差別している。また、唯一奴隷制度がある国でもあり、亜人種を奴隷にしているようだ。そのせいか、まず亜人種はこの国に寄り付かない。……なんで、迫害するんだろう? だってケモミミだよ。見つけたら絶対に愛でないと。


「ところで、梓さんってどれくらい戦えるの?」


 この世界のことを大体教えてもらったところで、ゼラさんがそんなことを聞いてきた。

 ……うん、どうやって答えればいいんだろう。ステータスを書き出すのは……ゼラさんを信用できないって訳ではないけど、手の内はなるべく明かさない方がいいし。そうだ、アレなら。


「ここに来る途中にやせ衰えた毛のない犬みたいな生物がいたんですけど、なんとか倒すことができました」


「……イェスハウンドね。この辺りだとかなり強力な魔獣だわ。……梓さん、もし良かったらお手伝いしてもらえないかしら。私はこの村の家畜が魔獣に襲われないように村周辺の魔獣を倒す仕事をしているのだけど。なかなか成り手がいなくてね。勿論、ずっとこの村で働いて欲しいとは言わないわ。私が出せるのは冒険者ギルドの払いに比べたら微々たるものだから」


 ゼラさんに頼りっぱなしってのも嫌だし。手伝えることがあるのなら手伝いたいな。

 でも、この世界に来たばかりのボクは本当にゼラさんの期待に応えられるのかな?


「ボクで良かったらお手伝いします」


「ありがとう。それじゃあ、早速明日からお願いしてもいいかしら?」



 異世界生活一日目 場所:ウィランテ大山脈


「〝真紅の炎よ、槍となって貫け〟――〝火炎槍フレイムランス〟」


 凛とした詠唱と共に炎の槍が形作られ、一斉に襲い掛かる。

 スミロドンと呼ばれているらしいサーベルタイガーの亜種みたいな魔獣は身体を貫かれて、そのまま内部から焼き尽くされた。

 ゼラさんはやっぱり強い。――ボクも負けてられないな。


 【聖刃】を発動して槍の穂先に光を宿す。【縮地】を使って肉薄し、【無拍子】を発動して【螺旋槍撃】と【閃光槍撃】を組み合わせた最高の突きを放つ。

 エステンメノスクスと呼ばれているらしい巨大な角と口吻から覗く鋭い牙という、あたかも鬼のような形相の頭部を持つ魔獣はその一撃で絶命した。


「なかなかやるわね。やっぱり貴女を選んで良かったわ」


 ゼラさんのお墨付きを得られた。どうやらボクはこの世界の感覚的に上手く戦えているみたいだ。


「さて、そろそろ魔獣を倒し終えたしフィジリィルの村に戻ろうかしら」


「あの、ゼラさん。魔獣の死体はどうするのですか?」


「魔獣の死体? どんな方法を使っても【毒無効】すら貫通する猛毒があるから食用にはできないし、ここに置いていくわ」


 魔獣の肉には猛毒があってまず食用にはできないらしい。どんな調理方法を使ったとしても、【毒耐性】の上位互換である【毒無効】を使っても効果はない。

 また、他の異世界もののように魔獣の中に核や魔核と言ったものがある訳でもないので、基本的に死体は放置するのが一般的なようだ。冒険者ギルドは討伐した証明として討伐部位を提出する必要があるみたいだけど、今回の仕事は守る仕事そのものにフィジリィルの村から給金が支払われるのであって、どれだけ魔獣を討伐しても一律のお金しか貰えない。


 倒した分だけお金が貰える冒険者の方が当然稼ぎが多い。だから、村の子供達は山を降りて冒険者になる。その中には既にミンティス教国を出ている者もいるらしい。

 冒険者ギルドは基本的に国から独立している組織で、アルドヴァンデ共和国、自由諸侯同盟ヴルヴォタット、ミンティス教国、超帝国マハーシュバラの四国に支部を置いている。だから、ミンティス教国を出てもそのままの資格で他の地域でも活動できるそうだ。

 ちなみに、冒険者ギルド本部があるのは超帝国マハーシュバラの帝都トリシューラ=ピナーカらしい。……ここって中世ヨーロッパな異世界ファンタジーだと思っていたけど、クトゥルフとかヒンドゥー教とか混ざっているし、ごちゃ混ぜの世界観なのかな? カオスって名前の世界みたいだし。

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