文学少年(変態さん)は世界最恐!? 〜明らかにハズレの【書誌学】、【異食】、にーとと意味不明な【魔術文化学概論】を押し付けられて異世界召喚された筈なのに気づいたら厄災扱いされていました〜

逢魔時 夕

第一部第一章「老害と残り物スキルと異世界迷宮と」

文学少年は行くところまで行き着くと変態でぼっちになるようだ。

 ――さて、突然だが告白しよう。勿論、告白といっても愛の告白や自分の罪を神に打ち明ける方の告白ではないことを念頭において欲しい。


 俺、能因のういん草司ぞうしは自他共に認める変態である。


 …………そんな目で見るな! 変態といっても昼間から頭に女物のパンツを被って上半身裸で徘徊する露出狂のような者達と一緒にされては困る。


 俺は保育園に入る前から本が大好きだった。絵本から始まり、漫画、ライトノベル、教科書、文学小説、参考書、専門書、論文……ありとあらゆる本に手をつけては読み漁り続けた。


 ……人間誰にもある筈だ。男の子が好き過ぎて常に男の子と男の子をカップリングさせる妄想が浮かんでくるようになったり(所謂腐女子、腐兄……勿論逆もあるよー)、髪の毛が好き過ぎて食べちゃいたいと思うようになったり(どこの変態さんかな?) 、可愛い女の子が好き過ぎて食べたいと思うようになったり(ちょっと……どころか相当ヤバス、絶対に警察のお世話になるよね)と、ある一線を超えた者達に対しては一様に風当たりが厳しくなる。


 俺も本好きを拗らせてそのタイプの変態になった。書物を見れば、まずは頬擦りして感触を確かめ、匂いを嗅いで書物特有の香りを楽しみ……まあ、大体この辺りで司書や古書店の店員や学芸員に掴み出される。本当は本を食べてその味を堪能したいのだが、流石に貴重な書物を食べる訳にもいかず、普通に購入した本でも食べたらもう読めなくなってしまうため、未だ本を食すという一線だけは越えられていない。

 ちなみに、いくつかの書店や図書館では出禁にされてしまった(まあ、当然といっちゃ当然か)。


 ……えっ、それだけでも十分ドン引きだって? 嫌だな、人間誰しも特殊性癖の一つや二つ持ち合わせているだろう?

 普通の人ならば隠すが、俺はそれをしないだけだ。


 その結果、クラスでは変質者扱いで浮き、ぼっちになりました。

 いや、別に寂しくなんかないよ! オタク達は不良達に虐められているのに、俺には近寄りすらしないけど、別に寂しくなんかないよ……! ついでに苛められたいっていうドMな願望がある訳じゃないよ!!


 そんなこんなでクラスから徹底的に浮き、学校の高嶺の花にして、誰にでも手を差し伸べることから裏では“天使様”や“女神様”と呼ばれている白崎しらさき華代かよさんですらドン引きして匙を投げた。

 最早、名医から「貴方はステージ4です」って言われる並みに追い詰められている俺だが、こんな俺にも遂に理解者が現れたのだ! (ドヤっ!)


 「一年生だが、大学のオープンキャンパスに行って進学の目標を立てなさい」と進路指導主事の先生が学年集会で言い放ち(ついでに「用紙にその大学について纏めてきなさい」とプリントを渡され)、しぶしぶ文学部がある大学をテキトーに選んで行った時である。

 そのオープンキャンパスの模擬授業で、俺は偶然にも初めての理解者を得たのだ。


 その人は古代から中世までの幅広い時代の文学や本の装丁を研究している教授だった。

 本好きが極まりそこそこの知識を得ていた俺は、他の参加者達が遠慮してなのか本当に分からないのか……全く手を挙げない中、気持ちを抑えることができずに幾度となく発言した。

 その大体が当たっていたようで、その教授に驚かれ、模擬授業後一人だけ講義室に残るように言われたのだ。


 その時の俺は「これ、悪目立ちし過ぎちゃって怒られるパターンじゃね?」って内心ヒヤヒヤしていたのだが、そのようなことは断じて無かったことが教授によって明らかにされた。


『君、凄いじゃないか。うちの現役の大学生すら勉強してようやくの範囲をサラサラと答えて。……オープンキャンパスだからって対外向けの簡単なものじゃ意味がないからって他の教授や准教授の反対を押し切ってちょっと難しく内容をやったんだが、まさかあんなに答えられるような参加者が現れるとは思わなかった。――君、名前は』


『……能因草子です』


『ほう……枕草子の伝本の一つ、能因本の能因に、枕草子の草子とは……そんな君が文学を志すとはなかなか数奇な運命だ……そうは思わないか?』


『……はあ』


『君、是非とも我がゼミに来てくれ。……ああ、そうか。君はまだ入学すらしていないんだったな。ならば、是非うちに入学して、私のゼミに来てくれ!!』


 最初はただ教授の圧力に押されていただけだった。

 課題だからと仕方なく、何一つ未来のビジョンの無いままただテキトーに文学部がある大学を選んだら、たまたまこの大学だったというだけだ。

 正直、文学を研究する道に入るかすらも未定。進学かはたまた就職か……そもそも定められた二者択一の中でどちらを選ぶかすら決まっていないのだ。


 教授の好意は正直嬉しかった。これまで出会った全ての者から変態というレッテルを貼られ、関わりたくないと避けられ続けた俺。

 勿論、非が自分にあることは分かっているが、それでも心のどこかでこんな自分を認めてくれる誰かを渇望していたのだろう。

 ……どんな相手にも手を差し伸べる華代なら或いはと思ったが、やはり無理だった。


 教授はそんな俺に初めて真っ向から向き合ってくれた。「ゼミに入ってくれ」と言ってくれた。

 その気持ちは勿論嬉しい。だが、それは俺という人間の持つ変態性(自覚あり)を知らないから言えた発言に違いなかった。

 そこを隠して教授の誘いに同意するのは教授を騙しているのに等しい。教授の誘いに乗って大学に入学し、教授が俺の性質を理解したらきっと激しく幻滅するだろう。

 俺は真っ向から向き合ってくれた教授に真実を打ち明け、諦めてもらおうと思った。


『……教授、折角のお誘いですがお断り致します。……俺は教授が思っているような人間ではありません。本好きを拗らせ、書物を見れば、まずは頬擦りして感触を確かめ、匂いを嗅いで書物特有の香りを楽しむ……それに、これまで何度も本の味を堪能したいと思いました(実際に食べたことはありませんが)。こんな変態性を抱えた人間を置けばきっと教授の株は暴落します。……それに何より、こんなに気持ち悪い性癖を抱えた俺は教授を不快にさせてしまいます』


 教授は暫し黙考していた。……あれ、ここって迷うところか? その時は自分のことながら「早急にこの気持ち悪い奴を追い出すところだろッ!」と心の中で思っていた。

 教授は一頻り考えた後、考えたようで固く閉じていた口を少しずつ開いた。


『……確かに、その性癖は書物保存の観点では厳しいところがあるだろう。書物に皮脂をつければ劣化するし、食べてしまっては貴重な古典籍が無くなってしまうからな。……だが、私はそれを踏まえた上で本学に入学し、うちのゼミに来て欲しいと思う。君の本にかける情熱は人並みではない。それ故の性癖なのだろう?』


 教授は難しい顔をしながらも、俺に再び「うちのゼミに来て欲しいと言ってくれた」。

 それを言うか迷った理由も単に気持ち悪いからではなく、古典籍の保存を考えた理屈あるものだったことにも共感を持った。


『君がどれほどの学力を有しているかは分からないが、その情熱があれば本学にも余裕で入学できるだろう。……とはいえ、君はまだ高校一年生か二年生……進路を決める時までは時間がある。それまで考えて、もし本学を選んでくれたのならこれほどまでに嬉しいことはない。――ああ、うちのゼミには遊びに来てくれて構わないよ。寧ろ、来てくれ!』


 これが、書誌学と古代〜中世文学を研究する浅野あさの教授との出会いだった。


 小学校入学から今まで多くの先生と呼ばれる者達と出会った。だが、俺が本当に師として尊敬するのは後にも先にもこの教授ひとだけだろうと、その時の俺はそんな予感を感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る