「君はバカなのかい?」

「ああミスった!」


 タイル張りの床を蹴飛ばした。つま先が痛い。でも操作してる画面を叩かないのはゲーマーの矜持きょうじだ。


 一番得意な音ゲーだってのにさっきからミスしすぎだ。いつもならここまであからさまなミスはしないのに。


 理由はわかってる。僕が荒れてるからだ。僕の精神状態の乱れがタップミスに直結してる。だから落ち着けって言ってるのに。ストレス発散のためにゲームをやってるというのにこれじゃあ、ストレスを溜め込む一方じゃないか。


「ずいぶん荒れてるみたいじゃないか」

「あ、エリさん。こんにちは」


 いつの間にか近くにいたエリさんが片手を上げる。そう言えばここのゲーセンはソノたちの行動範囲内だったか。


「それで、拓海はどうしてそんなに荒れてるんだい?」

「そう……、見えますか?」

「君のプレイスタイルくらいは把握してるつもりだよ」


 下から声が聞こえてくる。自分よりもどう見ても年下にしか見えない女の子に心配されて声をかけられてるって聞くと自分がすごく情けなくなってきた。


「メダルゲームでもしないかい? ボクも腕を上げたんだ」


 そんな笑顔を浮かべたエリさんは僕の返答を聞く前に袖を引っ張っていく。そのまま一番大きなメダルゲームの前に座らされた。エリさんはその横に陣取る。

 ……まあメダルゲームは無心状態でもできるから、楽かも知れないな。


「それで、拓海はどうしてそんなに荒れてたんだい?」

「それは……、よくわからないです」

「嘘だね」


 あっさりと否定される。


「少なくとも、その理由くらいには心当たりがある。違う?」

「……そうです」


 そうだ。心当たりはあった。


 言われなくてもわかる。先輩のことだ。プールに行った後から一度も連絡が取れてなかった。一度も、ただの一度もだ。

 メールも電話も手紙も、何も通じない。着信拒否にされてるとか、メールアドレスを変えられたとかそんなわけではなさそうなんだけど。ちゃんと既読はついてるし。


 ……でも、先輩からの返信は一度たりともなかった。夏休み中に後何回か遊びに行きたいよねって話してたのにも関わらず。このまま、何もしないまま夏が終わってしまうのだろうかって。


 それに、タイミングも気がかりだった。一博が襲来してきた直後だ。先輩が僕に昔話を話してくれたのがプールの時。その時は僕のことを信頼してくれてたのかなって思ってた。

 だけどその直後から連絡が取れなくなって。ひょっとして、僕が無言の圧力で先輩を追い詰めちゃったんじゃないか。本当は話したくないことまで話させてしまったんじゃないかって思ってしまう。

 慰めたつもりだった。僕は気にしてないから大丈夫って、先輩を励ましたつもりだった。でも先輩を傷つけてしまったのかも知れない。知らず知らずのうちに、何か先輩の怒りに触れるようなことを言ってしまったのかも知れない。


 そんなことを考えているうちに、頭の中がどうにかなってしまいそうな気がしていた。


「別に無理に話せとは言わない。だけど、話したら楽になることだってある。少なくともボクはそう思ってる」


 エリさんが言う。


 ……かっこいいな。僕なんかとは違って頼り甲斐があるなって思う。何もなくとも、些細なことでも話してもいいんだって言う安心感がある。


「ボクとしては話してほしいけどね。それで、拓海はどうしたい?」


 エリさんの手元から、メダルが中央へ吸い込まれていく。チャリンという音が頭の中で響いた。


「エリさんは、もしソノが落ち込んでたら、どうしますか?」


 そうして僕は話し出した。



 *****


「なるほどね……」


 エリさんは僕が話し終わると深く背もたれにもたれかかった。


「というわけで、声のかけ方間違えちゃったんじゃないのかなって」

「君はバカなのかい?」


 フンと鼻で笑い飛ばされる。あの、僕結構真剣に悩んでるんですけど。


「……どういうことですか?」

「そのままの意味だ。君はバカだよ。そうやってうじうじ悩んでいるだけで何もしていない。バカな行動だとは思わないのか?」

「でも、どうしたらいいのか……」

「あーもう、じれったいな!」


 頭をかきむしる。そうして、台に拳をついた。


「拓海がうじうじ悩もうとそれは君の勝手だ。だけどね、こんなところで悩んでたところでそれが何か解決策になるのかい? ここで悩んでることがその文乃さんに伝わるのかい?」

「それは……、そんなことないですけど」


 エリさんの言うことはわかる。だけど、それでも先輩を傷つけたくなくて、踏み出せない。


「そうだ。それでもう1個質問だ。ここでこうやって怠惰に過ごしていて、何か事態が好転する保証があるのかい? 時間が経てば向こうから連絡を取ってきてくれると思っているのかい?」

「……」


 言葉に詰まる。何も言えなかった。


「深層心理では理解してるみたいだね。言っておくと、時間が溝を埋めるなんてのは幻想だよ。むしろ、時間は溝を広げていく。時間が経てば経つほど嫌になってどうでもよくなっていくんだ。今この瞬間もね」


 ジャラジャラとメダルがエリさんのところから出てきた。僕はと言えばさっきから手が止まっていた。


「手遅れになるよ。うかうかしてると」

「だけど!」


 叫んでしまう。だけど幸い喧騒けんそうが打ち消してくれた。


「だけど、これ以上先輩を傷つけたくないんです……」

「何を言ってるんだ君は……」


 あきれたようにエリさんが言う。そして一枚コインを取り出した。


「ここに裏を向いたコインが一枚ある。これをはじいて表が出る確率は何パーセントだい?」

「50パーセントです」

「それじゃあ、はじかなかった場合は?」

「……どういうことですか?」


 質問の意図が分からない。二重の意味で。


「だから、このまま何もせずに手の平に乗せた場合、表になる確率は何パーセントだって聞いてるわけだよ」

「ゼロ……、であってますか?」

「わかってるじゃないか」


 ウインクがとてもカッコよかった。ロリだけど。


「いいか、今の拓海はこのコインと同じだ。はじけば、つまり行動を起こせば仲直りできるかもしれない。だけど、何もしない場合はゼロだ。あり得ない」

「それはわかりますが……」

「それじゃあ、コインをはじいた方がいい。そうだろ?」


 無言で頷くとも頷かないともそんな表情をする。

 頭では理解しているんだ。それくらい。だけど、どうしても心が納得できないんだ。


「それに、これはボクの勝手な予想だけど仲直りの確率は高いと思ってるよ。辛くて一人で抱え込んでしまいそうな時ほど、誰かに助けて欲しいものだからね。寄り添って欲しい、話を聞いて受け入れて欲しい。そう思うものだよ」

「それは、僕でもそうですか?」

「むしろ、拓海君だからいいんじゃないか」


 エリさんが嬉しそうに言う。僕だからいい……?


「話を聞く限りだと、文乃さんは拓海を嫌ってるわけじゃないみたいだよ」

「え、でも連絡取れないですし……」

「それが勘違いのもとなんだよ。拓海と何を話せばいいかわからない。どうやって話を切り出せばいいのかわからない。だから、距離が自然に離れてしまってる。好き避けって言葉くらい聞いたことあるんじゃないかい」


 ……聞いたことはある。だけど、そうなの?


「いいかい。押してダメなら引くんじゃないんだ。そこそこの好感触はあるんだったら、もっと踏み込まなきゃ。逃げられないようにしないと女の子は捕まえられない。押してダメなら押し倒せ。わかった?」

「押し倒す……」


 それって、どういう意味だ? ……比喩的な意味だよね?


「そうだよ。いっそのこと行きつくところまで行っちゃってもいいんじゃないかい?」

「ちょっと、エリさん!」


 無言で微笑む。そういう意味だったの? そりゃ、気になってはいるけど!


「まあ、それはともかくとして。さっきよりだいぶ顔つきがよくなってるよ。吹っ切れたんじゃないかい?」

「そうですね、そうかもしれません」

「となれば君のやるべきことは一つだ。文乃さんと会って、直に話をする。違うかい?」

「でも、先輩連絡つかないですし」

「なら家に直接会いに行けばいい」

「そうか!」


 その発想はなかった。でも、それもありだよね。前に一回先輩が前触れもなしにやってきたことあったし。


 ……って。


「僕先輩の家知らないです」

「……今まで何をしてきたんだい君は?」


 今日一番のあきれ顔でエリさんが言う。だって仕方ないじゃないですか。ちょっとずつしか距離を詰められなかったんですから。一足飛びにそんな個人情報きけませんよ!


「どうしよう、これじゃあ夏休み明けまで、どこにいるかわからない! どうしたら先輩と会えるんだ!?」

「その願い、俺がかなえてやってもいいぜ」


 聞きなれない声が僕の耳に届いた。いや、一回どこかで聞いたことがある。この声は!?


「お前が今の相手なんだってな。ちょっと調べたぜ」


 先輩の昔の実験相手の一博だ!

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