合宿(観光旅行)2日目

「いや~、見渡す限りの海だね。絶景かな絶景かな」


 腰に手を当てながら先輩が言う。先輩の言う通り、ホテルのすぐ横にあるビーチは絶景だった。見渡す限り雲一つない快晴。波も大きくないし、海が透き通って見えそうだ。


「確かに、いい所ですよね」

「違うよ、絶景かな絶景かなって言ったら南禅寺の三門じゃないって言わなきゃ」

「意味が分からないです」


 確か石川五右衛門の台詞だったことは覚えてるんだけど。その場所で言ったってことなのかな。


「冗談だって。でも来てよかったね」

「本当にそうですよね」


 先輩の方をチラッと見やる。チェックアウトはしたし、荷物もコインロッカーに預けた。あとは電車の時間さえ気にしていれば大丈夫だし、最悪ちょっと乗り遅れてもなんとかなるって先輩は笑っていた。思う存分に海を楽しむだけだ。


 それにしても、先輩って肌白いよな。結構からかってきたりするときに見ているイメージあるけど、陽の光の下で見るとそれはそれで見え方が違う。日焼け止めとかは僕も塗ってるけど、やっぱりだいぶ違う。それに、美少女だし。


「な〜に、見てるのかな?」

「いえ、その。ちょっと露出過多じゃないかと……」


 口を濁らせる。先輩の肌に跡が残ってないか気になって見てましたなんて言えない。


 先輩はオフショルダータイプの白いビキニを着ていた。ちらっと出ている肩が艶気をそそる。フリルが先輩の胸をいい感じに隠してくれていた。先輩って元々スタイルいいし、何も知らないとすごく美少女に見えるよね。

 ちなみに僕は半ズボンタイプの奴にTシャツを着てます。


「これくらい普通だって。ほら暑いんだしさっさと海入っちゃお?」

「わかりました、行きますか」


 まあ、確かに見渡す感じだと、先輩くらいでも普通かなあ。そんなことを考えながら歩いていると、先輩に思いっきり水をかけられた。


「ぼーっとしてたらかけちゃうぞ」

「先輩、今日の僕は一味違うんですよ」


 だけど、先輩がこうやってくることは予想通りだ。だから、反撃のために水鉄砲を買ってきたのだ。ふっふっふ、これで敵うまい。


「水さえ貯めてしまえば僕の勝ちですね」


 勝ち誇ったように言うと、先輩はがっくりと肩を落とした。


「あ〜あ、この手は使いたくなかったんだけどなあ」


 そして、目が光った。どこからともなく、もう一丁の水鉄砲を取り出す。しかも、僕より貯まる水の量も貯まる速度も段違いのやつじゃないか!


「覚悟してね、拓海君!」

「ずるいですよ先輩! そんなもの持ってくるなんて!」

「君に言えた義理じゃないと思うよ! くらえ!


 その後、びしょ濡れになるまで水をぶっかけられた。



 *****



「これだけのんびりしてると眠くなってくるね」

「そうですねー」


 借りた浮き輪の上でパチャパチャと寝そべりながら先輩が言う。ちょっと眩しそうだ。ちなみに僕はと言えば、浮き輪の端っこに掴まっていた。足がつかないからちょっと休憩。


「でもそろそろお腹すいてきませんか? もう昼くらいだと思いますし」

「体内時計からして12時50分くらいかな。確かに、ちょうどいいくらいだよね。運動してるとお腹すくし」

「こういうときって、無性にカレーとか焼きそばとか食べたくなりませんか?」

「わかる! あのチープな味がいいんだよね!」


 パチャンと水が跳ねる。顔にかかった。先輩が興奮して暴れたせいだ。


「よし、そうと決まれば戻って昼ご飯にしよう。ほら行くよ」

「え、うわあああぁぁぁ!」


 ドプンという音がして、僕は水に沈められた。


「はあ、はあ。何で先輩上から降ってくるんですか!」

「あはは、ごめんごめん。浮き輪に座ったままじゃ上手く移動できなくて」


 簡単に言えば、先輩が浮き輪を転覆させたのだ。その浮き輪に僕は捕まっていたわけで、先輩が転覆させると同時に僕の上に降って来たのだ。一瞬焦った。溺れるかと思った。というかちょっとだけ水飲んだ。


「ところで、いつまでそんなところ触ってるの?」

「あ、すいません!」


 慌てて離れる。咄嗟に掴んだからそこが先輩のどこかなんて意識してなかった。どうやら二の腕を掴んでいたらしい。

 ……ぷにぷにしてて気持ちよかったなあ。筋肉も程よく突いてたし。


「ちなみに、二の腕の触り心地って胸と同じらしいよ」

「ゴホッ!?」


 溺れかけた。



 *****



「よし、それじゃあ買いにいこっか」


 荷物を木陰にまとめて先輩が言う。借りた浮き輪とかもこの辺に置いて行ったらいいしね。僕もスポーツドリンクのキャップを締めて放り投げた。結構日差しがきつい。


「じゃあ、私は焼きそば買ってくるから、君はカレーお願い」

「わかりました」


 水着のポケットから財布を取り出す。濡れてもいいように防水仕様の奴だ。うん、お金は十分足りる。


「それじゃあ、荷物置いてるところで合流でいいよね」

「分かりました」


 先輩と別れて列に並ぶ。すごいな、結構な行列だ。特にカレーは多い。まあ、先輩曰くスキーと海水浴にはカレーらしいし。なんで夏と冬が一緒に来るのかは知らないけど。


「次の方どうぞ~」

「カレー1つください。それと、スプーン2個もらえますか?」

「1000円になります」


 まあ、海水浴場だし値段としてはそれくらいだよね。

 ちなみにスプーンを2個って言ったのはちゃんと理由がある。1個しかないと先輩のことだ、間接キスとか言ってからかってくるかもしれない。あるいは、食べさせてあげるとかいうかも。でも、あらかじめ2個もらっておけば回避できるはずだ。僕も大分先輩の扱い方わかって来たじゃないか。


「お待たせしました、次の方どうぞ~」


 カレーを受け取る。そこそこ熱い。焼きそばの方が列短かったし、先輩はもう先に戻ってるかな。そんなことを考えながら、荷物を置いた場所へと急ぐ。カレーをこぼさないように。


「だから、君たちとは一緒に行かないから」


 そう思っていたら、先輩の声が聞こえてきた。


「そんなこと言わずにさ~」

「そうそう。俺らと一緒に……」


 一目でわかった。ナンパだ。どう見てもチャラいというか、不良系にしか見えない男が3人。まあ、先輩ってすごくかわいいし、からかってくるっていう性格知らなかったら清楚っぽいからすごい優良物件に見えるよね。胸ないけど。


「はあ」


 ため息を吐く。そりゃ、こういう話はどこかで聞いたことがあったけど、まさか自分がやる羽目になるとは思ってもみなかった。でもまあ、やってやりますか。先輩があからさまに嫌がってるのに無視するのも悪いし。


「文乃、どしたの?」

「あ、拓海君」

「あ、お前何もんだ?」


 睨みつけられる。怯むな。演技をするんだ。


「あんたたちこそ僕の彼女に何の用? 何もないなら構わないでほしいんだけど」


 嘘を吐く。本当は彼氏でも何でもないんだけど。そりゃ、先輩と恋人同士になりたいと思ってはいるけどさ。

 にしても先輩全く態度変えないね。読んだ小説だと彼女呼びされたことに喜ぶとかそういうシーンがあったりするものなんだけど。


 考えられるのは2つくらいかなあ。僕に彼女呼びされても特にうれしくないのか、それとも内心では既に恋人同士だと思っているのか。どっちかというと前者っぽいなあ。


「こんなひ弱そうなやつが彼氏? 絶対俺たちの方がいいって」

「ハハハッ、確かに」

「邪魔しないでくれないかな。文乃が迷惑そうにしてるんだけど」


 先輩を庇う位置に立つ。うわ、近くで見るとすごい悪人面なんですけど。

 だけど、そこまで3人組に近づく必要はなかった。


「関係ないやつはすっこんでろよ!」

「ゲホッ!?」


 だって、思いっきり蹴飛ばされたから。

 体が砂地を転がる。あー、気持ち悪い。カレーは、ちょっとだけこぼれちゃったか。まあ、9割以上残ってるし。


「こんな奴より俺たちといた方が絶対楽しいって。いい思いさせてやるからよ」

「ハハハッ、ちげえねえ」

「ふざけないでもらえるかな」


 バチッと空気が振動した。ような気がした。珍しいことに、先輩がキレていた。


 後ろから見ていてもわかる。あからさまに雰囲気が変わった。いつもの笑ってるような先輩じゃない。ずっと一緒にいたからわかる。


「あ、なんだとコラ?」

「ふざけないでもらえるかなって言ったんだよ。聞こえてなかった? ああ、聞く耳なんてもってなかったね」

「調子に乗るなよ?」


 あ、ヤバイヤバイ。3人組怒らせちゃったよ? どうするの?

 そう思っていたけど、先輩は目配せをして片膝をついた。あれ、どういうこと?


「わたしは確かに楽しいことが大好きだけどね。だけど、楽しくないことを楽しいなんて言い張られるのは我慢ならない。君たちの方が楽しい? ふざけないで! ただちょっと強そうなだけの3人組と遊ぶより、好きな人の隣にいる方が100倍楽しいに決まってる!」

「てめえ、調子に乗ってると……」


 1人が手を振りかぶる。だけど、その前に先輩が手を振るった。


「逃げるよ!」


 先輩が叫ぶ。そして、僕の手を引いて駆け出した。


「あ、くそてめえ!」


 3人組は追いついてこなかった。砂で目つぶしとか、えげつないことをする。それにしても先輩速すぎ。砂浜ではだしなのに、よくそんなスピードで。うぉっと。



 *****



「はあ、はあ。上手く撒いたみたいだね」

「でも、大分離れちゃいました。荷物も反対だし」


 先輩が岩場の陰で息を吐く。ビーチの反対側まで来てしまった。咄嗟とは言え、逃げる向き間違えたよね。


「まあ、仕方ないよ。出来るだけ早く戻りたいけど、まだ3人組いるだろうしもうひと泳ぎするのは危険かなあ。失敗したよ」

「でも、先輩が啖呵切ったところすごくカッコよかったですよ。あ、すいません。勝手に彼女呼ばわりしちゃって」

「ううん、助かったしいいよ。ありがとね」


 先輩が笑う。まったく気にされてないみたいだった。


「でも、これじゃあ安心して泳げないしなあ。あ、そうだ。もうちょっと時間あるし温泉でゆっくりしよっか。結構色々あったし」

「いいですね」


 足湯もあったし小さなゲーセンみたいなところもあった。海水浴はまあ十分やったし、そういうのもいいかもね。

 でも、それより気になることが一つ。


「あの、ところで先輩。それ大丈夫ですか? カレー思いっきりかけちゃったんですけど」


 茶色い液体と白い米がついてて目に毒だ。


「あー、そうだよね。まあ、別のところでのんびり食べてもいいしさ。それに、今水着だよ? 海に入ったら取れるって」

「あ、いや。そういうことではなく……」


 まあ、確かにそれも心配なんですけど。


「ほら、その熱かったからやけどとか……」

「あー、それはちょっと不安だから海入ってくる。でも大丈夫じゃないかな、わたし結構熱いもの強いし」


 そんなことを言いながら、焼きそばを置いて先輩は海に入っていった。申し訳ありません。


「まあ、気にしても仕方ないよ。それより、Tシャツもらえないかな。水着がちょっと汚れちゃってさ」

「あ、すいません!」


 慌てて脱いで渡す。と、渡したところで気づいた。え、さっきまで僕が着てた、しかも肌に触れてたやつを着るんですか!?


「ありがとね。ちょっと気持ち悪かったんだ」

「わ、その後ろ向いてます!」

「別に背中だけだしいいのに」


 しかも、受け取ったところで先輩は上の水着を脱ぎだした。ってことは、さっきまで僕が着てたやつが先輩の薄い胸に!?

 ダメだ、くらくらしてきた。考えないようにしよう。


「よし、それじゃあ焼きそばだけになっちゃったけどお昼ご飯にしよっか。あ、先食べてくれていいよ」

「じゃあ、失礼します」


 先輩からお箸を受け取ろうとしたところで、先輩が割り箸を引き戻す。


「あ、それとも恋人なんだったら食べさせ合いでもする?」

「しませんよ! さっきのは演技だって、先輩にもわかってるでしょ!?」

「わかってる分かってるって。ほら、どうぞ」


 そう言って先輩はようやく箸を渡してくれた。まったくもう。



 *****



 ガタンゴトン


 電車が揺れる。先輩は仮眠をとるって言ってた。ひょっとしたら狸寝入りかも知らないから油断はできないけど。


 それにしても、旅行楽しかったなあ。最後こそちょっとトラブルあったし、先輩にからかわれたけど。それに、また温泉で寝ちゃって先輩に怒られたし。あ、でも焼きそば食べた後に、流石に恥ずかしいからって前を隠すように後ろから抱きつかれたのは役得だったかもしれない。


 それに、思うところがないわけじゃあないんだよね。3人組にナンパされた時に言った『好きな人の隣にいる方が100倍楽しい』って台詞。あれは、どういう意味だったんだろうか。


 先輩の寝顔を見る。恋人だなんて演技をしても全く動じてなかった顔だ。普通に考えたら、好きな人なんて言われたのは演技なんだろうけど。

 だけど、その時の演技は迫真に染まり過ぎていた気がするし。それに、珍しく先輩がキレた状態で演技ができるのかなってちょっと疑問にも思った。


 まあ、先輩に本心を聞くわけにもいかないから結局のところ真相は闇の中なんだけどね。だけど、でも、ひょっとしたらなんて思っちゃうんだ。


 ……ひょっとしたら、先輩は僕のことが好きなんじゃないかって。


 そんなこと、気にしないって決めたはずなのにさ。

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