「……夢か」

 ツンツン、ツンツン


 頰を突かれて目を開けた。先輩が手を伸ばして僕をつついている。

 というか、視点も何かおかしい。ぼーっとした頭で考えて、ようやく分かった。


 どうやら僕はベッドに横になっていたらしい。


「ようやく起きたんだ。もう、夜はこれからだってのに」


 先輩はベッドのふちに腰かけて、サイドテーブルに向かっていた。何かを注いでいるみたい。

 どうやら、ホテルの部屋みたいだ。頭がガンガンする。窓の向こうの様子からして、結構な夜なのか?


「先輩、僕はどうして寝てたんでしょう……」

「あのね、晩御飯食べた後で安心しちゃったのかすぐ寝ちゃったんだよね。君をここまで運んでくるの大変だったんだから」

「それは、すいません」


 いいよいいよと先輩が笑う。でも、先輩も食べ過ぎて倒れてたはずだし、迷惑かけちゃったよね。


「先輩は何をしてるんですか?」

「ん~、夜は長いからね。せっかくだから楽しみたいじゃない」


 夜は長いって、どういう意味ですか……。まさか、そういう意味?


「合宿の夜と言えばコイバナだよね! そういうわけで、飲んで飲んで」

「なんですか、これ」


 小さなグラスを差し出される。黒っぽいからウーロン茶かな? 上に何か白っぽい層があるけど。


「ホワイトルシアンだよ。こういう時にはやっぱり飲み物あった方がいいでしょ」

「あ、コーヒーの香りする」

「まあ、わたしと言えばコーヒーだからね」


 暗闇の中で先輩が笑ったように見えた。確かに、飲み物も食べ物もなしでコイバナってなんか変な気分になりますし。


「あ、甘いですね」

「カルーア使ってるからね。おいしいでしょ。わたしも結構好きなんだ」


 先輩が横に体を寄せてくる。寝巻の隙間から胸が見えますよ。いや、ないけど。


「それで、君は今誰か好きな人いるの?」

「それは秘密ですよ~」


 先輩が猫なで声で聞いてくる。ちょっとふわふわしてきた。でも流石に先輩が好きですなんて……。


 あ、いや。この雰囲気なら行けるか? このまま押し倒せる? あ、でも。


「でも彼女作っていろいろしてみたいとは思うわけでしょ? ねえねえ?」

「そりゃ、まあ」


 あ~、ダメだ。考えがまとまらない。眠いし、ちょっとふわふわする。なんか疲れてるような気もする。


「じゃあ」


 だから、先輩が舌なめずりをしたのに気づかなくて。


「いろいろ、体験してみない?」


 気づけば先輩にベッドに押し倒されていた。


「ほへ?」


 先輩が僕の上にまたがってる。手のひらで僕の胸をまさぐっていて、浴衣がはだけていた。僕はぼーっとしたままベッドの上に体を投げ出していた。


「やっぱり、体つきは男の子なんだね。筋肉質ですごい」

「あの、先輩。そこのいてくれません? ちょっと危ないんですけど」


 何がとは言わないけどさ。だけど、僕の下腹部が完全に反応してるんですけど。


「だ~め」


 だけど、先輩は舌を突き出して笑う。え?


「先輩、その、何するつもりなんですか? これは一体?」

「何ってそれくらいわかってるんじゃないの? こういうことだよ」


 そう言うなり、先輩は自分の浴衣の帯を取り払った。きっちり締まっていた浴衣が力なく垂れ下がる。


 ……は?


「先輩……!?」


 な、なんで下着付けてないの? え、普通ブラジャー位着けませんか? 前はだけたところに何も見えないんですけど!?

 というか、むしろそれ以外の何かが見えそうでピンチなんですけど! 先輩がいくら貧乳とはいえ、ちょっとは胸のふくらみあるし、ヒラヒラしてる浴衣の隙間から見えちゃいけないところまで見えそうになってるんですけど。


「ふふ、浴衣は下着を着ないものだよ?」


 はい!? ってことはブラジャーだけじゃなくてパンツもつけてないの!? ってそれヤバイじゃん!?


 見えそうだ。もうちょっと体起こせば見えてしまう。でも、なんか首から先しか動かない。

 もうちょっとだ。もうちょっとで見え、見えない……。


「まだだ~め。もっとちゃんと私を見て」

「へ? ふぇっ!?」


 グイッと顔が突き出される。メイクをしたのか、口紅の赤がすごく目立った。


 熱い。体がすごく熱い。というか、目が回りそうだ。なんかぼーっとしてきてこのまま流されそうで。


 先輩の整った顔がすぐそばまで迫ってきて。ひんやりとした手が僕の胸を滑って。首元にその顔をうずめて。ピチャピチャっていう水音がした。


 つまり、これはあれなのか? ついにあれするのか?


 そう思うと頭がかっと熱くなった。



 *****



「夢か」


 目が覚めた。周りを見渡してみたところ、もう朝のようだ。大きなベッドの端っこで僕は眠りこけていたらしい。浴衣もはだけていることはなく、むしろぴっちりと締まっていた。


「あ、起きたんだ。せっかくだからわたしは朝風呂行こうと思うんだけど、君はどうする?」


 先輩が声を掛けてくる。いつもと全く変わらない屈託のない笑顔で。ってことは、やっぱりさっきのは夢か。


 そう思うと、顔が熱くなってくる。いくら梅酒のゼリーで酔っていたとはいえ、なんて夢を見てるんだ。これじゃあ、先輩の顔をまともに見られないじゃないか。


 ……しかも、さっきの夢は本当に夢と思えないくらいリアルな夢だったし。

 夢だよね? さっきのは本当に夢だよね? よし、夢だということにしておこう。でも夢だとするならもうちょっと最後まで見せてくれよ! 貧弱過ぎるよ僕の妄想力!


「どしたの? 顔赤くしちゃって?」

「な、何でないです! それより朝風呂でしたね! 僕も行きます。ささ、早く行きましょう」

「うんうん。1日交替で男湯と女湯入れ替わるらしいから楽しみなんだよね」


 先輩が笑う。温泉なら先輩と別れられる。そういうわけで、早く行こう。



 お風呂の鏡で見たら、胸元に何か赤いマークがついていた。


 ……本当に夢、だよね?

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