合宿(観光旅行)1日目
「いや~、涼しいね」
「僕としては荷物重いし、足場悪いしで、何で先輩がそんなに元気なのか疑問なんですけど」
「はっはっは。鍛え方かが違うからね」
先を行く先輩が振り返って伸びをする。誰だよ、こんな山奥に神社を作ったのは。
木漏れ日が僕らに降り注いでくる。街の中は暑いけどここは標高高いし、木の陰もあるから確かに涼しい。山道を1時間以上歩いてるせいで僕はへとへとなんだけど。いくら荷物コインロッカーに預けたとは言っても、文化系男子にはきついですよ。
「まあまあ。ついたらお昼ご飯にしようよ。ちょうどいい時間だしさ」
「いいですね。僕もおなか減りましたし」
「あ、じゃあこれ食べていいよ。鞄に入れてたんだ」
ビニール袋に包まれたチョコクッキーを差し出される。あ、おいしい。でもこれ、どこのお菓子だろう。どこにも商品名書いてないし。
「あ、それ私の手作りだよ」
「そうなんですか!? ありがとうございます。とってもおいしかったです」
「気に入ってくれたなら嬉しいな~。はい、チーズ」
歌うように言いながら先輩はコンデジを僕の方に向ける。すごく元気だ。
一応、ただの観光旅行だとは思うけど名目上は写真部の合宿ということになっている。つまり写真部らしいことを何かする必要があるわけで、それがこのコンデジらしい。これで何枚か写真を撮って、それを合宿の実績ということにするのだとか。だから君は観光を楽しんだらいいよとは先輩の弁だ。
……とはいえ、僕は疲労で楽しむ余裕なんてないけど。
「あと何キロくらいかわかりますか?」
「ん~と、200キロくらい?」
「遠!?」
ちょっと、200キロは無理だって。
「冗談冗談。さっき後500メートルって看板が見えたから200メートルくらいだよ」
「ならよかったです」
あと1キロ以上あるなら、いったん休憩取りたかったけど、それくらいなら行けるはずだ。そう思っていたら、先輩がにやりと笑った。
「そなの? 君はもうちょっと長い方がいいと思ってたのに」
「何でですか?」
「だって、もうちょっと2人きりでいたくなかった?」
ガクッ
クスっと先輩が笑う。ちょっと、力が抜けたんですけど! というか、疲労が一気に来て立ち上がれない。
地面にへたり込んでいると、苦笑いしながら先輩が僕の横に座った。
「もう、しょうがないなあ。それじゃあここでちょっとご休憩していこうか」
『ご』休憩ってなんですか、『ご』って! 普通の休憩でいいじゃないですか! なんでそんなこと言うんですか、ねえ!
*****
「いや~、アイスクリームおいしかったね」
「あれだけ食べたのにまだ余裕あるんですか」
「何言ってるの? わたしこれでも控えた方だよ?」
真顔でのたまう。いや、天ぷらそば定食に刺身2種盛り合わせまで頼んでおいて控えておいた方ってどういうことだよ。僕なんて鴨南蛮そばだけでお腹いっぱいだったのに。しかも、その後おやつと称してアイスクリームも食べてたし。
「嘘でしょう?」
「本当だって。だって、晩御飯豪勢な予定だし、お腹開けとかないといけないじゃん」
「マジですか?」
「うん、マジ」
まじまじと先輩を見つめる。あ、この目本気で言ってる。
「先輩って、結構食べるんですね」
「そうだね。人よりはたくさん食べるよ」
でも太ってるわけじゃなくて、どっちかというとスレンダーな方だよね。胸に栄養は行ってないみたいだけど。
「どーこみてるのかな?」
「み、見てませんから!」
先輩が僕の顔を覗き込んでくる。慌てて手を振った。
「それじゃあ、問題です。今日の晩御飯は何でしょう?」
「えっと、バイキングとかですか?」
「ぶぶー」
指先で罰を作る。あざとい。
「バイキングでもよかったんだけどね。せっかくだから、和食のコース料理の方にしてみた。値段同じだったし、こういうのもいいでしょ? それにお刺身食べたかったし」
「さっき食べたじゃないですか」
「あれは食べた内に入らないよ~」
先輩がひらひらと手を振る。わからない。先輩の言うことがわからないよ。
……よし、深く考えないことにしよう。先輩はそういう人だし。
まあでも、和食のコース料理か。ちょっと楽しみだ。
「お、ちょうど見えてきたね。あれが泊まるホテルだよ」
「思ってたより大きい……」
「チェーン展開してるリゾートホテルだからね。裏からビーチ出られるし」
先輩が言う。先輩の親戚はお金持ちみたいだ。先輩ってかなり規格外だなあ。コーヒーおいしいしお菓子おいしいし器用だし運動神経あるし大食漢だし、さらには親戚が大きなリゾートホテルの役員。貧相なのは胸だけか。
「良からぬことを考えられてる気がするけど、さっさとチェックインしよっか。荷物置いちゃいたいでしょ」
「そうですね。お願いできます?」
「任せときなさい」
そう言って、先輩が笑う。それじゃあ僕は先輩の荷物を受け取って、フロントで待っていよう。そもそも予約から何から全部先輩がやってきたことだから、僕が出て行っても上手くいくとは思えないし。
フロントを見渡す。さっきまではすごく扱ったけど、ここは冷房が効いてて寒いくらいだ。でもそれ以外はふかふかのソファーもあるし気持ちいい。ちょっと座って休ませてもらおう。
海の匂いが漂ってくる。明日は海で泳ぐらしいから水着もちゃんと持ってきた。先輩の作ったしおりの持ち物の欄に書いてあったしね。
……それにしても遅いな。何かトラブルでもあったのかな?
そう思っていたらようやく先輩が戻ってきた。何かちょっと困ったような顔をしている。
「先輩、何か問題でもあったんですか?」
「あ、いやちょっとね。株主優待を使わせてもらったんだけど、これ部屋移動することもあってさ。埋まってるときは別の部屋に行く代わりに安くってなってるから」
「てことは、部屋狭くなるんですか」
「いや、それはないよ」
先輩が手を振って否定する。じゃあ、何を心配してたんだろう。
「でも、いっぱいだったんじゃあ」
「まあね。でも質が落ちるところに行ってくれとはホテル側も言えないでしょ。だから、普通のはずだったんだけど、ロイヤルスイートになっちゃった。それしか空きないらしくてさ。というわけで最上階にグレードアップだよやったね」
先輩が笑う。意味深な顔してたから悪いことでも起こったのかと思った。
「しかもお値段そのままだからね」
「それは、ラッキーですね。うん、すごくラッキーだよ。ところでなんだけど、コンビニってこの近くあったっけ?」
「それなら、そのフロントの横のところに。行きますか?」
「ううん、今はいいかな。それじゃあ、レッツゴー!」
「ちょっと、先輩! ここフロントですよ」
「あ、悪い」
まったく、嬉しいのはいいけど、騒ぐのはやめてください。
エレベーターに乗って最上階へ向かう。こんな贅沢をしていていいのかなんて気にもなるけど、別にいいのだ。もともと、写真部の部費だし、このホテルにしたのは安く泊まれるから。で、ロイヤルスイートになったのは運がよかったから。
まあ、正直なところ分不相応なんじゃって戸惑ってる自分もいるけどね。
「あれ、先輩って高所恐怖症でしたっけ?」
「ううん、違うよ。どうして?」
「いや、何でもないです」
なんかおとなしいと思ったけど気のせいだろうか。まあいっか。
チンという音が鳴って最上階にたどり着く。先輩から渡されたカードキーで扉を開けると、目の前にはオーシャンビューが広がった。
「うわー! すごい景色じゃないですか! この景色独り占めですか!?」
「えっへん、すごいでしょ!」
後ろで先輩が胸を張る。すごい、水平線がはるか遠くだ。いや、水平線ははるか遠くなんだけど。
「やっほ~い! ベッドもふかふかだよ」
荷物を降ろすなり、キングサイズのベッドに背中からダイブした先輩が言う。いいなあ。広いし落ちる心配もない。気持ちよさそうだ。
「ところで、もう1つのベッドはどこでしょう?」
「ああ、それは。なくなったんだよね」
「はい!?」
今なんて言った!? なくなったって言った!? というかどういうこと!? 意味わかんないんですけど!?
「あの、今何と?」
「だから、元々ツインで予約してたんだけど、ロイヤルスイートはダブルしかないらしくて」
「えっと、それは……?」
つまり、僕に同じベッドで寝ろと……!?
「そういうこと。まあ、寝相悪くないし十分広いからいいでしょ」
「よくないですよ! 間違い犯したらどうするんですか!」
「あれ~、間違い犯すつもりなの?」
揚げ足を取るように、先輩が笑う。いつもの手の甲を唇に当てたポーズだ。
「違いますよ! そんなことないです」
「あ~、わかった。ひょっとして拓海君って間違いは犯されたいタイプでしょ。違う?」
「ち、ち、ち、違いま
そりゃ確かにいつも受け身ですしよく先輩にからかわれて喜んでますしちょっぴりほんのちょっぴりだけM的傾向があることは否定しませんけどだからと言って先輩の方からしてもらいなんてことはみじんもこれっぽっちも考えていませんしええそうですとも先輩に身動きが取れないようにされて弄ばれるなんて妄想一度たりともしたことはありませんしそもそも私の先輩への愛情は対価を求めないものであってそんなエロティックな一夏のアバンチュールだとかモーニングコーヒーって素敵ですよねなんてことはみじんも考えておりませんがゆえに……
「もう、冗談だって。そんなに息切らさなくても大丈夫だからさ」
「へ、変なこと言わないでくださいよ……」
一瞬見抜かれたかと思ったじゃないですか。もう。
「ごめんごめん。次からそれは言わないようにする。ところで、ちょっと時間があるんだけど、トランプでもしないかな?」
悪びれもしない笑顔で先輩はそういった。これだから、先輩は。
*****
「温泉すごかったね」
「いろいろありましたもんね」
浴衣型の部屋着に着替えて廊下を歩きながら先輩が言う。露天風呂にジャグジーにサウナに水風呂。後変わったところでは不感温風呂なんてあった。ちなみに僕のお気に入りは寝湯だ。とても気持ちよくなって眠りこけてしまった。そのせいで、先に出てた先輩に怒られたのは秘密だ。あと、指先ふやけてコーヒー牛乳買うときに少し切ってしまった。
「ちなみに先輩は何が気に入りました?」
「う~ん、やっぱりサウナかな。10分は入ってたね」
「10分!?」
それは長くないですか!? 僕は大体1分ちょっとくらいなんですけど。
「拓海君、相当気に入ってたみたいだからね」
「それは、すいません」
「まあ、入り直したからいいんだけどさ」
こっちに振り向いてウインクする。まだ頬が少し赤かった。やっぱり、女の子の上気した肌っていいよね。先輩が2割増しでかわいく見える。先輩が来るんと一回転して裾がちょっと舞い上がった。
「あんまり暴れると、浴衣はだけますよ」
「それは困るね」
先輩が笑う。まあ、先輩胸ないからきっちりと締まってるんだけど。あいた。
「晩御飯も楽しみだね。あ、もし余ったらわたしがもらってあげるから」
「そうですね。その時は頼みます」
食べきれる量だといいんだけど。
*****
「ふわー、流石に限界だよ。ちょっと休憩」
釜めしを食べ終わった先輩がごろんと横になった。生足が畳の上に転がる。
心配が現実になったんだよね。一人前の量がめちゃくちゃ多くて、それに果敢にも挑んだ先輩は食べ過ぎて苦しそうだ。ちなみに僕は早々と完食をあきらめたおかげで少し余裕があります。
でも、食べ過ぎて苦しんでるとはいえ、完食したのはすごいよ。たぶん僕の3倍は食べてる。〆の釜めしまできっちりだ。
「先輩、食い意地張り過ぎじゃないですか?」
「別にいいじゃん。他の人のものを奪ってるわけじゃないんだしさ。それに、わたしの主義として出された食べ物は残したくないんだよね。残すとなんか申し訳ない気がしてさ」
天井を仰ぎながら先輩が言う。それは、ちょっとわかる気がする。だからと言って食べ過ぎるのもどうかと思うけど。
「それに、行けると思ったら引っ込みがつかなくなった」
「それが本音ですか」
「バレちゃった?」
先輩が舌をペロッと出した。
「まあでも、結果的に完食できたし。もう入らないけど……」
「失礼します。デザートの梅酒のゼリーをお持ちしました」
「はい?」
先輩が驚いたように店員さんの方に首をもたげる。僕も驚いた。
「コースの方は以上となります。何か追加の注文はございますか?」
「い、いえ。いいです」
先輩は唖然としてて対応できなそうなので僕が反応する。というか、この状態で追加注文なんてできるわけがない。
でも、先輩が驚いて思考停止してる姿なんて初めて見たよ。満腹の時は判断能力も鈍るのかもしれない。
「ねえ、拓海君?」
「なんですか?」
「デザート、わたしの分も食べられる? ちょっときつくて」
「大丈夫ですよ」
「お願い、ありがと」
何とか体を起こしていたが、先輩はそれを言うなり力尽きたように横になってしまった。まあ、もらいましょうか。甘いものは好きだし、これくらいなら食べられる。
「あ、おいしい。梅酒が効いてる」
飲んだことがないけど、梅の芳醇な香りがしておいしい。アルコールもそこそこ感じる。大人のデザートだね。
「それじゃあ、もらっちゃいますね」
「うん、お願い」
先輩の側に置かれた器を手に取る。おいしいのに。まあ、食べられないみたいだし僕がもらっちゃいますか。それじゃあいただきます。
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