エリさん

「よう、待ったか?」

「いや、さっきまでそこで服見てたし」


 ソノが片手を上げる。何というか……、私服がダサい。

 頑張っておしゃれしてみましたなんて雰囲気は出てるけど、そのセンスが致命的にないと思う。最近先輩と釣り合うようにと思ってちょっとおしゃれしてるからわかる。それに、ゲーセン代を洋服代に回せるし。

 キョロキョロと辺りを見渡す。どうやら、ここにいるのは服のセンスが悪いソノだけで、ゲーセンの彼女はいないらしい。名前は……、確かエリさんだったか。


「それで、エリさんはどこにいるんだっけ?」

「いつも通りゲーセンだ。そっちの方がいいだろ」

「まあ、そうかもね」


 ソノもエリさんもゲーム好きらしいし、僕も中学の時まではゲーセンに通い詰めていた。ゲームのことなら話題が弾むだろうし、そっちの方が気が楽だ。


「というか、僕一度も行ったことないから案内してくれない?」

「あ、そっか悪い」


 歩き出そうとして、気づいた。さて、どんな人なのだろうか。



 *****



「初めまして。宮野拓海君……だったよね。ボクは長井ちえり。よろしくね」

「は、初めまして。ソノ――園田宏樹の友人の宮野拓海です。よろしくお願いします、長井さん」


 その人、長井ちえりさんは事前に聞いていた通り、かなり小柄だった。身長は150センチないくらい。私服姿だし、小学生と見間違えそうだ。しかも童顔だし。

 でも、ソノが一目惚れしたっていうだけあって容姿はすごく整ってる。黒髪を短髪にしてて、八重歯が特徴的だ。中世的でかっこいい感じがする。そして、目が狩人の目だ。格ゲーが得意っていう話だったからそう言うところが現れてるんだろうな。


「エリでいいよ。ボクも拓海って呼ばせてもらうからさ」

「じゃあ、エリさんで」


 あと、ボクっ娘らしい。ゲームがうまくて、八重歯があってボクっ娘。ソノが好みそうなタイプだな。それにしても……。


「なあ、ソノ。本当に高校生なんだよな? 姉の制服着てたとか、そんなわけじゃないよな?」

「タク、疑うのはわかるが。合法ロリだ。流石に確認した」

「ねえ、何か失礼なこと言ってない?」


 気づけば、後ろに立って、腰に拳を当てられていた。


「言っとくけど、ボク君たちより年上だから。高校2年だから」

「先輩なの!?」


 高校生って言っても同学年か、下手したら飛び級だと思ってた。べしべしと、グーをもらう。わかりましたから、先輩だってわかりましたから。だから、その生徒手帳下げてください。ついでに殴らないでください。


「えっと、なんとお呼びすれば?」

「エリでいい。あと、敬語もなくていい」


 とは言いつつも、あんまり気にしてないみたい。小学生見たいって言われることはたぶん多いだろうし、慣れてるのかもしれない。まあでも、エリさんの希望通りに呼ばせてもらうことにしよう。

 エリさんが笑う。


「そういうわけだから、格ゲーでぼこぼこにしてあげる」


 違うわ。気にしてたわ。



 *****



「そういや、韮崎先輩との仲はうまく行ってるのか?」


 エリさんが音ゲーをやってる横でソノが言う。一番メジャーな太鼓の奴だ。


「まあ、ぼちぼちなんじゃないかな。少なくとも、ちょっとは意識されてると思うよ」


 最近はよくわからないことをされるようになったんだけど。どういう意味があるのかよく知らない。


「何か、気づいたらベッドで横になられてたこともあったし」

「なにそれ!? うらやま!?」


 と言われても、本当に何もなくてむしろ悶々としたんだよね。それと、大声出すとエリさんミスるぞ。


「というか、そっちこそどうなんだ。結構親しげだと思ってたけど、告白はまだなんだろ?」


 集中力を乱さないようにソノの耳を引っ張る。僕の話を聞くなら、そっちの話も聞かないと不公平だ。というか、今日は親友がどうなのか見に来たんだから。


「ああ、まだだ」

「でも、好かれてることくらいはわかってるんだろう?」

「それくらいわかってる。でも……」


 ソノは口を濁らせる。何か恥ずかしそうだ。


「まだ一勝もできてないんだ」


 一瞬『?』はてなマークが頭に浮かぶ。ワンテンポ遅れて理解した。


「格ゲーの話か?」

「ああ。勝ったら告白するって決めたんだけど、ハンデなしだと1勝もできない。エリめちゃくちゃ強いぞ」


 それは知ってる。さっきぼこぼこにされたから。


「でも、そんなこと言ってるうちに誰かに取られたらどうする?」

「その時は……、仕方ないさ。一度決めたことをそう簡単に変えられるか」


 こぶしを握り締めてソノが言う。いや、そんなくだらないことに時間をかけてるくらいなら、どうやって告白するか考えた方がいいと思うんだけど。


「とにかく……」

「2人とも! こっち終わったし次行くよ!」

「わかった、そっち行く」


 ソノが何かを言いかけてやめた。何かちょっともやっとする。まあ、ソノが考えてることだから仕方ないとは思うんだけど。

 エリさんが僕らに笑いかける。


「君たち、いったい何話してたの?」

「ええと、その……」


 首の裏をかいた。告白する算段について聞いてましたなんて本人の前で言えないよな。


「こいつが恋してるって話だ。韮崎先輩とどうなってんのか聞いてた。な、そうだよな?」

「あ、うん。そうそう」


 ソノ、グッジョブ。おかげで助かった。というか、僕は恋をしてるように見えるのか。エリさんがちょっと笑って小首をかしげる。


「にらさき、にらさき……。どこかで聞いたことがある気がするけど……、まあいっか。それより、拓海はメダルゲーム得意だったよね?」

「え、あ。はい」

「じゃあ、コツ教えて。欲しいものがあるんだ」

「え、俺は!?」


 ソノがびっくりした顔で自分を指し示す。ああ、そういうことか。


「じゃあ、格ゲーでも練習して来たら? 上手くなるんだろ?」

「ていうわけだから、ボクと拓海でちょっと行ってくる。じゃあねー」


 エリさんに誘われるまま、音ゲーのコーナーを外れ2人メダルゲームのコーナーへと迷い込む。さっき僕らが内緒話をしてたみたいに、ソノに聞かれたくない話もあるってことだろう。見た感じ2人好き合ってるみたいだったから、僕からソノの好物を聞き出そうとか?


 そんなことを考えていたけど、特に何かを言いだすことなく、エリさんはメダルゲームに向き合った。僕も横からメダルを投入する。


「宏樹に余計なこと言わないでね」

「え!?」


 ぽつりと言われた台詞に驚く。えっと、どういうことですか?


「だから、宏樹に告白を焦らせないでほしいんだ」

「……聞こえてたんですか?」

「聞こえてはないよ。でも、想像は付いたから」


 驚いた表情すると、エリさんはくすっと笑った。恋する乙女の目だった。


「好きな男の子のことくらい、ボクだって想像つくよ。ボクに勝ったら告白するつもりなんでしょ?」


 そんなことを淡々と話しながら、エリさんはメダルを投入していく。上手いじゃないか。


「わかってたなら、なんで」

「簡単だよ。宏樹の矜持きょうじを裏切りたくない」


 わかんないかあ、と舌を出した。


「どっちから告白するか、どうやって告白するかってのは大事だよ。くだらないことに見えるかもしれないけど、当人からしたら真剣なの。ちゃんと場を整えないと、感動的にならない」

「だから、ソノが思い描いているようにってことですか?」

「そういうこと」


 ふと思い浮かぶ。それじゃあ、先輩が僕をからかうのは僕から告白して欲しいから? だから、好きかどうかあいまいなままからかってくるとか。

 じゃあ、僕から告白した方がいいのか? でも、いつどんなシチュエーションで? でも、先輩が準備してたら?


 ……だめだ、先輩のことを考えてるうちに全然わかんなくなってきた。


「やっぱりよくわからないです」

「わからないならそれでいい。だけど、ボクも宏樹も現状で満足してるからさ。今すごく楽しいから。だから、それをわざわざ変えるような真似はしないで」

「……はい」


 とりあえず、横から茶化すのはいいけど、変なことを吹き込むなってことかな。


「それでなんだけど、これ、どうやったら取れる?」


 エリさんはメダルゲームの中央付近にある景品を指さした。変わり身が速い。



 *****



「はい、加工できた」


 エリさんがカーテンから出てくる。3人でプリクラを撮っていた。よくわからないが、ゲーセンに来た時は撮るものなのかな。


「それじゃあ、今日はこの辺で。楽しかったよ、ありがとう」

「じゃあ、帰るか」


 口々に言う。もう日も大分傾いてきたからね。時間的にもちょうどいい。


「じゃあ、また機会があったら」

「またね」


 そう言って、帰ろうとした。その時だった。


「あ。思い出した」

「え、何がですか?」


 エリさんが唐突に何かを口に出す。


「韮崎って名字。珍しいし、どこかで聞いたことがあった気がしたんだけど、思い出した。去年うちの学校で恋愛沙汰起こした人だ」



 ……は!?

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