夏休みの予定

「いや~、明日から夏休みだね。宿題は終わった? 私は終わらせたんだけど」

「終わってるのは先輩くらいだと思います」


 終業式の日を迎えた。あれから特に進展はなかった。

 球技大会の日に僕にいろいろ話してくれたことが嘘みたいに、先輩の僕に対する態度は何も変わらなかった。いつも通りコーヒーを淹れてくれて、雑談して、宿題見てもらって、ゲームして。そして、いつも通りからかわれた。


 正直、あれは夢だったんじゃないかと思うくらいだ。熱中症でありもしない幻覚を見たとか。


「ところで、君は夏休み何か予定は入ってるのかい?」

「いえ……、入ってないです」


 それはそうとして、僕は焦っていた。というのも、夏休みの予定が何も埋まってないからだ。先輩とゲーセンに行ったり、プールに行ったり、水族館に行ったり。そう言った予定が全く立ってない。せっかくの夏休みだ。好きな人と一緒に遊びに行きたいって思うのは常識的な感覚だよね。

 ……まあ、何も誘えてないんですけど。


「ならよかった。写真部で合宿でも行こうかと思ってたんだけど、いいよね」

「えっと、写真部でってことは僕と先輩の二人っきりってことですか?」

「そうだよ」

「二人っきり!?」

「うん」


 思わず聞き返してしまう。え、僕と先輩の二人っきりで合宿ですか!? しかも、合宿ってことは泊りがけ!?


「ち、ちなみに場所は?」

「親戚が役員やってるホテルがあるんだけどね。そこを割り引いてもらうつもり。まあでも、高いから一部屋でいいよね」

「はい!?」


 ひ、一部屋!? ってことは、先輩と一晩同じ部屋で過ごすってこと!?


「あ、もちろんツインだよ。それともダブルでイチャイチャしたかった?」

「そんなことないです! わ、わかりましたツインでいいです!」

「よかった~、今から予約変えるのはホテルにも迷惑だしね」


 流石に、ダブルベッドはまずすぎるでしょうが! 年頃の男女で、しかもまだ恋人関係ってわけじゃないんですよ!? なんかいろいろと条例にも引っ掛かりそうだし!

 ……というか。


「もう予約取ってたんですか!?」

「まあね~」


 ヒラヒラと先輩が手を振る。してやられた気分だ。

 そりゃ、確かに先輩とどこかに遊びには行きたかったよ!? でも、泊まりでしかも同じ部屋でなんて流石に想定してない! しかも、先輩は僕の予定が空いてるだろうって決めつけてたわけで。完全に手の平で踊らされてるもん。


「わかりました、行きましょう」

「ありがとね~。あ、これしおり作って来たから」


 『合宿のしおり』と書かれた薄い冊子を手渡される。冊子というか、2つ折りになっただけの紙だ。パラパラとめくってみたけど、内容も薄かった。特に大変なことはなさそうだ。

 半分諦めたみたいに言ったけど、これなら比較的大丈夫そうだ。先輩のことだから罠を仕掛けてるのは間違いなさそうだけど、でも事前にダブルベッドではないことは先輩は明言してるし。後、持ち物の欄に水着があるからプールか海水浴かはするのだろうという想像もつくから対策できそうだし。合宿のしおりで泊まる場所も書かれてるから事前に調べておける。これなら対策が可能だ。


 ……それに、実は合宿自体はすごく楽しみなんだよね。そりゃ、先輩にからかわれるのは大変だし疲れるし、たまに自信も無くすけど、でも好きな人と一緒にいるのが悪いわけないじゃん。


「あと、まだ予定立ててないんだけど、合宿以外にもどこか遊びに行こうと思ってるんだ。いいよね?」

「あ、はい。わかりました」

「やった。そういうわけだから、宿題は早めに終わらせておくこと、いいね?」


 頷く。それに僕は毎年7月中に終わらせてる。最終日になってヒーヒーいうのはソノだけだ。

 そう言えば、ソノの方はゲーセンの彼女と上手く行ってるのだろうか。まだ彼女ではないと思うけど。


「まあ、もしもわからないところとか手伝って欲しいことがあったら、お姉さんを呼びなさい」

「わかりました。図書館で勉強します」


 眼鏡をくいっと上げる動作を見せた先輩をスルーする。いや、あなたは眼鏡かけてませんでしたよね。そこで残念がってるのは演技ってわかってますから。それと、急に黙らないでくださいよ。僕変なこと言ってないはずだ。


「でもさ、夏休みってことは君と出会ってからもう3カ月経ったってわけじゃん」


 エスプレッソマシーンを動かしていた先輩が唐突に言う。それにしても暑いなとうちわを手に取ったところだった。


「そう言えば、そうですね」


 3カ月か。もっとずっと一緒にいた気がする。先輩が僕に声をかけてきたのが、嘘みたいだ。それよりもっと濃い時間を過ごしたから。

 でも、よく考えると先輩と初めて迎える夏なんだよね。


「写真部、楽しかった? 楽しかったならいいんだけど、苦痛だったら嫌だなってちょっと思ってさ」

「そんなことないです! そりゃ、ちょっと嫌な気分になることはありますけど、やめようと思ったことはないですよ」

「そりゃよかった。わたしの下着姿見たことばらさないといけなくなるところだった」

「うっ」


 そう言えば、そんなこともあった。それ以降のインパクトが強すぎて忘れてたけど。そう思って目をそらすと、先輩の笑い声がした。


「大丈夫だって、もうそんなことしないし気にしてないから」


 そう言うと、先輩はくいっとエスプレッソを飲み干した。スプーンを取り出す。


「わたしも君といられて楽しかったよ。だからさ」


 そして、そこに残った砂糖を救い上げてぺろりと舐めた。


「だから、夏休みも絶対楽しいものにしようね」


 先輩。僕は、先輩といられるだけで楽しいですから、そうなりますよ。



 *****



 家に帰った後、スマホで泊まるホテルを調べていたちょうどその時、ソノからメールがあった。何でも、ゲーセンの彼女に僕の話をしたら、会ってみたいと言っていたらしい。

 明日は予定が開いていたはずだ。だから、ソノが狙っているという彼女に会ってみるのも面白いかもしれない。僕は一度も見たことがなかったからね。そう思ってソノに返信を返した。


 どうやら、僕の方だけじゃなくて、ソノの方も順調らしいね。

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