初恋はかなわない
暑い。
眩しい。
眠い。
ついでに言えば汗が気持ち悪い。
そういうわけで、僕は体操服姿のまま木陰に寝ころんでいた。出番が終わったからって、女子の方を応援する気にもならなかったし。
それにしても、どうしてこんな夏真っ盛りに球技大会を企画したんだ。先生連中の気が知れないよ。
そりゃ確かに、テストが終わって終業式、夏休みまでちょっと暇があるけどさ。夏休み前は授業内容も薄くなるからその間を埋めようなんて思わないで欲しかった。
しかも、今日は何を思ったか太陽がさんさんと照り付ける快晴。昨日は熱帯夜で、今日の最高気温も真夏日の予報。ついでに言えば僕は先輩のせいで寝不足で体力不足。条件としては最悪である。
そんな中で僕ら男子はソフトボールで早々と一回戦負けをし、昼ご飯まで暇につきる。教室はクーラーがかかってないし、男子の中で一人ぽつんといるのも空気が悪い。ソノみたいに学校を抜け出す勇気もない。となれば、先輩の体操服姿でも拝もうかと思ったけど、どこにいるのかわからなかった。
運動場の横の小さな土手に寝転がる。運動場では女子のサッカーが始まるところだった。あの中のどこかに先輩がいるはずなんだけど、僕の視力ではわからないや。雑草が僕の頬をくすぐる。唯一の救いは今日は風があることだな。それでも暑いけど。
「こ~んなところでなにやってんの?」
影が差した。目を開けると、先輩が僕の顔を覗き込んでいた。逆光でよく見えないけど笑っているように見える。
「あれ、先輩ですか?」
「そうです! 君の先輩の文乃ちゃんです!」
ビシッとピースサインを作る。
「でも、今って試合中なんじゃ?」
「まあ、そうなんだけどね。抜け出してきた。わたし一人いなくても大差ないし」
そう言って先輩は遠い目で試合を眺める。その先では片方のチームがボールを押し込んでいた。まあ、一クラスの女子全員だから人数は多いよね。
「でも、先輩運動神経いいし、いたら活躍するんじゃないですか?」
「そんなことないよ。そもそもボールが回ってこないし、いたところで集中攻撃されるだけだからね」
「優秀な人は潰したくなりますか」
「そうじゃないよ」
そうだと思ったんだけど。でも、団子状態じゃ本領発揮とはいきにくいか。だからと言って、ここでサボっていていいもんじゃないとは思いますけど。
「しっかし、暑いねえ。裸になりたいくらいだよ」
「なったらだめですけどね」
体操服を短パンから出してパタパタさせながら、僕の横に腰かける。ちらっと、おへそが一瞬見えた気がした。
「え~、いいじゃん。ここには君しかいないんだし」
「他の人の目もありますし、たとえ僕だけでもダメです」
「ええ~。一緒のベッドで寝た仲じゃん、わたしたち」
「それ先輩が潜り込んできただけですよね!?」
僕がお酒を飲んで寝ているうちに忍び込んできただけだったと記憶してるんですけど! 決して、決してその、いかがわしいことは全くなかったはずだ。
「まあ、別にいいけどさ。あ~、暑い」
そう言って、先輩は体操服を膨らませた。肩口から紐が見える。慌てて、目をそらした。
こういう時は、流れゆく雲を見ながら何か気が利いたことを言うのが作法なんだろうけど。あいにくと僕にはそんなことは浮かばないし、困ったことに雲一つない快晴だ。そう暇を持て余していた。
「ところで、君の初恋っていつ?」
「ぶっ!? 今それ聞きますか!?」
そりゃ、何か話題が欲しいとは思ってたけどさ!? なんでよりにもよってそれなの!? 片想いしてる相手とって、すごく話しづらいんですけど。
「別にいいじゃん。気になったんだよ」
「そりゃ、まあNOとは言いませんけど」
「じゃあ、お願い」
フッと笑うように先輩が言う。まあ、話しづらいだけで話せないわけじゃないんだけど。でも、どういったらいいのか。
「……覚えてないんですよね」
「覚えてない?」
「小学生の時の記憶がなくて。だから、どれが初恋なのかもわからないんですよね」
「まあ、そういうことってあるよ」
親に聞けばいつが初恋だったかはわかるとは思うんだけど……。聞く気起きないし聞いたこともない。
だから、正直なところよくわかってない。中学生の時はひたすらゲーセンにいたから、覚えている範囲では先輩が初恋になるのかもしれないな。
「てことは、初恋はもう終わった感じ?」
「たぶん、そうなんじゃないでしょうか」
「……よかった」
小さな声だけど、そう聞こえた。
「え?」
「初恋はかなわないから。だから、君の初恋が終わってくれていて、よかったよ。かなわないのは嫌だ」
「それって、先輩の経験談ですか?」
聞いてから後悔した。僕は、なんてことを聞いたんだろうって。何となく話の内容に上がったから聞き返しちゃったけど、そんなこと答えにくいはずなのにって。
先輩は、僕の方を見ずに団子状態のサッカーを見つめていた。
「そうだよ。わたしの初恋はかなわなかった。まあ、それだけの話」
いつになく冷たい笑顔で先輩は笑う。
「ねえ、君は誰かをこれ以上なく好きになったことがある? 誰かを手放したくない、たとえほかの何を失っても一緒にいたいって思ったことが」
「それは……」
ある、のかな。先輩のことは結構好きだけれど。
「わたしはないの。誰かを好きになったことがない。好ましいと思ったことはあるけど、恋焦がれたことはない」
それって……。
目の前が真っ暗になった気がした。やっぱり、先輩は僕のことを意識してないのかって。
「だから、今はちょっと楽しいんだ。ひょっとしたら、それがわかるかもしれないから。知りたいんだ。それが、どういう気持ちなのか」
だけど、次の台詞で輝きを取り戻した。先輩はやっぱり多少は僕のことを意識してるんだって。
「だから……」
……だから、人をからかうんですか? 人をからかって、意識してるように自分を欺いたら好きになれるかもしれないから。違いますか?
その言葉は口にできなかった。なぜか、言ってしまえば壊れてしまう気がした。
先輩がはかなく笑う。
「なんてね。言ってみただけ。だから忘れて」
そう言って、大きく伸びをする。
「それじゃあ、そろそろ戻らないとサボってたのバレちゃうから。じゃあまた部室でね」
「あ、はい」
一つジャンプをして、元気そうに走り去っていく。僕はそれを見送ることしか出来なかった。
……嘘だ。あれは間違いなく先輩の本音だった。それは、僕にでもわかった。誰かを好きになりたい。だから、からかうんだって。
だけど、疑問が一つ。
「……どうして、今なんだ?」
どうして先輩は今日、僕にそのことを話したんだろうか。夏休みが始まる前の今日この日に、わざわざ僕の横に来て。
……夏休み前に告白したいって思ってたのがバレた? だとして、どうして?
本当に言ってみただけだとは思わない。からかうためというわけでもないはず。だとしたら、一番あり得るのは。
「僕を特別だと認識した、とか?」
昨日、ベッドにもぐりこんだときに何かがあって意識をした。そういうことだろうか。
あるいは先輩は僕に期待しているのかもしれない。僕ならば、誰かを好きになりたいって思いをかなえてくれると思ったから。だから、それを伝えようとした。
いや、ないか。先輩のことだ。本当に気まぐれかもしれないし。考えてても無駄だね。やめたやめた。
そうだよ、先輩が内心どう思ってるかなんて気にしないことにしてたんじゃん。考えるべきなのは、どうやって振り向かせるかであって、先輩が僕のことをどう思っているのかは考えてるときりがないって。
やめたやめた。先輩の体操服姿でも拝むとしよう。
……だけど、僕は、この時のサインに気づかなかったことを後悔することになる。
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