お酒には気をつけよう

「全然OK。何なら泊まって行ってくれてもいいわよ」

「本当ですか? ありがとうございます、お母さん」


 いや、母さん。あっさり許可しすぎじゃないですか? そりゃまさか拒否するとは僕も思ってなかったけど、泊まってもいいって。そこまでは別にしなくてもいいと思います。それと先輩、何さりげなくお母さんって呼んでるんですか。


「でも嬉しいわ。拓海ったら全く女っ気がなかったから心配してたんだけど、高校に入学するなりこんな素敵な彼女を作ってたなんて。全く隅に置けないわ」


 母さんが笑う。そりゃ確かに中学時代はゲーセン通いに夢中になってたし、女っ気もなかったけどさあ。


「しかも、可愛くて愛想良くて家庭的でしょ? よくこんな理想の彼女見つけてきたなって、我が子ながら感心しちゃうわ。文乃ちゃん娘にしたいくらい」

「わ〜、ありがとうございます。彼氏のお母さんがいい人でよかった〜」

「いや、母さん。まだ付き合ってないから! それと先輩も否定してください!」


 いくらなんでも、彼女扱いはやめて! まだただの先輩後輩の関係だから! それと先輩も調子に乗らないで否定してくださいよ!


「ねえねえ、拓海君。まだってことはいずれは恋人になるつもりがあるってことかな?」

「言葉の綾です! さっきのは忘れてください!」


 先輩も母さんもニヤニヤしている。どうやら僕の味方はいないらしい。ケーキ焼いてなんて言うんじゃなかった。


「まあ、それはともかく、うちの子よろしくね。親の贔屓目だけど、結構イケメンでしょ?」

「そうですね」

「あの人も昔はイケメンだったのよ〜」

「それより、約束お願いしますよ!」

「あ、うん。ケーキだったよね」


 母さんが惚気だすと長くなるから。それに、冷やしたりなんなりで結構時間がかかるんじゃないかとも心配だし。


「そういうわけなので、キッチン借りますね」

「は〜い。じゃあ私4時間くらい買い物行ってくるからごゆっくり」


 そういうなり、母さんは財布を持って消えた。ごゆっくりとは何を指すのか小一時間問い詰めたいところだけど、絶対からかわれるので無視することにする。

 それより、先輩が作るケーキの方が楽しみだし。


「よし、それじゃあ助手を頼むよ」

「わかりました。それくらいなら」


 どこからか取り出したエプロンを先輩が身につける。ヤバイ、めっちゃかわいい。好きな女子がリビングに立ってエプロンをつけてくれている。このシュチュエーションにちょっとクラっとくる。


「じゃあ、まずは何があるか確認しましょう。足りないものは買い出しお願いね」

「わかりました」


 腕まくりをする。先輩が小麦粉を取り出しているのが見えた。じゃあ僕もボウルとか卵を用意しましょうか。



 *****



「いや〜、文乃ちゃんが手伝ってくれたから張り切っちゃった。ありがとうね」

「いえいえ」


 食べ終わったお皿を片付ける。ケーキは晩御飯の後だと決まった。あとは生クリームで仕上げだけだそうだ。てことはよくあるショートケーキかなと思っている。

 晩御飯もおいしかった。シュニッツェルっていうドイツの郷土料理。サクッとしてた。先輩お菓子作りだけじゃなくて料理も上手いんだね。


「それじゃあ、コーヒーの準備するから、マグの準備頼めるかな」

「わかりました」


 ケーキにはやっぱり先輩のコーヒーだよね。そんなことを考えてお湯を沸かす。その間に、先輩は冷蔵庫からケーキを運び出してきた。


 ……すごい。苺のホールケーキだ。というか確かにケーキとは言ったけど、シフォンケーキとかチーズケーキとかタルトとか、そんな手間かからないやつを想定してたんですけど。スポンジケーキ作って生クリーム塗って飾りつけるとか完全に予想外。


「これ、文乃ちゃん1人で作ったの!?」

「ええ。ちょっとだけ拓海君にも手伝って貰いましたけど」

「いや、僕買い物に行っただけだからね」


 助手なんて言われたけどほとんど何もやってないし、何を作ってるのかもよく知らなかったんだよ。

 しかし、完成度高い。お店で売ってるって言われても違和感ないくらいだ。塗りムラも無いし、傾いてるわけでも無い。それに。


「生クリームって作るのすごく大変なんじゃあ……」


 前、母親の手伝いでやった時に筋肉痛なったもの。


「まあ、ね。あ、それとも生クリームプレイしたかった?」

「しません!」


 先輩が笑う。親の前で僕らがいつもそういうことをしているような話をしないでください! 母さんもまあなんて顔をしないの!


「冗談だって。それじゃあ、切り分けてくれるかな」


 全くもう。当たり前のようにからかってくるから、疲れる。

 果物ナイフでホールケーキを切り分ける。スポンジケーキの間にもクリームが詰まっていた。本格的だ。父さんの分は冷蔵庫で冷やしておこう。


「はい、コーヒーも入ったよ。それじゃあ、召し上がれ」

「頂きます」


 先輩が手を差し出す。途中までは目的も何もなく30位以内ってのを目指してたけど、先輩にお菓子を作って貰えばいいんだって気づいてからは、そのために頑張ってたもんね。前に食べたジャムクランブルクッキーおいしかったし。他にも色々とお菓子を作ってくれたけど、どれもおいしかったから、それを食べたいって思ったんだよね。

 ……まあホールケーキは予想以上だったけどさ。


「あ、おいしい。なんかフルーティーな気がする」


 これは、ケーキ作ってもらって正解だったかな。他の頼みごと思い浮かばなかったし。癖になりそう。


「よくわかったね。実は、生クリームにライチリキュール混ぜてみたんだ。これやるとおいしいんだよね」

「文乃ちゃん物知りだね。今度試してみよ」


 母さんもおいしそうに食べている。実際すごくおいしいんだけど。

 止まらないな。これは、先に父さんの分切り分けておいて正解だった。ホールまるごと食べてしまったら申し訳ないしね。


「本当においしいです。ありがとうございます」

「えっへん」


 先輩が無い胸を張る。でも、テスト頑張ってよかった。途中なんのために頑張ってるのかわからなくなることもあったし、それに釣り合うお願いなのかなとも思ったけど、正解だったと思う。だって、おいしいし。



 ……そこで僕の記憶は途切れている。



 *****



 ツンツン、ツンツン。


 誰かの指先が僕の頬をつつく。なんだろう。というか、頭痛いなあ。


「あ、起きた。お〜い」


 先輩の声がする。瞼を開けると、先輩の顔が目の前に見えた。

 ぼやけて見える。というかくらいし、なんか平衡感覚も変だ。


「寝顔、かわいかったよ」


 そうだ、僕は寝ちゃってたのか。


 ……寝ちゃってた!?


「先輩!?」


 慌てて飛び起きる。ようやく頭に血が巡ってきた。

 ここは、僕の部屋だ。そして、僕のベッドの上だ。何がどうなったんだ!? どうしてベッドに2人で寝てるんだ!?

 服を確認する。大丈夫、2人とも服は着てる。僕は寝巻きじゃなくてTシャツだけど。


「これ、どういうことですか?」

「どういうことも何も、一緒に寝てたんじゃん」


 思い出せ。僕の脳細胞。一体何があったんだ。確か、僕はケーキを食べていたはず。先輩お手製のケーキだ。それで、そこからの記憶は……?


「拓海君、ケーキ食べ終わったと思ったら寝ちゃったんだよ。一緒にお風呂に入ろうって言ってたのに」

「それは言ってないはずです」

「バレちゃった?」


 そう言って、先輩は笑う。

 ……記憶はない。だけど、思い出した。その前に先輩は言っていたはずだ。『生クリームにライチリキュールを混ぜてみたんだ』と。ということはひょっとして。


「先輩、僕が寝落ちしたのってお酒のせいですか?」

「わからないけど、寝る直前の君はかわいかったよ」

「わあああ! それは言わなくていいです!」


 顔を抑えて転げ回る。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。アルコールで理性のないところ見られたとか、恥ずかしすぎる!

 と思ったけど、すぐそばにいる先輩にぶつかったし! というか、狭い! シングルベッドだし!


 ……はあ、落ち着け落ち着け。


「あれは、酔ってたからですから。普段はそんなこと考えてませんから!」

「でも、酔ってる時に出るのが人間の素だって聞くよ?」

「違いますから! ともかく忘れてください!」

「え〜。まあ、いいけどさ」


 先輩がぷーっと頬を膨らませた。あざといけど、今はそれどころじゃない。


「先輩、僕に変な悪戯してないですよね?」


 例えば落書きとか。その、エッチなこととか。先輩ならやりかねないから確認しないと。何か変なことされてませんように。あと、してませんように。


「悪戯は、してないと思うけど……あ、でもひょっとして」


 手の甲を唇に当てる。そして、視線を僕の首筋に向けた。


「……スって悪戯になるのかな?」

「えっ、何ですか?」

「だから、その……キス」

「キス!?」


 それはまず間違いなく悪戯だし、そもそも何でそんなことしたんですか! せめてまつげくらいに……って違う!


「したんですか!? キス、寝てる間にしたんですか!?」


 どこに!? 唇!? それとも別の場所!?


「それは……秘密かな」


 先輩が笑う。さては、さっき視線向けてた首筋か!? くそう、見えない。暗いし、ちょうど死角になってる。くそう、わからない!

 でも、どうして記憶にないんだ! 勿体無いことをした! そしたら、覚えていられたのに!


「それじゃあ、さ」


 先輩が何か思い浮かんだのか、目が光る。


「今から、してみる? その、キス!」


 唇が、桜色にぷくっとしてて。とっても艶があって綺麗だ。あんな唇に口づけされたら……。

 って違う!


「け、け、結構です! 僕リビングで寝るので失礼しますね!」


 そう言って僕は飛び出した。これ以上あそこにいたらおかしなことになりかねない。というか、下手したら一線超えてしまいそうだ。まだ、先輩が僕を好きなのかどうかもわからない上、付き合ってるわけでもないのに!

 先輩がちょっと残念そうに見えたのは気のせいのはず。そうだ、そうに違いない。


 リビングに出たところで荒い息を吐き出す。疲れた。というか、目が冴えた。これじゃあ眠れる気がしないよ……。まだ、先輩の綺麗な顔がドアップになったのが頭に焼き付いてるし。はあ。


 とりあえず、お酒には気をつけよう。

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