先輩のせいです

「え~、いいじゃん。そんなことほっといて何か遊ぼうよ~」


 後ろから先輩の声が聞こえてくる。だけど僕は目もくれずに配られたプリントを解いていた。というか、先輩に構ってる暇ないし。


「ダメです。今日中にこのプリント提出して帰らないと」

「そんなの別に明日でいいじゃん。今日は今日しかないんだよ! だから精一杯今日を楽しまないと」

「いい言葉風に言ってますけどそれ結局は先輩が遊びたいだけですよね!」

「てへ、バレた?」


 バレてますよ。というかバレないとでも思ったんですか。そりゃ今日は大事ですけど、でもちゃんとやらないといけないことがあるわけだから。


「というか、これ本来なら今日のお昼までだったんですよ。昨日の宿題で今待ってもらってる状態だから、出来るだけ早く済ませたいんです」

「え~、昨日の宿題なんて昨日のうちに済ませちゃいなよ。そしたら、いろいろできたのに」


 顔は見えないけど、先輩が頬を膨らませているのがありありと想像できた。


「何で、昨日宿題やらなかったのさ」

「いや、先輩のせいですからね。先輩が泊まりに来たせいで忙しくて宿題やってる暇がなかったんです」

「それはわたしのせいじゃないと思うな~」


 先輩が僕の方に両手を置く。う、重い。


「わたしが来る前に時間あっただろうし、それにご飯作ってるときにでも時間あったでしょ? わたしみたいに授業中に目を盗んでやってもいいわけだし」

「それは、そうですけど……」


 というか、先輩授業中にやってるんですか!?


「そうだよ。夏休みの読書感想文も書き終えたしね。あれ、毎年同じだから」


 先輩のどや顔が目に浮かぶ。恐ろしいものの片鱗を見た気がするよ。


「そういうわけだから、わたしと遊ぼう?」

「いえ、宿題やりますので」

「ええ~、そこはわかりましたやりましょうって言うところでしょう?」

「いや、言いませんよ。急がないとだめですし」


 先輩が僕の肩をバシバシ叩く。というより。


「あの、先輩」

「何かな?」

「そろそろ僕の頭に顎乗せるのやめてもらっていいですか? いい加減頭痛くなってきましたしコーヒーも飲めないです」


 頭動かせないからね。おかげで、せっかく先輩が淹れてくれたのに大分冷めちゃってる。

 というか、さっきからずっと僕の頭に顎乗せてるけど、こっちは結構大変なんですよ? 後ろから先輩の香りが漂ってくるし、たまに髪の毛がくすぐるし。


「え~、別にいいじゃん。それに君の頭、顎置きに高さがちょうどいいんだよね。だからもうちょっと休ませて」


 いや、先輩身長高かったから結構かがまないと乗せられないと思うんですが。それに、大分頭がむずむずしてきたんですけど。

 というか、なんか変な感覚を覚えそうだからやめて欲しい。要するに、好きな人の顔が見えないとはいえすぐ近くにいるわけで。しかも、椅子に座ってる僕の後ろからもう少しで抱きしめられるような体勢にいる。先輩の香りも漂ってくるし、甘えられてるような気もする。というか、猫なで声出されたら落ちてしまいそうだ。


「もうすぐ、宿題提出しに行くのでそれまでですからね」

「わかったわかった」


 速く。速攻で終わらせるんだ。これ以上僕が深みにはまって新しい性癖に目覚める前に。



 *****



「提出してきました。疲れた」

「お疲れ様。チェスでもやろっか?」


 部室に戻ると、先輩が卓上にチェスの駒を並べて待ち受けていた。頬杖を突きながらクイーンをくるくる回している。これはこれで大分艶っぽい。思わず見とれてしまった。


「あ、先攻はそっちでいいよ」

「いや、ちょっと休ませてください。寝不足なんですよ」

「ええ~、いいじゃん。やろうよ~」


 そう言いながら先輩が近くにあった体操服入れを投げつけてくる。ちょっと、それはピンチだから。今体育水泳だから、中に入ってるの水着だし。


「というか、僕が寝不足なのも昨日先輩が僕の部屋に泊まったせいですからね」

「ええ!? そうなの!?」


 わざとらしくおどけて見せる。いや、先輩だったらそれくらい想像ついてると思いますけど。そして、顔を輝かせて笑う。


「ひょっとして、わたしがベッド使ってると思って興奮した?」

「ち、違います! ただ単純に、いつもと布団が違ったから寝にくかっただけです」


 平静を装う。先輩のバスタオル姿が目に焼き付いて寝られなかったとかじゃないから!


「それに、テスト勉強もやらないといけないのでちょっと仮眠取りたいです」

「テストならまだまだ先だよ? 2週間前にすらなってないし。1週間前でも十分じゃない?」


 先輩は3日前になってもテスト勉強する気配を見せなかったですけどね。それはともかくとして、僕には今回頑張りたい理由がある。


「今回のテストは本気でいい順位取りたいんですよ」

「あ、わかった。30位以内に入って私にエッチなお願い聞かせたいんでしょ」

「なんで……!? って、エッチなお願いではないですから!」


 先輩がくすくすと笑う。危うく誘導尋問に引っかかるところだったけど、別にエッチなお願いを考えてるというわけじゃないから! 普通に健全なのだから!


 ……そりゃ、妄想してないと言えば嘘になるのかもしれないけどさ。


「ともかく! いい順位取って見返したいんです」

「それはいいと思うよ。だけど勉強だけじゃ疲れちゃうでしょ? だから息抜きしようよ」

「息抜き自体はいいですけど、いきなり息抜きはないと思います」


 それは息抜きじゃなくて、ただ遊んでるだけ。要するにサボりだと思います。


「せっかく用意したんだしやろうよ。相手してくれたらパソコンの検索履歴黙っておいてあげるからさ」

「はい!? えっ……!?」


 あれ、ちょっと、その。……どういうこと!?


「見たんですか!? パスワードかかっててはずですけど!」

「それは適当に入力したら開いちゃった」

「適当に入力しないでください!」


 というか、それヤバイじゃん! 僕の性癖とか見られたら絶対にいけないものとか全部入ってるんですけど!

 ……後でパスワード変えとこう。


「ていうのは冗談なんだけどね。わかるわけないじゃん」

「ちょっと! びっくりしましたよ!」


 ヒヤッとした。でもよかった、先輩の冗談で。もう少しで悶え死ぬところだった。


「でも、ベッドの下のダンボールの底はママンに見つかりやすいと思うぞっ」

「わかりましたから、わかりました、チェスやりましょう! やるので、これ以上僕を辱めないでください!」


 やっぱり見られてた! 先輩酷いですよ! 安心させといて落とすなんて!


「ごめんごめん。ほら、君からだよ」


 そう言われてポーンを手に取る。


 ……よかった。致命的なのは見られてないはず。いや、どっちにしろ致命的なんだけど。実は先輩のこと色々考えて調べてたんだよね。ファッションとか、デートスポットとか。後は、先輩に似合いそうなアクセサリとか。後は、2人の名前で相性診断とか。そういうの見られたら、先輩に僕が好きだってことがバレちゃう。バレてるかもしれないけど、これ見よがしにからかわれちゃう。

 履歴消しとかないとな。


 ちなみに、チェスは惨敗した。



 *****



 テストが終わった。


「お疲れ様~、どうだった?」

「張り出されたからわかってますよね。24位でした!」


 今回はかなり頑張ったからね。先輩は相変わらずの6位だったけど。


「それはよかったじゃん。おめでとう」

「先輩には勝てる気がしませんけどね」

「まあね~」


 先輩が笑う。こういう時嫌味っぽくないのは先輩らしいな。


「それじゃあ、約束だしね。何でも一つ言うことを聞くよ。でも……」


 そう言って、先輩は一歩後ずさり、左ひじを掴んだ。


「あんまりエッチなのは、心の準備ができてないから……」

「しませんよ!」


 そりゃしたいけど! ゆくゆくはそう言う関係になりたいとも思うけど! だからと言って、今そんなことする気はないですからね!

 先輩がキョトンという顔をする。僕、そんなに性欲強く見えますか!?


「あれ、違うの?」

「違いますよ! というか、これは前からお願いしようと思ってたことがあるんです」


 何でも一つ言うことを聞くっていうので、頼みがいがあって、エッチじゃないこと。考えていくうちに思い浮かんだことが一つだけあった。


「先輩って、お菓子作り上手じゃないですか。だから、せっかくなのでケーキでも作ってほしいなって」

「そんなことでいいの? だったら任せてよ」


 先輩が笑う。そして、水着入れを鞄にしまった。

 さらに、コーヒーを淹れる器具を色々と僕に押し付けてくる。持ってろってこと? だけどどうして?


「それじゃあ、行こっか」

「えっと、どういうことでしょう?」

「ここじゃあ、あんまり本格的なの作れないでしょ? オーブンないし、それに今材料もないからさ。だから、君の家に行こうって」

「えっ、ちょっとそれ本気ですか!?」

「さあ、レッツゴー!」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 先輩はさっそくドアを開けて写真部の部室を出ていく。僕は慌ててそれを追いかけた。


 ああ! 数多い上に重いし持ちにくい!

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