泊まるんですか!?
「あれ……、先輩? 本当に、先輩であってますか?」
端正な顔、雨でぺしゃっとなった茶色がかった髪、スラッとした肢体。唇が笑う。間違いない、待ち焦がれてた先輩がそこにいた。
だけど、どうしてここに!? 僕の家のドアの前に立って手を振ってるんだ!? 先輩は僕の家なんて知らないはず。そもそも、スマホでは連絡は取れるけど、互いの家に行ったことなんてないし。
というか、だから先輩に会えないって嘆いてたわけで。待ち焦がれてたわけなんだけど、でも本当になんで!?
夢……、じゃないのは確かっぽいけど……。どういうことだ!?
「そうだよ。そんなことより、上がっていいかな? びしょ濡れなんだ」
「あ」
そうだった。外は大雨だったんだ。そのせいで先輩の髪から水が滴ってるし、完全に濡れ鼠になってる。そのせいで、私服の白いTシャツが張り付いて透けて見えていた。白い下着が慎ましやかな胸を包み込んでいるけど、なにせ元が膨らんでないから、ぴっちりとラインが浮かび上がって、エロスを掻き立てる。
ゴクリ。
……貧乳もありだな。
「あれれ? どこ見てるのかな?」
「ご、ごめんなさい! 今タオル取ってきます!」
何を失礼なことを考えてたんだ! 先輩はびしょびしょで困ってるっていうのに!
慌てて家の中に取って返し、バスタオルと普通のタオルを取ってくる。タオルを玄関に敷いて、その上に腰かけてもらう。そして、バスタオルを渡した。それから、先輩のブーツに突っ込む用の新聞紙を取りに取って返す。靴の中に入れておくと早く乾くんだ。
戻ってくると、先輩は髪をあらかた吹き終わって肩にかけていた。髪に残った水滴が妙に艶めかしい。
「ねえ、拓海君? 家の人、いる?」
「いえ、いないみたいです」
「それは、よかったかも」
そんなことを言いながら先輩はぐしょぐしょになっている靴下を脱いだ。露わになったすべすべの生足をタオルで拭う。ペタペタとフローリングの床に足音を立てる。ヤバイ、なんかめっちゃエロい。確かに、こんな光景は親には見られたくないな。早く用事を済ませて、帰ってもらおう。
「なら良かった。ちょっとシャワー借りるね。流石に、ちょっと着替えたいし」
「わかりました、ジャージでも用意してますね」
「ありがと。助かる」
まあ、濡れ鼠のままというのもあれだし、メール確認したら今日は遅くなるみたいだったから、洗濯している時間くらいはあるはずだ。
お風呂場への道を案内する。先輩の方をできるだけ見ないように。それでも、気になってついつい見ちゃうんだけど。
「いや〜、傘忘れると大変だね。どうかした?」
「い、いえ!」
生足見てたの気づかれてないよね!?
「そ、それよりどうして僕の家を知ってたんですか!? それがだいぶ疑問なんですけど」
「それは、前に尾行し……、勘かな?」
絶対嘘だ! というか、尾行したって言いかけたというかほとんど言ってましたよね!? しかも、笑ってるし。
「まあ、冗談だって。あ、ジャージはお風呂入ってる間にでも脱衣所に置いといてもらえると嬉しいな。後、覗きは禁止だぞっ?」
キラッなんて言葉が似合いそうなウインクをする。わかってますから。覗いたりなんてしませんから劣情を煽るようなことを言わないでくださいよ。
「タオルは、脱衣所にある適当なのを使ってください」
「わかった」
扉から首だけをのぞかせる。くそう、こんな悪戯っぽい表情を見せられると拒否できないじゃないか。元々する気もなかったけど。
「そうそう、わたしの胸くらい見たかったら、もっとしっかりみとけば良かったのに。じゃあね」
あああああ!
最後の最後でなんてことを言いやがったんだ! これじゃあ、僕が見てたってことがバレてたってことだし、しかもまた悶々とするじゃないか。
胸を見ていいってどういうこと!? Tシャツと下着つけてるから別に問題ないとか、貧相だから見られても気にしないとかそういうことなの!? それとも、僕を意識してるから、僕には見られても構わないとかそういうことなのか!?
うまく逃げられたし。反論とか質問しようにも、脱衣所からは既に衣擦れの音がしてるし、こんな状況で飛び込めるわけがあるか。全裸の先輩を見たいって勘違いされるのがオチだ。というか、絶対覗き対策してからかう準備はしてる気がするし。
ああ、うう、悔しい。完全に手玉に取られた。もう、どうしてこんなに悶々としなきゃいけないんだよ!
*****
落ち着かない。
そりゃそうだ、当然だ。だって、あれだよ? この扉のちょっと向こうには先輩が裸でシャワー浴びてるんだよ? 先輩スタイルいいし、肌綺麗だし、
……そして一応僕の好きな人だ。
そんな人が、一つ屋根の下でシャワーを浴びてるんだ。どんなことしてるのかって妄想したり、耳をそばだてたりしてしまうのが普通だろ!?
というか、さっきお湯ためてる音がしたし。たぶん、お風呂沸かしてる。ついでに言うとさっきからぱちゃぱちゃいう音が聞こえてるし、鼻歌を歌っているのも聞こえてくる。何の曲までかは聞き取れないけど、澄んだ歌声だ。
水面に足を浮かせながらパチャパチャやったりして。髪を後ろでまとめてうなじにちょっと汗が湧いてたり。あるいは、体を洗う時に泡で全身を隠したり。何をやってるんだろうか。気になる。
かといって、覗くなんてもってのほかだ。だからできるだけ他のことを考えようとするんだけど、やっぱり無理。水音聞こえてくるし歌声も聞こえてくるし、他のことなんて考えられない。
くそう。絶対これも先輩の策だよね? 人を悶々とさせるのあの人上手すぎる。
かといって、先輩がいる状態で発散させるわけにもいかないし。
そんなことをずっと考えていると、お風呂の扉が開いた音がした。
「おまたせ~、いい湯だったよ」
「まだ洗濯終わってないんですけど大丈夫ですか?」
「うん、平気平気」
衣擦れの音。分厚いガラスの向こうに肌色が見え隠れしている。この向こうで先輩が体をふいてるんだ。そう考えると、何か頭に上ってきた。ヤバイ、鼻血出そうだ。落ち着け、落ち着くんだ。
「体拭いたから出ていいかな」
「あ、いいですよ」
言ってから気がついた。ジャージは用意したけど、先輩が来て着た服はまだ洗濯中じゃん。ということは、当然その下着も。そして、うちに母親用の以外女物の下着なんてあるわけがない。
ということは、先輩ってノーブラノーパンってこと? 素肌の上にジャージを着てるだけ? それってかな入りヤバイじゃん。
そう思ったけれど、その心配は杞憂だった。
「ありがとね。あ、何か飲み物もらっていいかな」
「せ、先輩!? ちょっとストップストップ! 何やってるんですか!?」
だって、先輩はさらに煽情的な恰好をしていたのだから。
「ん、どういうこと?」
「だから、どうしてバスタオル一枚で出てきたんですかって言ってるんですよ!」
小首をかしげるな! その仕草あざといから!
……何かおかしくなりそうだ。少し赤くなった肌から白い湯気が立ち上ってるし、髪に水滴がついてすごくきれいに光ってる。お風呂に入るために髪を上げたみたいで、ちらちらと見えるうなじが艶やかだ。
それだけでも、いろいろと大変なのに、何でバスタオル一枚なんだよ! 肌色の面積が多すぎるよ!
「え~、家じゃいつも全裸だし、バスタオル巻いてるから大丈夫でしょ? あ、ジュースもらうね」
「よくないです!」
そういう問題じゃない! というか、一瞬先輩の裸想像しちゃったじゃないですか!
そもそも、大事なところこそ隠れてますけど、それ以外の場所全然隠れてないじゃないですか!
先輩、肌白くてきれいだし、
というか、そもそもの話先輩って貧乳だから、胸に巻いてるタオルがずり落ちないかヒヤヒヤするんだよ。ほら、ふくらみがないからちゃんと引っかかるのか。それに、身長高いから、バスタオルが足の付け根ギリギリまでしか届いてないし、ちょっとした衝撃で見えそうになる。というか、先輩結構アクティブに動くから、ちょっとしたことで裾はためくし中が見えそうなんですけど。
気が気じゃなくて、目が離せない。
……いや、見ちゃダメなんだけど。
「だって、お風呂入ると温まるじゃん。しかも今夏だし、服着ると暑いんだよね」
「そうやって、正当化しないでください!」
先輩が僕の向かいにぺたんと座り込む。フローリングにぺたりと、俗にいう女の子座りってやつで。いや、それさらに危ないんですけど。
もう少し、もう少しだ。もう少しで、奥が見え……。
はっ!? 僕は何を考えていた!?
というか、危ないことくらい気づいてますよね!? 気づいていてからかってるんじゃないんですか!? というか、むしろ全く気づかずに家族と同じ扱いされてるなら、それはそれで
「いいじゃん。君が気にしなきゃいいだけの話だしさ」
う、それは確かにそうだけどさ。それを言われると目を向けてるって引け目があって何も言えなくなっちゃう。
そんな僕を横目に、先輩はこれ見よがしにジュースを飲んでいた。って、左手! いったい何やってるんですか! わざわざバスタオルはだけさせなくても!
「そうだ、それじゃあ、君もお風呂に入ってきたらどうかな? お湯張っちゃったから冷める前に入った方がいいんじゃない?」
「それも、そうかも……」
そしたら、逃げられる。
ん、待て待て!? 今、絶対先輩笑ったぞ!? 先輩がこんなところでからかってこないわけがない! つまりこれは罠!?
「ちなみに、今わたしのだし汁になってるから。飲まないでね?」
「飲みませんよ!」
そんなこと、今の今まで考え付かなかったよ!
でも、先輩は僕の反応が面白かったようで、からからと笑う。
「冗談だって。ごめんごめん。君がそんなことする人じゃないことくらい知ってるからさ。安心して行ってきなよ」
「分かりました」
でもまあ、これで、先輩の仕掛けた罠はわかったわけだし、安心してお風呂に入ってこよう。というか、もう体のある部分が持たない。そう思って、脱衣所のドアに手を掛けたときだった。
……音がする。
洗濯機が回っている音だ。どうやら、洗濯はまだ終わってないらしい。当然、先輩は下着をつけていないわけだが。つまり、先輩の下着はまだ脱衣所の洗濯機の中ということだ。
ということは、先輩が服を着るためには、一度脱衣所の中に入らなければならない。つまり、先輩は一度は脱衣所の中で着替えるということ。妄想は後にするとして、もしそのタイミングが僕がお風呂から上がってくるタイミングと重なったとしたら?
ドアを開けた瞬間にご対面という羽目になる。
しかも、先輩のことだ。時間をわざわざ合わせてくるかもしれない。
……それはヤバイ。間違いを犯さない自信がない。というか、大変なことになる。
「やっぱり、先輩が服を着るまでここで待つことにします」
だが、気づいたのであれば回避はできる。そういうわけだ。そりゃ、こっちにいるのも大変だけど、先輩に早く着替えてもらえばいい。最大のピンチはうまく回避したんだ。そう思っていた。
「それじゃあ、わたしの下着乾くまで何かして遊ぼっか」
……選択肢間違えたかもしれない。
だけど、最大の爆弾はここからだった。
「そうだ、今日わたし君の家泊まるから」
「……は!?」
……今なんて言った!?
「だから、今日君の家に泊まっていいかなって? 別にいいよね?」
「今日!? うちに!? 泊まる!?」
「そうそう」
「一体どういうことですか!?」
「だから、そのまんまの意味だよ。今夜泊めてもらえるかなって」
つまり、先輩は今夜僕の家に泊まるんですか!? でも、なんで。というか、最初からそのつもりだったの!?
「いや、あの家に帰るなら傘くらい貸しますよ?」
「あ、いや。傘がないから帰れないということじゃなくてさ。ほら、わたし今日学校ずる休みしたじゃん?」
先輩が髪の毛をクルクル
「そのせいで、親に叱られちゃってさ。それで飛び出してきたの。ほとぼり冷めるまで、家に帰りたくないなって。だから、泊めてくれないかな?」
「それなら、まあ」
家に帰れないのであれば、泊めるのもやぶさかじゃないけど。でも、あんまり気が進まない。
……それにしても何で僕の家なんだ?
「なら、他の友達の家に泊まった方がいいんじゃないですか? 一応、仮にも年頃の男女なんですし」
「いや~。実はわたし泊めてくれるような友達君くらいしかいないんだよね」
先輩は申し訳層に、人差し指で頬をなぞる。
「そういうわけだから、お願い。泊めてくれないと、ラブホにでも泊まる羽目になっちゃう」
うっ。そんなウルウルと上目遣いされると、泊めたくないとは言いづらい。ちらっちらっと、バスタオルの隙間から胸元が見える。さっき胸元をはだけさせたのはこのためか!?
「お願い、いいかな?」
そうやって、美少女に、好きな人に懇願されると、いくら精神衛生上避けたいと思っていても、NOと言えるわけがなかった。
「は、母がいいって言ったらですからね!」
「ありがとう!
あ。
*****
で、何で僕はこうしてリビングに布団を引いて横になってるんだ?
落ち着け、自分。よく思い出すんだ。まず僕は、母さんが流石に見ず知らずの人を家に泊めたりはしないだろうと思ってOKを出した。だけど、母さんが帰ってくるなり先輩が常識的な挨拶をしたのと、シルバーアクセサリーを褒められたことで先輩を気に入ったと。
……母さん、チョロ過ぎやしないだろうか。
しかも、先輩のことを僕のガールフレンドみたいに扱って。まだそんな関係じゃないからね。
まあ、先輩がキッチンに立ってる姿は眼福だったけど。あと、晩御飯も美味しかったけど。
それで、客人をリビングに寝かせるわけにはいかず、かといって僕と同室というのも問題がある。そういうわけで、僕がリビングで、先輩が僕の部屋で寝ていると。どこもおかしい所は……、おかしい所だらけだ。
そもそも、何でまず僕の家に泊まるんだよ!? それから、何で当たり前のように受け入れてるの!? あと、彼女面しないで! まだだから!
はあ、もう疲れた。
そりゃ、先輩には会いたかったよ? 今日は部活がなくて、先輩に会えなくて寂しいって思ってた。会いたいとも思ってた。だけどさ、その会いたいっていうのは家に押しかけてきてほしいってことじゃないはずだ。
その上に、傘を持ってなくてずぶぬれで、お風呂に入ってバスタオル一枚で出てくるなんて誰が想像できる? そしてそのまま僕の部屋に泊まり込むだなんて。
……いろいろとまずいもの隠してる暇もなかったし。あれを先輩に見られたらと思うと恥ずかしくて死にそうになる。というか、先輩のことだ。探さない理由がない。
はあ、明日どんな顔して会えばいいんだろう。もういい。不貞腐れた。寝る。
……興奮してるせいで寝られないんだけどね!
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