暇だ

 雨の音が朝からずっと鳴り響いている。


 梅雨入り宣言あったしね。雨は別に嫌いってわけじゃないんだけど、このじとじとした空気があんまり好きじゃない。ソノもあんまり、梅雨は好きじゃなさそうだ。心なしかクラスにもどんよりとした空気が漂ってる気がする。


「はい、これ今日の分」

「いつも、サンキュ」


 そんな中でも、僕はいつも通り写真部の部室へ向かう。傘立てから傘を忘れないよう回収して。


 廊下から見えるグラウンドは雨でぬかるみが酷かった。これじゃあ野球部は練習できないよね。かなり強い雨だ。ザーザーなんて音が聞こえる。これじゃあ傘がなかったら一瞬で濡れ鼠になりそうだ。傘があっても濡れるけど。風邪ひかないように気をつけなきゃ。


 さて、それにしても今日のコーヒーは何だろうか。気分によって変えるって話だし、毎日違うからそれもひそかな楽しみなんだよね。雨が降ってるとはいえ暑いからアイスコーヒーかな。後は、たまに先輩が作ってくれるお茶請けも楽しみなんだよね。前はベーグルとかも作ってくれたし。喫茶部にでも名前を変えた方がいいんじゃないかって思うくらいだ。


 そんなことを考えながら、僕はいつものように廊下を歩いていた。そして、いつも通り、ドアを開けた。


 ガチャガチャ、カチャ


 ……開かなかった。ドアには鍵がかかっていた。


 そう言えば先輩が言ってた。写真部の鍵は先輩が持ってるんだった。普段いつも先輩の方が先に部室に来るから忘れてた。

 日直かなあ? あるいは、先生に頼まれごとをしたとか。成績優秀で運動神経も抜群な先輩のことだし、何か頼まれごとがあってもおかしくはないよね。仕方ない、先輩が来るまで部室の外でのんびりしてるか。ひょっとしたら、中で着替えてて鍵かけてるだけかもしれないし。

 そんなことを考えながらドアにもたれかかる。雨の音を聞きながら、ネットサーフィンをすることにした。



 *****



 ……遅い。いくらなんでも遅くないだろうか? もう、20分は経った。その間何の連絡もなかった。まあ、忙しいのかもしれないけど。

 でもちょっと不安になる。僕のこと忘れてるんじゃないかって。連絡位くれてもいいんじゃないかって。


「はあ」


 催促するようなことはあんまり気が進まないんだけど、仕方ないよね。そう思ってメールを打ち込む。


「部室の鍵開いてないですけど何か用事ですか? 時間かかりそうなのであれば、連絡くださいっと。送信」


 スマホを横において、天井を仰ぐ。外の景色は相変わらず薄暗い。早く来てくれないかな。ずっと待ってるのももどかしいから。



 *****


 ピロリン


 ようやくスマホが音を立てた。10分くらい時間経ってたぞ。

 でもよかった、無視されてるとかじゃなくて。えっとなになに?


『あ、ごめ~ん。連絡するの忘れてた(^_-)テヘペロ。今日わたし学校休んでて、だから部活もなしです。ごめんね~♪』


「マジかよ」


 思わず、独り言が出た。それは想定してなかったなあ。馬鹿は風邪ひかないなんて言葉もあるし。まあでも、それじゃあ仕方ないよね。それじゃあ、帰るか。固まった腰をほぐす。


「了解です。先輩もお大事にっと」


 返信はすぐ来た。


『大丈夫~。ずる休みだから(^^♪」


 おい。



 *****



「……暇だ」


 家のリビングで、あかりもけずに寝転がっていた。雨だし、何となくゲーセンに行く気が起こらなかったんだよね。ここんところほとんど行けてないし。

 それから、母さんはどこかに出かけてるみたいだった。専業主婦だから家にいると思ったんだけど、買い物か何かかもしれない。そもそも、普段僕この時間に家にいないしね。

 そういうわけで、今僕の家にいるのは僕一人っきりだ。がらんとした静かな部屋が、ちょっとだけ不気味に感じる。


「……やることないなあ」


 家に帰ってくるなり、鞄部屋に放り込んでTシャツに着替えて。その後は特に何もすることがなくてフローリングに寝転がっていた。木の冷たさが結構気持ちいい。

 本当は、宿題やらなきゃいけないんだけど、やる気起きないし。というか、何もやる気が起きない。床に仰向けになって、仄暗ほのぐらい天井を見つめているだけだ。


 雨が降り続いている音がする。帰って来た時よりもかなり激しい感じだ。規則正しく、窓を打ち鳴らしている。


「……暇だなあ」


 もう一度、言葉を吐き出した。暇だ、何かしたい。そう思うけれど、同時に何もやりたくない。そんなことを思う。いや、分かってるんだ。何かしたいんじゃなくて、先輩と写真部の部室でだべってたいんだって。

 毎日のように、というか毎日部室に行って、コーヒー飲んで、からかわれて。半分ルーティーンになってたから、今日突如として部活がないと、やっぱり落ち着かない。何となく不完全な気がしてしまう。


「……寂しい」


 そう口に出してから気づいた。

 そっか、僕は寂しかったんだ。先輩に会いたくて、会えなくて。先輩のコーヒーが飲みたい、どうでもいいことを話していたい、からかわれたい。そして、何より先輩のあの笑顔が見たい。

 ゆるく曲がった左手を見つめる。どうやら、僕は自分で思っている以上に先輩のことが好きみたいだ。先輩に会えないだけでこうなるなんて。


 寂しい。声には出さずに唇だけを動かしてみる。先輩が今日は学校に来てないことを知らなくて。だから当り前のように部活で会えると思ってた。それを期待してた。だけど、実際は会えなくて、そこで気落ちして倒れてる。


「会いたいな」


 そう言っても、先輩に会えるはずもなく。左頬の冷たさに身を任せるだけだ。


 雨の音がする。だけど、リビングはとっても静かだ。死んでいるように物音ひとつしない。薄暗い雲が僕の心を陰鬱にさせる。

 明日になればまた会えるはず。それはわかってる。だけど、やっぱり僕は寂しかった。会いたくて、だけどぼーっとしていることしかできなかった。



 *****


 ピンポーン


 インターフォンの音で目が覚めた。どうやら眠ってしまっていたらしい。さっきより少し窓の外が暗くなっている。

 それにしても、いったい誰だろう? 母さんが間違って宅配便をこの時間に注文したとかだろうか。あるいは、新聞の勧誘?


 そんなことを考えながら、痛む頭を押さえて僕はドアを開けた。


「やっほ~、元気にしてた?」


 びしょ濡れの先輩が立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る