僕の奢りですか!?
「はあ」
テスト結果が印字された紙を見ながらため息を漏らす。
あと1点。あと1点高ければ右上にある総合順位の欄が32位じゃなくて27位だったのに。ケアレスミス一つなければ先輩に言うこと聞いてもらえたのに。ああいや、別にエッチなことをしたいとかそういうわけじゃなくて、先輩とどこかに遊びに行きたいとか、そういうことなんだけど。
ついでに言えば、先輩は2年生の中では6位だった。張り出された紙に堂々と韮崎文乃の文字がしっかり記されてた。あの人、やっぱすごいよ。教え方上手かったから成績いいのかなって思ってたけど、本当によかった。ついでに言えば成績もいいし美人だ。天は何物を与えたんだろうね。
そんな先輩と僕が釣り合うのかってたまに疑問に思うこともある。
「お、どうした、そんな渋い顔して?」
「わかってるんじゃないですか? あ、そうだ。テスト6位おめでとうございます」
「ありがとね~」
先輩がくるくる回って、冷蔵庫からジュースを取り出した。紙パックの奴だ。
「拓海君も名前載ってるの見たよ。惜しかったね。あと1点」
「ええ、まあ」
チューと紙パックがへこむ。そして先輩が口を離した途端音を立てて元に戻った。
「まあ、30位には届かなかったけど50位以内には入れたんだしさ、頑張ったじゃん。そんな落ち込むことないって」
「そうなんですけどね」
ポンポンと肩を叩かれる。そりゃ、先輩の言う通り下駄箱に名前が載ったし、32位はかなり頭がいい方なんだけど。でも。
「やっぱり、悔しいです。目標にあと一歩で届かなかったっていうのは」
「それは仕方ないよ。わたしだってケアレスミスするし、結果は変えられないし」
そうなのだ。届かなかったというのは事実なのだ。そりゃ、先輩に言うこと聞いてもらいたいっていう不純な動機だったにしろ、目標にしていた。それに向かって手が届くところだったのに。だけど、ほんの些細なミスで届かなかった。
もう少し、見直しをちゃんとしていれば。あるいは、分からない問題をもう少し勉強していれば。結果は変わらないけど、そう考えてしまう。もうちょっとどうにかなったんじゃないかって。自分を責めてしまう。
だけど、先輩の次の言葉で、何となく救われた気がした。
「だけどさ、君が努力してたってことは、わたしが一番よく知ってるから。それが無駄な努力じゃないってことくらい、誇ればいいよ」
先輩が僕に
確かに、目標には届かなかったかもしれない。だけど、先輩に認めてもらえた。そのことがうれしかった。
「ありがとうございます」
……本当に、僕って先輩本位だなあ。
「32位だから言うこと聞くって話はなしだけどね」
「次は、30位以内に入って見せますから」
「期待してるぞ」
いて。
先輩にデコピンされた。あんまり痛くはなかったけど反応が面白かったのか先輩が笑う。
でも、ちょっと残念だ。打ち上げはなしか。
「それじゃあ、打ち上げ行こっか」
「え!? 打ち上げ行くんですか!?」
「普通行くでしょ? テスト終わったんだし」
一瞬唖然とする。え、打ち上げ行くの!? てっきり、何でも一つ言うことを聞くってのが打ち上げだと思ってたのに。
行きたかったから行きますけど。
「それとも、行きたくない理由でもあった?」
「いえ、行きます!」
「今日から部活も平常運転だし、テスト期間中部活行けなかったのが終わったってことでやるところが多いらしいんだよね。そういうわけで、うちらも行きましょうか」
「写真部はいつも通り活動してましたけどね」
「まあね~」
先輩が手をひらひらと振る。そして、飲み終わったジュースのパックをゴミ箱に向けて放り投げた。ボスッという音が響く。
「それじゃあせっかくだし、拓海君に奢ってもらおうかな」
「僕の奢りですか!?」
そんなの聞いてないですけど!
いや、別に奢ってもいいですけど。ゲーセン代でその分浮きましたし、元々行きたかったからそれくらい払うのはやぶさかじゃないですけど。
そう反論しようと思ったら、先輩が舌をペロッと出した。
「冗談だって、冗談。ちゃんと割り勘にするからさ。ほら、行こう」
いえ、僕はまだ何も言ってないんですが。
*****
「すいませーん。注文追加お願いします」
先輩が店員さんを呼び止める。山盛りのポテトが見る見るうちに無くなったし。
割り勘でよかったとほっとする。このペースだと、予備の一万円札まで使ってしまうところだった。すっからかんになるかと思ったよ。
「少々お待ちください」
店員さんが個室から出ていく。あ、メロンソーダ無くなっちゃったな。後でドリンクバーに取りに行かないと。
「ほら、今なにも曲かかってないし入れちゃいなよ」
「先輩こそ、さっきから食べてるだけで歌ってないじゃないですか。僕先輩の歌声聞きたいですよ」
「え~、しょうがないなあ」
そんなことを言いながら先輩がマイクを手に取る。なんだかんだ言って頼めば歌ってくれる。頼まないと、僕の喉が枯れるまで歌い続けるけど。
知らない曲だった。アーティストの名前は聞いたことがある。最近ばちぼち名前が売れてきたインディーズバンドだ。先輩結構いろんなところ網羅してるな。後で調べとこ。
歌う姿がとってもかっこいい。バンドとかでボーカルやってたらとっても映えるんだろうなって、そんな気がした。それを、こうしてカラオケボックスの一室で独占してる。そう思うと、ちょっとだけ優越感に浸れる。
「失礼します。ブルーベリーチーズケーキパフェお持ちしました」
「あ、来た来た」
僕が注文したパフェが届く。先輩が歌っているうちに、さっそくもらうことにした。こんなに贅沢なBGMはないよね。
あ、甘酸っぱくておいしい。これ結構好きかも。
「いや~、難しいね。音程取れなかったわ」
「いや十分上手かったと思いますけど」
先輩が僕の横にポスッと腰掛ける。97点出してるじゃん。そんなことを考えながらパフェにスプーンを突っ込む。
「それに、先輩の歌声すごくきれいじゃないですか」
「ありがとうね。ぱく」
あれ!? なんで僕のスプーンに先輩が食いついてるの!? ていうか、それ間接キス!? しかも、顔近いし!
驚いて先輩を見つめると、先輩はスプーンを加えたまま目だけで笑った。
「ちょっと、先輩!」
「ん~、なにかなぁ?」
すっとぼける。目元がにやにやしていた。絶対わざとだ!
「うっ」
言葉に詰まる。絶対わざと僕を意識させようとしてるんだ。絶対間接キスとか、恋心抱いてるとか、そういうことをしてからかうつもりなんだ。そう思うと、言葉が出なくなった。
それを見たのか、先輩がこれ見よがしに顎に人差し指を当てる。そして、そう言えばといった様子でつづけた。
「この、ブルーベリーチーズケーキパフェってやつ、広告に載ってたんだよね。それで、キャッチコピーがついてて確か何だったか」
こめかみに手を当てて迷ってるふりをする。
「さ、さあ? 何だったでしょうね? あ、そうだ歌いたい曲があったんだ」
デンモクを手に取る。
ヤバい。こうやって、先輩が笑ってるときは何かを企んでいる時だ。絶対何か爆弾を落とす気だ。だから、別のことに話題を……。
「あ、思い出した! 甘くて酸っぱい、夏の恋の味だ」
「僕ちょっとトイレ行ってきます!」
僕は負けた。
*****
「いや~、楽しかったね~」
「そうですね」
楽しかった分、疲れもしたけど。特に、トイレから戻った直後はすごくからかわれた。パフェあらかた食べつくされていたし。
でも、先輩と打ち上げってのは楽しかったな。先輩が歌上手いのは知ってたし、それに好きな人といる時間ってのは嫌なものじゃない。いつもみたいに写真部にいるのと少し空気が違うから新鮮な気もするし。
「また明日から学校だからね。休むんじゃないぞ」
「わかってますよ」
拳骨を掲げてくる。そういうことかな。そう思って差し出すとひょいと引っ込められた。拍子抜けする。
「また、行こうね」
「そうですね」
そして僕が引っ込めようとしたところで、コツンって。本当に先輩は僕の心を弄ぶのがうまいなあ。
だから、だろうか。ほんの少し
そんなこと、きっと笑われちゃうんだろうけどさ。
ああ、もうすぐだ。もうすぐ、その交差点で別れなきゃならない。
先輩は気にも留めてない。また明日会えるからって。だから、僕も同じように笑って見せる。
「それじゃあ、また明日。部室で待ってるから」
「分かりました。コーヒー楽しみにしてます」
「じゃあね~、楽しかったよ」
信号機を渡りながら先輩が手を振る。悔いが残らないように横を向いた。
「わたし、君と……きだよ」
「え!?」
先輩の唇が動いた。
……気がした。
どうして、最後の最後、手遅れになってしまう時に言っちゃうかな。本当に、本当に先輩は、
「先輩、それはズルいですよ」
「なんて?」
先輩が微笑む。そんな声が聞こえた気がしたけど、聞こえないふりをした。
もし聞こえてたのなら、やっぱりズルい。聞こえてないのだとしても、それはそれでズルいよ、先輩。
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