あいた!?

「えっと、これであってますか?」

「ちょっと待ってね。あ、これinじゃなくてonだよ。英語のニュアンスの違いは難しいから、とりあえず丸暗記しとけばいいと思う」


 先輩からありがたい言葉を賜る。

 今僕らが何をしているかというと、絶賛中間試験の対策中だった。と言っても、僕が一方的に先輩に教えてもらってるだけで、先輩はお菓子作ってるみたいだけど。

 気がついたらもう5月も終盤、あっという間にテストが待ち構えてる。中学時代もテストばっかりだったイメージがあるけど、高校に上がってさらに早くなった気がするよ。


「そんなに頑張って覚えなくても、君の成績なら赤点になることはないから安心しなよ」

「まあ、そうなんですけどね」


 先輩に淹れてもらったコーヒーをすする。暑くなってきたからアイスコーヒーだ。なんか結構色々追加されてるけど全部は把握できなかった。でも美味しい。やっぱり勉強のお供にはカフェインが必須だよね。

 それに、どうせだったらいい点取りたいじゃないですか。成績優秀者は名前と得点が下駄箱のところに張り出されるんだし、せっかくなのでいい点を取りたい。ついでに先輩にかっこいい所を見せたい。


 ……まあ、先輩の方がどう考えても頭よさそうなんだけど。


 やっぱり、好きな人の前になるわけだし、少しでもかっこいい所は見せたいじゃん。そりゃ、1年先輩だし、どう頑張ってもかなわないところはあるけどさ。たぶん、先輩の方が頭いいと思うけど。でも、大学進学とかでも出来ることなら同じところ行きたいし。一応、勉強はしておくに限る。

 それから、実は最近、毎日のようにアクセサリ変えてるんだよね。初めて会った時に先輩に褒められたのもあって。母さんがいい宣伝になると言ってくれていた。先輩も似合ってるって言ってくれたし、実は結構意識してる。


 まあ、今は勉強に集中してるけど。


「お菓子作りに一番必要なことって知ってる?」

「何でしょう? 分量を正確に測ることですか?」


 適当に答える。一応母さんがそう言ってたし。

 えっと、ここは継続の現在完了形だから、答えは4番か。


「う~ん、それもあるけど、答えは違うよ」

「それじゃあ、答えは何なんですか?」


 マグカップを手に取る。問題集を解くのに夢中になってて先輩の方を意識してなかった。


「それはね、LOVEエルオーブイイーつまり、ラブだよ、ラブ」

「ブフォッ! ゲホッ、ゴホッ、コホッ!」


 ちょっと! 今なんて言った!? LOVEって言ったように聞こえたんですけど!?


 ああいや、落ち着くんだ。いつものあれじゃないか。からかってるだけで、深い意味はないんだって。愛情を入れるくらい、よくあることじゃないか、落ち着け。別に先輩が僕のことを好きだとか、そういうことは関係ない。


「つまり、君に食べてもらいたいって、そういうことだよ。よし、ちょっと休憩」


 だから! 油断した瞬間にすぐこれだ! ちょっととっかかりを見つけたらすぐに追撃してくる! わざわざ僕に食べてもらいたいだなんて!

 そうやって微笑まれたら、そういう気になっちゃうじゃんか! 好きな人に微笑まれたら相手も僕のことを好きなんじゃないかって思っちゃうでしょ!

 やっぱり、先輩はずるいんだから。


「ところで、問題集大丈夫?」

「え……? あ、あああああ!」


 ヤバイじゃん! コーヒー吹き出したせいで、問題集が大変なことになってる! しかも水じゃなくて黒っぽいコーヒーだからシミができる。


「ティッシュティッシュティッシュ!」

「あ、どうぞ〜。あとタオルもあるからね」

「ありがとうございます!」


 コーヒーを染み込ませる。それからノート避難させないと。これ以上被害出せないし。


「わたしも手伝うね」

「ありがとうございます。それじゃあ、ノートの方お願いします」

「わかった〜」


 先輩が体をくっつけてきたけどそんなことに構ってる暇もない。液体との戦いはスピードが命だ。頼む、間に合ってくれ!


「こすらない。まず叩く」

「はい!」


 手の動きを変える。先輩頼りになるなあ。下のページを隔離してティッシュを引く。これで、被害の拡大は食い止められたはず。

 先輩の指示に従って、洗剤をつけたタオルで叩き、濡らしたタオルで拭き取った。一応綺麗にはなったかな。


「あとは、乾いた布で水分を拭き取るんだけど、これ使って」

「わかりました」


 先輩から布を渡される。ちょっと湿ってるけどまあ大丈夫か。


「大変だったね、こっちも終わったよ」

「もう、先輩が変なこと言うせいですからね」

「わたしだけのせいじゃないよ」


 そんなことを言いながら、椅子に深く腰掛ける。ああ、疲れた。びっくりしたし。そう思って、手渡された布で汗を拭おうとした。


「ってこれ先輩の体操服じゃないですか!」


 なんでだよ! さっきまでずっとタオルだと思ってたよ! よく見たら、服の形してるし汗で湿ってるし! 危うく好きな人の体操服で汗を拭く変態になるところだった!


「あ、ごめん。間違えてた」

「間違えないでください!」


 と言うか、これ間違えたのって、先輩の素なの? それともわざわざ、からかうためだけに間違えて渡したとか!? 全然わかんない。


 わかるのは、これを持ってるとヤバイと言うことだけだ。と言うか、先輩の汗の匂いが漂ってきてなんか変な気分になりそうだ。


「ごめんごめん、回収するからさ。それより、嗅いだりしてないよね?」

「してないです!」


 ちょっと匂いが漂ってきただけで、わざわざ嗅ごうとはしてないからセーフだよね!?


「それならいいけど」


 そんなことを言いながら先輩がカバンに体操服を仕舞う。あれを着て体育をやってたんだよな。2年生は今日の授業なんだったんだろうか。

 ていやいや、そんなこと考えちゃダメだ。


「ところで、問題集はどこまで終わったの? 暇になっちゃった」


 どこからともなくトランプを取り出した先輩が僕のノートを覗き込む。終わったら、トランプがしたいってことか。終わったらやってもいいかなと思うけど、勉強もちゃんとやらないと。


「こんな感じですね。ここまでなのでまだ結構あります」

「えー、早く終わらせてよ」


 そんなことを言いながら、手早くリフルシャッフルを行う。先輩の手の中でカードが美しく舞った。


「あ、そこ間違ってるよ」

「え、どこですか」

「ここここ」


 手先でしっかりと混ぜる音を立てながらも僕の方に間違いを見つけて、擦り寄ってくる。ちょっと、近いな。


「え、会ってるんじゃあ」

「違うって。順番が違うよ。このhadは完了形じゃなくてhave toの過去形なの。気をつけないと、変なところにtoつけちゃうよ」


 先輩が僕の上から指で間違ったポイントを指した。本当だ、和訳もそうなってる。よく見てなかった。

 というか、近い。午後に体育あったのか、お菓子作りが大変だったのか知らないけどちょっと汗のにおいも漂ってくるし、柔軟剤なのか花の香りもする。女の子っていい香りだな。

 って違う! 考えるな、罠だ。別のことを考えるんだ。


 先輩が、背中に乗ってきてるせいで、勉強の方に集中できないんだ。首筋に腕回されてしがみつかれてるし、体重かけられてるせいで、背中曲がりそうだし。吐息がかかるからびくってなるし。後は、先輩の慎ましやかな胸が僕の背中に……。


 ……あれ? 当たってない?


「あいた!?」

「何か不埒なこと考えてる気がした」


 驚いて振り返る。先輩が僕の頭にチョップを振り下ろしていた。


「何するんですか!」

「え~、エッチなこと考えてる気がしたから。違う?」

「い、一応違いますけど……」


 鋭い。というか、この人エスパー並みの読心術持ってるの忘れてたし。

 ノートに目を移す。黒い粒が残ってるや。


「まあ、ならごめん。でもわたし以外でエッチなこと考えちゃダメだぞ」

「あ、はい」


 って、わたし以外ってどういうことですか!? ケラケラ笑ってないで教えてください! またそうやって当て逃げしていくなんてズルい!



 *****



 テスト1週間前は部活動が停止になる。やらないように担任から連絡があった。

 ただし、我らが写真部は無断でその令を破ってるけどね。まあそもそも写真部って名前でも写真に関わる活動何もしてないし。


「よし、こんなもんかな。これだけ勉強しとけば大丈夫でしょう!」

「あ、終わったんだ。よかったらシフォンケーキ食べる? もらったんだ」


 僕よりとっくの前に勉強を終わらせていた先輩が紙袋を取り出す。ありがたく食べることにした。勉強してると小腹がすくし。


 明日から中間テストだ。何というか、あっという間だったなあ。もっと勉強しておきたい気もするけど、もう勉強はこりごりだし。

 そして先輩はと言えば、僕よりもはるかに少ない勉強量で、完璧に対策をしきったと言っていた。頭の出来が違うんだろうな。しかも、空いた時間で僕の勉強も手伝ってくれてたし。


「どう、テストの方は? いい成績取れそう?」

「一応は。目標は30位以内です」

「いいじゃん。そうだ、もし30位以内になったら何か言うこと聞いてあげるよ」


 ……今なんて言った!?


「何か、ですか?」

「そそ。何でも一つだけ、言うこと聞いてあげる」


 そう言って、先輩は手の甲を口に当てた。やばい、艶っぽい。

 というか、何でもって本当に何でも? それって、もしかして……。


 いやいやいや、そういうのは失礼だ。うん、打ち上げとか、そういうことだよね。うん。ちょっと期待しちゃったけど、上げて落とされるよりはいいはずだ、うん。


「あ、もう下校時間みたいだね。帰ろうか」


 見計らったようなタイミングで校歌が流れ出す。

 明日のテストでいい点を取るためにも、しっかりと対策をしなくちゃ。



 だけど、気張り過ぎたせいで同率32位でした。ギリギリ届かなかった。

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