やっぱりズルい

「実は、ソノと……、僕の親友と喧嘩したんです。ソノの方が一目惚れした人と上手くいってないみたいで。それで、僕の方は気にせずに先輩と遊びに行ったよ〜って言ったらソノが切れちゃって」

「あー、うんうん。よくあるよね、そういうこと」


 手を組みながら、先輩は頷いた。コーヒーで唇を湿らせる。


「わたしも結構あったなあ。ほら、空気読むのって難しいでしょ? それに気づかずに、地雷踏んじゃうこと。まあ、よくあることだからそんなに気にしなくていいんじゃないかな〜ってそれだけ聞いてると思うけど。あ、食べて食べて」

「そうなんですけどね。あ、それじゃあいただきます」


 ジャムクランブルクッキーを手に取る。あ、これ美味しい。苺の酸っぱさがサクサクしたクッキーによくあってる。バターの香りも口に広がるし、コーヒーのお茶請けにぴったりじゃないか。


「わたしだったら適当に謝ってそれで終わりにするけど」

「でも、僕そこまで酷いこと言ったわけじゃないし何を謝ればいいかよく分からないっていうか。僕から謝るのも何か違う気がするというか。謝ることがないわけじゃないんですけど」

「なるほどね。確かに、そうなる気持ちもわかるよ」


 そうなのだ。謝らないといけないことはわかってるけど、どう切り出せばいいのか、それが分からないのだ。


 先輩も手を伸ばしてクッキーを頬張る。そして、口元についた欠けらを指で拭って舐めとった。


「だけど、君は仲直りはしたいわけだ。そういうことだね?」

「そうなんですけど。友達いないですし」

「だったら、君は謝らなければならない。そうでしょ? 考えるべきは謝るかどうかではなく、どう謝るのか。違う?」

「……いえ、そうです」


 耳が痛い。先輩の言う通りだった。


「だったら、それでいいじゃない? 口先三寸で仲直りできるのなら、いいことだと思うけど」

「口先三寸って……」


 まあ、確かにそうなんだけどあんまりいいイメージがしない言葉だなあ。そりゃ、殴り合いの喧嘩で解決するような話じゃないけど。


「先に謝ったら負けとか、別にそんなことないって」

「でも、こっちが一方的に謝るようなことには」

「ならないと思うよ」


 不安を口にしたところで断言される。


「別にソノ君って自分の非をいつまで経ったも認めないような子じゃないんでしょ? ちょっと精神が不安定だっただけで、いい子みたいだったし」

「なんでそれわかるんですか?」

「そりゃ、一度だけとはいえあったことあるし、それに何より、君の親友だからね。拓海君が人を見損なうとは思わないしね」


 そう言って笑う。なんか、すごく信頼されてる気がして嬉しかった。


「今は2人とも意地の張り合いみたいになっちゃってるけどさ。でも、喧嘩がしたくて喧嘩するような人はいないよ。些細な行き違いで仲が悪くなることはあるけど、だからと言って絶交したいなんて思わないからさ」

「……あ」


 確かに、そうだ。そんなことはない。僕が謝ったところで、それを無視するようなソノじゃないのはよく知ってることじゃないか。


 先輩が僕のマグカップにコーヒーを注ぐ。まだたっぷりある音がした。


「まあ、そう言うことだからさ。わたしに言わせたら、別にそんなこと気にしなくていいと思うんだ。まあ、万が一を気にしたくなる気持ちもわかるけど、大丈夫」


 そう言うと、先輩は自分のコーヒーを飲み干した。そして、ちょっと顔を傾ける。茶髪が耳にかかった。


「もし、そうなった時は、わたしが励ましてあげるからさ。なんでも言うことを聞いてあげる。だから、そんな気にすることはないと思うよ」

「そう、ですね」


 先輩はいたずらっぽく笑う。


「むしろ、こんな美少女が励ましてあげるんだ。失敗してもいいくらいなんじゃない? わざと失敗してきてもいいからね?」

「そんなことしませんよ」


 そう言うと、先輩はクスクスと笑った。


「わかってるって。ほら、善は急げって言うでしょ? 今日中にでも仲直りしちゃいなよ」


 そんなことを言って、クッキーを頬張った。

 いつの間にか、僕の心からも不安が消え去っていた。うん、ソノにしっかり謝って仲直りする。そう決心した。

 だけど、思ったことがもう一つ。


 先輩はやっぱりズルい。普段はこうやってからかってくるくせに、失敗してきてもいいなんて僕を惑わせようとしてくるくせに。そのくせ、僕が神妙に友達と喧嘩したなんて相談を持ち込んだら、今度は頼れる先輩の顔をしてしっかりとからかうことなく相談に乗ってくれるんだから。そして、僕の気持ちを氷解させてしまうんだから。

 普段はからかってくるのに戸惑いはないくせに、こういう大事な時だけは自粛しちゃってさ。そんな時期をわきまえてるなんて、やっぱりズルいよ。もっと先輩の近くにいたい、写真部で喋ってたい。そんな風に思わせてくるんだから。


 先輩が鼻歌を歌う。手の甲を唇に当てる姿がとってもかわいい。それを、しっかりと僕に見せつけてくる。


 ただからかわれてるだけなら、ああ、そういう人なんだって。そんな認識で済んだ。だけど、こんな風に相談に乗られたら。からかってくるけど、いざという時は頼りになる先輩だなんて。そんな意識を植えつけられたらさ。

 好きになっちゃうじゃないか。友達として一緒にいたいとかじゃなくてさ、もっと深い仲で、恋人として一緒にいたいって。一緒にいろんな困難を乗り越えて、頼りになって支え合えるようなそんな仲になりたいって。そう思っちゃうじゃないか。



 ああ、そうだ。認めてしまおう。僕は、先輩が好きになってしまったんだと。もうどうしようもないくらい、先輩に恋をしてしまっているんだって。心を弄ばれてしまってるんだって。


 やっぱりズルい。



 あ、ちなみにソノとは無事に仲直りできました。

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