喧嘩した

 ゴールデンウィークが終わって、いつものコーヒータイムが戻ってきた。ずっと美味しいコーヒーを飲めてなかったから禁断症状が出るところだったよ。途中で我慢できなくなってカフェ探して行ってみたけど。


 ひょっとしたら友達認定で気にされてないかも。その可能性は消えたわけじゃないけど、気にしないって決めた。少なくとも、頭一歩飛びぬけてるみたいだし。

 そんなルンルン気分で教室に入ると、僕とは正反対にソノが窓の外を見ながらため息を吐いていた。


「何かあった? 元気ないみたいだけど」

「別に、何もねーよ。ほっといてくれ」


 そっけなく返される。と言っても僕ほとんど友達いないからソノくらいしか話す相手いないんだけど。スマホで音ゲーやるのも気分じゃないし。先輩のクラスに遊びに行くっていうのも気が引けるし。

 というわけで構って。


「あ、そうそう。ゴールデンウィークに先輩と遊びに行ったんだけどね。楽しかったよ。先輩ってビリヤードも卓球も上手いんだね。全然勝てなかったよ。カラオケも上手かったし。あの人苦手なことないんじゃないかな」

「そうか、それはよかったな」


 最近の2人の話題はもっぱら自分たちの恋愛に関してだし、進捗も報告しておきたいしね。ちょっとした不安も出てたし。


「そうそう、友達扱いされてるかもって話だけど、少なくとも気にしないことにしたよ。たぶんだけど、意識されてるっぽいし。それに、男の人と出かけるの初めてって言ってたからひょっとして初めてなんじゃないかって思うし」


 だから、僕は自分のことを話すのに夢中になって、ソノの様子に気づかなかったんだ。


「夏休みまでにはどうにか出来たらなーって思ってる。ひょっとしたら、ソノより早く彼女ができちゃうかもね」

「お前ちょっと黙れよ」


 その声には怒気が含まれていた。それでようやく僕は地雷を踏んでしまったことを自覚した。


「ちょっとかわいい先輩に気に入られたからって、最近調子乗ってないか? こっちはそんなもん関係ねえっつうのに」


 そうだ。ソノは、不機嫌だったんだ。

 そしてその理由もわかった。彼女、ソノが狙ってるゲーセンの君と上手くいっていないんだ。そんな状態で、僕が先輩のことを自慢げに話してた。上手く行ってるよ~って。


 ……そりゃ不機嫌になるか。


「……ごめん」

「謝るくらいなら最初から言うんじゃねえ!」


 だけど、それが分かったところでもう手遅れだった。僕は、既に地雷を踏んでしまったみたいで。


「もう知らん! 勝手に韮崎先輩と付き合うなりなんなりしてろよ!」


 手を伸ばそうとしたけど、かける言葉が見つからなくて。ただ、不機嫌そうに椅子を揺らすのを見ていることしか出来なかった。



 *****



 ソノと喧嘩した。

 ちょっとした、些細なことだったけど、だけどもう亀裂はできちゃってて修復できなくて。


「はああ」


 ため息が漏れる。

 そりゃ、ソノの様子を考えもせずに自慢話した僕も悪いよ。だけど、別にそんなことで怒らなくてもいいじゃないか。些細なことに目くじら立てるソノも悪い。

 そういうことじゃないんだけどなあ。


 あの後結局仲直りできなかったし。話をしようとしても意地を張っちゃってさ。一応僕はごめんって言ったんだからって思っちゃうし、僕は悪くないとも。


 仲直りはしたい。というか、ソノは僕のたった一人しかいない親友だし。だけどさ、何を離したらいいかわからなくなっちゃって、意地を張っちゃって。何をすればいいのか、分からなくなった。


「どうしようかなあ」


 憂鬱に身をゆだねる。もう授業は終わって待ちどおしにしてた部活のはずなのに、気分は下を向いたままだ。

 そんなことを言ったところで、何をすべきかくらいわかっていた。何が僕にできるのかも。だけど、そのための決心がつかずにとぼとぼと廊下を歩く。


 いつもなら授業終わりにノート借りに来るはずなんだけど、来なかったんだよね。昼休みとかもよくどこのゲーセンがいいとかそんな話をしてたけど、何もやることがなかった。

 そんなことを考えているうちに部室へ着いてしまう。


「あれ、元気ないね。教室で何かあった?」

「いえ、別に」


 ダメダメ。せっかくの部活なんだし、そういうことは持ち込まない。先輩のコーヒーを純粋に楽しまなきゃ。そう思って無理やり笑顔を作る。


「それじゃあ、今日はネルドリップ式のコーヒーにしてみるね。たっぷりあるから」

「あ、ありがとうございます」


 どうやら僕が来る前に準備は全部終わらせてたみたいで、湧いたお湯を注いでいく。コーヒーの芳しい香りが狭い部室に漂った。


「そうそう、実はね。ジャン」


 そんなことを言って笑いながら、先輩は紙袋を取り出す。


「ジャムクランブルクッキーを作ってみたんだ。食べてみてね」


 そう言ってどこからか取り出したお皿に飾り付け、出来上がったコーヒーを注いでくれた。僕のちょうど向かい側に座って、手を組む。


「それで、何があったのかな? わたしでよければ相談に乗るよ?」

「いや……、別に」

「何かあったてことくらいわかるよ。毎日君を見てるわけだしさ。元気なさそうだなってことくらい。一応これでも君より1年年上だしね?」


 きらっとウインクする。

 そんな簡単にバレてたんだ。


 ちょっとぐらっとくる。だけど、先輩にそんなこと話したところでやっぱりからかわれそうな気がするしなあ。ほら、先輩の目が輝いて……、あれ、輝いてない。


「別に、からかったりなんてしないよ。本当に困ってるときに空気も読まずからかうなんてことはしない。それに、君はわたしの大切な後輩だからさ? ね?」


 そう言って、顔を少しだけ傾ける。明るめの髪が先輩の耳にかかった。そのしぐさがちょっとあざとくて、でもそれがとてもかわいくて。


「実は、その……」


 先輩に催眠術を掛けられたみたいに、気がついたら僕は話し出していた。

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