それでもいいや

 先輩からメールが来た。


 『ゴールデンウィークせっかくだし、写真部でどこか遊びに行こ~♪ 都合のいい日付教えてね(*^^)v』だと。


 先輩は僕が食堂で先輩の姿を目撃したことを知らない。だけど、あれからずっと部活に顔を出さずにソノと遊んでるから何かあったとはわかってるはずだ。たぶん僕が避けてるのであろうことも。だけど、それを知りながら顔文字まで使って無邪気に僕を誘ってきた。そんな先輩が憎い。

 それから。


「分かりました、僕はいつでも大丈夫です、と」


 そんなメールに喜んでウキウキと返事してしまってる自分も。


「はあ」


 何やってんだろうな。先輩と顔合わせづらいはずなのに、家の中では先輩と一緒に出かけることに心躍らせてる。しかも写真部でってことは2人きりだ。実質デート。

 からかわれてるだけで意識されてないのに、浮かれてるなんてさ。


 気づいたら、散髪屋の予約してる自分がいた。


 ……ホント、バカみたい。



 *****



 そうは思いつつも、結局僕は待ち合わせ場所に来てしまった。自己嫌悪しかないけれど。しかも、わざわざ気合を入れた服装を来て、待ち合わせの30分前に着いてしまった。


「お待たせ〜。拓海くん来るの早いね」

「せ、先輩こそ、15分前じゃないですか」


 手を振りながら先輩がやってくる。ふわっとしたシャツにガウチョパンツ。それに麦わら帽子。とっても透明感がある服装で、一瞬目を奪われる。


「早めに来て隠れておいて驚かすつもりだったんだよね。早く来すぎだよ」

「その、眠れなかったもので」


 というか、先輩はまた僕で遊ぶつもりだったんですね。


「まあ、気にしても仕方ないからさ。さっさと行くよ」


 そういうなり、先輩は躊躇なく僕の手を握って改札へと突撃していった。


 気にしても仕方ない、か。僕が意識されてないって悩んでることもバレてるのかな。



 *****



「しゃあ、またわたしの勝ち!」


 先輩が手を突き上げる。僕が打ったピンポン球は卓球台に当たることなく遥か遠くへ飛んで行ってしまった。

 手加減しなくていいよと言われたけど。男子と女子だし余裕で勝てると思ってた。僕があんまり運動神経良くないと言っても、なんとかなるだろうくらいにしか。


「そろそろ時間だね、カラオケでも行く?」


 ラケットとピンポン球をカゴに入れながら先輩が言う。正直な話疲れたのでもう運動はしたくないかな。


 先輩とボウリング場へやってきてビリヤードだったり卓球だったりで遊んできたけど、体動かすスポーツばっかりだったから疲れた。もともと僕が得意なのは音ゲーとメダルゲームなんだよね。


「いいですよ。というか、もうスポーツ系は飽きました」

「そだね。それじゃあ、朝まで歌うか!」

「いや、喉枯れますから」


 それと、青少年健全育成条例とやらに引っかかると思う。僕と二人きりで朝までという状態を抜きにしても。


「冗談だって冗談。でもボウリングとかは飽きてるからさ。カラオケだと、新しく入った曲とかあるし、拓海君がどんな曲聞くのかも気になるし」

「そうですね」


 愛想笑いをする。今日はボウリングはしてない。ってことは別の人ときたことがあるんだろうな。まあ、そんなこと言えるはずもないけど。


 受付で3時間のコースを申し込む。部屋が空いてたのか、すぐには入れた。ドリンクバーでメロンソーダを継いで持っていく。アイスコーヒーは先輩のコーヒー飲んでから飲めなくなった。

 荷物をソファーの上に放り投げて深く身を沈めると、先輩が寄ってきた。


「ね、ね。これって、密室に2人きりだよね。ドキドキしない?」

「しませんよ」


 だって、僕だけじゃないんでしょ。こういうことするの。

 それでもふんわり広がった襟首に目が行くんだけど。


「ガーン。女としての魅力が足りないのかなあメソメソ」

「嘘泣きしないでくださいよ。それより、何か歌いますか」

「あ、それじゃあデンモク貸して」


 あっさりと演技をやめた先輩は僕からマイクを奪い取ると迷わずに曲を決めた。モニターに曲名が表示される。最近のアイドルソングだ。


 先輩の歌は控えめに言って上手かった。音を外さないし、高音域も決して無理してるわけじゃない。それに、声がとっても透明感があって、歌を聞いてるはずなのにインストを聞いてるような、そんな不思議な感覚になる。

 2曲目は打って変わって海外のロックだった。知らない曲だけど英語なのはわかったからたぶんそうだ。しっかりとリズムに乗ってところどころにシャウトも織り交ぜて。パワフルな声ってわけじゃないけど、胸に届く。簡単に言うと、かっこいい。


 気づけば僕は拍手を送っていた。座り込んだ先輩がメロンソーダを口に着ける。僕のはストロー入りだから違いが一目でわかる。


「ほら、拓海君もじゃんじゃん歌って。2人しかいないんだから好きな曲全部入れていいよ」


 そんなことを言いながら、デンモクとマイクを渡される。それじゃあ、僕もとりあえず歌おうかな。ネットとかに上がってるのが結構好きなんだけど、最初はJPOPのバラードで行くか。



 *****



 3時間、ほとんどぶっ通しで歌い通しで喉が枯れた。というか、先輩あんまりうたわずに僕にデンモク投げてくるんだもん。レパートリーがほぼ尽きそうになった。


「いや~、楽しかったね。この後はどこか行く? ホテルとか行くかい?」

「ガホッ、ケホケホ!? 先輩!?」


 ホ、ホテル!? どういうこと!? まさか、付き合ってなくてもそういうことするの?

 そう思ったところで、先輩がにししと笑う。


「ふふっ、勘違いしたんでしょ。違うよ、じゃーん」

「スイーツ……バイキング?」


 先輩が突き出したチラシを読み込む。えっ、そういうこと!?


「ってこれまだじゃないですか!」

「あれ、本当だ。間違えちゃった」


 てへっとばかりに舌を差し出す。あざとかわいい。だけど、絶対、5月16日からって書かれてるのわかってたと思う。その上でホテルなんてからかってくるのだ。ただの後輩の僕を。


 なんか、悔しいよね。こっちは先輩にからかわれて悶々として、ひょっとしたら好きなんじゃないかって盛大な勘違いまでしてるのに、先輩にとっては数いる友達の一人をからかう気分なんだろうなって。

 先輩と2人きり。実質デート。だけど、どうしてこんなにもやもやしたものが残るんだろう。


「ところで、失恋ソングばっかりだったけど振られたの?」

「ふぇっ?」


 あれ、失恋ソングばっかりだったっけ? そんなことないと思うけど……。思い出してみる。あ、確かに失恋ソングばっかりだったね。


「落ち込んでるように見えたからさ」

「いえ、別に。歌手が好きなので」


 関係ないって伝えておく。そもそも、まだちょっと惹かれてただけだし。


 先輩と話すのは、楽しいけどちょっと疲れるんだよね。隙あらばからかってこようとするし。それがいいんだけど、気を付けてないと突っ込まれちゃう。そう思って気を張っていたつもりだった。けれど、一山超えたせいで、それが緩んでしまったらしい。


「あ、分かった。さてはわたしに恋人がいないかどうか心配してるんでしょ。知らない間に浮気相手にされてないか」

「ち、違います!?」


 慌てて否定する。だけど、明らかに意識してしまったのがバレバレだった。


「そんな否定しなくてもわかってるよ~。安心して、恋人なんていないから。今までいたこともないし」


 頬をツンツンと突かれる。渋い顔を維持しようとしたけど、顔が緩むのが分かった。


「それに、わたし男の子と2人で遊びに行くのは初めてなんだよ?」

「ええっ!? そうなんですか!?」


 ガッツポーズをとる。


 ……あ、見られた。先輩がくすくすと笑う。


「でも、ボウリングとかよくやってるみたいだったし」

「それはあれだよ。1人で遊びに行くからね。それに、わたしも友達少ない方だよ?」


 それは嘘だ。そう思ったけど、声には出さないでいた。

 あるいは、友達と認定されるラインが高いのかもしれない。だとしたら、やっぱり僕は意識されてないのかな?


「先輩は僕のことどう思ってるんですか?」

「どうって? 後輩としてってことじゃないよね?」


 先輩がにかっと笑う。あ。明らかに失言だった。


「そんなことが気になるんだへえ〜。知りたい?」


 そう言いながら先輩が近寄ってくる。だけど、僕が何かを言う前に身をパタッと翻す。


「まあ、返事はしなくていいよ。それで、わたしが君のことをどう思ってるかだっけ?」


 先輩の声がいつになく低くなる。そして、影が射した。

 気がした。笑い声がする。


「まあ、ただの後輩とは思ってないってことだけにしておくよ」


 そう言って先輩は笑顔を見せた。今日一番の笑顔だった。


 やっぱり、先輩はズルい。それも、限りなく。肝心なことをずっと隠したままでさ。なのに僕の心をそうやって弄んで行くから。空回りだけさせるなんて。


「君のこと、ちょっと心配だったんだ。突然部活来なくなっちゃったから。わたしが他の男の子にも同じことしてるんじゃないかって心配になったんでしょう?」

「バレてましたか……」

「いや、鎌かけただけ」

「ええええっ!?」


 どういうこと!?


「君が何か悩んでるのは知ってた。だけど、理由は分からなかったからさ。だから、今日はそれを聞いてみようって思ってた。それで、君が自分のことどう思ってるのかって言ってきたから。それでピンときたんだよ。伊達に君より1年長く生きてるわけじゃないんだぞ?」


 そう言って先輩はウインクする。あざとい。

 だけど、その説明になぜかとても納得がいった。1年って大した差じゃないかもするけど。


「でも、どうしてそんな。そんなこと別にしなくてもいいのに」


 それと同時に浮かぶ素朴な疑問。それに、先輩は笑顔で答えた。


「だって、君はわたしにとってす……、やっぱ恥ずかしいのでなし」

「ちょっと!? そこで止めないでくださいよ! 続きがすごい気になるじゃないですか!」

「え〜、それは秘密だよ」


 それは、ズルすぎる! これじゃあ、素晴らしい後輩かスライムか好きな人かわからないじゃないか!

 だあぁぁあ! マジでモヤモヤする!


 だけど、先輩はもう何も答える気はないみたいだった。


「それじゃあ、今日は解散! またね〜バイバイ」


 それだけ言うなり先輩は逃げるように去って行ってしまった。それはズルいよ!


「あ、でも」


ポツリと漏れる。でも、先輩は男の子と2人で出かけるのは初めてだって、悩んでるのが気になったって言ってた。

 てことはひょっとして、僕は他の男友達に一歩先んじてる?


 胸に手を当てる。ドクドクと素早く鼓動してるのがよくわかった。


 どうやら僕は思ったより先輩のことが好きらしい。だと言うなら、それでもいいや。

 僕は先輩の唯一の後輩というアドバンテージがある。もし意識されてないにしても、意識させればいいじゃないか。


 もう、悩んだらしない。



 これも全部先輩の術中だと思うと、悔しくなるけど。

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