ひょっとして……
「そういうわけで、かわいいっちゃかわいいんだけど、部活に入るのは遠慮しようかなって。まあ、気になってるなら紹介するけど」
「や、俺はいいわ」
え、昨日先輩のこと気にかけてたじゃん。僕に仲介頼むんじゃなかったのか?
「いや、昨日ゲーセンでさ、めっちゃかわいい子見つけたのよ。見た瞬間にびびっと来たね。運命の相手だって。格ゲーでぼこぼこにされたんだけど」
「ダメじゃん」
「まあ、そうなんだけどさ。そういうわけで俺、今日からゲーセンこもって特訓するから。部活やってる暇ないし」
親友としてはソノに好きな人ができたのを祝福するべきなのかもしれないけど、僕が先輩につかまってる間に一目惚れしていたなんて言われるとちょっと裏切られた気分になる。まあ、祝福するけど。
「それで、どんな子?」
「別の高校の制服着てた。でも、制服着てなかったら中学生か、下手したら小学生くらいに見えたかも」
「ロリコン」
「ちゃうわ!」
冗談だ。本気でそんなことを思ったりはしない。少なくとも、こいつが前に惚れてたのはロリっ子じゃなかった。
「でも、なんでわざわざそのために格ゲーの特訓するの? 格ゲーは専門外だったと思うけど」
「何でもなにも、まずは意識してもらわないことにはダメだろ。そういうわけで、俺ちょっと行ってくるから。またな!」
それだけ言うと、ソノは鞄をもって走り去っていってしまった。僕も、写真部の部室に行かないと。しっかりと断りの言葉を告げておきたい。
「意識してもらわないとダメ……、か」
そういう意味では、僕はかなり先に行ってるのかもしれないな。
……今僕なにを考えた!?
*****
人の流れに逆らって、階段下の小さなスペースを目指す。部活の勧誘員もいないような
まあ、別に来なくてもいいんだけど、一応正式に辞退は伝えておくのが礼儀だと思ったからさ。そう思ってドアを開ける。
……はい?
思考回路が一瞬止まる。
えっと、先輩がいるのはいい。机に座ってるのも行儀悪いけどまあいい。アイスを食べてるのも校則違反だが別に僕が黙ってればいいというだけだ。
……だけど。
つーっと、目が泳ぐ。先輩の顔から、下へ下へ。その白く透き通った美しい肌。華奢な肩甲骨。少し筋肉質なお腹。先輩の滑らかな素肌も、きれいな曲線美も、慎ましやかな胸も。全てが手に取るようによくわかった。
……なんで、下着姿なんだ?
「あ」
目が合った。
そこからの僕の行動は迅速だった。
「し、失礼しました!」
過去最高速度で回れ右をすると、ドアをバタンと占めて、間違いが起こらないようにドアにもたれかかった。
びっくりした。驚いた。痴漢とか言われないよね? 事故でいいんだよね?
いや、確かにノックするべきだったけど、中で着替えてるなんて想像できるわけがないし! というか、何で下着姿でアイス食べてるんだし!
「ごめんごめん。うっかりしてたよ」
「先輩! どうして下着姿なんですか!」
「いや、6時間目体育でさ、暑かったから着替えずに来て部室で涼んでたの。拓海君来るの忘れてた」
悪びれもせずに言う。こっちは、心臓がバクバク何ですけど!
「外に出てるんで、入ってよくなったら言ってください」
「別に入ってくれていいよ~」
やけに早いな。そんなことを考えながら深呼吸する。そして扉を開けた。
「先輩、これからは気を付け……」
バタン
「失礼しました!」
なんで!? なんでなんでなんで!?
「ていうか、何で先輩下着のままなんですか! そんなんで許可出さないでください! いいよって、全然よくないじゃないですか!」
何も変わってなかった! さっきから何にも変わらずにアイス食べてたし! なんでその状態で許可出すの!? 普通出さないよね!?
「別に、わたしは君なら見られても全然気にしないよ。だから大丈夫」
「僕が困るんです!」
そういうことじゃない。先輩が僕に見られても構わないとか、そういう問題じゃない。
「目のやりどころに困るんです! 先輩が見られてもいいとかそういうことじゃなくて、下着姿の女性と一緒にいる状況ってのがダメなんです!」
「はいはい、わかった」
「ちゃんと服着てくださいね! それまで入りませんから」
まさか、そんなことだとは思わなかった。確かに、入っていいよとしか言われてないけど、服着てないなんて普通想像しないでしょ。
「ちゃんと制服着たよ~」
「それじゃあ入りますね」
首だけでそっと中をうかがう。よかった。制服着てるみたいだ。それを確認してから安心して写真部の部室へ足を踏み入れた。どうやらお湯を沸かしているらしい。
「今からコーヒー淹れるからちょっと待っててね」
「あ、はい」
フンフフンと、鼻歌を奏でる。さっき僕に下着姿を見られたのは、意識してないんだろうか。気にしないって言ってたけど。そんなことを考えつつ、先輩の挙動に目を光らせる。睡眠薬とか入れないとは思うけど。
「はいは~い。コーヒー淹れたよ」
しまった。いつの間にかパタパタ舞うセーラー服の裾を目で追ってた。先輩が僕の向かいの席に腰かける。そしてのどが渇いていたのか、くいっと一気にホットコーヒーを煽った。
「それにしても暑いね。君もアイス食べる?」
「いえ、いいです」
コーヒーをすする。そもそもお菓子は持ってきちゃダメだし。なんでここに冷蔵庫があるのかもよくわからないし。
視線を挙げると先輩のリボンがはためいていた。どこからか取り出した下敷きで胸元に風を送ってる。セーラー服がちょっとはだけで鎖骨のラインが
あ、ヤバい。さっきの思い出しそう。白い肢体がきれいだった。先輩って無駄な脂肪ないよね。腹筋と言い太ももと言い、ちょうどいい感じにしまってた。例えるなら、そう。凡庸だけど絹みたい。真っ白な美少女で、天真爛漫な感じで。
純白のレースが慎ましやかな胸を覆っていて、さながらおとぎ話に出てくる妖精のようだ。今でもありありと思いだせるし、何だったら湖畔で水浴びをしているような、そんな情景も思い浮かぶ。頭の中で、少しずつ少しずつ、脱がせていって。
その憧憬は、とってもきれいで、そしてエロかった。
あ、ヤバい鼻血出そうになってきた。慌てて鼻をつまむ。というか、本人の前でそんなこと考えるとか失礼極まりない。
「あ、拓海君さてはさっきのこと考えてたでしょ」
「べ、別に考えてないです!」
「嘘だあ、顔に出てるもん」
んな!? 顔をペタペタ触る。大丈夫、にやけてないよな。
「あ」
先輩がカラカラ笑う。鎌かけられた。
「やっぱりエッチなこと考えてたんだ」
「そりゃ、考えますよ! しかも、別に見られてもいいって、意識しない方がおかしいです! 先輩はもっと自分の体を大切にしてください! 僕だったからよかったけど他の人だったら襲われてたかもしれないんですからね!」
でも先輩のせいだ。先輩が余計なこと言ってこなけりゃ、今晩思い出す程度だったのに。
「ごめんごめん。君以外にはそういうこと言わないよう気を付ける」
「僕にもしないでください!」
「はいはい」
僕だって、からかわれて疲れないわけじゃないんだから。
……ん、僕だけ?
「ところで、宮野拓海君。君は、わたしのあられもない姿を見て、エッチな妄想をしたわけだ。それもわたしの目の前で。何らかの譲歩があってもいいんじゃないかとわたしは思うわけだ」
……あ。そう言えばそうですよね。逆ギレしたけど、僕も悪いです。
「すいません」
「別に、わたしは謝ってほしいわけじゃないからね。例えば、ほら。これとか」
トツトツと歩いて来て、一枚の紙を机の上に投げ出した。
入部届だ。ご丁寧に僕の名前の欄以外すべて埋まっている。
……絶対、仕組んだだろ。そう思って見上げると、先輩のすべすべの手が僕の頬をなぞった。目が合う。
「入部、してくれるよね?」
僕は負けた。
*****
「そう言えば、先輩。僕以外の新入部員勧誘しに行かなくて大丈夫なんですか? 行ってないみたいですけど」
コーヒーのお代わりを注いでもらったところでふと疑問に思う。昨日はずっと僕と一緒だったし、今日も勧誘に言った様子がない。
「うん、別に行かなくていいかなって。君一人いれば十分だよ」
ドクンって。
ふいに胸が高鳴った。あれ? これって。さっきの僕にならって発言とこれって。ひょっとして、そういうことなのか?
鼻歌を歌いながらドリッパーを洗っている先輩の後ろ姿に目をやつす。何を考えてるのかよくわからない。だけど。
だけど、もしかしてこれって。ひょっとして。先輩は僕に惚れてる?
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