生きること


 魚群はくるしみに耐えかねた

 耐えることこそが美徳であると信じて疑わなかったが

 なんだかどうでもよくなったのだ

 耐えたとて身がしまるばかりで

 それは魚群を求める捕食者にとってはよいことだが

 魚群それ自身にとっては すこぶるどうでもよいことだった

 その事実に気がついたがために

 魚群は耐えることをやめた


 たしかに 身がしまると回遊に楽であった

 しかし魚群は回遊をしなかった

 回遊する魚と 回遊をしない魚群の違いは明確である

 魚はおおきな海にいる

 魚群はちいさなさけの池にいる

 池で生きることは困難だったが

 その池には水路がなかった


 水路はなく ただみずくさが生えていた

 底に生えたみずくさに 絡まる

 それをほどくために 魚群の身はしまった

 しまったのだが みずくさに絡まったままでもよかった

 鮮やかな緑で少々おしゃれになる

 魚群にとってはそれだけであった


 魚群は 鮮やかな緑を身に纏い

 ぼんやりと漂うことにした

 その視界には日に色づくさけのきらめきと

 みずくさのゆらぎと

 それから遠いところにいる白いかたまりだけが映った


 

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魚群 魚倉 温 @wokura

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