第23話 どちらがふさわしいのか?
第一王子が襲撃されたという報告は王宮全体に衝撃をもたらす。事の重大さから、国王ランドルフは事件の二日後に会議を開くことを急遽決めた。
王宮で最も大きな会議室に、国王以下、多数の要人が集まっている。今回、ランドルフの右手は空席だ。ザシャはクリストフの背後に控えている。
「皆の者に集まってもらったのは、二日前にクリストフが暗殺者に襲撃された件について急ぎ協議せねばならないからだ。まずは調査をした担当官に報告させる」
国王ランドルフが控えていた調査員に目配せをした。すると、概要から始まり、侵入経路、戦闘経過、死体の解剖結果、武器の調査結果などが伝えられる。
ダニエラとメルヒオールは余裕の表情だった。特にダニエラは、たまにクリストフに視線を向けては口元をわずかに釣り上げている。
「肝心の暗殺者は何者なのか、誰が指示したのかは不明なのか」
「陛下、決定的な証拠がないのですから仕方のないことかと。それよりも、クリストフ殿下には、一度保養地にて療養していただいた方がよろしいのではないでしょうか?」
「クリストフの容態はそこまで悪くないのだから王宮でも構わんだろう」
「保養地で一人寂しい思いをカロリーネ王妃にさせるのは不憫です。クリストフ殿下の体調も万全ではないのですから、一時的にでもご一緒していただいてはどうかと」
言葉上ではカロリーネとクリストフを気遣っているように聞こえるが、誰も額面通りには受け取っていなかった。
「兄上、我が母の提案を受けてはいかがですかな。兄上が多少抜けたところで、政務に差し支えはありませんぞ」
「メルヒオール、言い過ぎだ。それではクリストフを挑発しているも同然ではないか」
「父上、決してそのようなことはありません。例え兄上が王宮から離れても、私が父上を支えるから心配は不要と言いたかったのです」
ランドルフに対しては礼儀正しく返答したメルヒオールだったが、その目をクリストフに向けると侮蔑の色が現れる。
「トゥーゼント。貴様、クリスを襲った暗殺者をけしかけた奴を知ってんじゃねぇの?」
突然、オゥタドンナーの声が室内に響いた。全員が口を動かすのを止めてザシャの腰を見る。
「本当のところはどうなんだ? 真面目くんの貴様が、こんな悪いことを見逃していいのかよ? 貴様のあるじがけしかけたんじゃねぇの?」
「違う。我が主は暗殺者などけしかけてなどおらぬ。我はずっと主と共にいたが、そのような謀はしておらんかった」
「さすがは俺の聖剣。主の潔白を証明するとは見上げた忠誠心ではないか」
「まったくです。このような剣にも忠誠心があるとは大したものですね」
ダニエラとメルヒオールは満足そうに笑顔を浮かべていた。室内にいる他の者達も唸る。
「しかし、主のご母堂については怪しい。主との会話で、クリスのご母堂が倒れたときの準備をしておくよう諭したり、すべて自分に任せておくようにと発言していた。具体的に何をしていたのかまでは知らぬが」
「貴様、俺の母上が首謀者だとでも言うのか!?」
「今まで聞いていたことをそのまま伝えただけだ。主の身の潔白を証言したことと同じではないか」
目を剥いて怒るメルヒオールに対して、トゥーゼンダーヴィントは淡々と反論した。
ダニエラは蒼白になって固まったままだ。
「あっはっはっ、そーだよなぁ! そいつ融通の利かねぇ奴だからよ、同じように真面目な奴じゃないと相性が悪いんだよなぁ」
面白そうに笑うオゥタドンナーに対して、ダニエラとメルヒオールが射殺すような視線を向ける。
「ダニエラよ、今のトゥーゼントの発言は事実なのか?」
「陛下、私をお疑いになるのですか!?」
「待て、今の発言だけでは証拠にならぬ。余は、トゥーゼントが言ったことに間違いはないのかと聞いておるのだ」
「すべて出鱈目です! あんな剣ごときの言葉など信じませぬよう!」
「では、メルヒオールの潔白も出鱈目なのか?」
ダニエラは言葉に詰まる。肯定も否定もできないことを知って体を震わせるばかりだ。
沈痛な表情を浮かべたランドルフは、クリストフに視線を向けた。
「クリストフよ。ダニエラに怪しい言動があったようだが、証拠というほどではない。今回の件は、暗殺を指示した者まではわからなかったということで打ち切る」
「承知しました」
何も言えないダニエラとメルヒオールをよそに、クリストフはランドルフに一礼した。
「それでは、今回この件はこれまでに」
「もういい加減にケリをつけたらどうなんだよ。いつまでだらだらと話し合ってんだ?」
オゥタドンナーがランドルフの言葉を遮った。ザシャが思わず剣に視線を向けるが、オゥタドンナーは意に介さない。
「裏でこっそり暗殺者を送り込んだり、延々と結論も出ねぇ話し合いしたり、貴様ら一体いつまで繰り返すつもりだよ。スパッと決めちまえばいいだろう」
「オゥタ、またか」
「おうよ! 儂達は飾りじゃないぜ? トゥーゼントを王家の証とするんなら、そのあるじにふさわしいことを証明しろよ!」
トゥーゼンダーヴィントの呆れ声を流して、オゥタドンナーが啖呵を切る。
再び室内が静まりかえったが、ランドルフがオゥタドンナーに目を向けて口を開く。
「証明とは、どうするのだ?」
「儂とトゥーゼントのあるじで決闘するんだよ! これ以上相応しいやり方はねぇだろ!」
「ばかばかしい! なぜ俺がそんな一介の護衛騎士と王位を巡って争わなければならんのだ? 兄上ならまだしも、そんな子爵家の三男坊など話にならん!」
「主よ、ちょうど良いであろう。勝てばオゥタが手に入るではないか」
「トゥーゼント、貴様!?」
「その三男坊を殺す良い口実ではないか。少なくとも、難癖を付ける必要はなくなるぞ」
メルヒオールの顔色が変わった。落ち着きがなくなる。
そして、顔色が変わったのはクリストフも同じだった。ただし、こちらは怒りの形相だ。
「メルヒ、今のトゥーゼントの言葉は本当なの?」
「いや、それは、護衛騎士のオリヴァーが提案したことで」
「承知したんだよね? なら同罪だよ」
クリストフは、かつて魔王と対峙したときの殺気を乗せて目を向ける。今までそんな殺意を向けられたことのないメルヒオールは震え上がった。
そのとき、ザシャがクリストフの耳元で一言囁く。
「クリス、落ち着け」
その言葉を耳にしたクリストフは我に返った。そして殺気は霧散する。メルヒオールを始め、周囲にいた者達も胸をなで下ろした。
「親子揃って何をやっておるのだ。お前達は」
ため息交じりのランドルフの言葉にダニエラとメルヒオールは何も返せない。
「それで、決闘の話はどうなったんだよ。これでケリをつけようぜ」
ザシャは相変わらずの調子で主張しているオゥタドンナーに苦笑した。本当に何者にも遠慮がない。しかし今回は、そのおかげで助かった。トゥーゼンダーヴィントの発言を引き出せたからだ。
「いいだろう。その挑戦、受けて立とうではないか!」
「メルヒオール、どうしたのだ?」
「父上、決闘によってどちらが王太子に相応しいか証明させてください!」
「何を言っている。一介の護衛騎士となど決闘するわけにはいかぬと、そなたも先ほど言っていたではないか」
「ですからこうしましょう。こちらは私と私の護衛騎士であるオリヴァーが、あちらは兄上とあの護衛騎士が出るのです!」
「よろしいでしょう。受けて立ちます」
室内がどよめく。そして、ランドルフだけでなく、ザシャも目を剥いてクリストフへと目を向けた。
「まさかそなたまで乗るとは」
「今回は私でしたが、このまま派閥争いが続きますと、いずれ母上にも危害が及ぶでしょう。そうなる前に決着をつけたいのです」
クリストフの返事にランドルフは沈痛な表情を見せる。それは、同意した顔だった。
「父上、ご決断を!」
血走った目を向けてメルヒオールが懇願する。
隣に座っているダニエラの顔をちらりと見ると、鬼気迫る顔でクリストフを睨んでいた。
「よかろう。王太子の座は、二対二の決闘に勝利した者が就くとする」
「やったぜ!」
同時にオゥタの歓声が上がる。ザシャはそれを聞いてため息をついた。
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