第24話 戦う前の相談
クリスの部屋に戻ってきたザシャは、護衛騎士にもかかわらず主人を差し置いて先に椅子にぐったりともたれていた。
「どうしてこうなった」
「あるじ、やったぜ! ついに派手な決闘ができるじゃねぇか!」
「そりゃお前は嬉しいだろうよ。けどこっちは最悪だ。どうするんだよ、これ」
「あーあ、本当にやることになっちゃったね」
一方、クリスは随分とさっぱりとした様子だ。ザシャはそれを不思議そうに眺める。
「仕方のない事情があるにせよ、お前まで積極的になるとは思わなかったぞ」
「メルヒがザシャを難癖付けて殺そうとしていることがわかったとき、もういいやって思ったんだ。このままいつ誰が殺されるかわからないまま派閥争いをするよりは、今決着をつけた方がいいんじゃないかって」
「そうなんだろうけど、気が重い」
納得するしかないという様子のザシャはため息をついて顔を上げる。
「それにしても、ダニエラ様もメルヒオール殿下も、しゃべるほどにぼろがでてきたよな。俺はもっと上手に話を進めると思ってたのに。あのお二人は、いつもあんな調子なのか?」
「今日は特別ひどかったね。忠実な僕と思っていたトゥーゼントが裏切ったから動揺したんだと思うよ」
「そう言えば、トゥーゼントがいつになくしゃべっていたな」
「ふん、あの性悪女が懲りずに馬鹿にしたからだよ。全然反省してねぇでやんの」
オゥタドンナーは吐き捨てるように声を出した。
「それで、決闘の対策はどうするんだ? 基本方針だけでも決めておかないとまずいぞ」
「四人が一度に戦うんだもんね。その場の流れってのもあるんだろうけど」
「とりあえず、こっちの都合だけで考えよう」
「地位の面から見ると、私とメルヒ、ザシャとオリヴァーなんだけど、使ってる剣のことを考えると、私とオリヴァー、ザシャとメルヒなんだよねぇ」
「その通りなんだけどな、メルヒオール殿下が俺と戦うことを良しとしないっていう問題があるぞ。第一、俺に勝ったところで直接王太子問題が片付くわけじゃないし」
「だから、二対二の決闘にしたんだしね」
困った表情をしたクリスが若干言いにくそうに漏らす。
「そう言えば、メルヒオール殿下の実力はどうなんだ? 俺一回も戦っているところを見たことないから、さっぱりわからんぞ」
「平均的な近衛騎士と同じくらいの強さだよ。ただし、本当の意味で戦ったことはないみたいだけどね」
「お膳立てされた戦いなら経験があるってことか?」
「その通り」
「そうなると、あとはどの程度トゥーゼンダーヴィントを使いこなしているかだな」
「厄介ではあるけど、私以上ってことはないだろうね」
クリスは冷静にメルヒオールの戦力分析をしてみせる。
「あるじ、そんなことは気にしなくてもいいぜ。俺がトゥーゼントの奴を押さえ込んでやるから、その間にスパッと斬ったらいいんだ」
「簡単に言ってくれるな、っと言いたいところだが、実際に斬ったらどうなるんだろう。クリス、不敬罪にならないよな?」
「父上が生きていらっしゃる間は大丈夫だろうけど、その後は即位した王子次第だろうね」
いくら遺恨のないようにと念を押しても、自分に刃を向けた者に対して憎悪と恐怖を抱くのは当然だ。そしてメルヒオールが即位するとなると、その結果も予想できた。
「クリスは、メルヒオール殿下とオリヴァーだったら、どちらが戦いやすいんだ?」
「メルヒじゃないかなぁ。女になって筋力が落ちてるからどちらともやりにくくなってるんだけど、戦い方を知っている分だけね」
「オリヴァーは力押しをしてきそうだもんな。腕力勝負はきついか」
「以前修練場で相手をしてたとき、そんな感じだったもんね。けど、剣技もしっかり身につけていそうだから厄介だよ」
二人はオゥタドンナーが目覚めたときのことを思い出す。
「そう言えば、前から気になっていたことがある。真の力を解放したときの能力がオゥタとトゥーゼントで違うけど、あれは性格の差なのか?」
「それは私も知りたい」
「生まれたときからこんなだったから、性格と能力のどっちが先かなんてのは知らねぇ。ただ、真面目なあいつは単純に強い奴を更に強くするだけなんだよ。正統派の剣なんだ」
オゥタドンナーの話に二人がうなずく。
「それじゃお前は?」
「儂は担い手がとにかく敵を斬り殺せるようになっているんだ。これだけだと危ねぇってみんな言うけどよ、そもそも剣を使うってことは相手を斬って何かを手に入れるってことだろ? だから儂は、担い手の技量に関係なく目的が達せられるようになってるのさ」
「言いたいことはわかるし、言ってることも正しいと思うんだけどね? 普段の言動が問題だから」
「儂は自分の存在意義に素直なだけだぜ。貴様ら人間が余計なもんを抱え込みすぎなんだよ。もっとまっすぐ生きりゃいいのに」
「それは確かにそう思うんだけどなぁ」
「魔王討伐の旅のときなんて、ほんと単純だったもんね」
帰還してからのしがらみの多さに辟易していたことを思い出し、二人は苦笑した。
「それで結局のところ、基本的には俺とオリヴァー、クリスとメルヒオール殿下が戦うってことになるのか」
「こっちの都合だけを考えたらだけど」
「いや、案外向こうもそのつもりかもしれないぞ。だって、さっきの会議でメルヒオール殿下は俺なんかとは戦えないって言ってたろ? あれを見たら、真っ先にお前に向かってきそうじゃないか」
「そう言われたらそうだね。なら、基本方針はこちらと同じなのかな」
「他に気になるのが、メルヒオール殿下とオリヴァーってどのくらい連携が取れるのかなんだが、噂話ひとつ出てこないんだよ。何か知ってるか?」
「何も。そもそも二人で一緒に戦ったことなんてあるのかな?」
「まさか箝口令を敷いているなんてことはないよな?」
「うーん、メルヒがそこまでするとは思えないなぁ。そこまでうまく連携が取れるのなら、むしろみんなに自慢しそう」
意外に相手のことがわからないことに不安を覚えた二人だったが、知らないことはどうしようもないと諦める。
「そうだ、まだ厄介な問題があったぞ。俺の左脚」
「踏み込むと痛むんだっけ?」
「ある程度なら我慢できるんだが、全力で戦うとどうしても動きが鈍っちまうんだよ」
「困ったね、それ」
「なんでだよ。前にも言っただろ? 儂の力を使えば、痛みなんてなくなるって!」
「気軽に人の命を削り取ろうとするんじゃねぇ」
「だからその分敵を斬ったらいいじゃねぇか!」
口を挟んできたオゥタドンナーにザシャは頭を抱える。
「認めたくないけど、切り札なのは確かなんだよね。オゥタのそれ」
「問題は使うタイミングなんだよな。早すぎると寿命を削り過ぎちまうし、遅いと手遅れになる」
「オリヴァー相手に出し惜しみして勝てそう?」
「左脚の後遺症を抱えたままとなると、早い段階でオゥタに頼ることになるだろうな」
「向こうはこっちを平気で殺してくるんだろ? だったら気にするこたぁねぇよ」
「手を抜いたらこっちが殺されるだろうから全力で戦わないといけないけど」
「殺したら殺したで面倒なことになりそうだな」
二人は同時にため息をつき、お互いを見て笑った。
「今更だけど、こんなことに巻き込んでごめんね」
「自分で首を突っ込んだんだ。仕方ないよ。それに、旅のときもこんな感じだったろ?」
「そっか、ありがとう」
ザシャの言葉に、クリスははにかみながら喜んだ。
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