第14話 魔剣の能力(後編)

 対になる剣というだけあって、オゥタドンナーとトゥーゼンダーヴィントの基本的な能力は大体同じことがわかった。しかし、真の力を解放する段階で違いが出てくる。


「真の力を解放するときは、そりゃ敵を殺すことが多いんだろうけど、ほんと自分の欲望に忠実だね、キミは」


「そうだろ! 貴様らも同じように生きりゃいいんだ! 楽しいぜ!」


「そりゃ楽しいだろうねぇ」


 顔を引きつらせながらクリスが笑う。


「とりあえず先に進もうか。トゥーゼントだと、真の力を解放すると四つの能力が更に使えるようになるけど、オゥタも同じなの?」


「四つっていう数はな。中身はちょっと違うぜ」


「どんな能力なの?」


「魔法や非実態系魔物も斬れるようになるし、敵の攻撃も線画トレーサーで見えるようになるし、傷の痛みを感じなくなるし、殺した相手の生命力を得ることで主の生命力の消費を抑えられるぜ」


 オゥタドンナーの話を聞いてクリスは考え込む。


「最後のはさっき言ってたやつだよな。クリス、どうなんだ?」


「トゥーゼントの正しい行いに剣を使えば生命力の消費はほぼ抑えられるっていうのと同じだね。あと、一つ目はトゥーゼントと同じなんだ。てっきり全然違う能力かと思ってたのに」


「だからちょっと違うって言っただろ?」


「一つ目のやつは、火の玉や幽霊も斬れるってことなのか? それなら他の魔法のかかった武器でもできるぞ。これは代償の割に今ひとつだなぁ」


「トゥーゼントだと行いが正しければ気軽に力を解放できたんだけどねぇ」


「儂も気軽に解放してくれよ!」


「もし途中で戦闘が終わって誰も切れなかったらどうなるんだ?」


「誰でもいいから一人斬り殺せば真の力の解放は収まるぜ」


 ザシャもクリスもがっくりと肩を落とす。


「性格だけじゃなくて、能力にも問題あるね、キミは」


「あまりにも割が合わなさすぎる。おいそれと使えないな、こっちの真の力は」


「待て、他にも便利な能力があるだろ、儂! それも検討してくれよ!」


「敵の攻撃も線画トレーサーで見えるようになるのと、傷の痛みを感じなくなるんだっけ」


「そうそう、それ!」


「クリス、トゥーゼントにこの二つの能力はなかったんだよな?」


「なかったよ。この敵の攻撃も線画トレーサーで見えるようになるっていうのは、どんな相手でも? 魔法も?」


「儂が知ってるすべての攻撃だ。大抵は知ってるから初見ってのはあんまりねぇぞ」


「だって、ザシャ」


「俺より知見はあるだろうから役に立つんだろうけど、話を聞いているだけじゃ自分の命と天秤にかけるほどとは思えないなぁ」


「使ったら便利だって絶対わかるって!」


「同じ攻撃なら二度目は見切れるようになるってのは利点と言えるか」


「そうだろ、より安全に敵を殺せるようになるんだ」


 必死に売り込むオゥタドンナーに対して、ザシャはあくまでも慎重だ。


「あと残ってるのは、傷の痛みを感じなくなるってやつだな。麻痺機能でもあるのか?」


「麻痺とは違うぜ。一番近いのは、興奮して痛みを感じなくなるってのだな」


「そっちかぁ」


「オゥタ、それ狂化してない?」


「正気を失ってるわけじゃねぇぞ。こっちだって、棍棒みたいに振り回されてぇわけじゃねぇんだ」


「理性はあるんだ。ならまだましかなぁ」


 難しい顔をしたクリスが腕を組んで首を傾げる。ザシャは目をつむったままだ。


「クリス、トゥーゼントだと残り二つの能力って何なんだ?」


「契約者の能力全体が向上するのと、呪いなんかの悪しきものから契約者を保護するっていうのだったよ」


「いいなぁ、安心して使えそうで」


「儂だって安心して確実に敵を斬り殺せるって!」


「それのどこに安心があるんだよ」


「オゥタには、呪いから契約者を保護するとかみたいな加護ってあるの?」


「ねぇな」


 ザシャとクリスはため息をついた。


「駄目だ、普通の剣として使った方が無難だな。真の力を解放するのは色々と危険すぎる」


「ボクもその方がいいと思う」


「そんなことねぇよ! 便利なもんはどんどん使っていこうぜ!」


 尚も自己主張するオゥタドンナーだったが、ザシャは無言で鞘にしまった。


「ザシャ、結局これから使う剣はオゥタにするの?」


「契約しちまったしなぁ。どうせ倉庫にしまっても翌日には戻ってきてるんだろ?」


「はっはっはっ! ちゃんと儂を使えよ?」


「ならさ、今ザシャが使っている剣、ボクに譲ってくれないかな?」


 やや上目遣いのクリスがお願いする。


 魔法がかかっているかどうかはともかく、一般的な武器を使っていたザシャは使い潰す前提で何本もの武器を所有している。対してクリスは、壊れることが想像できない特別な剣トゥーゼンダーヴィントを使い続けていたため、代わりの武器を持ったことがなかった。


「トゥーゼントを手放してから持ってないのか?」


「一応あるんだけどね。それだって悪くないんだけど」


「しっくりとこないのか。俺のだって馴染むとは限らんだろうに」


 他人が使い込んだ武具は、その人物の癖が染みこんでいる場合がある。特に戦い方が大きく違うと癖の付き方も異なるので要注意だ。


「そんなことない! 馴染むよ! いや、絶対馴染ませるから!」


「そんな無理にするもんじゃ、ああもうわかった。ほら」


 目を潤ませて更に迫ってきたクリスに根負けしたザシャは、自分の剣を渡す。


 受け取ったクリスは、陶然とした様子でそれを抱きしめた。


「ありがとう! えへへ、大切に使うね」


「あ、ああ。使い潰したらまた新しいのを使えばいいだろ」


 微妙な表情のザシャが居心地悪そうに身じろぎした。


 立ち上がったクリスは何歩か進んでくるりと振り向く。


「そうだ、明日修練場で一緒に練習しようよ! ザシャもオゥタを使えるようにならないといけないでしょ? 一緒にやろう!」


「わかった。そういえば、一緒に剣を振るうのは旅が終わってから初めてじゃないか?」


「やった!」


 スキップしながら寝台に近づいたクリスは剣を立てかけ、そのまま衣装棚まで進んだ。


「さて、どの程度まで馴染むのかな、って、おい! なんでいきなり服を脱いでんだ!?」


「え? 着替えるからだよ?」


 上の服を脱いだクリスが不思議そうな表情のままザシャへ向き直った。胸の辺りに脱いだ服を抱えたままだが、両腕は肩から白い肌があらわになっている。


「違うそういうことじゃねぇ! なんで俺がいるのに脱いでんだよ!」


「えー? ボクは自分の部屋で服を着替えてるだけだし、ザシャだって護衛なんだから側にいるのは当然じゃない」


「お前わざと言ってるだろう!? 女になったことを忘れてんのか!?」


「これから毎日見ることになるんだから、今からでもいいじゃない」


「なんだと!?」


「着替える度に離れてもらうわけにはいかないでしょ。早く慣れてもらわないと」


「そう言えば、この手の話は結論を先延ばしにしてたっけ」


 今になって最初のやりとりを思い出したザシャは頭を抱えた。寝るときはクリスは寝台、ザシャは長いソファで、お手洗いはザシャが背を向けるということで一応決着したが、中には解決していない件もあったのだ。


「だからボク、ザシャになら見られてもいいって言ってるじゃない。鏡で確認したけど、結構いい体してるよ?」


「いいから着替えるならさっさと着替えろ!」


 クリスに背を向けたザシャが叫ぶ。


 最初は不満そうに見ていたクリスだったが、すぐににやりと笑ってザシャに近づく。


「ねぇ、ボク、クリス。今、ザシャの真後ろに裸でいるの」


「お前、俺で遊んでるな!?」


「女の子の体って、思った以上に柔らかいんだよ? 胸以外も」


「わかったから早く着替えてくれ」


 くすりと笑ったクリスが衣装棚へと戻っていく。


「しょうがないなぁ。今日はこのくらいにしておいてあげますか。でも、ザシャってこんなにウブだったっけ?」


「ちくしょう。そのうち絶対仕返ししてやる」


 疲れ切ったザシャが呟くその奥でクリスは寝間着に着替える。そうして再び、ザシャへと近づいていった。

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