第13話 魔剣の能力(前編)
クリスの部屋に戻ってきたザシャは盛大に息を吐いた。隣でクリスが笑っている。
「危なかったぁ」
「政界に華々しく初陣を飾ったねぇ。凜々しかったよ~」
「何が凜々しかっただ。こっちは立っているだけで精一杯だったんだぞ。お前いつもあんなことやってんのか?」
「そうだよ。それより、随分とうまい切り返しをしたじゃない。父上と近衛の面子を傷つけずに辞退するなんて、なかなかできることじゃないよ」
「何言ったかもう憶えてねぇ」
クリスが勧めるままに椅子へ腰を下ろしたザシャは、ぐったりと背もたれに寄りかかる。
「これでオゥタは晴れてザシャのものになって、ザシャはボクの護衛騎士に確定したってわけだね。終わってみれば理想的な展開じゃない。やったね!」
「そうかぁ? ダニエラ様もメルヒオール殿下も完全に敵に回したぞ」
「元から完全な敵だよ。いくら恨まれてもボクは今更だね。だからこの結果は理想的なの。祝杯の用意をしなきゃ!」
いつになく上機嫌なクリスを見て、ザシャは再度ため息をつく。
「それと、やっぱり修練場でお前が抱きついたことを持ち出されたじゃないか」
「昨日の今日なのに噂って広がるのが早いね」
「他人事みたいに言うなよ。自分のことだろ? わざと危ない橋を渡ろうなんてするな」
「はぁい。今度からは見つからないようにするねー」
ザシャは天を仰いだ。クリスがその様子を楽しそうに見ている。
「しっかし、オゥタがあんな啖呵を切るとは思わなかった。一瞬処刑台が見えたぞ、あれ」
「あんな面と向かってダニエラ殿に性悪女って言うなんて、胸が空く思いだったよ! いつも言われっぱなしだったから」
「あいつ儂が剣だからってナメすぎなんだよな」
「あのとき俺までものすごい形相で睨まれたぞ、オゥタ持ってたのクリスなのに」
「もうボク達は一心同体なのさ。ダニエラ殿公認だよ!」
「どう考えても一蓮托生の間違いだろ、それ」
疲れ切った様子でザシャが訂正するも、クリスに気にした様子はない。
「でも、トゥーゼントがダニエラ殿に忠告したのは意外だったなぁ。今はメルヒが主で一応味方なんだから、てっきり黙っていると思ったのに」
「儂だけが侮辱されてたら黙ってたんだろうけどな。あの性悪女、トゥーゼントもまとめて見下しやがった。あいつ名誉にはうるせーから、あれは見逃せなかったんだろうぜ」
「ボク達人間とは異なる理で生きているんだもんね、どっちも」
「けど、畏まる必要なんてねーぞ。儂はトゥーゼントみたいにお堅いわけじゃねーんだ。それよりもよ、血だよ、血。群がる敵を片っ端から斬り倒していこうぜ!」
楽しそうに語るオゥタドンナーに、ザシャとクリスは顔を引きつらせた。
「トゥーゼントは堅苦しかったが、オゥタは性格の面でも対極にあるな」
「ボク、やっぱりオゥタって魔剣を自称するくらいだから、呪われた剣だと思う」
「人間から契約を解除できないっていうのも、呪いとしか思えんなぁ」
「何言っていやがる。トゥーゼントだって勝手に解除できねーだろ。同じじゃねーか」
「お前、俺を操って人を斬るなんてことができるんじゃないだろうな?」
「はっはっはっ、残念ながらそれはできねーんだよなぁ」
二人は呆れてオゥタドンナーを見る。
「そういえば、オゥタってどんな能力があるの?」
「俺もそれは知りたい。いざというときに何ができるか知らないと困るからな」
「いいぜ。儂だって使ってもらいたいんだし」
「それじゃ、トゥーゼントの能力を知っているボクから尋ねるよ。まず、契約者がオゥタを使ったら
「おう、見えるぜ。斬りたい箇所まで儂とあるじの枠が見えるようになる。それをなぞっていけば、いい感じに斬れるってわけだ」
「クリス、どういうことだ?」
「実際にやってみた方が早いよね。ザシャ、オゥタを抜いてそっちで構えてみて」
ザシャは言われたとおり、オゥタドンナーを鞘から抜いて示された場所で剣を構える。
一方、クリスは反対側へ数歩だけ移動してザシャの正面に立つ。
「それじゃ、ボクのどこを斬りたいか、どんなふうに斬りたいかを想像してよ」
「それだけか? って、え!?」
疑問を口にしたザシャだったが、すぐに驚愕の表情を浮かべて黙る。
ザシャの目には、契約者を起点にしてクリスまで、自分と手にしているオゥタドンナーを象った白い枠が連続して映っていた。
「次に、思い浮かべている斬りたい箇所を変えると、
言われたとおりに、ザシャは思考内で斬りつける先を右手首から左脚の膝に変えると、
「なんだこれ? この
「その通りだぜ! これは過去の使い手達の経験から割り出した最適解だ。これに沿っていけば外れなしってわけさ!」
「自分のやり方ってのがあるから、微妙に使いづらそうだな」
「そういうときは
「戦闘中に他人の助言が常に示されているようなものか」
何とも言えない表情を浮かべながら、ザシャは黒濡れの剣を眺める。
「それと、これは裏技みたいな使い方なんだけど、暗闇のような視界が利かないところで
「間に障害物がある場合はどうなるんだ?」
「それが不思議なことに、
「なんだそれ。釈然としないな」
「そう言うなよー、そういうもんなんだからよぅ。あるがままに受け入れようぜ~」
あまりにも軽すぎる口調のせいで、二人ともオゥタドンナーの言葉を素直に受け入れられない。ため息をひとつ吐き出して気分を切り替える。
「トゥーゼントで真の力を解放しない状態だと、できたのはこのくらいだよ。オゥタには他にできることはある?」
「いや、儂も同じだ。違うのは真の力を解放したときだぜ」
「あの魔王や四天王と戦ったときにやったやつか」
「そうだよ。最初やたらとまぶしいんだよね。それで、トゥーゼントだと剣身の中央にうっすらと薄く白い線が入ってて、そこに解放の真言があるんだ」
「儂にもあるぞ! 見てくれよ!」
クリスとオゥタドンナーに促されて剣身に目を向ける。剣身の中央にうっすらと薄く赤黒い線が入っており、確かに文字が刻まれていた。
「これか。ええと」
「待ってザシャ。真言は言葉にすると発動するから見るだけにして。あれ、事が終わるまで収まらないから、滅多に使っていいものじゃないんだ」
「えー、別に儂はいいぞー」
オゥタドンナーの言葉を無視して二人は話を続ける。
「それとこれは大切なことだから必ず憶えておいて。真の力を解放するときは、契約者の生命力を削り取って使うことになるから、ここぞというときだけに使ってね」
「生命力? なんだよそれ?」
「寿命って言ってもいいのかな。そういったものを消費して使えるようになるものだから、むやみに使わないこと」
ザシャは目を見開いた。他の魔法の剣でも代償が必要なものはあったが、そこまで危険な道具は使ったことがなかったからだ。
「それじゃお前、以前トゥーゼントを使ったときに生命力を削ってたのか?」
「本来ならそうなるんだけどね。抜け道があって、トゥーゼントの場合だと正しい行いに剣を使えば生命力の消費はほぼ抑えられるんだ。だからボクはほとんど自分の命を使っていないことになるよ。これはトゥーゼントにも確認したから確実」
「真面目なあいつらしいよなー」
「オゥタ、お前はどうなんだ?」
「儂? そりゃもちろん主の生命力を使って真の力が解放されると、ぴかーって赤黒く光って、敵をばっさり斬り殺すって寸法なんだ!」
「いやそうじゃなくて、トゥーゼントみたいな抜け道はあるのか?」
「そっち? あるぜ。わしの場合は、斬り殺した敵から生命力を獲れるから、あるじの生命力を使う事なんてそうそうねぇぜ!」
楽しそうに語るオゥタドンナーを目の前に二人はため息をついた。
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