第12話 所有者の行方

 修練場での騒動の翌日、王宮で最も大きな会議室に、国王以下、多数の要人が集まっていた。ザシャはオゥタドンナーを腰に佩いてクリストフの背後に控えている。


「皆の者に集まってもらったのは、クリストフから聖剣と対になる魔剣が復活したと報告があったからだ。今回はこの件について話し合う」


 国王ランドルフはクリストフに目配せする。


 クリストフは立ち上がって周囲を見ながら口を開いた。


「事の発端は、私の護衛騎士であるザシャ・アードラーが、魔王討伐の功績で一本の剣をいただいたことから始まります。昨日、修練場でその黒い剣の切れ味を試していたところ、メルヒオールからの提案で、その護衛騎士オリヴァー・ハーマンとザシャが模擬試合をしました。結果、ザシャが負傷し、その血を浴びた黒い剣の封印が解けたのです」


 一旦言葉を句切ったクリストフは、控えていたザシャからオゥタドンナーを鞘ごと受け取り、周囲の者達が見えるように持つ。


「オゥタ、名乗りを」


「儂が魔剣オゥタドンナーだ。トゥーゼントの対になる剣だぜ」


「あやつが我の対になることは我が名に誓って保証しよう」


 二つの剣の言葉が室内に響くと、あちこちでざわめきが起こる。


 それを制したランドルフ国王が口を開いた。


「クリストフ、このオゥタドンナーの封印を解く方法は知っていたのか?」


「いいえ。封印が解けたのは偶然です。トゥーゼンダーヴィントの話によると、宝物庫にはどこかから忍び込んだのではないか、という話ですが」


「剣が一人でに動くというのか? オゥタドンナーよ、本当に忍び込んだのか?」


「封印中は外のことがわかんねぇんだ。王族の誰かが儂を持ち込んだんじゃねぇの?」


 目録に記録させずこっそりとしまうのであれば、王族が最もやりやすいのは確かだ。


 続いてカロリーネ王妃が質問する。


「聖剣トゥーゼンダーヴィントは所有者と契約することでその真価を発揮できますが、あなたも同じなのですか?」


「おう、同じだぜ!」


「今のそなたの契約者は、そこのザシャ・アードラーでよいのでしょうか?」


「そうだぜ! これからあるじと一緒にばっさばっさと敵を斬り殺していくんだ!」


 カロリーネをはじめ、多数の者が微妙な表情となる。


 続いて、ダニエラが冷たい視線をザシャに向けつつ言葉を放つ。


「話はわかりました。ではザシャよ、その魔剣とやらを王家に返還なさい。聖剣の対となる剣であれば、一介の下級貴族ごときが手にしてよいものではありません」


 一瞬オゥタドンナーに視線を向けてダニエラに戻したザシャは目を丸くした。


 クリストフは若干表情を硬くする。


「ダニエラ殿、この剣は魔王討伐の褒美として下賜されたものですので」


「剣ならばまた新たに別のものを与えればよろしいでしょう。その魔剣は特別なものなのですから、王家が所有するのが正しいのです」


 王子の発言を遮るという不敬に貴族達は凍り付くが、ダニエラは意に介さない。それどころか、クリストフとザシャに侮蔑のまなざしを向ける。


 そこへ、カロリーネが割って入る。


「一度下賜したものを再度返還させるということは、王家は知らぬまま与えてしまったということになります。それはいささか体裁が悪いでしょう」


「臣民が王家の行いに意見など許されません。それに、あんな下級貴族が魔剣を手にする方が相応しいとおっしゃるのですか?」


 カロリーネとダニエラが真っ向から意見を対立させているため、誰も口を挟めない。


「オゥタよ、以前もそなたに言ったが、ザシャと契約を解除する気はないのか?」


「ねぇよ。なんで解除しなきゃならねぇんだ」


 剣の所有を巡って王妃と寵姫が争う中、トゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナーがのんきに言葉を交わした。思わず二人も口を止める。


「奥方のお二人よ、ザシャとあやつが契約しておる以上、どんなに離れていても翌日には契約者の手元に戻る。これは我等と契約者との絆であり、他者の都合ではどうにもならぬ」


 トゥーゼンダーヴィントの声が室内に広がる。


 説明を聞いたダニエラはまなじりを上げた。


「ならば魔剣に契約を解除させればよいでしょう! 剣ごときが王家に逆らうのですか!」


「貴様らの都合なんぞ知らねーんだよ。いちいちうるせーぞ、性悪女」


 オゥタドンナーがダニエラに反応した。その言葉は室内を凍り付かせる。


「こっちは貴様らが生まれるはるか前から存在してんだ。なのになんでそんなぽっと出の奴にえらそーに命令されなきゃいけねーんだよ。大体偉いのはその真ん中にいるおっさんであって貴様じゃねーだろ? 何勘違いしてんだ。バカじゃねーの」


 言いたいことを言ってのけたオゥタドンナーが黙る。


「契約者との契約を解除するかどうかは、我とあやつが決めることだ。王家はもちろん、ザシャが決めることでもない。あやつがへそを曲げた以上、契約の解除は当面無理だな」


 誰もしゃべらない室内にトゥーゼンダーヴィントの声が響く。


「それと、あやつが国王のことをおっさん呼ばわりしたことは、我から謝罪しよう。しかし、剣ごときなどと見下される謂われはない。王家の象徴として我等を認めるのならば、それに見合う扱いを求める」


 トゥーゼンダーヴィントが話し終えると再び室内が静かになった。


「トゥーゼントよ、わかった。そなたの謝罪を受け入れよう」


「ランドルフ陛下!?」


「ダニエラよ、そなたの王家を思う心は嬉しいが、示し方を間違えてはいかん」


「しかし、あの魔剣があまりにも不遜で」


「わかっておる。口はかなり悪い。が、一方的に王家の権威を押しつけるのはよくない。そなたも意見を押しつけられては嫌であろう」


 ダニエラは悔しそうに顔をゆがめる。


「トゥーゼントとオゥタドンナーの話を聞く限り、契約の解除は無理であろう。それに一度褒美で与えているのだから、このままザシャの手元に置いておく」


「やったぜ!」


 ランドルフの眉が一瞬つり上がるが、ため息をひとつ吐いて冷静さを保つ。


「陛下、魔剣をかの者の手元に置いておくのであれば、使い手を近衛に迎えてはいかがでしょうか。やはり魔剣は、できるだけ陛下の側に置いておくのがよろしいかと」


「しかし、ザシャはクリストフの護衛騎士であろう。代わりはどうするのだ?」


「王宮から派遣すればよろしいでしょう。必要ならば近衛からでも。これなら、能力と信頼の面で問題ありません」


 メルヒオールの説明を聞いてランドルフはしばらく考えた。一介の下級貴族の三男坊とすれば栄転である。


「ザシャはどうであろう。近衛に入る気はないか?」


「近衛には実力や家柄などいくつもの満たすべき要件がございます。私はそれをすべて満たしてはおりません。もし魔剣オゥタドンナーの契約者という一点のみをもって近衛に採用されますと、近衛の他の方々と軋轢が生まれましょう。そのため、陛下直々のお誘いは光栄ですが、辞退するのが陛下と近衛のためかと思います」


 ランドルフやカロリーネをはじめ、居並ぶ貴族も意外に弁が立つザシャに目を見開いた。反対にダニエラとメルヒオールは渋い顔をする。


「近衛と言えば、メルヒはオリヴァーを推薦しないのですか? 確かハーマン伯爵の次男でザシャにも劣らないんですよね。実力も家格も申し分ないと思いますが」


「あの男は俺の護衛に必要なのです。兄上といえども口出ししないでもらいたい」


「私もザシャについては同意見ですね」


 きっちりと言い返されてしまったメルヒオールはクリストフを睨む。


「昨日、クリストフ殿下がそこの下級貴族と抱き合っていたという噂がたっております。これはどうなのですか?」


「ザシャは模擬試合で右腕を負傷していました。その様子を見るために近づいたのを、周囲の者達が誤解したのでしょう」


「あなたが護衛騎士の傷の具合を診たのですか? そこまでする必要があるのですか?」


「ザシャは護衛騎士であると同時に大切な仲間です。その仲間を気遣うのは当然でしょう」


 険しい表情でダニエラが追求してくるが、クリストフは笑顔で切り返す。


「ダニエラ、メルヒオール、もうよい。魔剣がクリストフの護衛騎士を契約者に選び、それが我等にどうにもできぬ以上、当面は様子を見るほかあるまい。幸い、その護衛騎士のザシャはクリストフの親友だ。問題なかろう」


 ランドルフが発言の最後でザシャへと目を向ける。その視線を受けてザシャは一礼した。


「魔剣はしばらくザシャが使うことを認める。これについて意見がある者は他にいるか?」


 王妃と寵姫、それに第一王子と第二王子が論戦して出た結論に対して、面と向かって異を唱えられる者はいない。


「よろしい。では、この件についての議論はこれまでとする」


 ランドルフはそう宣言して会議室から去る。侍女に支えられたカロリーネとザシャを伴ったクリストフも続く。


 ダニエラとメルヒオールはその後ろ姿を最後まで睨みながら見つめていた。

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