幕間 試合の後

 メルヒオールとオリヴァーの姿が修練場から消えると、ザシャとクリスのこわばった体から力が抜けた。ザシャは大きな息をひとつ吐き出す。


 クリスは、抜き身のオゥタドンナーを手にしたまま立っているザシャへ急いで寄った。


「何とか終わったなぁ」


「ばか! 簡単にメルヒの思惑に乗ったらダメじゃない! あの護衛騎士が最初から殺る気だったのだってわかってたでしょ!」


「そりゃそうなんだけど、やらなきゃ魔剣が封印された状態だってこともわからなかっただろ? 結果論になるけど、やってよかったと思うよ」


「儂も大正解だと思うぞー」


 剣身に血を注ぐだけならもっと穏便なやり方はいくらでもある。しかし、それに気付くまでにかなり時間がかかったであろうことは容易に想像がつく。


「もう! でも、生きててよかったぁ」


 言い返されて返答に詰まったクリスは、そのままザシャの胸に飛び込んだ。


 予想外のことにザシャは慌てる。離そうとしても離れてくれない。ふんわりとした柔らかい香りがザシャの鼻孔をくすぐる。


「お前何やってんだ!? ほら、周りの奴が見てるぞ!」


「ザシャが生きている喜びを表現しているんだよ」


「別にくっつかなくてもできるだろう?」


「くっつかないとできないの。うわぁ、汗の臭いがするぅ」


 修練場にいるのはザシャとクリスだけではない。まばらながらも他の騎士達もいる。あれだけ派手なことになっていたのだから、全員が二人に注目していた。


「お前これまた変な噂になるぞ! 俺そんなの嫌だからな!」


「こういう噂なら、火元のはっきりとした煙にしないとね」


「なんでだよ!?」


「もちろん着実に既成事実を積むためじゃない。しっかりと見せつけておかないと」


「今なんて言った!?」


「もう忘れたよー」


 クリスの不穏な発言にザシャの顔が青くなる。一難去ってまた一難だ。


「痛っ!? そうか、俺、怪我してたんだ。くそ、意識したら痛んできた」


「そうだった! 早く治療しなきゃ!」


 切り裂かれた右の袖が赤黒く染まっている。ザシャの顔がゆがんだ。


 ようやくクリスが離れてくれたところで、ザシャは改めてオゥタドンナーを見た。


「クリス、この魔剣、これからどうなるんだ?」


「ボク達王族が出席する会議で議題に上がるだろうね。ザシャにも出席してもらうことになるよ」


「オゥタだけじゃないんだ」


「契約者になったからそういうわけにもいかないよ。たぶん、ザシャの立ち位置がはっきりとすることになる」


「うわぁ」


「あるじー、敵なんぞばっさばっさ斬っちまえばいいんだよー」


 頭を抱えたザシャにのんきなオゥタが声をかけてくる。剣の本分としては間違っていないのだろうが、身分ある者としてはそう簡単にはいかない。


「トゥーゼントの言うとおり、本当に乱暴だね、オゥタは」


「お、なんだこの娘っ子は。貴様もトゥーゼントみたいなことを言うのか?」


「クリスっていう王子様だよ。元トゥーゼントの契約者だ」


「え、王子様? いやいや、こいつ女だろ? しかもあいつの元契約者だぁ?」


 ザシャの紹介にオゥタドンナーが混乱する。色々説明を省いているので誤解するばかりだ。


「後でちゃんと説明してあげるよ。それより、早くその傷を治療しないと」


「そうだな。オゥタ、話はまた後でな」


「女の王子様なんて面白い話だけじゃわかんないからな。頼むぜー」


 オゥタドンナーを鞘にしまったザシャは、顔をしかめつつ歩き出す。クリスも歩みながらザシャの前に出た。


 見物していた騎士達は、何が起こったのかよくわからないまま、二人を眺めていた。

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