第11話 対になる剣(後編)
不安そうなクリスと余裕のメルヒオールが見守る中、ザシャとオリヴァーが鞘から剣を抜く。まるで対であるかのような黒濡れの長剣と白銀の長剣の剣身が現れた。
「わざわざこっちの調べ物に付き合ってくれるなんて、随分と優しいじゃないか」
「興味があったからな。お前に」
「俺に?」
「魔王討伐に最後まで同行した者の実力がどの程度なのか、気にならない騎士などおらん」
口を動かしながら二人とも同時に剣を構える。
「オリヴァーよ、狙いはあの黒い剣だ。真っ二つにするつもりで斬りかかれ」
トゥーゼンダーヴィントが確認の言葉を投げかけるが、オリヴァーは返答せずにザシャに目を向けたままだ。
最初に動いたのはオリヴァーだった。一歩踏み込んで白い剣を小さく振るう。
ザシャは下がらずに黒い剣で左に受け流しつつ、相手を真正面から逸らさず右側へ弧を描くように移動し、相手の左側面に回ろうとする。
その動きを察知したオリヴァーはそのまま止まらず、右前方へと体を流しながらザシャへと向き直った。
「さすがにこの程度では話にならんか」
「剣の具合を推し量るための模擬試合なんだよな?」
「そうだ。もっとも、つい熱中してしまうこともあるが、な!」
オリヴァーの二度目の踏み込みは前回よりも速かった。
今回はザシャも避けずに黒い剣で正面から受け止める。
白と黒の剣が交差し、火花が散った。
「ぐっ!」
打ち合った瞬間、ザシャが目を見開いた。黒い剣が徐々に押し戻されていく。そして、大きく後退しようとした。
しかし、わずかに遅れながらもオリヴァーが追従する。彼我の差は互いの剣先が届くかどうかだ。仕切り直しできるほどの距離はない。
「はっ!」
裂帛と共に更に踏み込んだオリヴァーが、ザシャの胴めがけて白い剣を突き出す。
ザシャはオリヴァーの突きを黒い剣で完全に逸らせなかった。体をよじって左側に避ける。更に、尚も踏み込もうとしたオリヴァーに対してザシャは剣を振るい、牽制した。
攻防が一区切りつくと、二人は再度正対する。
「いいねぇ。さすがは魔王討伐の英雄様だ。やっぱり戦いってのはこうでないとな」
「戦闘狂かよ」
「人聞きの悪い。騎士の本分を楽しんでるだけだ」
楽しそうに顔をゆがませるオリヴァーを見るザシャが眉を寄せる。
「さて、体も温まってきたところで、本番といこうじゃないか」
言うやいなや、オリヴァーは再度突っ込む。しかし、今までとは異なる速度だった。振るわれる剣の速さも段違いだ。
ザシャは連撃を防ぐのが精一杯となる。しかも速いだけでなく、一撃が重い。
「どうした英雄様! 防戦一方じゃないか! 反撃しないと死んじまうぜぇ!」
一方的に攻撃するオリヴァーが楽しそうに笑っていた。突きに横凪に、右から左から、それこそ縦横に白い剣を振るう。
「ザシャではない。あの黒い剣を狙え!」
トゥーゼンダーヴィントの進言をオリヴァーは無視する。その瞳は喜色に染まっていた。
「痛っ!」
何合も打ち合う中、ついにオリヴァーがザシャを捉える。剣先がザシャの右腕を切り裂いた。流れる血が地面へ落ちる。
「まずい! あの剣を折れぬのなら、ザシャの手から叩き落とせ!」
「殺っちまえば全部済む!」
「そなた完全に目的を
尚もトゥーゼンダーヴィントの言葉を無視するオリヴァーは攻撃の手を緩めない。それどころか、その一撃は更に重くなる。
一方、ザシャは左脚で踏ん張るときに顔を歪めることが多くなってきた。
「くっそ!」
更に一撃がザシャの右腕をわずかに割いた。腕が振られたことにより、そこから流れる血が飛び散り、黒い剣へと数滴かかる。
そして、黒い剣の剣身にある薄く赤黒い線が紅に光った。
「あーやってしまいおったー!」
黒い剣に異変が起きたと同時にトゥーゼンダーヴィントが叫ぶ。すぐさまそれに気付いたザシャとオリヴァーも一旦離れた。
「なんだこれ!?」
剣の柄を離そうにも手から離れなくて焦るザシャは、赤黒く放電する剣を睨む。
「はーっはっはっ! 久しぶりのシャバだ! あるじ、とりあえず目の前の奴を殺そうぜ!」
そして、赤黒い放電が止むと黒い剣がしゃべり出した。全員がそれを呆然と見る。
「このたわけを世に放つとは、なんたる不覚」
「あー? トゥーゼントじゃねぇか。なんだ貴様も覚醒してたのかよ」
「お前ら、知り合いなのか?」
「そーだぜ。儂らは対になる魔剣と聖剣だ。人間風に言うとだな、腐れ縁みたいなもんか」
「聖剣のトゥーゼントと対になる魔剣ってことは、ちゃんと名前もあるのか?」
「もちろん! 儂の名は、魔剣オゥタドンナー! これから敵をばっさばっさと斬り伏せてやる! だから、あるじー、早く目の前の奴を殺そうぜ!」
思わず口を挟んだザシャに黒い剣が返事をする。やけに機嫌が良い。
「そなたはすぐに殺すと騒ぎ立てる。まったく、品のないところは相変わらずだな」
「うるせー! 剣は敵を斬り殺してなんぼのもんだ。品なんて何の役にも立たねぇ!」
周囲などお構いなしに喧嘩を始める聖剣と魔剣。放っておくと終わりそうにない。
「積もる話はとりあえず後にしてくれ。聞きたいことがあるんだ、オゥタドンナー」
「おっと、あんな化石頭な奴と言い合ってる場合じゃなかったな。オゥタでいいぜ」
「誰が化石頭だ!」
「お前、いきなり剣身の赤い部分が光ったり、赤黒く放電したりしたのはどうしてだ?」
「そりゃ封印が解けたからだよ。儂もトゥーゼントも血をもって持ち主と契約するんだが、そのときはさっきみたいに光るのさ」
「契約? 誰と?」
「あるじに決まってんじゃねーか。俺にかかった血は、あるじのもんだろ?」
ザシャは改めて剣身に目を向ける。両面をくまなく見るが、それらしい跡はない。
「何も付いてないように見えるんだが」
「そりゃ俺が吸い取ったからだよ。俺の今のあるじは、貴様だぜ、よろしくな! あ、ところであるじの名前はなんてぇんだ?」
「ザシャだよ。ザシャ・アードラーだ」
「オゥタよ! 早くザシャとの契約を解除するのだ! そして大人しく眠っておれ!」
「いやなこった! なんで儂が貴様の言うことを聞かなきゃいけねーんだ! 大体貴様ばっかりシャバに出て敵を斬り殺してんのはずるいじゃねぇか! 俺だって殺したいんだよ!」
「今の言葉を聞いたか? あやつは見境なく誰でも殺せばそれでいい危険な魔剣なのだ!」
「ちゃんとあるじの敵だけに限ってんだろーが! 貴様だってやってることは同じだろーに、とやかく言われる筋合いなんぞねぇ!」
せっかく会話を試みていたザシャだったが、トゥーゼンダーヴィントが口を挟んですぐにオゥタドンナーと喧嘩を始める。
「対になる剣ということだが、仲はかなり悪いようだな」
「いちいち言い訳しなきゃ敵を殺せねー奴と仲良くできるわけないだろー、あるじ」
「ふん、己の欲望を優先するだけの者が我の対なる剣とは恥ずかしい」
すっかり困り果てたザシャは、オリヴァー、メルヒオール、そしてクリスの順に視線を移した。これからどうするのかという暗黙の問いかけだ。
「ちっ、興が削がれたな。メルヒオール様」
「仕方あるまい。模擬試合はここまでだ。元は黒い剣がどのようなものか調べるためだったしな」
不機嫌な表情を浮かべるオリヴァーに対して、メルヒオールがうなずく。聖剣の対となる剣であることが判明した以上、模擬試合をしている場合ではなくなった。
「兄上、色々言いたいことはありますが、ここは一旦引き上げることにします。このことは近いうちに協議することになるでしょう。それでは」
トゥーゼンダーヴィントを受け取ったメルヒオールは、クリスの言葉を待たずに去って行く。オリヴァーも無言でそれに続いた。
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