第10話 対になる剣(前編)

 王宮には警護のために騎士が多数詰めている。その騎士のための施設のひとつが修練場だ。騎士達は、ここで訓練して技量を上げたり、腕が鈍らないように剣を振るう。


「ザシャ、試し切りの準備はもう少しでできるから、それまでどうする?」


「とりあえず素振りでもしてみるか」


 何人かがまばらに点在している広い修練場に足を踏み入れたザシャは、隣のクリスと話をしながら黒い剣を鞘から抜いた。黒濡れの両刃が朝日を受けて怪しく光る。


「前にも見たけど、なんか禍々しい感じがするよね」


「なんでそんなのが宝物庫に転がってたんだか」


 クリスが下がると同時にザシャが黒い剣を構える。


 じっとしていたザシャだったが、やがてゆっくりと黒い剣を振り上げると、踏み込んで一気に振り下ろす。空気を切り裂く音がかすかに聞こえた。


 次の瞬間、ザシャが眉を寄せたのにクリスが気付く。


「どうしたの? その剣やっぱり使いにくい?」


「いや、剣の方じゃなくて、俺の方だ」


 クリスに言葉を返しながらザシャは左足で地面を踏みしめる。


「ザシャ、もしかして左脚が完治してないの?」


「痛みはない。ただ、違和感が少しな」


 ザシャは再び構え直し、剣を振り上げ、下ろす。何度かその動作を繰り返した。


「王宮の治癒士でも治せないとなると」


「後遺症なんだろう。魔王の置き土産ってところか。迷惑すぎるな」


 表情を曇らせたクリスにザシャは笑い返す。そして、素振りを再開した。


 しばらくして、使用人から試し切りの準備ができたと告げられ案内される。


 広い修練場には試し切り用の設備もある。新しい武器の性能や性質を見極めたいと望む者達のためだ。


 その設備の一角に死んだ豚が二頭用意されていた。一頭はザシャの腰まで高さが調整された盛り土の上に横たえられており、もう一頭は、縄で上から吊り下げられている。


「それじゃ試してみるか。切れ味はどの程度なんだろう」


「きれいに切れるといいんだけどね」


 ザシャは盛り土に据え付けられた豚の前に立って黒い剣を上段に構えた。そして、その姿勢のまま豚の胴体を見つめる。


 上段に構えたままのザシャが、豚の胴めがけて黒い剣を一息に振り下ろした。黒い剣は吸い込まれるように豚の胴へ入り、盛り土にまで達する。


「なんだこれ。切れ味が良すぎるだろ」


「刃こぼれはしてない?」


「あの感触だとしているとは思えないが。やっぱりしてないな。きれいなもんだ」


 豚の血と脂で怪しく光る黒い剣の剣身をじっと見つめながら、ザシャが返答した。


 再び構えたザシャは次に豚の頭へ黒い剣を振り下ろす。剣は同じく盛り土にまで達した。


「うわ、骨も肉を切る感覚とあんまり変わらなかったぞ」


「普通の剣だと考えられないね」


 ザシャは縄で吊り下げられた豚の前に立った。今度は黒い剣を水平に構える。そして、豚の胴に向かって放った。


 黒い剣が勢いよく豚の胴を通過する。その振り抜かれた剣先の方向へ、豚の下半身が慣性でわずかに流されて地面に落ちた。同時に、内臓などが血液と共に地面へ飛び散る。


「やっぱり斬ったときの抵抗感がロクにない」


「刃こぼれもしてなさそうだよね」


 剣身をひとしきり見た後、二人はお互いに視線を交わす。


「今まで使っていたやつより段違いに良いな」


「それなら、これからはこの黒い剣を使うの?」


「いや、当面は今まで通りだ。まだ使い慣れているわけじゃないしな。しばらくは手に馴染まさないと、いざというときに扱いきれない」


「そっか。いい剣を手に入れたということで、とりあえずは良しというところだね」


「そういうことだな」


 使用人が差し出す布で剣身を拭き終わったザシャは黒い剣を鞘に戻した。


「これは兄上、奇遇ですなぁ」


 二人にとって聞き覚えのある声が修練場に響き渡る。振り向くと、メルヒオールとオリヴァーが歩み寄ってきていた。


 侮蔑のこもった表情をメルヒオールがクリスに向ける。しかし、今日のクリスはその言葉を涼しい顔で受け流した。


「ここで何をしていたのです? 女の兄上に用があるとも思えませんが」


「ザシャが手に入れた剣を試していたんだよ。それももう終わったけどね」


 クリスの言葉を受けて、メルヒオールとオリヴァーの視線がザシャの手にある黒い剣に注がれる。


 その視線を無視して修練場を後にしようとしたクリスとザシャだったが、意外なところから声をかけられた。


「待て、ザシャ。その剣をどこで手に入れたのだ?」


「貴様が反応するとは珍しいな」


 驚いた様子のメルヒオールがトゥーゼンダーヴィントへ声をかけた。


「どこって、王宮の宝物庫からだよ。魔王討伐の褒美にもらったんだ」


「そんなところにあったのか! 悪いことは言わん、そんな剣、さっさと捨ててしまえ!」


 トゥーゼンダーヴィントへ注がれていた四人の視線は、次にそれぞれの顔に向けられる。


「トゥーゼントよ、貴様何を知っている?」


「くっ、それは盟約により話せん。だからこそ回りくどく助言しているのだ!」


「兄上、宝物庫の目録にはなんと?」


「それが、目録にはなかったんだよ。だからこれがどんなものかわからない」


「目録には宝物庫にあるすべての記録があるはず。それがないとはおかしいではないですか。まさか王宮の地下から取り出したのでは?」


「あそこはボクでも近づけないよ。父上の許可がなければ」


 メルヒオールが疑惑の目を向けるが、クリスは堂々とその視線を受け止める。


「あいつめ、絶対自分で宝物庫に忍び込んだに違いないぞ」


「剣がどうやって自力で忍び込むんだよ?」


「具体的な方法まではわからんが、奴ならやりかねん。いや、絶対にやる!」


「どうしてそんなにいきり立っているんだ」


 興奮気味に答えるトゥーゼンダーヴィントと話をするザシャが戸惑った。


「メルヒオール様、あの黒い剣がどの程度のものか興味があります。使い手との模擬試合を許可していただきたい」


 今になって初めて口を開いたオリヴァーに三人の視線が集中する。


 その意図を察知したメルヒオールが口元を釣り上げた。


「正体不明というのならば、実際に確かめてみればいいわけか。面白い、許可するぞ」


「ありがとうございます」


「兄上もどうですかな? ここでひとつ、はっきりとさせてみましょう」


「試合ではっきりさせるって、どうやって」


「主よ、オリヴァーに我を持たせよ。そして確実にあの剣をへし折るのだ!」


「トゥーゼント!?」


 トゥーゼンダーヴィントの言動にクリスが驚く。驚いているのはメルヒオールも同じだが、自分に都合が良いため笑みをこぼすばかりだ。


「いつになくやる気じゃないか。そこまで言うのならいいだろう。オリヴァー、使え」


「はい」


「兄上、早くそちらも準備させてください。事情を知っていそうなトゥーゼントがいつになく協力的なのです。こんな機会はまたとないですぞ」


 満面の笑みを浮かべて迫るメルヒオールにクリスは口をつぐむ。


「わかった、やろう」


「ザシャ!?」


「このまま俺達だけで調べていても埒が明かない。トゥーゼントが何かを知っているというのなら、そこから答えを引っ張り出した方がいいだろ」


「でも、トゥーゼントはへし折るって言ってるよ?」


「ほんとに折れたら、また別のやつを見繕えばいいさ」


 ザシャはクリスに一通り説明するとオリヴァーの前に立つ。


「ほう、兄上よりも物わかりが良いようですな」


 刺すような視線をクリスは向けるが、メルヒオールは小馬鹿にした表情のままだ。


 そんな王子二人をよそに、護衛騎士達は向かい合う。


 友好的な雰囲気が一切ない模擬試合が今始まろうとしていた。

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