第9話 剣の由来
ザシャがクリスの護衛騎士になって三日目の朝、実家から王宮へ登城した。
本来ならばクリスに付きっきりでないといけないのだが、この二日間は実家を出る準備も兼ねた作業に追われていたのだ。クリスの護衛は正式な仕官でもあるので、実家から独立することになったのだった。
ようやく用意ができたこの日は、魔王討伐のときに使っていた武具、衣類などの雑貨が入った革袋、そして褒美でもらった黒い剣を持ってクリスの部屋にやって来た。
ちなみに、これにわずかな金銭を加えるとザシャの全財産だ。
「いきなりお願いしたから、急かせちゃったね」
「いいよ。どうせいつかは家を出ないといけなかったし、出るときはいつだってばたばたするもんだ」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ」
「それより、俺の待機部屋ってどこなんだ? 持ってきた荷物を運びたいんだが」
「後で侍女に案内させるよ。鎧と革袋は今から使用人に運ばせておくね」
クリスに呼ばれた男の使用人がザシャの鎧と革袋を部屋から運び出す。後は剣を佩いた身ひとつのザシャが残るばかりだ。
「これでやっと護衛ができるわけなんだが、なんかお前やけに機嫌がいいな」
「うふふふ、だってこれからザシャがつきっきりで守ってくれるんだもん!」
「そりゃ護衛だからな」
今にも踊り出さんばかりのクリスをザシャが不思議そうに見る。
「わかってないなぁ。心の支えは重要だよ?」
「王子様に頼られて大変名誉なことだ。というか、他に支えはないのかよ」
「うーん、他って言われてもなぁ。キミよりも付き合いの長い人はいても、深い付き合いの人はいないしねぇ」
「確かに、あの旅以上に深い付き合いなんてそうそうないか。で、なんで顔が赤いんだ?」
「うん? あはは、何でもないよ!」
若干挙動も怪しくなっているクリスに不審な目を向けるザシャだったが、さすがに何を考えているかまではわからない。
「でも、そうか、二人一緒ってのは魔王討伐の旅以来か」
「魔王を倒してまだ二ヵ月ちょっとしか経ってないのに、もう随分昔みたいに思えるよね」
お互い視線が合うと笑う。共に困難を乗り越えた者同士の連帯感がそこにはあった。
その後しばらくしてザシャが笑顔を収めてクリスに問いかける。
「そうだ、今朝登城するときに周囲の様子がおかしかったんだ。みんな俺のこと盗み見るみたいに気にしていたんだが、なんでだろう?」
「あーそっかぁ、ザシャはまだ知らないんだ」
なぜか乾いた笑いを顔に浮かべるクリスに、ザシャは眉をひそめる。
「お前何かやらかしたのか?」
「やらかしたってひどいなー! 違うよ、ボク何もしてないもん」
「それじゃなんで俺がじろじろ見られるんだ? 目立つようなことは何もしてないぞ」
「知らない方がいいんじゃないかなー」
「たまにしか王宮に来ないんならそれでもいいけど、これからここで生活するんだ。自分のことはなるべく知っておきたい」
「ボクも昨日知ったばっかりなんだけど、ザシャが女になったボクと結婚して玉座を狙っているっていう噂が王宮で広まっているんだ」
「は?」
クリスはザシャが固まるのを見て笑いをこらえる。しかし、完全には抑えきれていない。
「噂が本当だったら良かったのに」
「何さらっと恐ろしいこと言ってんだお前!?」
固まっていたザシャが叫んだ。同時にクリスが我慢できずに吹き出す。
「面白いでしょう? たぶんメルヒ寄りの貴族が意図的に流しているんだろうけど」
「全然面白くねぇ。なんでそんなことをするんだよ。意味があるとも思えないんだが」
「そうでもないよ。旅を共にした英雄の一人が実は奸雄でしたってことになると、魔王討伐の功績の価値に傷が付くでしょ?」
「うわぁ。そんな地味な嫌がらせをするのか」
「王侯貴族なんて言っても、所詮は庶民と大差ないよ。同じ人間だしね」
これから顔を合わせることになる者達のことを思い浮かべて、ザシャは頭を抱えた。
「お前よく平気でいられるな」
「そんな悪評なんて挨拶代わりだよ。有名になるほどすごいんだから。ザシャも今の間に慣れておかないとね。魔王討伐の英雄なんて噂の格好の的なんだし」
「自信ないぞ。魔王討伐の旅の方が楽に思えてきた。剣で目の前の敵をぶった斬るだけで良かったからな」
「大丈夫、そのうち慣れるよ。それより」
くすりと笑ったクリスは笑顔を少し潜ませて言葉を続ける。
「その黒い剣について目録を確認させたんだけど、記録がなかったよ」
「記載漏れってのはよくあることなのか?」
「よくあったら目録の意味がないでしょ。どんな古いものでも探せば必ずあるはずなんだけど、こんなことは初めてだって目録の担当官が真っ青になってたよ」
宝物庫には価値のあるものばかりが集められているので、通常ならば何が収められているかは本来しっかりと記録されているはずだった。
「これが発覚した場合、担当官はどうなるんだ?」
「不備が見つかった場合は、関係者全員が処刑されることになるだろうね」
「うわ、たかが記録で処刑かよ。随分と厳しいな」
「宝物庫にある物はどれも重要な物ばかりだからね。管理は厳重でないといけないの」
「俺が宝物庫に入ったときに、今は無価値になってる物もあるって言ってなかったか?」
「建前って重要なんだよー?」
「建前で処刑されるのかぁ。たまらんなぁ」
ザシャは天井を見上げて嘆息した。その横のクリスは笑顔である。
「でも、今回は特殊な事例だね。目録にあって宝物庫に実物がないと大問題だけど、逆だからね。ボクが不問にしてあげた」
「そりゃ寛大なことで」
「宝物庫からもうひとつ持ち出してもいいっていう交換条件で」
「きれいな顔しててもやっぱり王族だな、お前も!」
思わずザシャが叫んだ。しかし、クリスは顔を赤くして身をくねらせる。
「いやん、きれいだなんて、そんな、嬉しい!」
「それで、目録にないってことは、これが何かはわからないままってことなんだよな」
「えー、あっさり流さないでよー」
「本題を続けてくれ」
「ちぇっ、まぁいいや。うん、結局何もわからなかった。ただの剣かもしれないし、ものすごい剣かもしれない。どっちなんだろうね?」
「使っている最中に何かあったらイヤだなぁ」
「何らかの特殊な能力を秘めている剣っぽく見えるんだけどね。どう見ても呪われそうだよね、それ」
「結局手探りで調べるしかないのか。とりあえず、純粋に剣としてどの程度使えるかだよな。まずはそれが知りたい」
「使い潰す気まんまんだよね」
「ちゃんと使えるんならな。切れ味がいいと嬉しいんだけどなぁ」
鞘に入れっぱなしの剣を手にしてザシャが希望を漏らす。
「それで、その黒い剣はいつ試すの?」
「本当はこの二日間の間にやりたかったんだが、ダメだったからそのうち早い段階で試しておきたいと思ってる。わからないままってのは気持ち悪いし」
「それじゃ今から試す?」
「護衛の仕事があるからできないだろ」
「ボクも一緒に行けばいいじゃない。その黒い剣が使えるかどうか、早いうちに判断しておきたいんでしょ。護衛騎士がきちんと能力を発揮してくれるように配慮するのも、ボクの仕事だよ」
「そう言ってもらえるのなら助かる。使えない剣をずっと気にしていても仕方ないしな。それなら、いっそのこと試し切りさせてくれないか?」
「それじゃ決まりだね。修練場に行こう!」
クリスの提案にザシャはうなずいた。
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