第7話 対立する者達
「ザシャ、気分転換に外へ行こう!」
「あからさまに話題を逸らそうとしているだろ。けど、風呂や手洗いだけじゃなく、着替えや寝るときのことだってちゃんと憶えてるからな」
「あはは、根を詰めすぎると体に良くないよ?」
「単に記憶力の問題だから、体調の心配はしなくてもいいぞ」
お互いの主張は平行したままだったが、ザシャから視線を逸らせたクリスは席を立ち、扉へと向かう。
「どこに行くんだよ」
「庭だよ! 一番広い庭園!」
嬉しそうに笑いながらクリスが返答した。侍女が開けた扉から廊下へと出る。
ザシャもその後をついていくが、若干表情が冴えない。これから行く庭園は、三日前にベティーナと最後に会った場所だからだ。
「着いた!」
クリスに手首を引っ張られていたザシャは、少し前のめりになって庭園に入る。
「お前、いつもここに来るのか?」
「たまにだよ。息抜きするときはね。さすがに毎日じゃないけど。ザシャは?」
「滅多に来ることはないよ。そもそも用がなきゃ王宮にだって来ないんだし」
「そうだった。けど、これからは違うでしょ。ボクの護衛になったんだからね」
「お前がしょっちゅうここに来るんならな」
二人は周囲の庭にある花壇に目を向けながら歩き、言葉を交わす。
「あ」
声を上げたクリスに目を向けたザシャは、更にその奥へと視線を移す。王宮の方角から二人の人物がこちらに向かってきていた。
「兄上、こんなところで何をしているのですか」
メルヒオールが、小馬鹿にするかのような調子でクリスへ声をかけてくる。すると、今まで柔らかな笑顔をたたえていたクリスの表情がわずかに硬くなった。
「散歩だよ。息抜きするためにね」
「陛下は休む間もなくご政務に励んでおられるというのに、随分とお暇なのですな。第一王子なのですから、お手伝いされてはいかがですか?」
「もちろんしているよ」
「本当にしていらっしゃるのか怪しいですなぁ。女の身でどこまでできるのやら」
「信用できないというのなら、陛下に直接お尋ねすればいいだろう」
「まさか! このような些細なことで陛下を煩わせるなどとんでもない! 俺はただ、頼りない兄上がきちんと陛下を支えていらっしゃるのか心配しているだけです」
「なら、ボクで不足する分はメルヒが補えばいい。それだけのことだと思うけど?」
「当然です。何でしたらすべて任せてもらっても一向に構いませんぞ!」
「それは頼もしい」
ザシャは唖然としてメルヒオールを見ていた。まさかここまで直接嫌味を言ってくるとは思わなかったのだ。
「そう言えば、兄上の隣にいるその男、式典で見かけましたな。せっかく魔王の討伐に参加したというのに、帰ってきてみれば婚約者に袖にされたとか。それもこれもすべて、兄上が女になどなってしまったからだ!」
メルヒオールは更に上機嫌となった。反対に、クリスの表情が完全に抜け落ち、ザシャも表情を硬くする。更にその瞳には敵意が宿った。
「メルヒ、いくら何でも言い過ぎだろう」
「ははは! つい本当のことをしゃべってしまった! 真実とは残酷なものですな!」
クリスの声が低くなったが、メルヒオールはどこ吹く風だ。
ザシャが歯を食いしばる。クリスの視線も更に冷たく鋭くなった。
そのとき、メルヒオールの背後に控えていた男が剣の柄に手をかけてその横に並ぶ。メルヒオールも筋骨たくましい体格をしているが、その男は更に一回り大きい巨漢だ。
「どうした、オリヴァー」
「そこの男がメルヒオール様に殺気を向けました。抜剣の許可を」
「待て。こんな三男坊に何ができる。大体、丸腰ではないか。いざとなればこの聖剣がある。捨て置け」
余裕の表情でメルヒオールが腰に佩いている聖剣を軽く叩く。
斬りかかる許可を得られなかったオリヴァーは渋々引き下がった。しかし、視線はザシャに向けたままだ。
「自分で煽って部下に斬りかからせようとするなんて、随分なことをするじゃないか」
「煽っているのではなく、真実を並べているだけですよ。それに、オリヴァーは護衛としての責務を真っ当しただけです。誤解されては困りますなぁ」
仕方がないと肩をすくめて首を横に振るメルヒオールに対して、クリスの視線はどこまでも冷たい。
「そう言えば、兄上にはオリヴァーのような直属の護衛騎士はいないのですか?」
「さっきザシャに護衛の任務を引き受けてもらったばかりだよ」
「その男が? 剣を持てば多少はましになるのかもしれませんが、一体どのくらいの実力なのやら」
「魔王を共に討伐できるくらいには強いよ」
「ははは! それではわかりませんなぁ。俺が魔王を討伐していれば、オリヴァーも生き残っていたでしょう。もっとも、オリヴァーの奴が重傷になるとは考えられませんが」
相変わらずザシャから視線を外さないオリヴァーが、再度剣の柄に手をかけて前に進もうとする。しかし、メルヒオールが手で制した。
「落ち着け、オリヴァー。いちいち相手にするな」
オリヴァーは無言で再び引き下がる。ただし、視線は更に鋭くなった。
「今日はオリヴァーの奴がやけに反応してしまいます。忠義に篤すぎるというのも考えものですな。今回はここまでにしておきましょう」
ほぼ一方的にしゃべっていたメルヒオールは、上機嫌な様子で踵を返して歩いて行く。オリヴァーも無言でそれに続いた。
クリスもザシャも、しばらく三人が去った王宮の方角に無言で視線を向けていた。
「ごめんね。ボクが外に出ようなんて思わなかったら、メルヒに出会わなかったのに」
目を向けないまま言葉をかけてきたクリスの拳はきつく握られていた。それを見たザシャは、いつの間にか力んでいた体の力を抜く。
「お前の護衛を引き受けたんだから、どのみちいつかはこんな目に遭うだろうさ。早いか遅いかの違いだけだよ」
「ありがと」
「しかしあのオリヴァーって奴、剣を抜く機会を窺っていることを隠しもしてなかったぞ」
「魔王討伐の旅に出る前は見かけなかったから、最近護衛に就いたのかもしれないね」
「剣を振るうために護衛をしているって感じだったよな」
「ザシャもそう思ったんだ。メルヒも乱暴なところはあるけど、それに輪をかけてひどそうだよね」
「お互い丸腰だったからな。ここで仕掛けられていたら大変なことになっていたぞ」
ザシャは背筋を震わせる。王宮内に入るときは武器を預けることになっているのだが、今回はそれが裏目に出た。
「やっぱりザシャに護衛を頼んだのは正解だったね。今いる護衛の騎士だとどのくらい相手にできるかなぁ」
「俺が言うのもなんだけど、あいつ絶対何人か殺ってるぞ」
「あはは! ほんと、ボク達が言えた義理じゃないよね!」
かつて魔王側に寝返った者達を何人も斬り伏せてきた二人にとって、オリヴァーの目つきと雰囲気は見過ごせなかった。ある意味同類ともいえる者が敵対していることを知って、どちらも改めて背筋を伸ばす。
「護衛は明日からお願いね。それと、黒い剣も使い物になるのかどうか早く見極めておいてよ。メルヒにオリヴァーみたいなのがいるとなると、使える物はたくさん持っておいた方がいいだろうから」
「そりゃまた急な話で。けど、確かにその通りだな。黒い剣も早いところ確認しておく」
「ありがとう! それじゃ部屋に戻ろうか」
一時は陰鬱な感情に支配されていた二人だったが、すっかり元の様子に戻っていた。
ザシャは今後のことを気にしつつも、目の前にある成すべき事に意識を向けた。
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