第5話 宝物庫の黒い剣

 歴史ある王国の、しかも王族の宝物庫となると、保管されている品々は多岐にわたる。希少価値があるのはもちろんのこと、更に歴史的価値も加わることも多いので、値段が付けられないという物も当たり前のようにあった。


「ここまでが先々代の国王が集めた物で、その先が更に前の国王が集めた物だよ。結局、奥に行くほど古い時代に集められた物が置いてあるんだけど、だんだん保管の仕方が雑になっているんだよね」


 案内役兼監視役のクリスに案内されて、ザシャは王宮の宝物庫内をさまよっている。さすがに王子だけあって話し上手で説明がわかりやすい。


「こっちの方になると更に古いよ。建国した時代になるから、ちょっと埃っぽいんだ。本当は掃除と整理をさせるべき何だろうけど、どうせ滅多に誰も来ないからって放ってあるんだよね。いつかはきれいにしないと」


 宝物庫にも管理者はもちろん存在する。当然清掃もしているはずなのだが、さすがにすべての品々を塵ひとつない状態にはできないようだ。


「父上から話は聞いているから、どれを持っていってもいいよ。よっぽどまずい物は避けてもらうことになるけど、そのときは注意するね。それと、今じゃ大して価値がなくなっちゃってる物もあったりするから気をつけて」


 王家の証となる一品や王家との縁が特に深い宝については遠慮して欲しいということだ。更には外れもあるので注意して選ばないといけない。ちなみに、呪いがかかっているなどの曰く付きの物は王宮の地下に封印されている。


「ザシャはどれがいいの、って本当に大丈夫なの? 今日会ってからずっとおかしいよ?」


「ん? ああ、大丈夫だよ」


 先ほどから全然反応しないザシャをクリスが心配そうに見る。表情は本人の言葉通り問題なさそうだが、それ以外はまったく精彩を欠いていた。


「何か心配事があるんなら相談に乗るよ。話したら楽になることだってあるんだし」


「そんなにダメに見えるか?」


「いくら説明を聞いているだけっていっても、まったくの無反応だったらさすがにおかしいって思うよ。いつもだったらもっと返事をしてくれるのに」


「悪かった。どうも腑抜けすぎていたみたいだ」


 努めて明るく振る舞うようになったザシャを見てもクリスの表情はそのままだったが、やがてため息をついて少し口をとがらせた。


「相談はしてくれないんだ。ボク達は親友じゃなかったの?」


「そのうちするよ。ほら、今は俺の褒美選びが先だろ」


 言い終わると、ザシャは周囲にある品々に視線を向けた。形からだけではどんな品物なのかわからない物も結構な数がある。


「うわっ、結構埃っぽいんだな」


「さっき説明したじゃない。やっぱり何も聞いてなかったんだ」


「悪かったって。さて、どれにしようかな」


 手近な物を触って手に付いた埃を何度も払いながら、ザシャは自分でも理解できそうな形をした一品がないか探す。腰あたりまで背丈がある大きな壺、複雑な文様が描かれた小物入れ、それにどうやって奏でたらいいのかわからない楽器が視界に入る。


「今日無理に見繕わなくてもいいよ。また今度来たらいいから」


「そんな何度も気軽に入れるところじゃないだろ、ここ」


「ザシャは救国の英雄なんだから大目に見てもらえるって。それに、どうせボクも付き添いで一緒なんだし」


 あちこちに視線を向けるばかりで何も手を付けようとしないザシャを見て、クリスは気軽に言う。


「それにしても、こんなにたくさん物があるとは思わなかった。これだとまず目録を見て見当をつけてからの方が良かったかな?」


「あーそういう方法もあったね。ごめん、自分の感覚だけで考えてたから、とりあえず中に入って見繕えばいいやって思ってた」


「ちなみに目録ってどのくらいあるんだ?」


「一品ずつの説明もあるから五百ページ以上の本が何冊もあるよ」


「うん、いきなり中に入ったのは正解だったな」


 しばらく二人分の足音が宝物庫内に響く。歩いたり立ち止まったりと不規則だったが、やがてザシャが真剣なまなざしとなって立ち止まった。


「お、なんだ? 剣か、これ?」


 埃を被っている品物ばかりが置いてある中、黒い剣が一振り棚の一角に立てかけてあった。他の物と同じように埃を被っている。


 飾り気のない柄も鞘も真っ黒な長剣をザシャは手に取った。埃で手が真っ黒になったことに顔をしかめつつも、しばらく眺める。


「えらく無造作に置いてあったけど、これもご大層な代物なんだよな?」


「こんなのあったっけ?」


「おい大丈夫かよ。宝物庫の中にあるやつは、みんな目録に記録されているんだろ?」


「そうだけど、さすがに全部は憶えてないよ」


 クリスが口を尖らせるが、ザシャは視線を黒い剣に向けたままだ。


 剣を鞘から引き抜こうとザシャは両手に力を入れる。すると、剣はあっさりと抜けた。


「簡単に抜けたな、って、これは」


 二人は思わず現れた黒濡れの両刃の剣身に見入った。柄や鞘と同じように真っ黒だが、剣身にはうっすらと薄く赤黒い線がかすかに入っている。


「きれいだけど、なんだか怖いね。呪われそう」


「でも大したもんだな。さぞかし名のある職人が作ったんだろう」


 様々な角度から黒い剣を眺めながらザシャは呟く。とても感心している様子だ。


 一方のクリスは途中から難しい顔に変わる。


「なんだろう。これ、何かになんとなく似ている気がする」


「またえらく曖昧な表現だな。何かってなんだよ?」


「うーん、それが思い出せないんだよねぇ。なんか気持ち悪いなぁ」


「でも、今まで見てきた中じゃ、これくらいしか欲しい物がなかったんだよなぁ」


「他のも見て回らない? 別にすぐ決めなくてもいいんだし」


「確かにそうなんだけど、面倒になってきたからもうこれでいいかなぁ」


「えー、そんな雑な決め方でいいの?」


 魔王を討伐した褒美という一生に一度あるかないかの一大事だというのに、ザシャの投げやりな決め方にクリスは呆れる。


「よし決めた。これにしよう! 剣なら何本あってもいいしな!」


「褒美でもらった剣も使い潰すつもりなんだね、ザシャ」


 過酷な魔王討伐の旅でザシャが何本も武器を使い潰したことをクリスは思い出した。特別な武器でない限り、名のある武器も魔法の武器も使えばいつかは潰れてしまう。そのため、国王から下賜されるような武器は家宝として大切に飾られるのが一般的だった。


 しかし、ザシャには大切に保管するという考えはまったくないようだ。


「お前に何かあったときに、これを使って切り抜けるんだよ」


 振り向いたザシャに視線を向けられたクリスは目を見開く。そして、顔が赤くなると同時に視線を外した。その後はちらちらとザシャへ目を向けたり向けなかったりする。


「それが潰れたら、また別のやつをここから持ってくるね」


「いや、それはダメだろ。ここにあるのって、そこら辺にある武器とは違うんだから」


「ボクが持ち出す分には全然問題ないって。だから大丈夫!」


「そのうち陛下に怒られるぞ」


「道具は使うためにあるんだよ。前にザシャがそう言ってたでしょ!」


 やたらと上機嫌になったクリスに呆れつつも、それを見ているザシャの表情も少し笑顔になる。そこには、当初の暗い影はどこにもなかった。

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