第2話 湧き出る火種

 フリューリング城で最も大きな会議室に国王以下、多数の要人が集まっていた。


 上座には国王ランドルフ、その右手に王妃カロリーネ、反対の左手に寵姫ダニエラ、第一王子クリストフと第二王子メルヒオールが中央のテーブルを挟んで右側と左側に、そして両派閥の有力貴族がその横に並んで席に着いている。


「皆の者に集まってもらったのは、メルヒオールが聖剣トゥーゼンダーヴィントと契約したことについて話し合うためだ。まずはメルヒオールから事情を聞くとしよう」


 国王ランドルフはメルヒオールに目配せした。


 赤い瞳で周囲を威圧しながらメルヒオールが席を立って口を開く。


「四日前、式典の後、俺は酔いを覚ますために宴を抜けた。そして今後の王国の行く末を考えていたのだ。兄上が魔王を倒したとはいえ、まだ魔王軍の残党は各地に多数残っている。これらからどのように王国を守るべきなのかということを」


 最初は静かに語っていたメルヒオールだったが、次第にその口調が熱くなる。


「そこで気付いたのだ! このまま聖剣を眠らせるより、王国が真の意味で安定するまでは我が手により振るった方がよいのではと。だからこそ、俺は聖剣と契約したのだ!」


 語り終えたメルヒオールは笑顔で着席した。クリストフが替わって口を開く。


「聖剣と契約するのならば、まず陛下のご判断を仰がなければならないでしょう。なぜ独断で契約したのですか?」


「剣を振るうのであれば、女よりも男の方が優れているのは明白です。そして、聖剣の担い手は王家の者であるべきだ。つまり、聖剣と契約するのならば俺しかいないからです。わかりきったことで、陛下を煩わせることはないでしょう」


 あまりにも自信たっぷりに言い切るので周囲の貴族達が唖然とした。一人ダニエラだけが上機嫌にうなずいている。


「陛下がお止めになることは考えなかったのですか?」


「使える物は何でも使って王国に尽くすのが王家の義務です。俺はそれを果たそうとしているだけですよ」


「すばらしい考え方です。あなたこそ王太子にふさわしいですね」


 満面の笑みでメルヒオールに相づちを打ったダニエラの言葉に周囲が凍り付いた。それに勢いを得たメルヒオールが更に言葉を続ける。


「兄上が女となってしまった今、ブランケンハイム家の男子は俺一人。更に、魔王を討ち取った聖剣と契約も交わした以上、王太子にふさわしいのはこの俺だ!」


「今回は聖剣と契約したことについての話し合いでしょう。王太子の件については関係ないはずです」


「そんなことはないですぞ、兄上。聖剣は王家の至宝ではないですか。ならば、その契約者こそ王太子にふさわしい」


 メルヒオールが席を立って力強く主張する。話の内容がおかしくなってきていることは誰の目にも明らかだが、誰も口を挟めない。


「それならば、私にも王太子の資格があるでしょう」


「元契約者より、現契約者の俺の方がよりふさわしいですな」


「王子として私には何の落ち度もありません。それどころか、魔王を討ち、人の治める国々を救いました。内外に王国の威光を知らしめる功績もあげています。そんな私よりも、契約者であるということの方が重要なのですか?」


 あくまでも王位継承権についての話題にこだわるメルヒオールに対して、ついにクリストフも反論する。


「聖剣なくして魔王は討てなかった。つまり、魔王討伐の功績は聖剣に寄るところが大と言える。更に、女の身ではこの剣を十全に振ることはできない。なればこそ、俺がその重責を引き継ぎ、王太子となるのが最善でしょう!」


「歴代の聖剣契約者には女性もいらっしゃいましたが、その方々が聖剣を充分に扱えなかったとは聞いたことがありません」


「歴代の契約者? そんな記録、王家の古文書にもありませんでしたぞ」


「以前、トゥーゼントから教えてもらいました」


 メルヒオールは目を剥いて腰にいているトゥーゼンダーヴィントに顔を向けた。


「貴様、いつそんなことを兄上に話したのだ!?」


「魔王討伐の旅で、暇潰しにな」


 クリストフと正式に契約していた時期ならばとやかく言えない。メルヒオールは歯噛みしたが、荒いため息をひとつ吐くと視線を正面に戻す。


「先ほども言っているが、剣は女よりも男の方が良く扱えるのが常識! その証拠に、騎士や兵士は男ばかり。よって、聖剣を扱う者は男の方が相応しい!」


「トゥーゼント、女性の契約者は男性よりも劣っていましたか?」


「特に差異はなかったな」


「貴様、己の主を裏切るのか!?」


「問われたことに対して事実を返しているだけではないか。なぜそれが裏切りになる?」


 その様子を不機嫌そうにダニエラが眺めていたが、ランドルフに顔を向ける。


「クリストフ殿下がかつて魔王討伐の苦労に耐えられたのは、男であるからこそです。王位も同様です。王太子、ひいては国王になるということは様々な重責を背負うことになります。これを女一人で背負うことはあまりにも不憫ではありませんか。親としてその苦労から解放して差し上げてはいかがでしょうか」


 華美な出で立ちで国王寄りに椅子へもたれかけているダニエラは、国王であるランドルフに語った。話し終えてからランドルフ越しにカロリーネに目を向ける。

 するとカロリーネも口を開いた。


「聖剣を魔王に突き立てるところまで事を運ぶという労苦に、クリストフ殿下は見事耐え抜きました。その艱難辛苦に耐えた殿下ならば、国王の重責にも充分に耐えられるでしょう。メルヒオール殿下には、良き臣下としてその才を発揮していただければよろしいかと」


 落ち着いた様子のカロリーネが静かに意見を述べると、背筋を伸ばし泰然とした姿は、クリストフには頼もしく見えた。


 ダニエラは顔をこわばらせた。カロリーネに向ける目が更に細くなる。


「今回はメルヒオールが聖剣と契約したことについて話し合うための場だ。王太子にふさわしいのが誰かを決める場ではない」


 ようやくランドルフが口を開いた。議題の内容が変わってしまったことに対する不満だ。


「そして契約についてだが、トゥーゼントよ、そなたはこのままメルヒオールと契約しても構わぬのか?」


「若干不安はあるが、今は様子を見ようと思う」


「では、メルヒオールを主と認めるということでよいのだな」


「その通りだ」


「それでは、トゥーゼンダーヴィントについては当面メルヒオールが所有することを認める。今後、メルヒオールは聖剣を王国と王家のために振るうように」


「承知しました!」


 ランドルフの決断にメルヒオールが満面の笑みを浮かべて応えた。


「それでは、今回はこれまでとする。皆の者、ご苦労であった」


 国王の宣言と共に、室内の全員が一斉に頭を下げた。


 ランドルフは席を立つとそのまま退室する。満足げなダニエラとメルヒオールも続いて席を立った。


「母上、お加減は」


 侍女に支えてもらいつつ立ち上がったカロリーネに近づいて、クリストフは声をかける。


「少々疲れました。お話はわたくしの部屋でしましょう」


 他の貴族達が立ち去る中、カロリーネは若干影の差す笑みをクリストフへと向ける。その笑顔を受けたクリストフは静かにうなずいた。

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