恫喝聴取

「おら、来い」

「や、やめておくれ! 私は何も言っていないよ!」

「んなもんが通ると思ってんのかお前さん」


 野次馬たちに対する苛立ちもあったから、死体の素性を知る男に対する、八徳の扱いはとても荒いものだった。

 ツカツカと野次馬たちに紛れる発言者に近づき、血に濡れていないほうの手で首根っこをを引っ掴み、円の中央、死体のすぐそばまで力づくで引きずり込んだ。


「『亀の字』って言ったなぁ。にぃさん、仏さんの正体について知ってるな? アンタ名前は?」

「わたしゃ‥‥‥」


 無頼漢の顏を見せた八徳に、遠慮はかけらもない。それどころか今度は、先ほど被害者の衣装を剥ぐ際に、血をたっぷり纏わせた掌そのまま、発言者の首に腕を回した。


「いいじゃないの。名前の一つや二つ。なぁに、ゲロしちまえば楽になる……ぜ?」


 ドロリと濡れる朱の手を、わざとらしく発言者の顏の前まで近づけた。

 汚らしいとも祟られるとも思ったのか、首に手を回されながら、発言者の男は、なんとか八徳のかざして見せた掌から遠ざかろうとした。


「お・な・ま・え?」

「……一太郎」

「御処は?」

「えぇ? アンタは私に名前を聞いたのじゃないか」

「フフゥン、いいねぇその装い。なかなか粋じゃあねぇの。さぞかし高かったんだろうな。ちょっと怖いや。一太郎さんにお住い聞こうとして必死になったことで、思わずこの手がお衣装に触れてしまうことも」

「そ、それだけはやめとくれ! 女に会うためにそろえた大事な一張羅なんだ!」

「お・と・こ・ろ?」

「鶴見の方から‥‥‥」

「鶴見? またそんな遠くから。なんだ横浜港崎より、川崎宿場の方が近いじゃないの」


 これが元始末屋八徳の押しの強さと癖の強さ。

 頭巾を被っていないから彼が本物のカオナシだとは知れないが、もし知れたら、間違いなく周囲を幻滅させてしまうほどに、酷い話の抜き出し方だった。


「ゆ、許しておくれよぉ。面倒ごとには関わりたくないんだよぉ」

「なぁに言ってるの。『亀の字』と呼ばれて俺に連れてこられるまで、アンタも随分好き放題言っていたじゃない。まさか、名前が知られず責任取らなくていいゆえの、適当からのお囃子だったって‥‥‥そういうわけじゃないだろうな固羅」

「ヒィッ!?」


 語気こそ柔らかく話しかける八徳。

 『そういうわけじゃ』の下りから、一気に声を低くして唸るように、かつ、目と鼻の先からガンをくれるように問い詰めたのが、発言者は鶴見から来た一太郎に息を飲ませた。


「それで、他にもこの『亀の字』について知っている奴はいるか? もしくは一太郎さんが口にした、花魁について知っている衆は?」


 脅しにしか見えない詰問を畳みかけられ、身がすくんでしまった一太郎の様子に、あれほどさっき騒がしかった野次馬たちは黙り込んでしまった。


 いい気分とばかりに、ハハッと笑った八徳は、一太郎に腕を回した状態で、さらに顔を近づけた。


「そう、怖がるんじゃねぇよ。別に一太郎さん取って喰ったりしないからさぁ。ちょっとばかし口走ったことについて聞きたいだけなんだよ。なぁ?」

「し、始末屋、誰かっ! 助けてくれぇっ! カオナシ様ぁ!?」

「おいおい、ちゃぁんと目ん玉付いてるのかい? ”カオナシ様”は、この通り死んじまってるんだぜ?」

「そんなはずはないっ! ソイツは《亀の字》亀之助。カオナシ様であるはずがないよっ!」


 良い流れだと八徳はニヤついた。脅し文句が聞いたのか、間違いなく一太郎の精神は、自分の支配下にあることが理解できた。


「聞かせてくれよ。安心しなぁ。俺が聞いたこたぁアンタからの証言だってのは伏せておいてやる。だが、疑問が晴れた暁にゃ、勇気ある協力者として横浜中を吹聴してやらぁ」

「ほ、本当かい?」

「あぁ。想像してご覧なせぇ。上手いこと疑問が晴れて、アンタの勇名はこの地域一帯に轟く。モテること請負ってもんよ。そうしたらきっとカオナシ様に続いて、一太郎さんは名士になる。この港崎遊郭だけじゃねぇ。きっと永真遊郭でも」

「港崎遊郭でも、永真遊郭でも?」

「その通りで」

「鈴蘭でも、紅蝶でも?」

「……なんでい、そのあつらえた様な二択は。偶然じゃなきゃ、俺に喧嘩売ってるのかい?」

「へ?」

「い、いいから早く話せ」


 恐怖と不安で相手を縛りつつ、相手に甘い夢を見せることで、ただイヤイヤに協力させるより、少しでも協力的になってもらう。


 飴と鞭の使い分け。


 特に、鞭の方が多めだから、少しの雨をチラつかせるだけで、希望が見い出た様な一太郎の表情に、興味深い点を聞けば、確実に回答がもらえることを確信した。

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