元始末屋八得現場検分
臨場
先ほど葛藤を見せた場所から、そこまで距離はなかった。
”カオナシ”が殺された現場についての話。
「ま、コリンがすぐに駆け付けたところを考えれば、近場なのは当然か」
夥しいほどの血が、地面に湖を張っていた。そしてその中心には、件のカオナシ、その死体が横たわっていた。
「事件をコリンが伝えてきてから、俺がここにくるまで約半刻。事件発生から、その知らせをコリンが知るまでどれだけ時が経ったかしれないが、少なくとも一刻はかかっていないはずだが」
野次馬根性の激しい、遊郭に遊びに来た男たちは、死体と血だまりを中心に円を作っていたが、誰もそれ以上近づかない中、八徳だけは、スゥっと抵抗なく
「だが、それでもそれだけの間、死体はこのまま打ち捨てられていたわけで? カァァァ! いやだねぇ。港崎の、英雄”カオナシ”も、死んじまえば《死に損》かってな!?」
もちろん死体に近寄るとき、諫める声もなかったわけではない。しかし、元はこういったことも仕事の内だった八徳が、気にすることはなかった。
因みに、呆れたように声をあげたのは、ずっと死体が放置された事実にだった。
《始末屋八徳横恋慕》、《港崎心中》、《ラシャメン天誅》など。あれらは上がった死体もすぐ回収された。遊郭の外、異世界の治安組織である、奉行方役人たちが捜査したことも大きかった。
対して”カオナシ”は、八徳の前に打ち捨てられていたままだった。
幾ら死んだのが他人であっても、”カオナシ”を語られた以上、親近感は湧いてしまうわけで。無残に打ち捨てられているこの扱い。なんとも、複雑な思いは禁じ得なかった。
もはや今、始末屋ではない身。ゆえに八徳は、最低限の礼儀を死体に見せるように、一度手をあわせた。
『おい、やめなって兄さん! 祟られるよ!?』
「だったらもう、とっくにこちとら呪い殺されているっての」
おもむろに屍に手を伸ばした。野次馬の人だかりから呼びかけをもらったが、これを鼻であしらった。
「怨恨か?」
血に染まり、ほとんどの箇所が朱に占められた上着を脱がし、死体の状況を確かめた。
認められたのは、腹にいくつもの深い刺し傷。思わず声が漏れた。
「何度も刺したい……と思わせるほどの深い恨み。オイ誰か、下手人を見た奴はいないか?」
次に人だかりに声をかけた。目撃者を募り、事の次第を聞き出すことで、現場見分を行うつもりだった。
思いのほか、その呼びかけへの反応は多かった。というより、自分から遺体に触れることはゴメン被るが、こういう形でなら、野次馬たちは、事件に関わりたいらしかった。
(こ、コイツラ‥‥‥)
とはいえ、出てくる話それぞれバラバラ。簡単に、取捨選択もできそうにないことが、八徳に苛立ちを与えた。
(そうだった。久しぶり過ぎて忘れてた。コイツら野次馬ども、こうだったぁ!)
かつては始末屋として生きてきた八徳。このような場に臨場し、仏に触れることだって手慣れたもの。
だから思い出した。
まるっきり外野であるはずなのに、自分の番を「待ってました」とばかりに、ここ一番まくしたてるのが、祭り好きの野次馬たち。
無責任に言いたい放題口にし、偉そうに「調査の参考にするがいい」など
調査の成否は、自分の活躍によるものだと吹聴しようとするだろう。
(くっそ! 俺が今も始末屋だったら、ぶん殴ってんぞテメェら!)
親鳥が運んできた餌を求めるように、ピーチクパーチク至る所で口を開いては閉じる外野に、腹立ちから、八徳は殺気籠った笑顔で、拳を震わせた。
(落ち着け、落ち着け俺。ここで俺が問題を起こして、この町の始末屋が出張ったらそれこそお笑い種だぞ)
何とか暴れ出したいのをこらえた。こめかみがピクピク痙攣している気もした。
一息深くつく。目を閉じて、呼吸と共に怒りを鎮め、目を開けてから、次に手を伸ばしたのは、カオナシの頭巾。
「では、ご尊顔を拝そうか‥‥‥ん?」
そう言うとともに、死体がかぶる頭巾に掴みかかる。
瞬間だった。あれほど騒がしかった野次馬たちが、シンと静かになった。
チラッと、野次馬たちの動向を探ってみる。円を作ってそこから一歩も前に踏み出さないのに、どことなく前景になったり、背伸びしたり。何とかして、死んだ男の顏を見ようと躍起になっていた。
(あぁ本当、こいつらは)
怒りを通り越して呆れ。
ガクッと肩を落とした八徳は、気にしまいと首を振り、一思いに頭巾を剥いだ。
『亀の字!』
それが、功を奏した。
当然ながら、脱がせた頭巾から現れた顔に見覚えはない。が、それはあくまで八徳だけのはなし。
『だったらあの花魁は、いや、それならどうして頭巾を被ったコイツをっ‥‥‥!』
これだけの野次馬がいる。なら、死体となった男とのことを知る者がいる可能性は、八徳一人のときよりも高くなるのは当然。
現に、驚いた反応に続き、ポロポロと疑問たる点と、『あの花魁』という重要な発言が飛び出した。
「へぇ?」
『……ヒィッ!』
そしてそれを、遊郭内の荒事に手慣れたものである八徳が、聞き逃すはずがなかった。
振り向いたのは、頭巾をはぎ取って現れた顔に向かって驚いた男に対して。
その男が悲鳴を上げざるを得なかったのは……やっと手掛かりらしい手掛かりを掴めたことに、嬉しそうに笑った八徳の顏が、あまりに嗜虐的なものだったからだった。
荒々しく野性味のあふれた、始末屋としての
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