永真遊郭の八徳、港崎のカオナシ-2

「許せ、鈴蘭」

「め、滅相もありんせん」

「カオナシ殿。結構なお考えで」

「は? 私ですか」


 呉服屋の旦那に声をかけられた鈴蘭と八徳。反応はそれぞれだった。

 慌てたように平伏した鈴蘭に対し、八徳など己を指さし「俺ぇ?」と言ってるかのように声をあげた。


「貴方を試させていただきました。合格です」

「試す‥‥‥ですか?」

「先日、貴方を『情報そのものだ』と言いました。が、貴方が情報をどう思っているか知りたかった。情報の重要性やその性格。それを軽んじ見誤るようでしたら、金輪際、声をかけるつもりはありませんでした」

「お‥‥‥い?」

「いや、いいものが見れました。情報の秘匿性についての考え。それによって生まれる信頼と安心。情報への向き合い方。お見事でございます」


 静かに、優しい声で呉服屋旦那は述べ上げる。さっきの遊び散らかした時の阿呆さは消え失せ、大商人にふさわしい威風堂々たる佇まいを見せていた。


(この、古狸っ!)


 八徳もここにきて気づいてしまった。きっと先ほどのトボけた顔も、酒に押し流されたようなヒョウキンさも、全ては自分を油断させるための演技だったのだと。

 

(‥‥‥落差が酷い。この親父、金に飽かしてとんでもなくこの助兵衛だが。それでも商売同様、とんでもなくやる)


「あ、あの、大旦那。こちらの方は?」

「あぁ、カオナシ殿だ。私も詳しくは知らんよ。だが、美味い関係を築いておきたくてね。『私の為に』たぁ酷い言い方になるが、鈴蘭や、お前たちも、是非とも贔屓にしてやっておくれ。なかなかに面白い御仁だぞ」

「カオナシ様?」

「あ、いや、深い意味はない。シノギの関係上、あまり素顔との関連付けを避けたいんだ」


 計算高い古狸は、再び警戒を捨て去ったかのように笑みを見せた。

 本来なら遊女が酌をするところだが、今ばかりは酒の入った陶器の差し口を彼が傾けた。まるで「これからよろしく」とでもいうかのように。


 もちろん八徳は快く受け取ったが、しかし、先のことがある。簡単に今の表情や行動を真に受けることはしなかった。


「あぁ、なるほどそういうことですな? 知る者が知れば、闇討ちの格好の的になるでしょうしなぁ」

「それ、嗤えない冗談です。というより、呉服屋殿はご冗談がお好きですね。こんな高級店、一人では来れません。それに、貴方だから複数の格子格を囲えるんです。嫌ですよ私は。浮気者扱いされて、始末屋呼ばれてお仕置きされるのは」

「ほら、面白いだろう!? 声が若いから大きく見積もっても二十歳は行くまいが、これでなかなか私にとって重要人物でなぁ。ワッチュネーム!?」


(どーしたんだ古狸。ワッチュネームってなんだ? 遊女どもが引いてるぞ?)


「ワッチュネーム鈴蘭?」

「I'm Suzuran(鈴蘭と言います)」


(だからワッチュネームってなんだ。ていうか鈴蘭の名前を自分で言ってる時点で疑問として成立してない)


 こういうのを海千山千のツワモノというのか。八徳は首を傾げた。


 転生するまで、自分の元の世界、生き地獄の遊郭の実力者をその目で見てきたから、きっと遊郭の外の世界は生ぬるく、そこで生きてきた者たちすべてを甘ちゃんだと思っていた。

 だが、このようにつかみどころがないかと思えば、突然とんでもない雰囲気を醸し出すような、それも遊郭に多大な影響を及ぼすような曲者がいることも思い知った。 


「ハーオジャーユー?」

「maybe it's better to you will not know my age. you won't break my image do you?(年齢は知らない方が良いでしょう。印象を壊したくないでしょうから)」

「ウム! 何を言っているか分からん!」

「well it isn't problem that much, known your age by man.because every man are bloody monopolistic. however they are also charmed ladys mistery everytime.(歳を知られることは問題じゃない。それも含めて、男は女を独占したい存在だから。だが、それでいて女の謎にも夢中だ)」

「凄い……わっちよりも水準が……」


 曲者か? 癖者かもしれない。

 とにもかくにも、個性が強すぎて、このような男を手懐けられるものはいないだろう、勿論、そんな者がしようとしていることを簡単に捻じ曲げられる者も。


「なぁ? 凄いだろう鈴蘭。それもそのはずだ。カオナシ殿は、外国人居留地で異国の人間相手と仕事をしているからねぇ」

「外国人居留地でありんすか。ここは港崎、出られぬ身。その名前しか耳にしたことがありんせんが‥‥‥」

「さて、カオナシ殿?」


 押しが強いから、八徳はもちろん鈴蘭も、この古狸のイケイケドンドンは御せないようだった。

 ウッと、八徳は息を詰まらせた。それは鈴蘭に八徳の簡単な紹介をした呉服屋が、改まって八徳を見つめたからだった。


 直感でわかった。間違いなく、面倒な奴だ。


「これは本心からのお願いでございます。他の二名は別として、鈴蘭と懇意になっていただきたい」

「はぁっ!?」

「費用の面はご安心を。全て私が負担させていただきます」

「その、私は‥‥‥」

「あいや! まずは私の話をお聞きください」

「うぐっ!」


 あぁ、やっぱり面倒で突拍子もない申し出だった。


「理由は二つ。一つは鈴蘭の身を案じての親心とでも言いましょうか。そしてもう一つは貴方に望む、情報屋としての活動の為です」


 その上さらに、呉服屋は平伏低頭まで見せてきた。

 ワザとらしいのは見え見えだが、ソレを差し引いてもやめて欲しかった。大人物となるまでにいろいろと苦労したに違いない呉服屋に、最近転生したばかりの自分が畏まられるのだ。

 とてもじゃないが、心苦しくてたまらなかった。

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