第4話 「sandalwood」(@sandalwood1124 様)

 姿勢を正す。


 つ、つ、とペン先を動かす。猛禽類の風切り羽のような印象を抱かせる、鋭くも軽やかな手跡が、ノートを埋めていく。夜勤明けの高揚した頭は、新しい言葉を小躍りしながら受け取ってくれる。しゅわしゅわと脳に血流が回る快感を、アイスコーヒーで宥めながら書き進める。


 遊びが少ないと言われた。作品にも、生き様にも。隙というか、愛嬌というか、なんらかの親しみやすさがファンを作るのに、お前はとがりすぎていると。


 あるいは、そうかもしれない。


 人は、おそるおそる触れなければならないバカラのカットグラスよりも、遠慮無く触れられる百均のグラスを普段使いに選ぶものだ。用途が違うというだけであって、そこに貴賤はない。きっと、自分の文章を読めるタイミングは限られているのだろう。あまりにもリアルであるために。あまりにも、感情を揺さぶるために。


 だが、それで良い。自分の文章の心髄は、骨格標本のような、むき出しで繊細な美しさだ。あるいは、受け取った側の波立つ心模様こそが、本当の作品であるとすら言えるかも知れない。


 ふと、瞼の裏に茶室が浮かぶ。


 主が思うところの「美」だけを丹念に残した、地味にすら見える部屋。その部屋を設えるために、どれほどの時間と労力と心配りがかけられていることか。だが、主はそれを表に出さない。黙して客を招き入れるばかりだ。

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