『俺……この戦争が終わったら結婚するんだ……』と言って死んで行った兵士たちを集めてデスゲーム

てこ/ひかり

勝利条件

「タカユキ」

「……ヘイ、ジャック」


 私が顔を上げると、木陰にいたアメリカ人が、素早く私に銃口を向けていた。見知った顔だ。私はほんの少しだけ表情を緩め、白い歯を浮かべた。

「やれやれ。また君の勝ちのようだな、ジャック……」

「ああ。タカユキ」

 早撃ちカウボーイジャック。

 私は苦笑を浮かべ、ゆっくりと銃を下ろした。だがジャックは依然私の額に銃口を向けたまま、無表情で私を見つめ続けた。私は途端に顔を強張らせた。

「……どうした?」

「…………」

「…………」

「…………」

「……ヘイ、ジャッ」

 ……私がいい終わるか終わらないか、その一瞬だった。


 一発の銃声が深い森の中で轟音を放ち、近くにいた野鳥たちが一斉に飛び立った。


□□□


「皆さんには今からちょっと、殺し合いをしてもらいます」


 ……事の発端は、突然目の前に現れた黒いマスクマンの、こんな一言から始まった。

 教壇に立ったその男は、目元と口元を三日月型に切り抜いたマスクで顔を覆い、声はボイスチェンジャーで機械音に変えていた。そう、男は教壇に立っていて、私たちはいつの間にか、まるで学生ティーンエイジャーのように日本の教室を形取った部屋に座らされていたのだった。


 もちろん私は面食らった。

 何故なら私は数日前、確かに南米の戦場で倒れて死んだはずだったのだ。


 銃弾で撃ち抜かれたはずの胸の感触をそっと右手で確かめつつ、私は恐々と教室の中を見渡した。同じように机に座らされた兵士たちも、何故自分がここにいるのか分かっていないようだった。彼らは母国も年齢も様々であった。黒人の陸軍兵士もいれば、白人で水兵の服を着ている者もいる。私のようにアジア系は少数だった。誰もが全員、この異様な光景について論理的な説明をできずに、戸惑いを隠せないまま教室の中で顔を見合わせていた。


「静粛に」

 目の前の教師マスクマンに母国語でそう言われ、私は前に向き直って生唾を飲み込んだ。教室の中が一斉に静まり返る。

「あなたたちは皆、戦場に行く前に結婚を約束しています」

 仮面の男が心底嬉しそうにそう言った。

 そうだった。

 私は生前、戦地へと運ばれるトラックの中で見た婚約者の写真を思い出していた。

『この戦いが終わったら、俺……結婚するんだ……』

 数日前、確かに私はそう言って、仲間たちに彼女の写真を見せた。そしてその数日後、戦争は無慈悲にも私の命を奪った……。


 ……はずだった。

 それなのに私は、天国に召されるわけでも、地獄に突き落とされるわけでもなく、ぽかんと口を半開きにして教室で授業を受けている。 ……これは夢なのだろうか。

「……これからあなたたちには、二チームに別れて戦争をしてもらいます。舞台は四方を海に囲まれた島の中。制限時間は二週間。武器弾薬などはそれぞれの拠点に……」

 黒いマスクマンは何やら熱心に説明を続けていたが、あいにく私はほとんど耳にしてはいなかった。頭は途端に彼女のことでいっぱいになった。マヤ……それに、もう二度と会えないと思っていた家族や友人たち……急に私の胸は締め付けられるかのように痛み出した。会いたい……一度は死んだと思ったこの命、できることなら生きて戻り、彼らを抱きしめたい……。

「生きたいですか? みなさん」

「…………」

「まだダメですよ」

 黒いマスクマンが両手を天に掲げ、嬉々としてこう宣言した。

「このデスゲームの勝利条件はたった一つ。最後に生き残った方を、婚約者の元に戻してあげましょう!」

 その瞬間、教室の中を包んだのは歓声でも罵声でもなく、長い静寂であった。


 ……こうして、戦場で無念を抱えて死んで行った私たちの、復帰戦リターンマッチが幕を開けた。


□□□


 ジャックとは、同じ拠点の中で知り合った。

 私もジャックも、それから他の兵士たちも、皆それぞれ出身国も話す言葉も違っていた。だが不思議なことに、首に取り付けられた銀の輪っかのおかげで、私たちの言葉は自動的に翻訳された。自力では決して取り外せない、犬の首輪のようなそれは、これから始まる殺し合いからは決して逃れられないとでも言うように不気味な存在感を放っていた。私は十三名程度の急造チームを見渡し、生唾を飲み込んだ。


 ほとんど説明もないまま、戦場に放り出され知らない者同士で戦争をしろと言われても、普通は動けるものではない。だがマスクマンの言葉……戦いに勝ったら、生きて故郷に戻ることができる……が、私たちを奇妙な仲間意識で一致団結させた。私たちは無言で武器を選び、弾薬を補充し、島の地図を開いた。ジャック、ハワード、イワンコフ、李、アベベ……皆言葉こそ少なげだったものの、お互い目で分かり合った。やるべきことはたった一つ。

 相手チームの殲滅だ。


 戦況は常に私たちの優位に進んだ。

 運よく高低差と風を味方につけた私たちは、首尾よく敵の動きを封じて行った。元々はそれぞれの国で厳しい訓練を積んだ兵士プロフェッショナルだ。多少の犠牲は払いつつも、私たちは二週間を待たずして敵本陣を壊滅させるまでに至った。


 ……だが本当の地獄はそこからだった。

『静粛に』

 敵チームの最後の一人を狙撃したその直後、首輪から懐かしきマスクマンの声が聞こえてきた。生き残った私たち七名はそれぞれの持ち場についたまま、息をひそめてその言葉に耳を傾けた。

『おめでとうございます! Aチームの皆さん、見事あなたたちの勝利です!!』

「…………」

『……ですが、生きて戻れるのはたった一人。これからは個人戦として、サバイバルの幕開……』 


 マスクマンの言葉を最後まで待たずして、島のどこかで銃声が鳴り響いた。

 

□□□


「ジャック……」

「タカユキ……」

「ジャック、どうして……!?」


 私は木陰で吐血するジャックに駆け寄り、彼の顔を持ち上げた。急造だったとは言え、同じ戦場で共に過ごし、身の上話をするにつれ少なからず彼に情も湧いていた。それは彼も同じだったはずだ。だから個人戦になった直後、私たちは真っ先に合流しバディを組んだ。

「いいんだ、これで……」

「……!?」

 ジャックは私の腕の中で、弱々しく笑った。

「……こうでもしなければ、君は私を撃たなかっただろう?」

「ジャック……!」

 ……引き金を引いたジャックの銃に、弾は入っていなかった。撃つ真似にまんまと引っかかった私は反射的に銃を構え、彼を撃っていた。

「……生きて、戻れよタカユキ」

「ジャック……」

 最後の二人になってからも、私たちは諦めなかった。マスクマンを探し出し、このイカれたデスゲームから二人で逃れようと必死で島中を駆け巡った。

「婚約者に会って、それから、あの時死ななかったらやりたかったことを、全部……」

「ジャック……おい、ジャック!?」

 それからジャックは静かに目を閉じ、二度目の死を迎えた。


□□□


 ……そして気がつくと、私は再び例の教室の中へと舞い戻っていた。

「……!?」

 まだ腕の中にジャックの温もりが残っていた。次の瞬間……正にそう表現するしかない……私は椅子に座らされていたのだった。

「静粛に」

 ふと顔を上げると、教壇に立った赤いマスクマンの男が、私を見下ろしていた。

「……どう言うことだよ!?」

 私の隣に座っていた、英国人の兵士が叫んだ。

「生きて帰れるんじゃなかったのか!? 全部デタラメだったってのかよ!? 俺たちに殺し合いをさせといて、結局……」

「静粛に願います」

 赤いマスクマンの男が、機械音を響かせた。

「……確かに私は勝者を婚約者の元に戻して上げると約束しました。だけどそれは、婚約者が生きていたらの話です」

「……なんだって?」

 教室の中がたちまち静まり返った。私は赤いマスクマンを見上げたまま、心臓を鷲掴みにされたように動けなくなった。

「ここに集まった皆さんの婚約者は、あなた方の訃報を聞いて、不幸にも命を落とされてしまいました……死にたいですか? みなさん。まだダメですよ」

 男は心底嬉しそうにそう言った。


「次の勝利条件はたった一つ。死にたい者同士でお互いを励まし合って、相手に生きる希望を持たせてあげてください。武器は自由。そうして、最後まで希望を持てなかった一人を、望み通り殺して差し上げましょう。皆さんには今からちょっと、生かし合いをしてもらいます」

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『俺……この戦争が終わったら結婚するんだ……』と言って死んで行った兵士たちを集めてデスゲーム てこ/ひかり @light317

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