第25話 汚部屋の主に一計あり

まだ昼前といった時刻に無事トフロのギルドへ到着した僕らを待っていたのは、想像通り散らかり放題の部屋に全裸で寝転がるシエナさんだった。

助手のアイリスさんはため息をつきながら僕らに会釈をすると、ソファーに歩み寄ってシエナさんを起こす。


「んあ……? お~、来てたのか可愛い子ちゃん。お前らも息災そうで何よりだ。」

「何よりだ、じゃありませんお姉様! なんですかこの部屋は! 前より酷くなってるじゃありませんか!」

「寝起きに大声出すなよ~。」


言い合いを始めるのは良いけどとりあえず服は着て欲しい。そうじゃなくてもこっちは色々と溜まってて、シエナさんはスタイル抜群なんだから始末におえない。


「せっかくお前の性感帯を彼に教えてあげたのに……。」

「余計なお世話です!!」

「余計なもんか。ココ攻めて、とか言えないだろうお前のために気を遣って……ん? もしかしてキミらまだ何もしてないの?」

「あ、当たり前です!!」

「ひとつ屋根の下で暮らしてるのに奥手だな~。」


んなことは良いからホントに服着ろよ。良い子にはお見せできない映像をいつまで続ける気なんだアンタは。

僕は目をそちらへ向けないように、とりあえず近場のゴミを拾い上げてゴミ入れと思われる麻袋へ詰めていく。

汚れた下着とかももう容赦なく麻袋へ。てか麻袋一つじゃ足りないな。気が進まないけど、ネットショッピングで一番大きいサイズのごみ箱でも買うか?

そんなことを思いながら、ひょいっと拾い上げたコルクで蓋をされた花瓶を持ち上げる。


ちゃぽんっ


……非常に嫌な予感。この蓋だけは絶対に開けちゃいけない、いや、中身を知ってはいけない気がする。


「お~い、それはゴミじゃないぞ。あたしのトイレだ。」


僕は花瓶を置いて思考を止めた。怒りも悲しみも感じないように、ただプリシラと早く会いたいという一心でネットショッピングを立ち上げると、購入したアメリカンサイズなゴミ箱へ目につくもの全てを入れていった。

手伝ってくれているアイリスさんは興味深そうに見てたけど、もう説明する気にもならない。とにかく目に入った物体は全てゴミだと判断して片っ端から入れていく。


「おい、その棒は捨てないでくれ~。ちょうどいいサイズでお気に入りなんだ~。」

「……。」

「……聞いてる? 可愛い子ちゃ~ん、その棒は」


処分。


「あ、その本そんなとこにあったのか~。触手×エルフは様式美……」


処分。


「スライムオイル切らしてたと思ったらまだあったのか。やっぱヌルヌルが無きゃ……」


処分。


「……キミは容赦ないな~。」


よし、これでとりあえず足の踏み場くらいは出来たかな。後は埋もれてたガウンみたいなやつを羽織らせてさっさと話しを進めよう。

僕はアイリスさんに今回の要件を聞くことにした。なんでシエナさんじゃないのかは察してくれ。


「……お掃除までしていただいた代金はシエナ様の給金から天引きしておきますのでご安心ください。」

「ええ、是非そうしてください。」


そのお金でプリシラにお土産でも買って帰ろう。

とまあ、そんな話は置いておいて……ようやく本題に移れるな。なんとか物が置けるようになったテーブルに資料を広げるアイリスさんは、その1枚1枚を指さしながら今回の件を説明してくれた。

なんでも、この街に良心的でないカジノが蔓延しており、市民や冒険者たちが借金まみれとなってしまい奴隷落ちするケースが急増。商品が飽和した奴隷商が悲鳴を上げているらしい。


「中でも問題視されているのは『エ・ジェナンテ』というカジノです。こちらにお越しいただく際にご覧いただけませんでしたか? 大通りに面した一等地にある大きな建物なのですが……。」


ああ、あれか! 前来た時は無かったから不思議に思ってたんだ! 母さんのお土産の絵葉書で見たことあるような、なんかホ〇イトハウスみたいな建物!


「他にも小規模に行われてるものもあるにはあるのですが、賭博場の総本山と言えるのがその『エ・ジェナンテ』です。真偽のほどは分かっていませんが、行われている賭博は全て操作されているという話です。……まあ、賭博に負けた人は皆同じことを言うので判断に困りますが、こう数が多いと……。」


新たに資料を出される。それは分かっている限りで、そのカジノで借金を背負った人たちの名簿だった。

た、確かに数が多いな……母さんがギャンブラーだからあんまり人のこと言えないけど、これはいくらなんでも熱中しすぎだろ!


「ですが、こう言っては何なんですけど自業自得のような気が……。」

「だよな~。負けた腹いせ~、なんてのにアタイら付き合ってらんないぜ?」


タバサさんとヴェテルは乗り気じゃない様だ。まあ、正直僕も同じ理由であんまり立ち入りたくは無いんだけどさ。


「それなんですが、実は内部に協力者がおりまして……先ほどここにお呼びしております。どうぞお入りください。」


いつの間に手配していたのか、扉から受付の女性を伴って一人の青年が顔をのぞかせた。

歳は僕と同じくらいだろうか、栗色の髪にそばかす交じりの純朴そうな男性は、レストランのウエイターみたいな恰好をしている。


「あ、あの……はじめまして、ウィルと申します。『エ・ジェナンテ』の従業員をしております。」

「えっと、はじめまして。コーイチ・マダラメです。」

「お願いします! アンジーの目を覚ましてやってください……!」

「は、はい?!」


挨拶もそこそこに土下座するウィルさん。え、この世界に土下座の風習とかあるの?

とか疑問に思っていたら、ウィルさんはいきさつを話してくれた。どうにもそのアンジーというのが問題のカジノオーナーらしく、彼の幼馴染でもあるそうだ。

でもとりあえず頭下げられっぱなしじゃ落ち着かないからシエナさんをどかしてソファーに座ってもらう。……シエナさんはそのまま床で寝た。ダメだこの人、早く何とかしないと。


「昔から、アンジーは僕に言ってくれてたんです。立派な商人になって、お金持ちになったら僕を婿にとるって。」


それって逆……あ、この世界じゃそれが普通なのか。


「彼女はこと商売事やお金に関しては子供の頃から天才的でした。何が売れて、次はこんな商品が来る! とかそういうのに敏感で……頭も良いですから、より利益があげられるように努力していました。」

「へ~、凄い人なのね。」

「ええ。でも、彼女の両親は真逆のタイプの商人でした。利益度外視で、人情が第一といった感じで……そして、ある事件が起こったんです。」


ある時、彼女が考案した『オマール牧場の半熟キャラメル』。近隣の村々でも評価は上々で、あらゆる商人が我先にと購入していったらしい。そんな噂を聞きつけた大商会『トマレフ商店組合』が、彼女の両親に商談を持ちかけた。当然、これはチャンスだった。だから大量生産が難しいキャラメルだけじゃなく、麦や薬草なども売りつけようとアンジーは画策する。

当時まだ16歳という年齢ながら、商店組合の人間たちを相手にそれは見事に立ち回ったらしい。しかしそれでは面白くないのが商店組合の組合員たち。定期購買契約を結んでいたオマール村の麦を、不正な道具を使って安く買いたたこうとした。

そうはさせまいとアンジーが食って掛かるも、商人としては人の良すぎる彼女の両親。揉めるくらいならと条件を飲んでしまった。商人としては正しくない行いだが、村にとって麦の取引を中止されるのは痛い。それなら自分が貧乏してでも取引は続けようとの考えだった。そんなだからキャラメルは売れても貧乏から抜け出せない日々。

ついに怒ったアンジーは両親と決裂し、村を飛び出す。そして数年後、金を得る事に関しては天才的とも言える彼女は賭博屋に目を付け、大成功を果たしたのだった。


「ホントは、お金じゃないんだと思うんです。ただ両親をコケにしたあの商店組合の人たちに一泡吹かせたいだけ。その為に力を付けようとしてるんだと思うんです。」

「なるほど……。」


確かに、自分の両親が馬鹿にされてるとこなんて子供は見たくない。それをまだ多感な時期に目にしたとなれば怒るのも当然だろう。

にしても『トマレフ商店』ってまた聞き覚えある名前が……。あそこって結構アコギなやり方してるんだな。副会長はに出向いてもらったけど、あのお仕置きもあながち間違ってなかったかも。


「……『エ・ジェナンテ』では、不正な賭博が行われています。」

「え?」

「ほぼ必ず負けるように細工が施されているんです。例えば、こっそりダイスの面の重さを変えたり、配るカードを操作したり。気が大きくなって大口で賭けた時にそれをやって、また射幸心を煽るように。」


それからはもう泥沼。負けを取り戻そうとしてまた負けて、気が付いたら借金まみれという具合だそうだ。それでも、正直ギャンブルに熱中しすぎた人たちも悪い気がする。もちろん不正は良くないけどね? これはどうしたもんか……。


「因みにな~」


寝てたと思ってたシエナさんがのそっと起き上がりながら口を開いた。


「今回の依頼主、この青年だけじゃないぞ~。」

「そうなんですか?」

「その『トマレフ商店』からも来てる。なんでも、ウチの奴隷在庫が捌けないからなんとかしろってさ~。ま、商人にとっては売れない在庫ほど怖いもの無いからね~。奴隷も扱ってれば尚更さ。」


彼らの依頼を聞くのは気が引けるけど、ん~……ホントどうしようコレ。

僕の考えとしては、不正さえ行っていなければ『エ・ジェナンテ』のオーナーは敏腕で凄い人なんだと思う。復讐したい気持ちも分かる。でもそれで関係ない人たちまで度を越して損させちゃってるのはダメだ。

だからって僕らが出張って、不正はやめようね? とか言ったところで片付くとは思えないしな。


「今回の依頼って、要するに彼女の不正を正そうってことですよね? 何か具体的な方法とかはあるんですか? 例えば……その不正を行ってる道具とかを調べさせてもらうとか。」

「それは既に行っております。ですが、ダイスにしても『たまたま不良品だった』と言われてしまえばそれまでですし、カードにしても確たる証拠がありませんから……」


アイリスさんは困ったように答えてくれる。

そこで、起き上がって机の方へ気だるそうに歩いて行ったシエナさんは机の中をゴソゴソ漁りだした。……あそこも絶対魔境だぞ。ぽいぽい取り出してく中に統一性が全く見られない。ぷっちょグミのケースみたいな棒とか、ヨレヨレの下着とか、サンドイッチとか……てかそれいつのやつ?! 食べれるの?!


「お、あった。」


何かを見つけると、僕の方へ投げてよこした。慌ててキャッチ……はミスったけど拾い直してみると、


「……金貨?」


ゴミと一緒に百万円入れてる馬鹿っているんだね。


「とりあえずキミへの依頼は、それで一日『エ・ジェナンテ』で遊んできてよ。」

「え?」

「ちょ、ちょっと! それじゃあ……!」


ウィルさんは慌てて止めようとするけど、僕は彼女の意図が分かった。

なるほどね……。もう、どうなっても知らないぞ?

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