第26話 コーイチズ11
僕らは上客を装うため小奇麗な衣服に身を包むと、ギルドが手配してくれた豪華な馬車に乗り込んだ。行先は目と鼻の先だけど、カッコつけようとのことだ。
サミュエルはタキシードに身を包み、タバサさんは貴族って感じの淡い青のドレス、ヴェテルはシエナさんに借りた真っ赤なフリル付きの大人っぽいワンピースだ。流石にサミュエルもタバサさんも着慣れた感じで様になってる。ヴェテルも似合ってるんだけど、どうにも落ち着かないようで先ほどからソワソワ。
「あ~……んなフリフリなスカートとか落ち着かねー! 第一、こんな服アタイにゃ似合わねーだろ?!」
「いや、全然そんなことないよ? 僕は綺麗だと思うけど……。」
ぼふんっ
……え? 何の音?
こんがり焼けた肌でも分かるくらいに真っ赤になったかと思えば爆発したような音が馬車内に響いた。
「な、な……あ、兄貴?! き、綺麗ってななな……何言って……!」
「むっ、コーイチさん、私は? 私はどうですか?!」
「へ? ああ、うん。タバサさんも綺麗だと思いますよ?」
「まあっ……!」
「コーイチ殿! 私はどうだろうか!」
「「ホモは引っ込んでて(ろ)!!」」
「ホモにも人権を?!」
騒がしい馬車は往来を行き、間もなくしてホ〇イトハウスもとい『エ・ジェナンテ』へと到着する。
僕らがカジノの横へ着けるとすぐにドアマンと思しき女性が駆けつけてきて降りるのに手を貸してくれた。カジノのドアまで開けてくれて、偽装効果はテキメンみたい。終いには副支配人を名乗る尖がり眼鏡のちょっとキツそうな女性が僕らに建物の案内まで始める始末だ。
「『エ・ジェナンテ』へようこそ! 本日はご宿泊ですか?」
キリっとした感じの受付の男性は笑顔で声をかけてくるけど、こういう歓待のされ方は得意じゃない……。思えば元の世界でお金を持つようになってから、銀行に行くだけでこんな感じだったな。
「うむ、ご主人様のためにヴィラスイートを頼む。空いておらんとは言わせんぞ?」
メイドに扮したエシェットがそう言う。……なんだかキミ、堂に入ってるね? メイド服姿はすごくキュートだけどむしろキミがご主人様な佇まいだよ。
「お客様、カジノお楽しみいただく際は是非8階にございます一等遊技場でご遊戯ください。」
「一等遊技場?」
「はい。こちらはスイートルームをご利用の方や貴族の方のために造られた大変豪華な遊技場となっております。」
へ~、そんなのあるんだ。母さんも高級ラウンジ快適だった~とか言ってた時あったし、そういうヤツかな?
首を傾げていると、先ほどの尖がり眼鏡の女性がパンフレットを差し出してくる。広げてみると、ヴィラスイートの客室や高級ラウンジ、一等遊技場の案内が丁寧に描かれていた。
う~ん……あまり豪華なのは好きじゃないんだけど……。おっ?! 子供向けの室内公園もあるのか! ボールプールとかジャングルジムとか……プリシラが夏季休暇に入ったら連れてきてあげよう!
「ふぉ~~~~っ!」
……マウもそこで遊ばせといてあげよ。もうパンフレットのそこに釘付けだ。
「じゃあ一度部屋に行って、それから一等遊技場に行こうか。エシェットは室内公園でマウを見ててあげて? さすがにドラゴンが急に入ってきたらパニックになると思うから。」
まあキミもドラゴンなんだけどさ。
「……仕方がないのう。」
飛び回って喜ぶマウに、エシェットはため息交じりに了承してくれた。ホントは僕が見ててあげたいんだけど、仕事があるから……ごめんね、できるだけ早く終わらせて代わってあげるから。
そうして僕らは豪華な部屋へ通されて荷物だけ(とは言っても殆ど無いけど)置いて、マウとエシェットと別れ一等遊技場へと向かった。遊技場ではいかにもお金持ちそうな人たちが煌びやかな恰好で遊戯を楽しんでいる。小奇麗にはしてきたけど、僕はなんだか場違いな気がする。
「す、すみません、これをチップに換えてもらえますか?」
「かしこまりました。」
今回の軍資金である金貨1枚を景品カウンターに差し出すと、スタッフは慣れた手つきでチップを数えていく。
「それではご武運を。」
そして出てきたのは大きな赤黒のストライプが特徴的なチップが1枚と、一回り小さい緑のチップが150枚。
僕はその緑チップをサミュエル達に50枚づつ分けた。
「僕はとりあえずダイスロールの方に行くから、みんなはそれで適当に遊んできて。」
「……それだけでいいのかい?」
「ああ、僕はこれ一枚で十分。」
そう言ってアーチを潜ると、その瞬間、体がぐっと重たくなるのを感じた。でもそれはほんの一瞬で、すぐに治まる。
「これ……耐魔の術式です。」
「へ?」
「この空間では魔法やスキルは使えませんね。多分、あのアーチを潜ると発動するんだと思います。」
……なるほど、イカサマ防止とかかな? 自分のステータスを確認してみると、スキルの欄にバツ印が付いており使用できなくなっているのが分かる。だからアイテムボックスも使えないし、ネットショッピングも無理だ。
「コーイチさん、大丈夫ですか?」
タバサさんは心配そうにしてるけど、スキルだけならまあ問題ないでしょ。ステータスが下がった訳でもないし。
とりあえずお試しのために手近にあったダイステーブルでシューターを申し出ると、チップをベットして投げた。
「ちょ……! 兄貴?!」
ディーラーもいきなり大賭けしたのに驚いていたようだが、二つのダイスは転がり……ピタっと合計7となる数字を示した。クラップスは7か11を出せばそこで勝負が決まるから、はい、僕の勝ち。
「ナチュラル?!」
「す、すげぇ……!」
わかってはいたけど、ホントにこんなんで良いのかな。イカサマ防止でスキルとか使えないとしても、こと賭場に関して僕は存在がイカサマなんだけども。
そんなことを思いながら、ディーラーが冷や汗をかきながら差し出す数枚の赤黒チップを受け取るのだった。
「クソ! ち、違う! これは何かの間違いだ……!!」
ん? なんだ? なんか向こうのテーブルが騒がしいぞ?
遠巻きに見てみると、とても上客とは思えないヨレヨレなタキシードに身を包んだ男性がディーラーに掴みかかろうとして取り押さえられている場面だった。取り押さえられた男は床に組み伏せられ、目の前の女性に見下ろされている。
……あの女性は資料で見た特徴的にアンジーさんかな?
「……お客様、困ります。お客様がご遊戯で損をされたとしても、それは時の運に御座います。」
「違う! 俺は負けてない!」
「いいえ、お客様の負けです。またお賭けになっても構いませんよ?……まあ、まだお金をお持ちであれば、ですが。」
身なりからして、元々はかなり上流階級の男性なんだろう。でもアンジーさんのあの言い方からして、かなりの大損をしてしまったようだ。
外に連れていかれている間、男性は「イカサマだ!」と叫んでいた。
……ギャンブルはほどほどにしないとね。可哀想だとは思うけど、彼にはいい教訓になったはず。でもああいう人が増えないように、僕もちゃんと仕事しなくちゃ。
『ホントに良いんですか?』
『もちろんさ~。とにかく勝って勝って勝ちまくって、お店を破産させちゃってよ。それが依頼だからね~。』
『でもそれって……。』
『うん、間違いなくアンジーは不幸のどん底。優しいキミにとっては気持ちのいい話じゃないかもしれないけど……う~ん……まあ、大丈夫だと思うよ?』
『え?』
『だって、キミはきっと、誰も不幸にしないさ。』
……勝手言ってくれるよ。でもやるしかない。その後の事なんて、僕がどれだけ頭を使ってもたかが知れてる。でも僕には奇天烈だけど馬鹿みたいに能力の高い仲間がいる。なら僕は僕に出来ることを精一杯やるだけ。
「あら?」
「っ……!」
そんなことを思っていると、アンジーさんが僕を見た。そして手元にあるチップを見ると、薄く微笑んで近付いてきた。
「随分調子がよろしいのね?」
「え、ええ……今日はツイてるかな~。あはは……。」
「ふふっ、そのようですね。ツキがあるうちに、じゃんじゃん勝ってくださいませ。」
「は、はい! が、がんばるぞ~!」
お芝居は苦手だけど、とりあえずやり過ごせたかな?
僕の反応を見て笑みを携えたままバックヤードに消えていく彼女を見て僕はそう思った。
「兄貴~……」
「コーイチさん……」
「コーイチ殿……」
「ん?」
背後から聞こえる情けない声に振り向くと、そこにはすっからかんになったサミュエル達が居た。
「……君たちはギャンブル禁止。」
「「「はい……。」」」
いくらなんでも無くなるの早すぎだろって……。
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