第24話 遠く離れて、二人とも
「プリシラ……大丈夫かな? や、やっぱり引き返して……」
「だ・め・で・す! さっきからそれ何回目ですか!?」
シェードを旅立った夜、草原を運転中、僕は助手席に座るタバサさんに叱られていた。
「もう……心配なのは分かりますけど、プリシラちゃんだってしっかりしてますし、ちょっとは信用してあげてください。」
信用はもちろんしてるさ。でもそう言うんじゃなくて、なんかこう……そわそわすると言うか、上手く言い表せないけど無性にプリシラのことが心配になっちゃって。
プリシラが初めて学校に行った時とか、奴隷から解放する時とかも似たようなことがあったけど、それとは比べ物にならない動悸が……!
プリシラ、お兄ちゃんもうダメかもしれない! なるべく早く終わらせて帰るからね!
「兄貴、親馬鹿過ぎだろ。……赤、1。」
「まあそう言ってやるなヴェテル。コーイチ殿にとって彼女がどれほどの存在なのか、私たちはよく知ってるじゃないか。……黄、1。」
「主様は優しいのじゃ~。そんなところが吾輩も……黄、スキップ。」
「ぐっ、おのれ……!」
「そらアタイだって分かってるさ。でも……黄、3。」
「なら、言わないでおいてやろう。……赤、3。」
「ま、主様に一番愛されてるのは吾輩じゃがの。……赤、スキップ。」
「き~~~~さ~~~~ま~~~~っ!!!!」
「ぴぇっ?! な、なんなのじゃお師匠っ! これはそういうルールなのじゃ!!」
「黙れこの木っ端竜め! そっ首叩き落としてやる!!」
おい後ろ、UNOやってんじゃねーよ。まあ暇なのはわかるけどさ。
もうプリシラは寝た頃かな? 結構夜も更けたし、対向車が居ないから遠目にし放題とは言え今日はここまでにしとくか。
そう考えた僕は車を止めて、ここで夜を明かすことにした。明日の朝に出発すれば車なら昼前には着くだろう。外に出ると満点の星空の下、運転でつかれた体を思いっきり伸ばす。
……そう言えば、はじめて彼女と出会って間もない頃。車で適当に旅をして、疲れたらこうして一緒に背中を伸ばしてたっけ。
サミュエル達のトレーラーハウスを出し、おやすみと告げると僕は一人最後部の大きなベッドに寝転がる。
最初はこのベッドに一緒に寝てたんだよな。でも男女七歳にしてって言うから、ベッドの上にあるロフトで登る収納スペースを僕の寝床に変えた。だからこの大きなベッドにはいつもプリシラとエシェットが寝ている。因みにマウは僕と一緒だ。……本当はソファーがマウの寝床なんだけど、朝起きるといつも僕のお腹の上で寝てるんだ。
「……おやすみ、プリシラ。」
コルクボードに貼ってある写真に言う。そうして僕は、少し落ち着かないながら眠りにつくのだった。
「お、おいコーイチ、そこは我の……いや、別に良いのじゃが。しかし待てよ? 我はもうコーイチの従魔……ということはこれは好機というやつではないか? わ、我も初めての事ゆえ、聊か不安もあるが……い、良いのよな? ホントに良いのよな?!」
運転で余程疲れていたのか、明け方まで一人ブツブツと問答を続ける存在に気付くことなく、僕は深い眠りに落ちていた。
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一方その頃、プリシラはと言うと……。
海賊王、もといマルグリット家の屋敷で、「自分の部屋だと思って使ってね?」と通された客人用の部屋にて濡れた髪を乾かしていた。どうしてこんな時間になったかと言うと、その海賊王が無駄に広いお風呂で酒を飲みながら管を巻き、それに延々巻きこまれていたから。
本当はメリルと一緒に入るはずだったのだが、風呂場の扉を開けるとそこには既に出来上がっていた海賊王が居たのだ。
「おぉ~! オレの娘とプリシラじゃね~か~! ……ひっく。」
「お、お母様?! またお風呂でお飲みになってたんですか?! お父様に知られたら……」
「良いんだよっ! 女にはな~? 羽を伸ばす時間も必要なん、だっ!」
「あいたっ! ……もう、知りませんからね?」
額を小突かれたメリルは困り顔で身体に湯を浴びた。プリシラと同年代とは思えない豊満な桃に湯が滴る。こっそりプリシラは自分のそれを見つめ、ため息をついた。この世界では、男女の貞操観念が逆になっているから、別段胸が大きければモテるというものではない。(人にもよるが)
しかし幸一がいた世界の男子諸君は考えてみて欲しい。アレはデカければ良いと思いがちではないかい? つまりはそういう事なのだ。
「にしてもよ~……ひっく……お前の父ちゃんは中々イイ男だな~。ま、ダーリンには負けるけど。」
「……ムッ。コーイチさん、負けて、ない。圧勝。」
「おっ、言うじゃねーか!」
楽しそうに笑いながら、プリシラの頭をガシガシ撫でた。プリシラは迷惑そうな顔を隠そうともせずにジトっと睨んでいる。
そんな様子を髪を洗い終えたメリルが湯船に腰を落として眺めていた。彼女は前々から疑問に思っていたことがある。
「あの……プリシラさん? いつか聞こうと思っていたのですが……。」
「……?」
「どうしてコーイチ様のことを、お父様などではなくお名前で呼ばれてるんですの?」
若い見た目の父を持つメリルにとっては、幸一くらいの年齢でも父と言って違和感はない。しかしプリシラは、いつでも彼の事を名前で呼んでいた。
プリシラは一度黙ると、ポツリと言う。
「……コーイチさん、お父さん、ちがう。」
「えっ?! そ、そうだったんですの?! ではお兄様……」
プリシラは首を振った。
それまで黙っていた海賊王、もといディアンヌは何となく察していたのだろう。第一、彼女はダークエルフだし、もし純粋な親子ならどちらかにハーフエルフの特徴があるはずだ。兄妹であるなら、そもそも人間とダークエルフでハッキリ別れることはまずあり得ない。
「コーイチ、さん。わたしの、恩人。とても……大切なひと。」
それはまるで大事なものを守るように、胸の前でギュッとこぶしを握って囁かれた。
「恩人? 大切なひと?」
メリルにはピンと来なかったのだろう。しかしそれも止む無しと言える。彼女もまだ9歳。察しろというのが酷だ。
そこで、プリシラは語る。友達というのにはまだピンとは来ていないが、どこかでメリルならと思ったのかもしれない。それほど学校ではいつも一緒に居るし、何かと世話を焼こうとしてくれる彼女だから。
自らが元は奴隷であり、幸一に拾われたこと。奴隷から解放してもらい、家族だと言ってもらえたこと。とても全ては伝えきれないが、ゆっくりと大切なアルバムの一ページを捲るように。
「……そうだったんですのね。」
「ん。だから、コーイチさんに、いっぱい、いっぱい恩返し、する。魔法、いっぱい頑張って、コーイチさん、喜ばせる。」
「ごめんなさい、ワタクシ……とても無縁慮なことを聞いてしまいましたわ。」
「……いい。」
俯くメリル。しかしその横で、ディアンヌが勢い良く立ち上がった。腕組みすると常識はずれなほど巨大な桃が主張激しく持ち上がる。
「ズバリ言おう! プリシラ、お前、ヤツに惚れてるな?」
「えぇ?! そ、そうなんですのプリシラさん?!」
プリシラは言葉にすまいと思っていたことをハッキリと告げられ目をそらす。その真っ赤な顔は半分までお湯に浸かっていた。しかし恥ずかしい反面、ちょっと恨めしくもある。なぜなら、その時が来るまでひた隠しにしようと考えていたことだから。……まあサミュエル達にはバレているのだが。
「しっかし……ヤツみたいなタイプはライバルが多いぞ~。」
それは例えば、メリルとか? とプリシラは頭をよぎったが口には出さなかった。あの態度を見れば憧れを抱いているのは明白だし、幸一に対しては様子が少し違っているのを見ているから。メリルも年頃なため、年上のお兄さんに懸想するのも仕方がない。何より、あの柔らかな笑みを携えて接せられたら、この世界の女性なら意識してしまうかもしれない。幼少の頃、近所のお姉さんにドキッとした人も居るかと思う。つまりそういうアレだ。
「んでも、一人のオスに一人のメスなんて決まりはねーんだし、ヤッたもん勝ちよ! まあ? オレんちみたいなラブラブ夫婦ともなれば他所のメスなんて入り込む余地は無ぇがな!」
「……エルフ、そういうの、ない。」
「そらお前ら少数民族だしそうだろうよ。しかもエルフのオスは他種族にモテるからな~! あぶれたメスエルフがどんだけオスオーク飼ってきたことか……」
後半無視してプリシラは考える。
確かに、行く行くはコーイチさんと……と彼女が密かに考えていたのも事実。でももし、自分だけで繋ぎ留められないのなら、それも手なのかもしれない。エルフ族は長寿ゆえにいつかは歳を追い越していくとは言え、自分はまだまだ子供。ならば……
「メリル! 一緒、がんばる!」
「い、いいんですの?!」
「ん!」
囲ってしまおう、と。こう見えてこのプリシラ、かなり強かな性格である。
そして今ここに、幸一包囲網が結成された。当の本人が知らぬ間にそれは一大グループへと展開していくのだが、まだまだ先のお話だ。
「よし! その意気だ娘っ子ども! オレんちにも血が入るなら文句はねぇ!」
「お母様……!」
「そんならオレが男を魅了する手練手管を師事してやろう!」
「おねがい、します!」
ふんすふんす、と気合が入るプリシラ。尻に敷かれてる人間の手練手管とは? とも思うのだが、知識に飢える乙女たちは気にせず教授を賜った。
そうして続いていく、とてもじゃないが子供向けとは思えない保健体育の授業。結局プリシラ達がお風呂を上がり、部屋へと戻ったのはかなり夜も更けてからだった。
場面はプリシラがいる客室へと戻る。
湯上りの体は、さきほどの授業のせいか湯以外の火照りを覚えていた。ぽすん、とベッドへ横になる。
(……【エルフ語でフヮーオにつきフヮーオ音規制】!)
心の中で何をつぶやいたかは秘密だ。彼女もちょっと早いが年頃ということだけはここに記しておく。
灯りを消して布団に身を包むと、ベッドサイドのテーブルに置いてある鞄に手を伸ばした。中から取り出したのは、学生手帳に挟んだ一枚の写真。そこに映る彼をそっと撫でる。
「コーイチさん、わたし……」
まだ彼と離れて数時間だと言うのに、もう会いたくなってしまっていた。普段、学校へ行っている時とはまた違う焦燥を感じる。
目を瞑ると蘇ってくるいくつもの思い出。その一つ一つにドキドキが増していく。
いつもとは違い、ここには一人だけ。だからだろうか、いつもは秘めていた空想を口にしてしまった。
「ぷりしら・まだらめ……。」
その瞬間頭が沸騰し、酷く後悔した。
ベッドを転がりまわって霧散しようとしても、言霊が乗った空想というのはそう簡単に消えやしない。
「~~~~~~っ!! ~~~~~~~~っ!!」
こうして、プリシラの夜も更けていくのだった。
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