第23話 一時の別れ
「……。」
「……。」
僕は今、豪華な応接間で蛇に睨まれた蛙となっている。
商業都市トフロへと向かうため、学校があるプリシラは連れていけない。だから不安だけどどこかの宿か学校の寮にお願いしようと思って街を歩いていると、偶然にもメリルちゃんと出くわした。
『まあ! それでしたらわたくしの家にお泊りすればよろしいですわっ!』
事情を話すとそう言ってくれて、かと言って「ありがとう」だけじゃ保護者としてダメだ。
そう思って僕はご両親に菓子折りを持ってご挨拶に来たのだが……。
「……。」
ご覧の通り、海賊王かよ!ってつっこみたくなる風貌の女性、メリルちゃんのお母様から無言の圧力を受けていた。隣ではプリシラもちょっと困惑してて、メリルちゃんはそのお母様の横で姿勢を正している。
厳つい感じの女性は冒険者とかで見慣れてると思ってたけど甘かった……! ていうかなんで大貴族の長が見た目海賊王なんだよ! アイパッチと左手のフック、ドクロマークのテンガロンハットを無視すればメリルちゃんを大人にした感じの美人さんなんだけど……。
とか思っているとお母様が身を乗り出し手を伸ばしてきた! 僕は咄嗟に竦む。
「……おい、これはなんつー菓子だ?」
「へ?」
胸倉を掴まれるのかと覚悟したけど、手に取ったのは僕が持ってきた菓子折り。ネットショッピングで買った茨城県は水戸銘菓の『吉原殿中』。昔、父が出張先から買ってきたのを覚えていて、美味しかったから持ってきたのだ。
この世界の女性は価値観が逆転してるせいなのか、めっちゃ食うしちょっと甘さ控えめを好む。サミュエルなんかは甘いものに目が無く、ヴェテルはとにかく肉!って感じに。だからと思ってさっぱりきな粉味なやつをチョイスしたんだけど……。
「……ふむ。」
包みを開けて、オブラートにくるまれたそれをまじまじ見て口へと放り込んだ。あ、毒見とかはしないんだ。豪快。
目を瞑りながら咀嚼して……うん、一口で入れたから苦しそうだね。僕はそっと手荷物から取り出すふりをしつつ、アイテムボックスからお茶と湯呑を取り出して注いだ。
「どうぞ。」
「……うむ、……ずずっ。」
うわ~、大貴族なのに啜り方めっちゃ粗野。いや、日本茶だからそれで正しいんだけどさ。
「気に入った!!」
「はい?」
「てめぇ、娘の婿になれ。」
「はい?!」
「お、お母様?!」
「……ムッ!」
お母様は左手のフックで僕の服を引っかけて顔を近づける。プリシラは渡すまいとしがみ付いてくるけど……二人とも、ステータスの差を考えよっか。ホントに体が千切れそうなんだけど。これ大丈夫なんだよね? 腰のあたりからすっぽ抜けてないよね?
「見た目も悪くねぇし、よく気が付く。爺からも人柄良しと聞いてたしな。」
チラッと扉の所を見ると、何故か涙しているセバスチャンさんが居た。
……あの顔はアレだ。「お嬢様に婚約者が」とか感慨深くなってる感じだ。
でもちょっと待て。メリルちゃんはプリシラと同い年だし、そんな子と結婚なんてことになったらプリシラがグレかねない。しかしここで断っても無事でいられるだろうか? タバサさんに聞いた話によると、この大貴族様、若い頃に辺境の村を襲っていたグリフォンを一対一で仕留めて名を挙げた超強い人。ハッキリ断ってしまったら殺されてしまうかもしれない。
「あの……そういうのはまだちょっと早いかなって……。」
「……まだ?」
「まだっ?!そ、それって……!」
子供たち!! そこで引っかからないように!!
ふくれっ面で力を籠めるプリシラと、目をキラキラさせるメリルちゃん。こんな状況どうすれば……
「おやおや、なんだか盛り上がってるね~。」
そんな時、扉を開けて優しそうな見た目の男性が現れた。アイドル的なベビーフェイスで、柔らかそうな笑顔を浮かべながら近付いてきた。
「おお! ダーリン聞いてくれ! メリルに婚約者が出来たぞ!」
ダーリン……
ってことは旦那さん?! この海賊王にこんなアイドルみたいな人が?! しかも見た目は僕と同じくらい、いや下手したら下にも見える年頃なんだけど……え、ホントに?
「はあ、この人はまた先走ってるみたいだね。でもまずは自己紹介しよっか。ボクの名前はアベル。ディアンヌの夫で、メリルちゃんの父です。よろしくお願いしますね。」
「あ、えと、はい! 僕はコーイチ・マダラメと申します!」
見た目から滲み出てるけど、物腰も柔らかくて良い人そうだ! お母さんの……ディアンヌさん? よくこんな人捕まえられたな~。ていうか歳はいくつなんだろ? 僕より上だとは思うけど、ぱっと見で下にも見えるくらい。
「お父様は魔族なんです。」
まじまじと見てしまっていたせいか、メリルちゃんがそう補足してくれる。……僕ってそんなに顔に出やすいかい?
「あはは、実はそうなんだ。若く見られちゃうのは成長が緩やかだからなんだけど……これでも110歳です。」
魔族?! あの、去年までドンパチやり合ってたっていう?! しかも110歳て。もうダメだ。僕の頭がついて行けてない。なんだよこのツッコミどころ満載な夫婦は!
「そ、そうなんですか~! 随分とお若く見えるから驚きましたよ~! いや~、美男美女でお似合いの夫婦ですね~!」
こういう時はテンプレに限る! 放課後児童支援員のバイトではよく親御さんと接する機会もあったし、大体はこう言っておけば問題ないのを学んでる!
ディアンヌさんは「お、お似合いだとう?! そうだろうそうだろう!! フハハハハハ」と大変嬉しそうに腕組み。
「ど、どちらでお知合いになったんですか?」
「うむ。聞きたいか? あれは10年前……」
聞かなきゃよかったと後悔。
戦争中に敵同士として相対して、ディアンヌさんが一目惚れ。一騎打ちを申し込んではアベルさんの攻撃をひたすら受け続け、その一騎打ちの最中にプロポーズしたらしい。
『まだだ……! もっと打ち込んで来い!』
『ぐっ、な、何なんですか貴女は!』
幾度と魔弾をぶつけても立ち上がるディアンヌ。
『オレと結婚してくれるまで! オレはこうして立ち続けるぞ!』
『はあ?!』
『お前に惚れた! 一目惚れだ!』
『う、うるさい!! これでも食らえ……!!』
最大威力の魔弾を放つアベル。その巨大な魔弾を身に受けながら、
『ぬおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! け、結婚、してくださあああああああああああいっ!!』
そう叫んだらしい。
……どんなだよ。結局、その言葉を最後に昏倒したディアンヌは捕虜になってしまうが、アベルも彼女を介護する中で情が芽生えてしまったらしい。なんとか症候群的なアレかな。海外ドラマで観た。
「でも、この人には困ったものですね。娘の婚約者を勝手に決めちゃうなんて……。それにいきなりだなんてマラダメさんにもご迷惑でしょう?」
突然、空気が重くなるのを感じた。顔こそはニコニコしているが、アベルさんは今にも背景に「ゴゴゴ……ッ」って効果音が見えてきそうなほど怒ってるみたいだ。よく見たら角生えてるし。アレ幻じゃないよね?
ディアンヌさんはディアンヌさんで、それを見て大慌て。
「ま、待てアベル!」
「家族にとって大事なお話は夫婦で相談してから決めようって、結婚するときに約束しましたよね? それを破るって事は……」
「ち、違うんだ! これはその……!」
「今日から僕は別室で寝させてもらいます。」
「―――――ッ?!」
ディアンヌさんは膝から崩れ落ちた。この人……こんな見た目してて尻に敷かれてるのかよ。っと、いけないいけない! 本題を話さないと!
僕は号泣しながら縋りついているディアンヌさんを気にしないように努めながら、プリシラの件をアベルさんに伝えた。
アベルさんは「メリルちゃんのお友達なら喜んで」と快く受けてくださって、目的は達した。
「プリシラちゃん、我が家だと思って寛いでね?」
「……ありがと、ございます。」
うん、ちゃんと言えて偉いねプリシラ!
こうして、幸いにもメリルちゃん一家のご厚意で、プリシラも僕らが居ない間学校へ通えることとなった。これで一安心……とは正直いかない。ぶっちゃけると離れるのはすっごく心配。胸がバクバクする。なんだろうね、初めて遠足とか修学旅行に送り出す親御さんってこんな気持ちだったのかな。
そんな僕の心境を表情で汲み取ったのか、アベルさんは柔らかい笑みを零しながら、
「お気持ちは痛いほど分かります。ボクたちもこの子を置いて家を空ける時、いつだって不安ですから。」
「アベルさん……。」
「幸いにも我が家にはセバスチャンらも居ますし、護衛だって常駐してますから。安心してお仕事に励んでください。」
「ありがとうございます!」
な、なんて良い人なんだ! 魔族とは昔戦争してたって聞いたけど、見た目も相まって天使のような人じゃないか!
僕らは手を取り合う。
思えば、彼が初めてのパパ友的存在。公園デビューしたママさんパパさんの気持ちが分かった気がした。まあ、お父さんと言われると僕はちょっと頼りないけど。
「あ、そうそう。実はボク、父兄会の理事を務めているんです。よろしければマダラメさんもいかがですか?」
父兄会? なんぞ? PTAみたいなものだろうか。
「まあ父兄会と言っても、たまに皆さんとお茶をしたり運動したりする程度のものですが……他の子のご家族と仲良くできる機会ですし、それでプリシラちゃんにも新しいお友達が出来るかもしれませんし。」
それは良いかもしれない。多分、元の世界で言うところのママさんバレーボールとか子供会みたいなやつだよね? うちの母さんは全然参加しようとしなくて、父さんが休みの日に顔を出してたみたいだけど。
「僕で宜しければ是非!」
「わ~! ありがとうございます~! 開催するときは前もって連絡を入れますね?」
「はい!」
そうして、僕は新たに父兄会なるものに参加することとなり、当面の生活用品などをアイテムボックスから取り出してプリシラを預けると、キャンピングカーへと戻るのだった。
戻る前、離れ離れになってしまうプリシラが中々僕の服を離してくれなくて、かなり心苦しかったけど……。
「……コーイチさん、あぶないこと、だめ。」
「うん。」
「ぜったい、かえってくる。」
「もちろん。」
僕の服に顔をうずめ、そんなことを言ってくる。
「やくそく。」
「ああ、約束だ。帰ってきたら何が食べたい?」
「……おむらいす。」
「わかった。」
やばいよ……僕が泣いてしまいそうだ。世の少年少女たち! 君たちと離れる時、親はこんな気持ちなんだぞ! ……まあ、うちみたいに奔放な家庭もあるとはおもうけど。しかし僕は将来、どうしようもない親馬鹿になってしまいそうな気がする。そんな様子を眺めてもらい泣きしてるアベルさんとセバスチャンさん。
……長くても一週間くらいだけど、プリシラをよろしくお願いします。
プリシラ、帰ってきたら美味しいオムライス作ってあげるからね。
……あ、フラグじゃないよ?!
こうして、僕は一路トフロへと向かうのだった。
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