第21話 テイム、そして彼女の願い
「プリシラ、行ってらっしゃい。」
「ん……いって、きます。」
朝、学校へ行くプリシラを見届けると僕は家事に勤しむ。人数が多いから洗濯一つでも結構大変だ。今では女性モノの下着にも何の照れもなく扱えるようになってしまった……慣れって怖いね。信じられるかい? 僕はこれでも恥ずかしながら未経験なんだぜ?
まあこの世界では男が女性の下着に執着するのは不自然なんだけども。逆に僕の下着の方が取り扱いが難しいときたものだから、トランクスはタオルで隠すようにして干すようにしている。
「コーイチ、布団はアレで良いのかの?」
「うん、ありがとね!」
手伝ってくれたエシェットの頭をポンポンすると、はにかんだようにした後プルプルと小刻みに震えだす。
それは癖なのかな? 嫌がらないし、ついいつもこうしちゃうんだけど……控えた方が良いか?
(い、今のは危なかったのじゃ……! すんでのところで防いだがちょっと触れられただけで
そうそう、かなり今さらだけど、この世界は男女の価値観が真逆になっているのはご存知だと思う。だから僕の洗濯物とかはかなり慎重に扱わなければいけない。多感な年ごろの子もいるからね。でも最初の方はその辺に無頓着過ぎてよく注意されてた。
例えばこの世界では男は基本的に薄着をしない。薄手のTシャツくらいで外に出ようとするとタバサさんに止められたくらいだ。なのに僕はいつもの癖で、料理中にケチャップが跳ねちゃったから急いでシャツを脱ごうとすると……
『こ、コーイチさん! 何してるんですか!』
『……へ?』
『殿方が女の前で服なんて脱いじゃダメです! ヴェテルもプリシラちゃんも目を塞いで! サミュエルは目を潰して!』
『私だけそこまでしなきゃダメかい?!』
こんな感じで。
ヴェテルなんて食い入るように見てたし、プリシラはなんかモゾモゾしてた。かく言うタバサさんも顔を手で覆っていても指の隙間からガン見。
……まあ、逆の立場ならそうなる気がする。反省した。にしてもその日は洗濯物が多かったのが気になったけど。
「これでよしっ、と!」
だけど今ではそんな生活にも慣れて、完全に適応してしまっている。だから掃除中にヴェテルのベッドの下からアレな本が見つかっても、見てみぬふりしてティッシュを補充しておいてあげるくらい余裕がある。だって洗濯もの増えるの嫌じゃん。
それに、お風呂上がりにヴェテルがほぼ裸で部屋をうろつくのも日常茶飯事だ。……困ったことにこれはタバサさんもやる。パンツ履いてるから良いでしょくらいの感覚なのかもしれない。まあ元の世界でも逆はよくあったけどさ。姉妹がいる家庭ではある光景なのかな? 一人っ子だからよく分からないけど。
「主様~! 食器洗い機、ピピーっと鳴いたのじゃ!」
「あ、は~い!」
今日もマウは良い子だな~! 僕はパタパタと飛んできたマウを抱きとめると、頬ずり。すべすべな上にちょっとひんやりしてて気持ちいい。
「あったかいのじゃ~!」
「嘘をつけこの戯けが! 竜種が人肌くらいで暖かさを感じるわけがなかろう!」
「そうなの?」
「うむ、我ら竜種はどんな高温でも耐えられるように出来て……」
「でもマウ、猫舌だよ?」
「……此奴、誠に野生を忘れおったな。」
それは僕も思うけど、可愛いからいいや。
にしても今日はサミュエル達は出払ってて僕も特にすることないから……おやつでも作ってあげようかな? エシェットもマウも手伝ってくれたし、クエスト消化中のサミュエル達、それにお勉強頑張って帰ってくるプリシラのためにも。
僕は腕まくりしてキッチンに向かうと、何かを察したマウがキラキラフェイスで飛び跳ねる。
「よし、それじゃちょちょいと作っちゃいますか!」
「吾輩もお手伝いするのじゃ~!」
~~アップルパイをお食べ!~~
①パスタで有名なオーマイ印の冷凍パイシートを常温に戻す。便利だし出来上がりの食感も良くてオススメ!
②その間に林檎、砂糖、バター、シナモンを用意! リンゴは皮をむいて細かめの角切りに!
③フライパンにバターと林檎を入れて熱し、全体にバターが行き渡るように混ぜたら砂糖とシナモンを投入!
④そのまま水気がなくなるまでクツクツと。マウなんかもうキリっとした顔でフライパンを監視中。
⑤パイシートを長方形に切りそろえて、半分は切り込みを入れる。その間にオープンを200度に余熱!
⑥フライパンから取り出した林檎をお皿に移して冷ましたら、切り込みを入れていない方へよそっていく。
⑦切り込み入れたパイシートを⑥に被せたら、端っこをフォークの裏側を押し付けて閉じていく。
⑧表面に卵黄を塗ったら、オーブンにイン! あとは25分くらいマウと一緒にただ見つめ……出来上がり!
熱々だから気を付けて召し上がれ!
プリシラたちのために、焼かなかった分のパイは冷蔵庫で冷ましておいて帰ってきたら焼いてあげよう。やっぱり出来立てが美味しいからね!
「熱々なのじゃ~! でも甘くて鱗が溶けるのじゃ~!」
「うむっ! これは何とも美味し……あっ」
「どうしたのエシェット?」
一度プルっと震えたかと思うと、フォークを取り落とすエシェット。どうしよう、何か変なの混入してた?! まさか包丁の破片とか?!
「……
「へ?」
「なんと……! おめでとうなのじゃ、お師匠!」
アップルパイでエンシェントドラゴンを
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商業都市トフロ。その一角にある大商会の支店、『トマレフ商店』を見下ろす一人の女性。
彼女は悔し気に下唇と噛みしめ、ある出来事を思い出していた。それはアンジーが両親に嫌気が差したキッカケ。
その日、村にやってきた商隊へ、両親はオマール村で仕入れた麦を売る手筈だった。通常なら一キロあたり銅貨10枚で取引されていたが、その日の取引はどこかおかしかったのを彼女はハッキリ覚えている。
厭味ったらしい笑みを浮かべた商人の一人が持ち出した天秤のような測りは、片方に一キロの重しが付いており、それが平行になるようにもう片方へ麦を乗せる。だが……乗せられた麦は明らかにいつもより遥かに多かったのだ。これでは間違いなく赤字だし、何より格安で譲ってくれた村の人たちにも申し訳が立たない。
『ちょっと! あんたらこげん量はおかしいっちゃ!』
『これ、アン! おやめ!』
『ハッ、何を言ってるのやら。おたくの麦が中身スカスカなせいだろう? それでもちゃんと買い取ってやるんだから感謝して欲しいくらいだ! こっちとしては取引を止めても良いんだぞ?』
悔しかった。
誇らしげに大商会である『トマレフ商店組合』のバッジを胸に掲げて足元を見てくる商人もそうだが、何より言い返すことなく言い値で売ってしまった両親にも腹が立った。
確かにウチは田舎の村の貧乏商人。何か強みがあるとするなら、人の好さだけ。そんなんだからその日の食べ物にも苦労する毎日。
『……うち、ウィルが羨ましか。』
『ど、どうしたの急に?』
『だってウィルん家の農場、この村で一番大きかよ。ウチは貧乏で嫌になるっちゃ。』
幼馴染のウィルと、いつも遊んでいた農場の端。そこに一本だけ立っている大きな樹の下が、自分たちの遊び場だった。
こうして愚痴をこぼしても、彼はいつも笑顔で答えてくれる。
『僕んちの農場だって、アンジーのお父さんお母さんが商品を売ってきてくれるから成り立ってるんだよ?』
それは勿論分かってる。でも商人としては人の良すぎる両親は、困っている人を見ると採算度外視で売ろうとしたりするから売っても売っても貧しくなる一方。
『お金持ちになりたいっちゃね……。』
『アンジー……。』
幼い頃の願い。
お金が欲しいというのは誰にでもある欲だ。しかしそれよりも心根にあったのは、貧乏商人と侮ってインチキを働いたあの商人への憤りだった。お金があれば何をしても許されるのか? 人を騙して、踏みにじって、自分たちを貶めて良い気になっているあの商人たちに一矢報いてやりたい。
そしてその日、アンジーは家を飛び出した。
齢はまだ15歳。多感な年ごろの少女にそれだけの覚悟を植え付けた行いは、どれほど彼女を傷つけたのだろうか。
行く先々で見かけた商隊の積み荷に身を潜め、初めて訪れた
そんな時だ。裏の小道でひっそりと開かれている賭場を目にした。転がるサイコロを数人の男女が血眼で見つめ、一喜一憂する。勝った方はその分もまた賭け、負けた方も財布から新たに金を出す。それをニヤニヤと眺める賭場の運営者の顔が、あの時の商人の顔と同じく映った。
あれをすれば、あの商人どものように大きな金を手に入れられるのだろうか。それは即ち、意趣返しをするための足掛かりになるのではないかと。
大金を得て、大商会の連中に一泡吹かせる。両親への恥辱を晴らす。その為に、彼女は研究を重ね、独自に開発した改造ダイスで賭博屋を開いた。それからはもうとんとん拍子に金を得た。自分を追いかけてきたウィルを従業員に加え、小さな賭博屋は急成長を遂げて大店舗へと成り上がった。
しかしそれでも、大商会にはまだまだ及ばない。もっともっと金を得て、力を手に入れなければ。
「まだまだ、これからっちゃね。」
独り言ちる。
今に見ていろと、商会の屋根を見下ろしながら。
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