第20話 廻る運

 あれから、僕はせめて雨風だけは凌げるようにとテントを購入し、スラムの少女たちの分を用意した。お代は別に要らなかったのだけどミエリッキさんが「受け取ってくれ!金がだめなら身体で」と言いかけたのでひったくるように数枚の銀貨を受け取った。

 まあ、後の事は彼女たちに任せようと思う。当面、食事は軍部から融通してくれるみたいだし、子悪魔連合の子たちは食糧問題さえ片付けば自分たちで冒険者登録なり安定した働き口を探すなりする時間が作れるはずだ。


「なんつーか……ホントにありがとな。」


 頭を掻きながらそう言うガル。その膝には子供が頭を乗っけてスヤスヤと眠っている。薬、ちゃんと効いてるみたいだな。やるじゃないか、アン〇ンマン印の風邪シロップ!

 でも、僕にお礼なんていらないんだよ。これも君がずっと頑張ってきた結果だ。頑張りが偶然こういう結果を生んだんだ。


「何かあったら言うんだよ? 力になるから。」


 僕は彼女の頭をポンポンとたたいてプリシラたちと家路につく。帰ったらマウにもちゃ〇ちゅ~るを……って、


「あーーーーっ!!」

「ど、どうしたんですかコーイチさん?!」

「大変だ……マウのご飯、作ってない!」

「あっ……!」


 何とも締まらないけど、急ぎ足で帰る僕たち。

 キャンピングカーではヨダレまみれのボールに体を預けたマウが一人泣いていたのだった。

 すぐ何か作るからね! おやつにあんみつもあげるから! というかキミはもう野生を忘れてるね?!


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「行っちまったっスね。」

「……だな。」


 アタシはダークエルフの少女に引っ張られるようにして走っていく男の姿を眺めていた。

 こいつらが教会にショバ代請求しに行って、偶然出くわしたあの男。まあ、攫ってこいなんて一言も言ってないんだが、結果としてあの男が関わってから全てが良い方へと急転した。

 それまでのアタシらはホント、笑っちゃうくらいどん底。食べ物のやりくりに困って、病人も溢れ、もうこりゃダメかと諦めかけてた。


「……おねーちゃん、あのおにーちゃん、またくるかな?」


 目を覚ましたのか、アタシの膝を枕にしたガキがそう言う。

 あの男がくれた薬が効いたみたいで、顔色も随分と良くなった。


「スープ飲めるか?」

「うん。」

「よし、ちょっと待ってろ。」


 ガキを抱き上げて、スープが残ってる馬鹿デカい鍋に近寄る。見渡すと、見たこともない色とりどりのテントが並び、腹いっぱいになったガキどもが中ではしゃいでいた。

 どん底が嘘みたいだ。


「……おねーちゃん、ないてるの?」

「っ! ば、馬鹿言うんじゃねーよ! アタシが泣くワケねーだろ!」


 泣いてなんかない。これはスープの湯気が顔にかかっただけだ。ああクソっ! あったけぇスープだなこの野郎! 

 まだまだ残ってるスープを掬って器によそう。ほんと、あったけぇよ……! 頭をガシガシ掻いて登ってきてしまった感情を振り払う。


「……ガル姐……。」

「やめてくださいっス。う、ウチまで……!」


 馬鹿共は泣き出していた。でも、アタシはぜってー泣いたりしねぇ。だってあのクソババアと約束したかんな。アタシは強くなるって。


「アタシらにも、やっと運が廻ってきたみてーだな。」

「はいっス!!」


 目標なんてたてられやしなかったこれまでのアタシ。でもとりあえず、当面の目標は出来た。あの男に借りを返して、帰ってこねぇクソババアを探す。

 それまではなんか張り切ってる国王にスラムの事は任せて、懸命に生きよう。これまで通りに、一歩一歩。


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 ところ変わって、王都から東へ行った商業都市トフロでは今、ある問題が起こっていた。違法カジノの蔓延だ。

 それによって多額の借金を抱え奴隷に落ちる者が増え、行政が摘発しようにも「遊技場」の名目で運営されるそれは法的にもグレーゾーンであり、ギルドが対処しようにも手が出せない状況であった。

 中でも新たに大通りに面した一等地でひと際大きな建物を建設し、運営を始めた『エ・ジェナンテ』というカジノは黒い噂が絶えない。借金を盾にした強引な手法で手に入れた土地で行われているゲームは全て出来レースというが、確たる証拠が掴めない。


「オーナー、こちらが先月の売り上げになります。」

「ご苦労さま。」


 街を見渡す最上階の一室では、男娼を侍らせながら手下から書類を受け取る一人の女性が居た。

 女性の名はアンジー。元は商人の娘で、独り立ちして始めたカジノビジネスが大当たりして今ではこうして贅沢三昧の毎日を送っている。


「……あら? 今月は随分と好調じゃない。」

「はい。オーナー発案の賭場と宿を一体化した複合型カジノが冒険者に功を奏したようで。」

「ふふっ、狙い通りね。」


 このカジノでは、1階がエントランスホール、2階から4階が宿泊施設、5階から7階が賭場になっており、地下には酒場まで用意されている。それらは階段と転移門によって行き来できる高級仕様。

 ぶらりと立ち寄った冒険者たちは競うようにしてこの豪華絢爛な宿泊施設を利用しようとするのは、その宿泊代金の安さも要因の一つだった。貴族でもなければ中々お目にかかれない浴室が部屋ごとにあり、料理も高級、ベッドはふかふかなのに他の宿屋よりも格段に安いのだ。

 しかしこれは全てアンジーの策略でもあった。

 浮いたお金でカジノを楽しんでもらい、特に宿を多く利用する血気盛んな冒険者は賭け事に熱くなりやすい。負けてもギルドで依頼をこなして金を作り、またカジノへと戻る客も多く、ギルド側からしても依頼消化率向上に一役買っているため文句なんて言えっこない。

 アンジーは順風満帆な豪遊生活に、厚化粧の奥でほくそ笑んだ。


(なんてボロイ商売なのかしら! 黙ってるだけで冒険者共がどんどん金を運んできて私は高みの見物……! ああ~、こんなの止められないわ~!)


 他の宿の店主たちが文句を言いに来ることもあるけど、潰れたらその土地を買い取ってまた別の施設を建てれば良いだけのこと。


「ですが一つ問題がありまして……。」

「あら? 何かあって?」

「例の商人がまた入り口で露店を開いています。」

「……っ」


 アンジーは苦虫を嚙み潰したような表情で手下を睨む。手下の男性従業員は震え上がった。


「早く何とかなさい! クビにされたいのかしら?!」

「は、はい……!」


 男は急いで部屋を飛び出し、階下へ渡る転移門からエントランスホールを抜けて店から出る。

 そこには、入口の横に露店を構える夫婦が声を張って元気に薬草を売り込んでいた。


「あの……!」


 一瞬ためらったが、男は声をかける。

 振り向いた老夫婦は男の姿を見ると顔をほころばせた。


「おやウィル坊じゃねぇけ!」

「ちょっとウィル君……あんたまぁた少し痩せたんじゃなか? ただでさえ小柄なんにそれ以上痩せたら大変だべ? ほれっ、芋煮あるから持っていきんしゃい!」

「あ、いや、その……。」


 ウィルは押し付けられた芋煮を落とさないように懐に抱えて俯く。その表情で、夫婦は察した。


「まぁた、あん馬鹿娘になんか言われよったね?」

「っ……。」


 今にも泣き出しそうなウィル。


「あんたは気に病むことなんてねぇべ。むしろいつもあん馬鹿の面倒さ見てくれてあんがとうな。」

「い、いえ……!」

「なぁに! 今に泣きべそかいて帰ってくんのがオチだべ! 見た目ばっかし取り繕っとっても、あん馬鹿はオマール村の田舎娘さ!」


 オマール村とは、ここトフロから遥か南東に位置する小さな農村。老夫婦はそこで貧しいながらも小さな店を商っていた。アンジーはその一人娘であり、ウィルは幼少の頃からの幼馴染。

 貧乏に嫌気が差したアンジーが家を飛び出し、それを心配したウィルが追い掛けるようにして村を出たのが始まりだった。

 街に辿り着いたアンジーは闇賭博に目を付ける。流石は商人の娘、お金を生みそうなものには敏感だったのだろう。

 最初は独自に改造したダイスで始めた賭博屋は、今では豪華な店舗を持つこの街有数の賭場へと成長を遂げていた。


「……んだから、ウィル坊はなぁんも気にせんでえぇ。出来る事なら、こんまま娘を見守ってくんろ。」

「はいっ……!」


 返事をして深々とお辞儀をするウィル。

 そんな気苦労を知ってか知らずか、最上階ではアンジーが男娼に酒を注がれてそれを一気に煽った。


(邪魔させるもんですか。馬鹿共から取れるだけ金を毟り取って、いつの日か必ずあのクソ共に復讐してやる。)


 かつて自らが、いや、両親が受けた屈辱を晴らすべく、彼女はひとり誓う。

 しかし彼女は知らない。すぐお隣の王都に、こと賭場に関しては絶対無敵の天敵がいることを。その天敵はと言うと、タバサの姉よりもたらされた手紙でまた何事かに巻き込まれるのだった。


「……ふえっくしょいっ!!」

「主様~、風邪なのじゃ?」

「ん~、誰か噂でもしてるのかな?」

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